深夜バスの美学

苦学生

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深夜バスの美学

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私は夜行バスが好きだ。
実際に私はよく夜行バスを利用する。例えば、旅行をするときや地元の新潟に帰るときなどだ。東京から新潟なら新幹線だと往復で20000円ほどかかるが、夜行バスならば5000円ほどで済むので、貧乏学生の私は非常に重宝している。このように運賃が非常に安いことが夜行バスのメリットだろう。逆にいえば、これ以外のメリットはないように見える。時間はかかるし、車内は狭くてくつろぐことができない。近くの乗客がいびきをかきだしたときには最悪の気分になる。夜行バスは安さのみを追求しているので、全く完璧な移動手段とはいえないし、むしろ体に悪影響すらあると思える。だが、そんな夜行バスからしか得られない栄養があると私は確信している。
では、それを少しでも理解してもらうために私が夜行バスで目的地に向かう時を実況していこう。
当たり前だが、夜行バスが発車する時間は必ず深夜である。まず、そこが私の好きなポイントだ。もう街も寝静まり、すれ違う人も早足に家を目指すだけ。そんな中自分だけはどこか遠くへと旅立っていく。街の1日が終わりゆく中で自分だけの一日がはじまってゆく感覚。そんな特別感を夜行バスは味わせてくれるのだ。
そんな感覚をひとり寒空の下で味わいながらバスを待つ。バスは予定通りやって来る。運転手に名前を告げると座席番号を教えられる。もはや流れ作業のようなやりとりだ。荷物は荷台に積み、手荷物だけを持って座席に座る。少なくとも、繁忙期でなければ隣の座席に人が座ることはない。時期によっては乗客が2、3人しかいないこともある。まもなくバスは発車するが10分ほどは車内の明かりはついている。そのわずかな時間で一抹の寂しさや新天地への期待が入り混じった微妙な感情が頭を支配する。周りを見渡すとわずかな乗客も席に着いてスマートフォンを見つめたり、もうすでに眠っていたりする。サラリーマンや私と同じくらいの歳の若者、外国人もいる。彼らも皆自分と同じ目的地に向かうのだと考えるとふと、彼らの背景を想像してしまう。数時間とはいえ同じ目的を持ち空間を共有するのだ。エレベーターで居合わせるくらいの時間ではない。やはり気になりはするものだ。
そんなことを考えているといつの間にか車内は消灯される。窓はカーテンがかけられ外からの光は一切入らない暗闇となる。その闇の中では乗客の間で暗黙の了解のようなものが発生する。それはとにかくおとなしくしていることだ。音を立ててはいけないし、明かりも付けてはいけない。そんな圧力をもって夜行バスは成立している。何かが「場違い」あるいは「秩序を乱す」のは、合意された秩序を背景にしてのみである。普通のバスならば当たり前に行われる(音を出すのは普通のバスでもあまり好まれないが)ことは夜行バスの秩序では場違いなのだ。いかに夜行バスが特別な空間であるかがわかるだろう。
明かりが消えては私もいつまでも起きているわけにもいかないので眠るように努める。大抵の場合は全く眠ることができないが。そんなときには時間を持て余してしまうので、イヤホンをつけて好きな音楽を聞いたり、普段は聞かないようなラジオを聴いたりする。好きな音楽を聴いていると普段聴いている歌詞の解釈が変わってきたりもする。何かをしながら聞くのではなく、音だけに集中するからだろう。またラジオを聴くのも非常に良い。こんな深夜でも自分以外で起きてる人がいるんだと思い、勝手に世界は広いなと思ったりもする。何をするにせよ、普段と違う非日常的空間の中ではいつもと違ったものが見えてきたりすることが多い。
途中のサービスエリアで休憩をするときには自分がどこまで遠くへ来ているのかを実感したり、逆にこれしか進んでいないのかと感じたりもする。そのときにはスマートフォンの地図アプリで自分の位置を調べたりもする。行くこともないのに近くに何があるのか調べるのも中々面白いものだ。
そんなこんなでバスに乗っているといつの間にかバスの速度が落ちたり、曲がったりすることが多くなる。そこでやっと高速道路から降りたのだとわかり、目的地が近づいていることを実感する。カーテンの隙間からは外が少しずつ明るくなっているのも見える。短くも、この特別な空間は終わりを迎えようとしている。やっと着いたという安堵感もあれば、新天地へのワクワクも溢れて来る。
バスを降りて荷物を受け取る。わずかな間だが一夜を共にした乗客は各々の目的地へと向かっていく。見方によっては出会ってすらいないが、別れのようにも思える。すぐに忘れてしまう感情だが、バスを降りたときにいつも感じるものとして私の中には残り続ける。そして私も最寄駅へと歩き始める。
これが私の夜行バスの旅の一部始終だ。夜行バスには非日常的シーンがたっぷり詰まっている。私が思うにそれは夜という特性から生じるものだと思う。闇は見えないからこそ我々人間の想像力を掻き立てる。感覚が研ぎ澄まされるのだ。だからこそ、心の中の普段刺激されない部分が揺すられるような感覚を覚える。これは新幹線では絶対に味わえない感覚だ。これからも私は夜行バスを利用し続けるし、一度も乗ったことがないという人はぜひ夜行バスの旅を楽しんでみてほしい。
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