異世界キャリア意識改革!

浅名ゆうな

文字の大きさ
7 / 31
本編

楽しい休暇の過ごし方

 ヴァンルートス第三王子殿下が白蝶貝城に滞在をはじめてから、一週間が経過した。
 ナナセが直接彼に関わることはないが、ディンメル王国の王子王女と順調に交流しているようだ。
 ヴァンルートスを迎える準備で駆けずり回る日々は終わったが、現在は彼が不自由なく過ごせるよう奔走している状況だった。それなりに責任のある中堅の立場は辛い。
 今日は、久しぶりの休日だ。
 たまたま休みが一致したリオルディスに誘われ、食事に行く予定だった。
 透き通るほど青い空には、柔らかな白い雲とくるくる旋回するトンビの影。日差しも強すぎず弱すぎず、歩いて街に向かうにはちょうどいい気候だ。
 温暖な風に甘い花の香りが混じっている。
 休日にリオルディスと会える喜びも相まって、ナナセの足取りは自然と軽くなった。
 ――リオルディス様って本当に優しいな。
 数える程度しか街に下りたことのないナナセを気遣い、案内を申し出てくれたのだ。
 単にナナセが出不精をしていただけで、機会がなかったわけではないのだが。
 ――ただの悪あがき、なんだけどね。馴染みすぎるのが怖いっていうか。
 もちろん仕事は楽しい。
 けれどプライベートまで充実させてはいけないという、漠然とした不安があった。
 まだ希望は捨てたくない。
 好きなもの、大切な場所、特別な人。
 手放せないものが増えるほど、いざ日本に帰れるとなった時に躊躇するだろう。
 何より、この世界で生きることを受け入れてしまったようで――。
「ナナセ?」
 穏やかに名を呼ばれ、ハッと我に返る。
 いつの間にか待ち合わせをしていた城門前に到着していたようで、リオルディスが不思議そうに覗き込んでいた。
「すみません。少し、仕事のことを考えていました。こんにちは、リオルディス様」
 嘘をつく罪悪感が、チクリと胸を刺す。
 彼は疑うことなく苦笑した。
「こんにちは、ナナセ。休日にも頭をいっぱいにするほど、仕事が好きなんだね」
 からかいまじりの言葉に、肩の力も強ばっていた心もほぐれていく。
 街に下りるのが怖くても、リオルディスの誘いに頷いたことは後悔していない。
 貴重な休日を使ってまで思いやってくれる彼を、拒絶することなどできないのだから。
「今日は、全力でお休みを楽しもうと思っております。どうぞよろしくご指導ください」
「じゃあまず、肩の力を抜こうか。全力で楽しむために、敬語もできる限りなしで」
 しかつめらしい態度を装ったリオルディスが、いかにもそれっぽいことを言う。
 お酒も入っていないのに敬語を崩せるだろうかと考えつつ、ナナセは頷いた。
 城門を出ると、穏やかな田舎道が平坦に続いている。申し訳程度に舗装された石畳は、あちこちひび割れていた。
 道の両脇に咲いた春の花達のおかげで、歩く距離は気にならなかった。隣にリオルディスがいるからかもしれない。
「そういえば、あの絵画は撤去させたから」
 リオルディスから切り出され、ナナセは不気味な生首の絵画に思い当たった。
「確か、国王陛下のお気に入りって言ってませんでした? よく許可が下りましたね」
「いやまあ、お気に入りというか、ね……」
 なぜか彼は言葉を濁す。
 ナナセは首を傾げながら続きを待った。
「実はあれには、いわくがあるんだ」
 いわく、と言うわりに、リオルディスの口角は微妙に上がっている。
「十年ほど前、陛下はある女性と親しくなった。王妃陛下とご成婚されたばかりだというのに、秘密裏に逢瀬を重ねていたんだ」
「それはまた、何とも……」
 一国の王にこんなことは言いたくないが、結婚直後に火遊びなんてあまりに軽率だ。
「まだ誰にも気付かれていないと油断していたある日、あの絵画を王妃陛下から贈られたそうだよ」
「うわぁ。王妃陛下って強者ですねぇ……」
 絵画の中には、男の生首を愛おしげに捧げ持つ美女。
 陛下は、心底肝を冷やしたらしい。
 それ以来、己への戒めとして絵画を飾り続けていたのだという。
 今では国民中に知られるおしどり夫婦に、そんな過去があったなんて知らなかった。
「リオルディス様、よくそんな裏話知ってましたね。というか、そういうのって私に話しちゃっていいんですか?」
「いいんだよ、王妃陛下に知られているなら隠しだてなんて無意味だしね。詳しいのは、うちの団長が陛下のご学友ってやつだから。悪い方のね」
「あぁ、悪友ってやつですか」
 リオルディスも年が近いから、学生時代は引っ張り回されてかなり苦労したらしい。何とも不遇だ。
 街が近付くと、ちらほら人も増えてくる。
 素朴な草木染めのスカートや、エプロンドレス。生成りのシャツやボトム。
 どれも優しい色合いだが、それぞれの髪や瞳の色が明るいためか地味な印象はない。
 同じような格好をしていても、ナナセはどうしても暗い雰囲気になりがちだ。こういう時、せめて茶色い髪であればと思う。
 逆にリオルディスは注目の的だった。
 今日は騎士の制服ではなく、街の人々と似たような格好をしている。けれど上背があるためか端整な顔立ちのためか、誰もが目で追ってしまうようだ。
 平凡な服を着ていても、端々に洗練された雰囲気がにじみ出ている。ふと目が合えば優しく微笑んでくれるのだから、見るなと言う方が無茶だった。
 誰もが憧れてやまないリオルディス。
 だからこそ、こっそり憧れるくらいならと自分を許せるのかもしれない。
 まずはおいしいと評判のパン屋に行った。
 ナナセがいつでもパンに感動しているから、お勧めの店を紹介してくれたのだろう。
 今まで出会ったバタールやバケットだけじゃなく、カリカリに焦がした砂糖で表面を覆われた甘いパンや、食パンに目玉焼きがのった惣菜パンのようなものもあった。
「ここで買いものをして、座ってゆっくり食べようかと思っているんだけど……」
「買い食い! 最高ですね!」
「……もし抵抗があれば近くに行きつけのお店もあるから、って言おうとしていたんだけれど、気の回しすぎだったみたいだね」
 灰青の瞳を瞬かせていたリオルディスが、おかしそうに噴き出した。
「君なら、こういうのも嫌がらないだろうなって、何となく思ってた」
 言われてみれば、彼は貴族だ。
 彼の方こそ買い食いに抵抗があるのではと思ったが、リオルディスがあまりに快活に笑うから気遣うタイミングを逸してしまった。
 ナナセはハムとチーズが挟んであるパンと、黒すぐりのジャムがこれでもかとのったパンを選んだ。
 リオルディスはサンドイッチを三つとバタールを一本丸ごと買っていたが、意外とよく食べることは知っていたので驚きはしない。
 パン屋の店先には幾つかテーブルセットがあり、内一つが空いていた。
 そこを確保すると、リオルディスは飲みものを買いに行った。すぐに戻ってきた彼の手にあったのはエールで、思わず半眼になる。
「好きですよね、お酒……」
「もちろん好きだけれど、君と一緒に飲むからこそ楽しいんだよ」
「どうせ質の悪い酔い方ですよ」
 高確率で絡み酒になってしまうことを揶揄されているとしか思えない。
 けれどリオルディスは、対面に腰を下ろしながら首を振った。
「違うよ。ナナセが作ってる壁がなくなった気がするから、嬉しくなるんだ」
 ニコニコ嬉しそうに笑う彼には、他意などないのかもしれない。
 それでもナナセの肩が少し揺れてしまったのは、自分の中の葛藤を見透かされたような心地がしたからだ。
 迷って、何年経っても中途半端。
 帰りたい気持ちが、未練がましく心の底にこびりついているみたいだった。
 本当は分かっているのだ。
 今選択を迫られても、迷わず帰還を選ぶことなんて、もうきっとできない。
 リオルディスが街に誘ったのは、意図的だったのだろうか。優しい笑顔からは真意を読み取れない。
 ナナセは大きく息をつくと、少し結露したカップを受け取った。
「……乾杯」
「乾杯。今日のよき日に」
 カチリと金属製のグラスを合わせ、エールを一息にあおる。
 冷たいのど越しと、口内に残る苦い余韻。
 ナナセは雑踏を眺めた。
 楽しそうな若者や、泣く子をあやす夫婦。
 世界は違っても人々の営みは変わらない。
 苦しいことや悲しいことがあっても、前を向いて生きていく。それは、大切な何かと出会うためなのかもしれない。
「よし。こうなったら、リオルディス様には責任をとってもらおう」
「婚姻ならいつでも大歓迎だよ」
「そういう責任の取り方古いですよ」
「冷たいなぁ」
「お酒飲ましたのあなたの方でしょ」
 ナナセはグラスを置くと、楽しげに微笑むリオルディスを睨むように見返した。
「……仕事が落ち着いた時にでも、やけ酒に付き合ってください。もちろんおごりで」
 彼は僅かに目を見開いたあと、くつくつと忍び笑いを漏らした。
 柔らかく細められた瞳は、どこか包み込むような温度を持っている。
「じゃあ、ヴァンルートス殿下がお帰りになってからになるかな? 滞りなく交流が終わればいいよね」
「そうですね」
 それがどれほど楽観的な考えであったか、ナナセはすぐに思い知ることになる。
 この日から三日後の晩、王子が忽然と姿を消してしまったからだ。


感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。 しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。 英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。 顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。 ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。 誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。 ルークに会いたくて会いたくて。 その願いは。。。。。 とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。 他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。 本編完結しました! 大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!

異世界転移って?とりあえず設定を教えて下さい

ゆみ
恋愛
凛花はトラックに轢かれた記憶も階段から落ちた記憶もない。それなのに気が付いたらよくある異世界に転がっていた。 取り敢えずは言葉も通じる様だし周りの人達に助けられながら自分の立ち位置を把握しようと試みるものの、凛花を拾ってくれたイケメン騎士はどう考えてもこの異世界での攻略対象者…。しかもヒロインは凛花よりも先に既にこの世界に転生しているようだった。ヒロインを中心に回っていたこのストーリーに凛花の出番はないはずなのにイケメン騎士と王女、王太子までもが次々に目の前に現れ、記憶とだんだん噛み合わなくなってくる展開に翻弄される凛花。この先の展開は一体どうなるの?

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。