小さな朝の幸せを

koma

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冴え冴えとした冬の匂いが、近づいていた。

「今日はそれ?」
薄暗い店の中。
やさしく聞かれて、戸惑った。
たしかにニアは常連だけれど、今まで一度だってこんな風に話しかけられたことがなかったからだ。
ニアの困惑を察したのか、青年は、いきなりごめんねと困ったように微笑んだ。
「いつも来てくれてるよね」
言われて、おずおずと頷く。ニアからパンの乗ったトレイを受け取ると、青年は手早く紙袋に入れてくれた。
「これ、よく食べてるよね。好きなんだ」
好きなわけではない。けれど、一番安いから、なんて正直に答えたら彼はどんな顔をするだろう。
知られたところで損をするわけでもないのに、なんとなく知られたくなくて、ニアは小さく「はい」とだけ返事をする。
青年はニアの薄い反応を気にした様子もなく、袋の口を折り畳むと「どうぞ」と差し出してきた。ニアは小銭入れから銅貨を取り出し、青年に渡す。
「いつもありがとう」
対価を受け取りそう笑った青年は、ただの店員ではないらしい。このパン屋を経営する大店の若様なのだと、いつか他の客が話していた。
(だからこんなに上品なんだろう)
大勢いる客の一人に過ぎないだろう自分を認識してもらえていたことがこそばゆくなってきて、ニアはそっと後じさった。
「またきてね」
名前も知らない若様はそう言うと、カウンターの向こうから微笑んでくれた。ニアは入り口でもう一度振り返って会釈をし、店を後にする。
外に出たとたん、冷たい空気に包まれた。
ひんやりとして、けれどどこか清廉な朝。
(今日も頑張ろう)
夜までを思えば気分は沈みそうになるけれど、青年の笑顔に、ニアは勝手に元気をわけてもらっていた。
明日も明後日もその次の日も、またこのお店のパンを買えるように、頑張ろう。出来たら次は、もう少し自然に話せたらいいけれど。
そんなことを思いながら、だんだんと明るくなってきた空を見上げる。
街の中央に聳える白亜の教会から、始まりを知らせる鐘が鳴り響いていた。



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