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第五話(1/2) 私の推しは百合令嬢
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白桜女子大学の正門前に立って、わたしは逡巡していた。
――えっと、入っていいんだよね?
今まで他の大学の敷地になんて入ったことがないので、勝手が分からず緊張している。だって、高校とかだったら入っちゃダメなわけで。
他の学生に紛れて、ここの学生のふりをして門をくぐった。怪しまれませんように。いや、こんなこと考えてるほうが怪しいかも。
悠乃さんのゼミ室に着いた。入口の室名札には『文学部共同研究室』と書いてある。扉をノックして名乗ると、悠乃さんの声で「どうぞ」と聞こえてきたので、中に入ってみた。
部屋の形は奥に長い長方形で、両側の本棚には本がぎっしりと並べてある。奥には窓と、ホワイトボード。部屋の中央にある会議机の両側に何脚か椅子が置いてあり、左側の一番奥に悠乃さんが座ってノートパソコンと本を開いていた。部屋には彼女一人のようだ。悠乃さんはわたしの顔を見ると、いつになく顔をほころばせて立ち上がった。
「茜音さん!」
小走りで駆け寄り、わたしの手を握った。少し冷たい、滑らかな肌触りに一瞬ドキッとした。
「来てくれてありがとう。あれ以来、どうしてるか気になってたんだけど、大丈夫でしたか?」
「いえ、こちらこそすみません連絡してなくて。大丈夫……かどうかはよく分かりません」
「……紅茶、飲めますか? ここ座っててください」
「すいません、いただきます。あ、こちらどうぞ……」
持ってきた手土産のお菓子を渡すと、「じゃあそれも出しちゃいましょうか」と箱から出してくれた。部屋の入口側にはシンクや戸棚があり、悠乃さんはそこからカップやティーバッグを出して電気ケトルでお湯を沸かした。わたしは悠乃さんに案内された、対面の席に着きながら聞いた。
「ゼミ室ってこんな感じなんですね。わたしは自分の大学のゼミ室も行ったことないので」
「配属されるまでは、ゼミとか縁ないですよね。大学によっても違うと思いますけど」
「今日は一人で研究してたんですか?」
「そうですね。前期の講義も終わって、今はほとんど来る人もいないです」
「すごいですね。そんなに研究頑張れるなんて」
「私にとっては趣味の延長みたいなものですから。……茜音さんも、同じじゃないですか?」
「え? いや、わたしは研究とか勉強は全然……」
「創作ですよ。夢中になったら、何時間でも取り掛かれちゃうでしょう」
「……!」
わたしは言葉を詰まらせた。まさに今、直面している問題だった。
「今日相談したかったのは、そのことなんです」
わたしは、例の炎上騒ぎのときの『当事者としてはすごく迷惑』という書き込みのことを悠乃さんに話した。
「……わたし、自分の創作が誰かを傷つけることになってしまうのが怖いんです。これは百合に限った話じゃない。どんな創作にも起こり得ると思ってます。それなら創作なんかやめればいいって言われるかもしれませんが、世の中に出てるたくさんの作品、それが悪いことだとは思ってません」
「……」
悠乃さんは黙って、俯いたわたしの顔を見守ってくれている。いつもの、研究者然とした鋭い目つき。でも、冷たさは感じない。
そして自分のバッグから何か取り出した。わたしの描いた同人誌だ。
「茜音さんの同人誌を、全部読みました。私が興味深いと思ったのはこのシーンです」
そう言ってページを開いてわたしに見せた。
魔法少女のミライが、仲間であるリカコのことを好きだということを、別の仲間のキョウカに相談するシーン。
キョウカ「その『好き』って……友達としてじゃないの?」
ミライ「ううん……。私は、リカコと恋人になりたい。友達のままじゃ嫌なの!」
「茜音さんの百合創作では、恋愛感情にもとづいていることが明示されています。これは、クィアベイティングを忌避してのものではないですか?」
「え……?」
クィアベイティング。クィア、今回の場合は同性愛を仄めかし、エサにして世間の注目を集めるという、マイノリティを踏み台にするような手法のことだ。
「もしそうだとすると、茜音さんは誠実に創作しているといえます。進んで同性愛を搾取する創作をするような人ではありません」
ふわりと、心の中に温かいものが流れ込んだような気がした。麻衣も同じことを言ってくれた。それが、悠乃さんにも伝わっていた。――わたしの創作を通して。
「そう言ってもらえて、嬉しいです。でも、進んでじゃないとしても人を傷つけてしまうことはありますよね……」
悠乃さんは、ふっと優しい目になった。
「表現活動がある種の暴力性を帯びていることに無自覚な人もいますが、茜音さんは違います。そうやって悩んで、どうしたらいいか考え続けることが大切だというのが私の考えです。私のしている研究活動だって、創作ではありませんが表現の一種です。同様に、暴力性があることは否定できません。だからこそ、細心の注意を払っているつもりです。それも十分ではなく、実際この前は茜音さんから批判を受けてしまいましたね」
こんなに一生懸命、真面目に研究に取り組んでいる悠乃さんでさえ、完璧な対応はできないんだ。
「わたしも――本当は創作したい。でも、この前の炎上騒動のけじめはつけたいと思います。何かアイデアはないでしょうか」
悠乃さんは顎に手を当てて少し考えてから、指を立てた。
「じゃあ、二人でちゃんと説明しましょう。『百合営業』なんかじゃないって。私たちは本気なんだって」
……百合営業じゃなく、本気? 百合営業は、百合を装って人の目を引く行動。それが本気ってことは……。
「そ、それって、わたしと悠乃さんが本気の百合関係になるってこと……!?」
「え?」
一瞬の沈黙。悠乃さんはハッとして、
「ち、違います! そうじゃなくて、私たちが『百合』に対して本気だってことを示すんです!」
「あ……! そっか、そうですよね! いやー、そうですよね」
わたしが焦りを誤魔化していると、悠乃さんも急にお菓子の個包装を開けて、
「あ、これ美味しそうですね!」
などとわざとらしく話題を変えた。わたしが笑うと、悠乃さんの入れてくれた紅茶がほんのり甘く香った。
――えっと、入っていいんだよね?
今まで他の大学の敷地になんて入ったことがないので、勝手が分からず緊張している。だって、高校とかだったら入っちゃダメなわけで。
他の学生に紛れて、ここの学生のふりをして門をくぐった。怪しまれませんように。いや、こんなこと考えてるほうが怪しいかも。
悠乃さんのゼミ室に着いた。入口の室名札には『文学部共同研究室』と書いてある。扉をノックして名乗ると、悠乃さんの声で「どうぞ」と聞こえてきたので、中に入ってみた。
部屋の形は奥に長い長方形で、両側の本棚には本がぎっしりと並べてある。奥には窓と、ホワイトボード。部屋の中央にある会議机の両側に何脚か椅子が置いてあり、左側の一番奥に悠乃さんが座ってノートパソコンと本を開いていた。部屋には彼女一人のようだ。悠乃さんはわたしの顔を見ると、いつになく顔をほころばせて立ち上がった。
「茜音さん!」
小走りで駆け寄り、わたしの手を握った。少し冷たい、滑らかな肌触りに一瞬ドキッとした。
「来てくれてありがとう。あれ以来、どうしてるか気になってたんだけど、大丈夫でしたか?」
「いえ、こちらこそすみません連絡してなくて。大丈夫……かどうかはよく分かりません」
「……紅茶、飲めますか? ここ座っててください」
「すいません、いただきます。あ、こちらどうぞ……」
持ってきた手土産のお菓子を渡すと、「じゃあそれも出しちゃいましょうか」と箱から出してくれた。部屋の入口側にはシンクや戸棚があり、悠乃さんはそこからカップやティーバッグを出して電気ケトルでお湯を沸かした。わたしは悠乃さんに案内された、対面の席に着きながら聞いた。
「ゼミ室ってこんな感じなんですね。わたしは自分の大学のゼミ室も行ったことないので」
「配属されるまでは、ゼミとか縁ないですよね。大学によっても違うと思いますけど」
「今日は一人で研究してたんですか?」
「そうですね。前期の講義も終わって、今はほとんど来る人もいないです」
「すごいですね。そんなに研究頑張れるなんて」
「私にとっては趣味の延長みたいなものですから。……茜音さんも、同じじゃないですか?」
「え? いや、わたしは研究とか勉強は全然……」
「創作ですよ。夢中になったら、何時間でも取り掛かれちゃうでしょう」
「……!」
わたしは言葉を詰まらせた。まさに今、直面している問題だった。
「今日相談したかったのは、そのことなんです」
わたしは、例の炎上騒ぎのときの『当事者としてはすごく迷惑』という書き込みのことを悠乃さんに話した。
「……わたし、自分の創作が誰かを傷つけることになってしまうのが怖いんです。これは百合に限った話じゃない。どんな創作にも起こり得ると思ってます。それなら創作なんかやめればいいって言われるかもしれませんが、世の中に出てるたくさんの作品、それが悪いことだとは思ってません」
「……」
悠乃さんは黙って、俯いたわたしの顔を見守ってくれている。いつもの、研究者然とした鋭い目つき。でも、冷たさは感じない。
そして自分のバッグから何か取り出した。わたしの描いた同人誌だ。
「茜音さんの同人誌を、全部読みました。私が興味深いと思ったのはこのシーンです」
そう言ってページを開いてわたしに見せた。
魔法少女のミライが、仲間であるリカコのことを好きだということを、別の仲間のキョウカに相談するシーン。
キョウカ「その『好き』って……友達としてじゃないの?」
ミライ「ううん……。私は、リカコと恋人になりたい。友達のままじゃ嫌なの!」
「茜音さんの百合創作では、恋愛感情にもとづいていることが明示されています。これは、クィアベイティングを忌避してのものではないですか?」
「え……?」
クィアベイティング。クィア、今回の場合は同性愛を仄めかし、エサにして世間の注目を集めるという、マイノリティを踏み台にするような手法のことだ。
「もしそうだとすると、茜音さんは誠実に創作しているといえます。進んで同性愛を搾取する創作をするような人ではありません」
ふわりと、心の中に温かいものが流れ込んだような気がした。麻衣も同じことを言ってくれた。それが、悠乃さんにも伝わっていた。――わたしの創作を通して。
「そう言ってもらえて、嬉しいです。でも、進んでじゃないとしても人を傷つけてしまうことはありますよね……」
悠乃さんは、ふっと優しい目になった。
「表現活動がある種の暴力性を帯びていることに無自覚な人もいますが、茜音さんは違います。そうやって悩んで、どうしたらいいか考え続けることが大切だというのが私の考えです。私のしている研究活動だって、創作ではありませんが表現の一種です。同様に、暴力性があることは否定できません。だからこそ、細心の注意を払っているつもりです。それも十分ではなく、実際この前は茜音さんから批判を受けてしまいましたね」
こんなに一生懸命、真面目に研究に取り組んでいる悠乃さんでさえ、完璧な対応はできないんだ。
「わたしも――本当は創作したい。でも、この前の炎上騒動のけじめはつけたいと思います。何かアイデアはないでしょうか」
悠乃さんは顎に手を当てて少し考えてから、指を立てた。
「じゃあ、二人でちゃんと説明しましょう。『百合営業』なんかじゃないって。私たちは本気なんだって」
……百合営業じゃなく、本気? 百合営業は、百合を装って人の目を引く行動。それが本気ってことは……。
「そ、それって、わたしと悠乃さんが本気の百合関係になるってこと……!?」
「え?」
一瞬の沈黙。悠乃さんはハッとして、
「ち、違います! そうじゃなくて、私たちが『百合』に対して本気だってことを示すんです!」
「あ……! そっか、そうですよね! いやー、そうですよね」
わたしが焦りを誤魔化していると、悠乃さんも急にお菓子の個包装を開けて、
「あ、これ美味しそうですね!」
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