比翼の悪魔

チャボ8

文字の大きさ
上 下
6 / 14

二人の戦争・穢れ

しおりを挟む
彼は純粋で真っ白だった、だがその彼が血で真っ黒になるのを止めることは出来なかった。








日が開ける少し前。


彼が目を覚ました。


頭が痛い、倦怠感はまだあるが立っていることすら出来なかった夜よりは大分マシといえる。


(生きてるか・・・本当に良かった)
ルシファーは心の底から安堵していた。


彼は寝息を立てているリリスの頭を優しく撫でる。


(ありがとうな、一人で怖かっただろうに。本当にありがとう)


「んっ・・・ん?・・・ルシファー?」
彼女が目を覚ました。


「悪い、起こしちゃったな。おはよう、リリス」


「ルシファー・・・おはよう」
リリスがルシファーを強く抱きしめた。












その頃、トロメアの本国、アディスにて。


城に残っているキングとクイーンを始め高官達が沈痛な面持ちで集まり会議をしていた。


議題は勿論彼等の敵、ルシファーとリリスについてである。




「・・・信じられないな、まさかあいつらが・・・」
キングの一人、オロバスが天を仰いでいる。


「嘘です・・・何かの間違いです・・・何かの・・・」
ワルと仲が良かったオロバスのクイーン、プランシーが涙ぐんでいる。


ウェパル達の訃報を聞いて皆信じられないと言った表情をしていた。




「残念だが事実だ・・・私も悲しい・・・、かけがえのない友を失ってしまったのだからな。だが悲しんでも居られない、直ぐにでもあの賊を討ちその首を彼等の手向けにしようではないか」
アシュラが涙ぐんで全員に語り掛ける、それを聞いて拍手をする者も居た。


だが静かに激昂する者も居た。


「ちょっと良いかい?ウェパル達の死もそうだ、あんたの作戦とやらはもういい加減にしてくれないか」
声に怒気を含めながら話すのはフルカス、それに頷く者も大勢居た。


アシュラの派閥は今のトロメアの最大手だ、腹立たしいがその為に下手な問題を起こすまいとアシュラの方針である戦力を分散させて敵の気力を削ぐという愚策に派閥に入らなかった者は何も言わなかった。


国内の分裂は国の衰退を招くと言う理由もある。


だが差し向けた者は皆殺しにされ犠牲者が増えすぎた、おまけにトロメアの柱だったウェパル達を喪った。


反対派がこれ以上黙っていることは不可能だったのだ。





「フルカス、気持ちは分かるが相手は強敵だ。下手に戦いを挑んで君達にもしもの事があったら取り返しがつかなくなるぞ」
アシュラの言葉に賛同の声を上げる者が居る、だがフルカスも黙っていない。


「うるせぇ、尤もらしい事言ってるんじゃねえぞ。本気で殺すつもりなら最初からファリニシュとウェパル達を出しとけばやれていた、俺達全員で向かっても良かった。それをお前は却下したらしいじゃないか。その結果ウェパル達もあいつらの副官達も死んだ、見殺しにしたようなものだ。このまま言う通りにしてたら俺達は全滅だぞ、ここの連中はそれで良いのか?」
フルカスが捲し立てる、本気で憂いてるからこその意見であった。


アシュラに賛同していた者達も少したじろいでいる。


「聞き捨てならないな、まるで私が国を瓦解させようとしているように聞こえるぞ」


「そうじゃなきゃ何だって言うんだ、賛同した連中で反対する連中を押さえつけて」


「そこまでだフルカス」


フルカスの言葉を遮った者が居た、モロクである。


「お前・・・どこ行ってたんだよ、こんな大事な時に・・・」
モロク達はここ暫く城を離れていたのである、それがいきなり議場に入ってきた為フルカスは心底驚かされた。


「・・・色々あったんだ、皆にも伝える暇が無くてな。すまなかった」
モロクはそれだけ言うとクイーンのウォソと共に席へ着いた。


「いや・・・良いんだ、無事だったならな」
戦友友人の帰還にそれだけ伝えるフルカス、心なしかどこか安堵した表情をしている。


音沙汰無い事を心配していたのである。




「さて、割り込んですまなかった。私の意見だがフルカス、今は分断より団結を優先するべきだ」


「おい・・・本気で言ってるのか?此奴のせいで」
全く想定外の相手への助け船に先程と一転、声を荒げるフルカス、だがモロクはどこ吹く風で場を仕切る。


「アシュラ殿、何か反論は?」


「すまない、私が甘かった・・・陛下を危険な目に遭わせた連中を許せなくて焦ってしまっていた、フルカス殿とこの場の皆に謝罪しよう」
アシュラは深々と頭を下げる。


すっかり態度を変えてしまった、これでまだ責めていてはフルカスの立場が悪くなる。


「だが私は賊に償わせてやりたい、陛下には一宿一飯の恩義がある。これを返さなくては男として、武人として一生の恥だ」
そして力強い声で続けた。


「独断専行してしまった事を謝罪する、不満が溜るのも尤もだ。此れからは協力したい、どうか仇討ちを共に果たしてはくれないか?」
次々拍手が起き始めた、そしてアシュラを励ますような言葉が聞こえてくる。


最早完全にフルカスの主張を挟む場所は無い、その事を痛感し彼はクイーンのマルサスと静かにその場を去った。



「白黒付けた方が良いのは確かだ、でもそれだけじゃ無いだろう・・・」
この言葉は熱狂している仲間達には届かなかった、マルサスが静かに彼を慰めた。














「なあ、そろそろ行かないか?」


「うーん、もう少しだけ」
ルシファーとリリスは朝食を済ませた、そして抱擁を交わしていた。


直ぐに済ますつもりだったのにリリスがもう少しと言い続け10分程この時間が続いていた。




「ごめんね、なんか安心しちゃってつい」
リリスはとても嬉しそうだった、相当安心したのだろう。


「まあ良いよ、嫌じゃないし。じゃあ今度こそ本当に行こうか」


「うん!」
















再び歩みを進め始めた彼等、また地図で地形を確認し丁寧に足跡などを避け魔獣を含める別の生き物と接触を避ける事を続けていた。


その甲斐あってかやはり襲撃は無い。





今の彼等としては出来れば人とも会いたくは無かった。


味方かどうか分からないというのもあるが世間一般で悪魔族と言うのはすごく心証が悪いのである。


理由は言わずもがな、トロメアの行っていた行為のせいだ。


勘づかれれば何をされるか分かったものではない。


(・・・)


(・・・)
そしてそれなりの時間が経ってからのこと、日が落ち始めていた空の下で二人はあるものを見つけていた。


見なかった事にしようとも思った、だが一縷の望みを掛けてみる価値は十二分にあるものだった。


「これどう思う?」


「・・・人里のマークだよな、多分」
地図上に家が集まっていると見れそうなマークが書いてあったのだ。


おまけにそこまで離れていないと来ている。


「・・・ルシファー」
マークを神妙な顔で見つめるリリス。


「困ったな・・・」
本気で困った顔をするルシファー、板挟みで彼は苦悩している。





先程も述べたが悪魔族の心証はとても悪い、隠して接触してもこの物騒な時世だ、怪しまれれば襲われる可能性は十分に考えられた。

魔獣が闊歩している危険な森を抜けるなら普通は十人近いメンバーで何が起きても良いようにするのが一般的であった、なのに若者二人で抜けてくるなど怪しいにも程がある。



「・・・どうかな?」
保護者の機嫌を伺う子供のようにリリスが顔色を伺ってくる、恐らく彼は良い返事を簡単に出さないと知っている為だった。


「・・・意味分かってるんだよな?」


「うん」


リリスとしては譲りたくは無かった。


寝床もそうだが人里には魔獣除けの結界がある、魔獣の襲撃を気にしなくて良いのだ。


「・・・私もだけど貴方も疲れ、抜けてないでしょ?」


「・・・まあ、そうだな」
彼は言い返せなかった。


毛布に包まっているとは言え堅い木の上で寝てばかり、無意識に襲撃を警戒しているから深い眠りにも落ちれない、本当に最低限の休息しか取れていないのだ。


「駄目だったら?」


「・・・話し合い、で・・・無理なら強引にでも」
彼女の目は本気であった。


だが思い直したかのようにリリスが謝る。


「・・・ごめん、流石に言い過ぎたね」


「・・・いや、分かった。俺もリリスには休んで欲しいからな。良い人かもしれないし、もしかしたらバレないかもしれないし」
少し空気が悪くなってしまったので流れを変えようとしたルシファー。


彼としても彼女の気持ちはすごく分かった、実際休めるならこれ以上ない程ありがたい。



「よし、行こう」


「・・・その、良いの?」


「うん、良い。どのみち何が起きても一緒に乗り越えるって決めたばかりだし、多分大丈夫だ」


「・・・ありがとう」


「早く行こう、完全に日が落ちてからだと面倒だ」


「うん!」











「ルシファー」


「どうした?」


「うん、相談がね」


今の彼等は先程話していた向かっている途中である、暗くなって魔獣が活発になってしまえば行動は難しくなるのであまり時間は無い。


「私達の事なんて話そうかなって、一応打ち合わせした方が良いと思うの」
確かにその通りであった。


「・・・そうだな」
ルシファーが考える、嘘をつくのは本意では無いが身を守るためだ。


「何か考えは?」


「護衛の人達と離れちゃったとか」


「うーん、なるほど・・・」


「どう?」


「金を出せって言われたら・・・言い返せない気がする」
彼等に金品の類いはほぼ無い、護衛を雇えると言うことはそれなりに金があるという証左にもなってしまう。


何より着ている物もそこまで上質で無い、考えすぎかもしれないが突っ込まれればボロが出てしまう可能性は否定しきれない。


「やっぱり言われちゃうかな?」


「金品は一番分かりやすいし無いとは言い切れないと思う・・・」



「だったら・・・」


「また思いついたか?」


「金持ちの護衛に付いてたけどはぐれちゃった・・・とかは?」


「・・・行けるかな」


「それだったらあまり言われない・・・と思う。身なりが綺麗じゃ無くてもあまり違和感ないだろうし」


「まあ他に思いつかないし・・・よし、それで行こう」
そう言うとルシファーは地図を確認する。


「もうすぐか」


「何とか日が落ちきる前に着けたね」


「ああ、本当に良かった。さて」


二人は大きく深呼吸をした。


「行こう・・・」


「だな・・・バレるとやばい嘘をつかないと行けないって滅茶苦茶ドキドキするな・・・」


「うん・・・分かる気がする、ちょっとお腹痛くなりそう・・・」
リリスも不安を口にした。


だが魔獣を気にしないで良い寝床を手に入れられるメリットは大きい、ここまで来て行かない選択肢は無い。


改めて深呼吸をする二人。


「よし」


「行こう」


腹を括り歩みを速めていく。







「・・・おかしいな」


「うん・・・嫌な予感してきた・・・」
彼等は程なくして地図の場所に着いた、そこは確かに集落であった。



高めの木の柵で囲われ堀で集落全体を囲っている、ここの住人なりに外敵への備えをしている証だ。


だが明らかにおかしいのだ、明かりが全く付いておらず入り口に番兵すらいない。


外敵は魔獣だけで無く賊などもいる。


それも戦争のせいで増加していたのだ。


故郷を失った者、働き手を失って手を染めるしか無い者、脱走兵、そう言った原因が積み重なっていた。






「民家が暗いのはなんとなく分かる、光源の節約とかあるだろうしな。でも外まで完全にってどういうことだ・・・」


「結界は生きてるみたい、魔獣は入ってこれないよ。・・・とりあえず行ってみない?外よりは安全かもしれないし・・・」


番兵がいない為に更に接近し一通り調べた二人、もう日は落ちきってしまっている為にリリスの言う通りにした。






「・・・誰も居ないね」


外からも分かったことだったがやはり明かりは一切無い、時間が止まったかのような静寂で満たされている。


リリスの手を握るルシファーの力が強まった。


「反応ないかみてもらっても良いか?」


「うん、良いよ」


リリスが能力を使った、魔獣除けの結界があるために多少なら力を使う事が出来るのだ。


だが結界があまり強くないために長時間に使用は出来ない。




「どうだ?」


「うん、何も居ないね。でも一応見てみない?」


「だな、流石にこのままだと動きづらいし」


そう言うと木材を拝借、簡易的な松明を作成した。



「さて・・・見て回るか」


「よし、じゃあ行こうか・・・」



そう言って彼等は安全確保のための探索を始めた。


リリスの探知では生者しか分からない、もしかしたら死者の無念が残って凶暴化したレイスやスペクター等の霊がいる可能性。


他にも無人の原因が襲撃者による物ならその痕跡を見つけ新しい物なら警戒する必要もある。結界は魔力を漏らさないようにし魔獣に見つけられないようにし避けるという物、なので魔獣以外なら普通に見付けることが出来てしまう。


つまり住人といざこざは避けられたがまだまだ安心できる状況には程遠いのだ。




「所々壊れてるね」


「だな、でもちょっと古いな、至る所が埃被ってるし」


争いがあったのは確かのようだが年月が結構経っているのが見受けられた。


そのまま二人は他の家も見て回ったが所々破壊されているのが確認できた。




「うーん・・・」


「リリス、あれどう思う?」
ルシファーが言ったのは破壊の跡のことだ。


「人間技では無いと思う、かと言って結界があるから魔獣ではないし」


この集落の民家は木で作られていた、だが立派な太さを持つ木材を壁に使っており中々頑丈な作りだと言える。


その壁が穿たれていた、しかし玄関の戸締まりはされている。



「爆弾でも使わないと人間で壊すのは無理だろうね」


「悪魔族・・・だろうな」


「その考えが自然だろうね・・・」
お互いの顔色が曇る。



人間離れした破壊の跡、見当たらない血痕。


知性と強大な力を持ち尚且つ各地で行方不明者を出している、トロメアの仕業と考えた。



間違いなく住人はトロメアに誘拐された、血痕は一切無いのがその証拠だ。


しっかりした作りの住居を作っているあたりそれなりの備えはあっただろう、ただの賊に一切の血痕を出させず無力化させるなんて出来るとは思えなかった。




「・・・」


「・・・」
主が帰ってこない民家に入り言葉無く座り込む二人。


「・・・こういうところ、他にもたくさんあるんだろうね・・・」


「頭では分かってたつもりだけどいざ目の当たりにすると結構辛いな・・・」
そして連れて帰り泣き叫んで命乞いしているであろう相手をするのだ、フォルネウス達が終わりにしたがっていた理由を改めて理解出来てしまった。


正常な思考の持ち主なら間違いなく精神を病んでしまう。



「・・・」


「・・・」
無言になる二人。



「・・・休もうか」


「だな、それが目的で来たし・・・」
ショッキングなものを見てはしまったが彼等は頭を切り替えた、そして携帯食料を口にし出した。


埃が積もっている所を見るに訪れた者は久しく居ない、誰かしらが寝床にしているということは恐らく無いと思って良い。


墓場でキャンプするかの如き罰当たり行為と言われても仕方ない、だが今の彼等にとってここは最適な寝床なのだ。




食事を済ませ埃を払うなど簡易的な掃除を済ます二人、少し抵抗はあるが待ちに待った睡眠を取ることにした。


いきなり故郷を失い戦いに戦いを重ねここまで強行軍、本当に久し振りの人らしい就寝である。


「ごめんなさい、お借りします」


「お借りします、ありがとう」


誰に届くわけでも無い謝罪を口にした二人、何時ものように仲良く毛布に包まり言葉を交わすまでも無く直ぐに眠りに落ちた。












「ほお、素晴らしい。それならばきっと勝てるでしょうな」


「ああ、だから頼む。俺達に行かせてくれ」



まだトロメアでの会議は続いていた、フルカス達が議場から去った後の話題、次の作戦をどうするかだ。



立候補者は直ぐに現れた、彼等ルシファー・リリスに敗北、虜囚にされた屈辱からやる気に満ちあふれたアイムである。


その彼が秘策があると言いアシュラに頼み込んでいた、そしてそれを聞いたアシュラや一部の者は期待出来ると喜んでいる。


だがそれ以外の者は怪訝な顔をする者までおりあまりいい顔をしていなかった。




「・・・アイム、本当にそれをやる気か?」
席から立ち上がりオロバスが異を唱える。


「当たり前です、オロバス。もう決意しました」
だがこの若者アイムは堂々と言い放つ。


「・・・ウェパル達を討たれて仇討ちをしたいのだろう、気持ちは分かる。だがそのやり方は・・・これ以上手を汚さなくても良いのではないか?せめて他の作戦を一緒に考えよう」
オロバスは彼の気持ちに同情を示しながらも考えを改めるように説得を試みる。




ウェパルはキングの中でも新参者であるアイムをよく気に掛けていた。


アイムもそんなウェパルに恩義を感じていた。


だがこの間の騒動の折、アイム達は捕虜にされルシファー・リリスは逃げ出した。


そしてウェパル達はルシファー・リリスに敗北し死亡した。




オロバスの言葉を心から心配したものだった、だが彼には届かなかった。


そのまま唇を怒りに震わせアイムは言い放った。


「無理です・・・俺達が、いや、俺がもう少しちゃんとしてればあの時勝ってたんですよ。そう思うと吐きそうになって頭を叩き割りたくなるんです。勝ってれば・・・誰も死なずに済んでいたんです・・・帰ってこない仲間達、残された家族、それを思うとおかしくなりそうでした。そしてウェパルさん達まで・・・もう無理です、彼奴らだけは・・・絶対に、絶対に俺達が殺します」


腹から絞り出すように訴えかけるアイム、生半可な決意では無いのは痛い程オロバスやこの場の皆にも伝わった。


それでもオロバスは食い下がる。


「・・・危険だ、作戦もそうだが今の話を聞いては余計に行かせられない。そんな心理状況で戦って勝てる相手ではないだろう、考え直せ。考え直してくれ」


仲間を死なせたくないのも勿論だ、だがそれ以上に今のアイムの眼は似ていた。


禁術でソロモンを葬る決意を話しているガープの眼に、止めなければとオロバスは必死に訴える。




だがまたしても横槍が入り叶わなくなった。


「もう良いではないですか、オロバス殿」
アシュラである。


「彼の気持ちも汲んでやってください、若者に花を持たせるもの大事なことですよ」
アシュラはアイムの肩に手を乗せ更に続ける。


「ここまでの決意と確かなプランを持っているのです、心配なのも分かります。ですが任せてみても良いでしょう。オロバス殿?」


「オロバス、俺達なら大丈夫だから。だから吉報を待っていてくれ」
彼の決意を称えるかのように拍手が巻き起こる。


「やはりトロメアの方々は素晴らしい、未来ある若者を守るために必死に止めようとしたオロバス殿。かたや皆を守る為に意思と決意を持って前に進もうとするアイム殿、そのどちらの在り方も美しく感動的だ。ガープ陛下は本当に良い部下に恵まれたな」
そういって涙ぐむアシュラ、更に場が湧き上がる。




先程のフルカスと同様オロバスも意見を挟めなくなってしまった。


「アイム・・・お前は本当にそれで良いのか・・・」
力なく座り込むオロバス。


「オロバス・・・もう良いわ、これ以上は無理よ・・・」
ブランシーが彼を慰める、間違いなく彼等の負けだ。


「・・・すまないブランシー、もう少しだけ良いか?」
だがオロバスはある人物を見て言った。


「ええ、良いわよ」



議場の外に彼等は来た、月明かりが静かに照らしている。


「何のようだ?」


「教えろ、なぜ止めなかった。フルカスの話の時もそうだ、何故やつの肩を持った?お前が止めればあんな作戦はアシュラも通さなかっただろうに」


それぞれのクイーンに見守らせながらオロバスはモロクに詰め寄る。


「必要ないと思ったからだ、今の最大勢力はアシュラの派閥。それが分断をもたらせば国は一気に瓦解する、今度は恩赦など有り得ないだろう。今は協力こそが最善だ、今はな」


「・・・」
オロバスは黙る、モロクの態度は変わらない、しかしこの男は愚かでは無い。


今はという言葉に込められた意味を考えた、だがそれでももう一つ言わなければならないことがある。




「・・・分かった。だがアイムのあの作戦を何故止めなかった?お前も知っているだろう?これ以上アイムの心の傷を増やさせるべきじゃないんだよ・・・」


アイムはトロメアに席を置いているキングの中で圧倒的に経験が浅い、貴重な飛行能力を持っていたが非道に成りきれない性格から前の戦いでは殆ど前線に向かわせてもらえなかったという過去を持つ。


だがこの戦争ではそう言っていられなくなった、トロメアが圧倒的に弱体化して人手が足らないからだ。


彼は未熟ながらイブリスと一緒に必死に戦った、ソロモンを葬るという大義のために大勢の人を犠牲にし心を磨り減らした。


そんな彼を支えたのはイブリス、そして未熟な彼を励ましてくれたガープやウェパルだった。


「相手を憎んでいるのは分かる、だがあのやり方では・・・」


オロバスが訴える、モロクも痛い程分かっている話だ。


勝ったとしてもあのやり方は心に消えない爪痕を残す、ずっと無理していたのに追い打ちを掛けるようなものだ。


年長者として守るべきなのは痛い程モロクも分かっている話である。


だがモロクも告げなくてはならないことがある、鉛の如く重たい唇を開いた。




「すまない・・・」
小声で、大柄のモロクに似合わない囁くような声。


「何?」
思わず聞き返してしまうオロバス。


「手遅れだった・・・もう会議の時点で準備が出来てしまっていた・・・止められなかった」


「・・・・・・馬鹿者が」
力無く嘯くオロバス、無力さに打ちひしがれて最早涙すら出なかった。


モロクはオロバスから静かに離れ背を向けた。


「・・・今は待て、とにかくそれだけだ」
そんなオロバスに一言だけ告げて伴侶と去って行った。



今のオロバスにはもう何も言う気力も無かった。




















「・・・おはよう」


「・・・うん」


朝である、まだ二人の思考がぼやけている。


顔を見合わせる。


「無事だよね?」
リリスがルシファーの頬を弄ぶ。


「だよ」
彼はされるがままである。


本当はどちらかが見張りにと思っていたのだが彼等二人とも寝てしまっていた。


結果的に無事だったから良かったが魔獣以外なら結界は普通に越えてしまう、今後は気をつけなければいけない。



「いい加減行かないとな」
暫くしてルシファーが切り出す、残った携帯食料で朝食は済ませた。


「だね・・・」


「どうした?」


「目が覚めたら夢だったらな・・・なんて思っちゃってね」


「そうだな・・・」
彼等の脳裏に浮かぶのは変わり果てた故郷と人が焼けた臭い、そして焼け落ちた我が家だ。


頭から離れない光景だが残念ながら夢では無い、全て現実である。


「・・・行こうか」
少ししてからルシファーが切り出した。


「うん」
言葉を交わさなくても分かる、夢では無いのだ、どれだけ無くなった毎日を焦がれようと進むしかないというのは一致していた。


泣いても戻らない、行くしか無いのだ。









彼等は立ち上がり使わせてもらった建物へ一礼、集落の出口に向かった。



だが集落を出る前にやることがある。


「さて、頼む」



「任せて」
リリスが辺りを探知、敵の位置と種類を調べた。


「まだ悪魔族は居ないわね・・・多分トロメアはまだ動いていないんじゃないかしら」


「・・・居ないなら居ないでチャンスではあるけど不気味だな・・・」


ウェパル達を倒してから二日近く経過した。


それだけ日が経ったのだ、いい加減諦めてくれという気持ちはあるが彼等はどうしても安心しきれない、慎重と言えば聞こえが良いが気にしすぎても息が詰まりそうになる、楽天的な父のバアルが羨ましいとルシファーは思った。


リリスはそんなルシファーを見る。


「ん?どうした?」
リリスがルシファーを抱き締めていた、陰鬱な表情が出ていたのである。


「何とかなるよ、大丈夫」


「ん、ありがと」


「良いんだよ、よしよし」
リリスは嬉しそうに微笑んだ。












天気は穏やか、こんな状況でなかったらピクニックでも行きたいくらいには過ごしやすい日であった。


ルシファーとリリスは黙々と街道を歩き続けていた。


街道は都市へと移動するために整備された道だ、ここを進み続けるのは一番の近道と言える。


遮蔽物が無いために油断は出来ないが悪魔族の反応が察知できないうちに進んでしまおうという魂胆であった。





「・・・」


「・・・」


会話は無い、リリスが話かけた。


「ルシファー?」


「今度はどうした?」


「えーっと・・・お話ししようって思っただけよ」


「いきなりだな」
ルシファーが苦笑する。


「なんかまた表情堅かったからさ、気持ちは分かるけど力入れすぎるともたないよ」


「ああ、すまん。力入っちゃって、想像していたより進めていないから・・・」
ルシファーの言葉にリリスも納得した、警戒しながら進むというのは彼等の想像を遙かに超える大変さであった。


「たしかに避けているとどうもね・・・」
このままでは最低一ヶ月くらいはこの生活を覚悟しなければならない可能性もあり得てしまう。


「どこか水辺があったらそこで休んでも良いかもな、勿論長居は出来ないけど体くらいは洗いたいだろ?」
リリスが水辺と聞いて元気になった。


「そうだね、洗いっこしないとね!」


「え・・・洗いっこって・・・外だぞ?誰か居たらどうする」


「外だからだよ、直ぐ側なら危ない人が来ても即座に対応できるでしょ?」


「そうかな・・・」


「そうだよ」


「うーん、そうか・・・?」


納得し掛かったルシファー、だが楽しい会話はここまでとなった。






「あれ・・・足跡だね」


彼等の歩いている街道を足跡が横切っていたのである。


「数は2つ、靴の形か?一つは小さいし、それに・・・新しいな。そう時間は経っていないと思う」


この辺りに人はあまり通らない地域である。魔獣もそうだが戦争の影響で治安が悪化、外を出歩く者は護衛を連れた商人くらいしかいない。


だが数は2と少なく、一つは小さい、間違いなく商人では無い。


おまけにわざわざ街道を横切って手入れのされていない茂った森の方に向かっているように見える。


「大きさから察するに子供かな・・・」


「それに、これだとまるで森へ逃げたようにも見えるな。身を隠すためか?」


「・・・」


「・・・」
彼等は無言で足跡を見つめ考え込む。


「どう思う?」


「関わらない方が良い、って言ってる自分と向かった方が良いって言ってる自分が居る・・・こんな状況なのにな」
自嘲気味に笑うルシファー。


「奇遇だね、私もだよ」


「余計なお世話かな・・・」


「良いじゃない?そういう所好きよ」


「・・・」


「・・・」


「行こうか」


「賛成」







そこからの行動はとても速かった。


先ずリリスが一瞬だけ能力を解放、二人組とそれを追っている魔獣を見付ける。


リリスが手を繋ぎ先導、二人組の元へ向かった。



























「畜生・・・足が・・・」
少年の足から血が出ていた。


「お兄ちゃん・・・逃げないと、私がおんぶするから・・・頑張って、お願い・・・だから」


そして妹が一生懸命足を怪我してしまった少年、自分の兄を担ごうとしている。


歳は兄が10、妹が7程だろうか、今にも泣き出しそうな顔をしながらも小さい体で持ち上げようとしている姿はなんとも痛々しい。


「無理するな・・・お前だけでも逃げてくれ・・・頼む」


「嫌!そんなの絶対嫌!」


二人は数匹の魔獣に追われていた、相手は空から襲ってくるので木々が茂った森に逃げ込み時間を稼ごうという考えであった。


それ自体は間違っていなかった、だが他の魔獣による襲撃で足を怪我してしまい動けなくなっていたのである。


「テュシア・・・聞き分けの無い事を言わないでくれ」
兄、オッフルが痛みに耐えながら必死に訴える。


「嫌・・・一緒じゃ無いと絶対に嫌・・・」


妹が泣き出してしまった、兄と別れるのが余程辛いのだろう。


オッフルもその姿に心を痛める、だが状況は更に最悪になった。


空から身が竦むような金切り声がした、間違いない追っ手だ。


「嗅ぎつけられたか・・・」
剣を握るオッフル、だが相手は飛んでいる上に此方は足を負傷している、逃げる選択肢が潰されている以上抵抗するしか無いが勝てるわけ無い。


(くそ・・・死にたくない・・・やっとチャンスを掴んだのに・・・)
必死に打開策を考えるがそんなものは浮かぶわけが無かった。


オッフルは妹を抱き締めた。


「お兄ちゃん・・・」


「悪い・・・兄ちゃんやっぱ弱いわ・・・駄目みたいだ・・・」
強がること無く彼は事実を告げた、もう自決か上空の捕食者に食い散らかされる未来しか無い。


幸か不幸か空が見えないレベルで森が茂っている為に相手は直ぐにやってこない、だが金切り声は段々増えているのが分かる。


仲間でも呼んでいるのだろう。


もう直ぐ相手は天然のバリケードを突き破り此方に来る、ならばせめて妹と最期まで一緒に居よう。オッフルはそう決断した。


「お兄ちゃん?」


「ごめんな・・・やっと出られたのに・・・」


「ううん・・・最期に一緒なのが、お兄ちゃんで良かった」
その言葉に彼は泣きそうになる、だが彼はせめて笑顔を浮かべた。





そんな時上空から悲鳴が上がり騒がしくなった。














(数は10、結構居るね)


(これ以上呼ばれる前に片付ける、そしたら撒餌を撒いてさっさと離れよう)


(任せて!)


彼等が来た。


食物連鎖のピラミッドで言うならオッフルとデュシアの上が魔獣達、ならば悪魔族のキングとクイーンの彼等はその上だ。


ましてや統制も何も無い有象無象、これ以上集まる前に殲滅してしまえば何も問題は無かった。





魔獣の群れはハーピィ、女性の裸体みたいな胴体に鳥の翼と脚を生やしたような魔族である。


凄まじい悪臭を放ち群れで行動、上空から一斉に襲い掛かり獲物を食い散らかす。


飛んでいるために普通の兵士でも苦戦する、だが魔族の中では最下位のヒエラルキー、彼等の敵にはならない。




悪魔族、それもルーラーという飛びっきりの獲物が向かってくる。


先程まで襲う気満々だった真下の兄妹など見向きもせずその場の魔獣達全員が向かってくる方向へ首を向けた。


次の瞬間2匹が魔力弾で削ぎ落とされ墜ちていった。


(命中、残り8)


(よし、もっと行くぞ)


彼等は飛んで兄妹の居る方に向かいながら魔力を溜め始める。


牽制ではなく狙撃用途の為直ぐには撃たずしっかりと狙いを定めていく。


どうせ相手に防ぐ術は無い、襲うことに慣れていても襲われる事には慣れていないのだ。



(お、こっち来るよ)


(分かった、このまま減らしていく)


残った相手が外敵たる此方を引き裂こうと向かってくる、だが飛び道具を持つ相手に正面から向かうなど自殺行為にしかならない。


七面鳥を撃ち落とす猟師の如く魔獣達を撃ち落としたルシファー・リリス、相手も無い知恵を絞り必死に避けたが無駄な足掻きにしかならず肉体に風穴を開けられ墜ちていった。


だが。


(くそっ、一人だけ動きの良いやつがいる)
ルシファーが舌打ちをする、まるで此方の撃つ方を分かっているかのように回避する個体が居たのである。


魔獣の中にも特異な個体が極稀に存在する事がある、元々の資質か多くの命を喰らった結果力を身に付けたのかは定かでは無い、確かなのは生かしておくと危険と言うことだ。



(面倒だね。あれが群れのボスかな、近づいて堕とそう)


(だな、その方が早い)


即座に切り替え剣に手を掛けるルシファー・リリス、ハーピィの攻撃手段は四肢の爪のみ、よって相手には接近戦しかない。


そこを一瞬で叩き斬れば終わりである。


相手が金切り声を上げて向かってくる、ルシファー・リリスは動かず静かに相手を見据える。




これで相手が魔獣じゃなければ彼等の行動に警戒し向かってくることは無かっただろう。




だが所詮獣だ、力量差など分かるはずも無く自分の一挙一動全てが読まれている事など分かるはず無い。




「終わりだ」
剣を一閃、相手は真っ二つになって墜ちていった。








(急ごう)


(うん、反応はまだあるから生きてるみたいだよ)
ルシファー・リリスは勝利の余韻に浸る事も無く直ぐさま二つの反応の元に向かった。








「何なんだ・・・静かになった・・・」


「もしかして・・・助かったの?」
何が起きたのかも分からずキョトンとした顔のテュシア。


「いや、もっとヤバい奴に襲われたのかも・・・何にしても今のうちに逃げよう」
妹に促すオッフル、だが彼は痛みで立ち上がれず地に伏せる事になった。





服を破って止血した傷から血が滲みだしていた。


傷が深かったと言うのもあるがそれだけでは無い、彼の足を傷つけた爪には雑菌が繁殖していたのである。


獲物を引き裂くのに散々使われた不潔な極まりない爪だ、最早毒の爪とも言える。


彼は時間差で効き目が出てきてしまった、運が無かったとしか言い様がない。



「お兄ちゃん!いや・・・しっかりして!」


(やばい・・・寒気が・・・何も考えられない・・・)
意識が飛びそうになる、妹が泣きながら彼に声を掛け続ける。


「・・・ぁ・・・う・・・ぁ」
必死に大丈夫と伝えようとしたが最早言葉にならない事実に焦りが高まっていく。


(死ぬのか・・・寒気が・・・畜生・・・)


妹の声すら届かなくなるのにそう時間はかからなかった。






















「・・・あれ?」
開口一番オッフルの言った言葉だ、彼はギリギリで命を繋ぎ止めていた。


星空が綺麗な夜、横には妹が寝息を立てている、そして目の前には知らない男女が居た。


「お、目が覚めたか・・・良かった」


「結構危なかったのよ、具合は?」


銀髪の青年と緑青の髪の美女が声を掛けてきた。


困惑しつつもオッフルは答えた。


「えっと・・・はい。何とか」
どうやら助けた人達らしいこと、それととても心配してくれているのが分かる。


「あの、俺に一体何があったんですか?とても寒気がしてたのは覚えています」


「魔獣にやれたんだろ?彼奴らの爪は腐った肉の食べ滓でとても汚いんだよ、それで怪我をさせられると傷口からやられて死に至る事も少なくないんだ」


「幸い私達そういう薬持ち歩いてるから使ったの、朝までしっかり休めば歩くくらいは出来るようになると思うわ」


「そんな、見ず知らずの俺に薬なんて・・・」


「気にしないで良いのよ、作り方なら分かってるし」


「そうだ、今は休んでくれ。事情なら妹さんから多少は聞いた。人攫いの連中から逃げてきたんだってな」


「・・・はい」
オッフルは俯いて答える、そしてリリスが大事なことを思い出した。


「あ、自己紹介がまだだったね。私はリリス」


「ルシファーだ、よろしく」


「・・・えっと、オッフルです。それで妹のテュシア。助けてくれてありがとうございました」
少し間を置いてオッフルも改めて名乗った。














助けた彼、オッフルから聞いた話は酷い有様だった。


人を人と思わない恐ろしい集団、人攫いの連中は彼等と家族等を家畜のように扱っていたらしい。


狭い檻に押し込められ粗末な食事しか与えられず定期的に誰かしら連れ出されていく、当然のようにその人は帰ってこない、誰もが次は自分かと怯えきっていたそうだ。


だが大人達が奮起、その中で年少だった彼等だけでも逃がそうとあらゆる手を尽くした。


そして彼等兄妹の脱走は成功、助けを呼ぶために必死に逃げていたのだ。






「そこから剣一本で・・・よく無事だったな」


「運が良かっただけですよ・・・結局死にかけてましたし」


「でも助かったじゃない、生きていれば大体なんとかなるものよ」




「あの、ところでお二人はどうしてここに?」
オッフルが聞き返してきた、当然の疑問であろう。


「・・・」


「・・・」
二人が黙る。


「どうしました?」


オッフルの妹であるテュシアは彼等が悪魔族と言うことを知っている、最初は警戒されたが魔獣を倒した事、そして薬で兄の手当をしてあげると警戒は解いてくれた。


だが兄である彼も同じように害意が無いと信じてくれるかは分からない、それを考えてしまい尻込みをしてしまった。


「・・・逃げてきたのよ、同じ悪魔族に住んでいた場所を焼かれて・・・ね」


「同じ・・・?と言うことは貴方達も?」
オッフルは驚きを隠せない様子、直ぐにルシファーが話し出した。


「ああ・・・そうだ。怖いかもしれない、世間からどう思われているかは知っている。けど俺達は襲われでもしない限り戦うつもりは無い」


「襲われでもって、俺達を助けたのはどうしてですか?貴方達には関係が無い・・・ですよね?メリットも無い、何か企んでいるんですか?」
オッフルの言葉に力が入り始める、疑念が混ざっているのが嫌という程聞いていて伝わってしまう。


この無力な兄妹を助けたところで利益がないのはどんな愚か者でも分かる話だ、無理もないだろう。


「信じて貰えないかもしれないけど本当に偶然だったの。貴方達兄妹の逃げていた足跡を見付けて、片方は小さい子供。こんな森の中で只事じゃないって思ってね・・・」


「おまけに魔獣の反応も近くにあった。余計なお世話かもしれないが見捨てておけなかったんだ」
ルシファーもリリスも人の子だ、覚悟していたとはいえこう言った反応をされてしまえば傷つく。


「さて、話はこれくらいにしよう。もう休め、日が出始めたら直ぐに出ないと危ないぞ」


「うん、私達で見張りはやっておくから」
彼等が話を切り上げようとした。


だがオッフルがそれを阻止した。


「あの・・・」


「どうした?」


「・・・すいません、つい熱くなってしまって・・・俺達を攫ったのは悪魔族だったんです・・・」


「悪魔族が・・・」


「はい・・・なので・・・お二人もと聞いて熱くなってしまいました・・・悪魔族の人が全員あんな最悪の連中じゃないなんて少し考えれば分かることなのにごめんなさい」
オッフルが深々と頭を下げ謝罪する。


「頭を上げて?そういう事情なら尚更仕方ないわ、私達なら大丈夫だから」
リリスが微笑みかける。


「はい・・・ありがとうございます」


「悪魔族か・・・助けを呼ぶって言ってたけど当てはあるのか?」


「いえ・・・それが全く。先ずはどこか街まで逃げられればって思ってて」


「必死だったから仕方ないか・・・でも、街・・・か」


「この辺りだと大きいのは無いと思う、一番近くてエデンじゃないかしら」


「そんな・・・どれくらいの距離ですか?」
オッフルが狼狽する、外が危険であるため知る機会が無かったのだろう。


「なんとも言えないな、接敵を避けるととても時間が掛かる。長くて一ヶ月くらいかもしれない」
ルシファーが事実を告げた。


「そんな・・・」


「・・・」


「・・・」


彼等が目を合わせ頷いた。


「二人が良ければだけど、一緒に来ないか?」


「私達も追われているから安全を完璧に保証は出来ないけど生き残れる可能性は上がると思うの。どうかな?」


最早乗りかかった船、そしてこの兄妹の事を他人事とも思えなかった彼等はこの提案をした。


「でも俺達何もお役に立てないですよ・・・良いんですか?」


「良いよ、全然気にしない」


「さっきも言ったけど見捨てておけなかった、助けた理由はそれだけだ。ここまで来たら最後まで面倒を見たい、迷惑なら俺達は引き下がるよ」


「・・・そんな、迷惑なんて。お願いします、出来ることなら何でもしますのでよろしくお願いします」
再び頭を下げるオッフル、大分態度が軟化している、少しは信頼して貰えたのかとルシファーとリリスも安心した。


「うん!こちらこそよろしく」


「よろしくな」


彼等は堅い握手を交わし短い間だが一緒の旅をすることになった、相変わらずトロメアが仕掛けてこない不安要素はあるが目の前の彼等も見捨てられない。


責任は増えてしまったかもしれない、だが後悔していなかった。


知っていて見ないふりをしてしまうというのはずっと心に残ってしまうからだ、彼等はそれを理解していた。













夜明けが来た、光が暗闇を打ち払っていく。


そんな中彼等は少し早い目覚めを迎えていた、日が出たら直ぐ向かうためである。



「え・・・本当に良いんですか?一緒に居ても」
テュシアは兄から事情を聞き信じられないと言った表情をしている。


「良いのよ、方角も殆ど一緒みたいだしね」


「ああ、それに両親の知り合いが居てな。その人に会って話せれば早く助けを呼べるかもしれない、だから無事に着くまでお兄さんの言うことを絶対聞くんだぞ」


「はい!」
テュシアは笑顔で返事をした。


「それじゃあ、少し早いけど出発しましょうか」


「はい、お願いします!」


「お願いします!」
息ぴったりの返事をする兄妹、少し微笑ましく思えた。


夜の冷気で冷え切っていた森が日に照らされる、少しづつ気温が上がっていくのが分かる。


「行こうか」



















一行の居た場所は森の奥、街道から結構外れていた。


先ず目指すのは最短の近道、一番分かりやすいのは街道から向かうことだろう。


そしてやはり悪魔族の反応は察知できなかった、その為に最初の方針を取ることに彼等はしたのである。


魔獣を寄せないために歩かないといけないのが難点だが仕方ないことだった。






「静かに」
ルシファーが小声で伝える。


「ぁ・・・!」


「はい・・・」
ルシファーが発見したのは何かが通った跡だ、兄妹は言いつけを良く守って指示に従った。


ルシファーとリリスが確認する、しっかりと手は握っている。


「どうしました?」
オッフルが聞いた。


「何かを引きずった跡みたいだ」
何か大きい物が這ったような跡がある。


「私達の行きたい方向に伸びてるね・・・迂回しなきゃ」


「引きずった跡ってどういうことですか?」


「多分だけど何かが獲物を仕留めてあっちに引きずっていったのよ」


「このまま行ったら鉢合わせだったんですね・・・やっぱり戦うって事は無理なんですか?力を使わないでだったら魔獣も寄ってこないですよね?」
オッフルが聞く、彼等としては急ぎたいのだから迂回は避けたい気持ちは分からなくない。


だがしっかりと例外は無いことを伝えた。


「急いでいる気持ちは分かる。けど悪いな、危ない橋は渡れないんだ。消耗を避けないと生き残るのは不可能だ」


「ごめんね、でもいざって時はちゃんと戦うからね」


「お兄ちゃん、無理言っちゃ駄目よ。ちゃんとルシファーさんとリリスさんの言うことは聞かないと」
兄を妹が窘める、彼女の言葉は守ってもらう立場なのだからと言うことを含めていた。


「それもそうだ・・・ごめんなさい。生意気言ってしまいました」
再び頭を下げて謝罪するオッフル。


「いいって、一々下げないでくれ。それに急ぎたい気持ちは分かるよ、気にしないで良い」
彼の気持ちも尊重しつつルシファーが優しく言った、だが。


「待ってルシファー」
その言葉でルシファーの目の色が変わった。


「どうした」


「・・・視線感じる」
全員に緊張が走る。


「側を離れるなよ」
ルシファーが言う、先程とは違い別人のような冷たさすら感じさせる。


だがそれだけ警戒しなければならないと言うことだ、兄妹はそれに異論を唱えるような真似はしなかった。


「あの・・・どうすればいいでしょうか?」


「とりあえずキョロキョロしないでくれ」


「気付いていないフリですね?」
小声で話す一行、テュシアが彼等の意図を直ぐに察した。


「そういうこと、良い子ね」


足を一瞬止めたが直ぐに歩き出した彼等、地図で迂回路を確認し街道を目指す、そして相手の出方を伺う。


暫く歩き続ける彼等。



(結局まだ来るのか・・・)


(仕方ないね・・・)
まだ来る相手に呆れを示す彼等、恐らく敵はトロメアだろう。


気付くのが遅れるレベルの尾行を賊が出来るとは思えない、そう言った事も学んでいるからこそ分かる。


そして視線を感じられてしまう程の距離に相手は居る、逃げるのは無理であろう。


「あの・・・大丈夫ですか?」
表情が険しい彼等を慮ったのかテュシアが歩きながら視線を変えずに聞いてくる、彼等は迷ったが事実を伝えた。


「落ち着いて聞いて、戦いが避けられないかも・・・」


「オッフル、俺達から離れないように。それといざという時はテュシアを守ってくれ」


「やっぱりですか・・・それにしてもこんなに早くだなんて・・・」


「悪い・・・多分俺達を追ってた奴らだ、動きが無かったのに急に来やがって・・・」


「何をしてくるか分からないわ、合図をするまでは絶対私達から離れないでね」


「はい、お二人も頑張ってくださいね」


「ありがとう」


「ああ、頑張るよ」


その言葉と同時にルシファー・リリスは能力を解放、魔力弾の先制攻撃を放った。





当たり前のように相手は先制攻撃を回避、分散し行動を開始した。



(数は?)


(4、やっぱり悪魔族だよ!残りの二人は別の方向に行ったみたい)


前方から二人、木を伝い彼等目掛けて猛追してきた。


魔法で撃ち落とせる速さではない、ウェパル達に匹敵するかもしれない。


(嘘でしょ何これ・・・)
リリスも驚きを隠せない。


そして確信した、トロメアだとしても間違いなく雑兵ではない。


「リリス!」


(今!)
先ずは一撃、相手の攻撃を打ち払う。


打ち払われた相手はすかさず離脱、だが二人目が迫ってきた。


(今!)
凄まじい金属音が響き二人目の攻撃もルシファー・リリスに打ち払われた。


(リリス、残りは?)


敵が距離を取った、そして彼等は察した。




(あ!動きが止まった、来るよ!)


彼等目掛けて閃光が挟み込むように飛来、だがルシファー・リリスは迷い無く剣を手放し両手でバリアを展開、攻撃を弾いた。


「ひぃ・・・」


「っ・・・」
背中の兄妹が震えているのが分かる。


当たり前だ、死が目の前に迫ったのだから。








目標を仕留め損ねた閃光が二つ、弾き飛ばされ凄まじい爆発を起こした。


今度は爆発の巻き起こした煙に紛れて黒い影が襲い掛かってきた。


(うわ、やっぱり来た)
リリスが毒づいた、この程度は予知するまでもない結果だ。


(これは・・・)


目の前の危機に対し彼等は即断した。







バリアは魔法を弾くのに特化している、その為に物理攻撃には耐性がないという欠点があった。


このまま受け止めたらバリアごと砕かれる可能性がある。


なので受け止める選択肢は有り得ない。


敵は速い、剣を拾う暇は無い。


避ける選択肢も無い、ルシファー・リリスだけなら回避し一撃という事も出来たが今は二人だけでは無いので無理だ。


後ろの彼等に被害が行くのは避けなければならない。


不本意だが手段は一つしか無かった。







次の瞬間黒い影、彼等を狩りに来た刺客は鮮血を撒き散らして真っ二つになっていた。


ルシファー・リリスの手には青白い光の刃、魔力の刃が展開されている。


剣が無いならこれしかない、そしてリーチも確実に仕留めるために槍並に長くなっている。


魔力の刃は使い勝手が悪い、魔力を手元に保持し形を保つというのはとても集中力を使うのだ、通常より長いなら尚更である。


おまけに少しでも乱れれば腕が吹き飛ぶレベルの爆発を起こす可能性もある。


使わないに越したことは無いのだ。











敵は二人始末したが彼等の顔には脂汗が浮かび頭痛がしていた、ぶっつけ本番にしては辛い物があった。


(悪い・・・無茶させた・・・)


(気にしないで、まだ二人居るからさっさと倒そう)


(・・・だな)


「おい、生きてるよな?」


「はい、ここに」


「は・・・い・・・ちょっと怖いけど私達は大丈夫です・・・」
二人とも声に震えはあるが健在なのは分かる。


「よし・・・そのままにしててくれよ」
それだけ声を掛け彼等は再び敵に意識を向ける。


だがまたしても攻撃が飛来した、今度は先程のような隙間を縫った一撃で無く絶え間ない弾幕だ。


(くそっ、鬱陶しい・・・)


(弾も結構速い、威力も魔力弾より全然強い。下手に仕掛けたら大怪我しちゃうかもだね・・・)


(全くだ)
彼女の分析にルシファーは同意しかなかった、背中の二人も守る以上状況を冷静に見なければ勝機は無い。


「うぅ・・・まだ相手が・・・」


「テュシア、大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
兄は必死に妹を守っている、恐らく相手は無関係だとしてもこの兄妹を生かす気は無い。


何としても勝たなくては行けなかった。







(ルシファー、相手はあの場から動かないみたい。完全に座り込んで狙い付けてるよ。今のうちの少しづつ整理していこう)
座り込み体勢を安定させ目標を撃つ、狙撃手のような立ち位置なのだろう。


リリスの言うとおり今は状況整理に費やすことにした。





(分かった、距離はどれくらい離れてる?)


(飛べば追いつける距離だけど相手の立ち位置がちょっと問題かな・・・)


(二方向で挟み込むようにか・・・片方に向かったら背中からドカン、と)


(そうなるね・・・)
そして簡単に動き回れないのも分かっているのだろう、厄介であった。


(分かった、近寄るのは無しだな)


方針は決まった。


そしていざ行動、とは行かずまだ彼等は会話を続けていた。




(ところでリリス、相手は四人居たよな。速度に違いはあったか?)


(え?無かったよ、全員同じような速さだったわ。でもそれが・・・ああ、そういうことね)
リリスがルシファーの言いたいことに気付いた。


悪魔族で部隊を組むならなるべく特性は似たような物の方が良いはず、その方が連携を取りやすいからだ。


そして相手の速度に殆ど違いが無かった、と言うことは4人全員が同じ能力を持っている可能性があると言うことだ。


調べなくてはならない、だが彼等だけでは人手が足らなかった。


(・・・ルシファー)


(・・・最低なのは分かってるさ)


(勘違いしないで、泥を被るのは一緒だよ)
















「二人とも、すまないが助けて欲しい」
回りには爆音が響く、ルシファー・リリスは声を張り上げ兄妹に声を掛けた。


「え?そんな、無理ですよ・・・俺達は戦えないです・・・」


「何かあるんですか?」
困惑するも彼等は必死に耳を貸した。


「ああ、ある。すごく大事なことだ」






ルシファー・リリスは背に兄妹を守りながら一箇所に留まり守勢に回っていた。


状況は硬直している、バリアでダメージにもならないがルシファー・リリスも近寄れない、しかし戦いを長引かせれば魔獣が寄ってきて乱戦になる。


恐らくそれが狙いだと彼等は呼んでいた、そうなる前に戦いを終らせなけらばならない。






そして彼等が唐突に走り出した、兄妹もしっかり付いてきている。


だが敵に接近し倒すのでは無い。


目標は目の前に打ち捨てられている敵の死体だ。


黒い外套で顔が分からず四肢も黒装束で地肌が見えない。


攻撃は止まらない、だがルシファー・リリスと兄妹は一気に駆けて死体にまで近寄った。




「俺達が防ぐ、だから頼む」


「はっ、はい」


「はい・・・分かりました」
二人が泣きそうになり戸惑いながらも作業を始めた。


ルシファー・リリスが攻撃を防ぐ、そして兄妹は相手の着ていた衣服を引き裂き始めた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
二人が呟いているのが聞こえる、聞いていて心が痛くなる。


生気を無くした顔、冷たくなり始めた肌など間違いなくトラウマになる光景だろう。


だが相手の能力を探るのが悪魔族との戦いでは状況打開に一番の近道なのだ。


おまけに攻撃に晒されているので彼等だけでは調べることが出来ない、心苦しいが頼むしか無かった。






「や、破り終りました・・・」
二人の顔は引き攣っている、無理も無い。


「ありがとう、もう大丈夫だ」
ルシファー・リリスは感謝の念を込めて優しく告げる。


(リリス、しばらくこのままで居てくれ)


(任せて)
相手の攻撃を防ぐのをリリスに一任、ルシファーは衣服を剥かれた死体に目をやる。


肌、指、爪、それらの特徴と相手の戦い方を思い起こし当てはまる物が無いかルシファーは必死に思い出す。


そして絞り込めた。


(・・・なるほどな)


(分かった?)


(毛むくじゃらの四肢、くっきりした指紋、さっきの木を伝う時の機動力、此奴らの力は恐らくハヌマーンだ)



猿などの類人猿は滑り止めの為指紋が人よりくっきりしている、そう言った猿に近い進化をしている魔族はハヌマーンがいた。


猿に近い身軽な体躯、そして武器を自在に操り密林を飛び回るように勇猛果敢に戦う、密林地帯ではとても恐れられている存在である。


そして知りたいことは全て知れたと言える、これで作戦に確実性が増した。


(・・・外れたらごめん)


(良いよ、大丈夫。多分何とかなるって)
リリスは優しく言った。






「あ、あの・・・」


「大丈夫だ、もう少しで終わる。それより二人は姿勢低くしておいてくれ。少し危なくなるかもしれないからな」


「はい・・・分かりました!」


二人の返事は聞こえた、行動開始だ。






爆音が響き続けている、相手はもう作戦を変えるつもりは無いらしい。


(攻撃と攻撃の間は3秒程、相手の様子を見る限りこれ以上は速くならないと思うよ)
リリスが告げる。


魔法の制御には集中力を使う、多用すればそれなりに疲労するのだ。


リリスは攻撃を続けている相手の様子をずっと観察していた。


そして息遣い、瞬き等から相手は精一杯の速さで攻撃をしていると読んでいた。


(なるほどな)


(あと悪い知らせが・・・)


(・・・新手か)
声音から察するルシファー。


(うん、さっき避けた奴が気付いたみたいでね・・・)


(困ったな・・・)


(ごめん、相手見るのに集中しすぎてたよ・・・)


(いや、気にしないでくれ。次のタイミングで仕掛けるぞ)
恐らく余計なのに乱入されれば全員生存と言うのは不可能になる、失敗は許されない。



「二人とも、合図をしたらそのまま出来るだけ息を止めて目を瞑っていてくれ」
ルシファー・リリスの言葉に兄妹は頷いた。



これで準備完了である。




作戦は決まっている、周囲の様子は確認済みだ。




そして一番知りたかったこと、能力が同じならば相手の能力に猛禽類やグリフォン並の視力、コウモリや猫、カーバングル並の聴力等は無いのは確認済みだ。






再び閃光が飛来、彼等は先程のように防ぎ弾き飛ばす。




だがただ防いだのでは無い。


本来は魔力を分散させ減衰させるのがバリアだ、しかし彼等は分散させず近くにあった大木の根元へ当たるように弾き飛ばしていた。




直撃した相手の魔法が大木の根元をごっそり削り取る、ダメ押しに彼等が魔力弾を叩き込んだ。



「今だ!」
彼等の合図で兄妹が目を瞑り息を止める。




そして支えを失った大木が此方の近くに倒れ込み凄まじい土煙を巻き上げる。


勿論倒れる角度などは計算済みで彼等を押し潰す事は無い、大きさや太さも障害物としては申し分ない。


(これで良し、相手ので一発か二発くらいなら防げるよ)
リリスが選定した結果だ、これで心配ない。





土煙は彼等を飲み込み姿を完全に隠してしまった、挟み込むように立っていた襲撃者達はお互いの姿も見ることが出来ない。




おまけに大木が障害物になっているせいで彼等を狙えなくなってしまった。




襲撃者達は舌打ちをする、本当の所はこのまま引いても良かった、十分に暴れ釘付けにしたからだ。




だが相手を殺さなければ彼等は罰せられる、無断の出撃だったからである。




襲撃者達はお互いの姿を見ることは出来ないが直ぐに同じ行動を取ろうとした。




狙撃位置を変え再びの攻撃に入る、相手は何故か子供を連れている為そう簡単に移動はできない、今がチャンスなのだ。




そう思うと気が焦った。










そして木が倒れ土煙に包まれて直ぐのルシファー・リリス。




今の彼等は土煙に包まれ目を開けることは出来ない。




だがリリスのおかげで相手の位置等は全て把握している、視界が塞がったくらいではルーラーは止まらないのだ。




そして最後の仕上げだ、相手が移動する前に仕留める必要がある。




(さて、頼むな)




(任せて)
リリスが力強い返事をする。




相手の能力は恐らくハヌマーン、並外れた視力と聴力等は無い、だが身体能力が凄まじいのは確かだ。



このまま煙を飛び出して斬り掛かっても仕留めきれるか怪しい、それどころかもう一人に背中から撃たれる危険がある。




なので片方を足止め、そしてその隙に片方を撃破しなければならない。




その為の下準備、土煙と障害物は用意した、土煙は完全にあたりを覆っている。




そして襲撃者達を別ち視認を困難にしていた。




(先ずは一つ)
ルシファー・リリスの左手に魔力が即座に圧縮、光輪を作り出した。


彼等の手の中で光の輪が高速回転しする。


小さいながらその破壊力は恐ろしい、魔法ならば魔力をズタズタに切り裂き形を保てなく、物質であれば単純に切り刻み破壊してしまう。


魔力を固定し動きを加える、という動作の難易度が高いために連続で使えない欠点はある。


だが障害物を貫通し相手を急襲するにはこの上なく覿面な魔法だ、おまけに土煙に紛れての攻撃、相手は肝を潰すのは間違いない。




(よし・・・行くぞ!)




ルシファーの声を合図に全力で光輪を投合、投げられた光輪は目の前の大木に穴を穿うがち移動しようとした襲撃者の片割れへ襲い掛かった。




そして投合と同時に放たれた矢の如く彼等も煙を飛び出した。



(一気に・・・)




(確実に!)




心を一つにし彼等は仕上げに入る。




そして狙いは後方の敵、魔力を一気に解放、移動する体勢に入っていた敵を猛追した。




相手はルシファー・リリスの速さに呆気にとられる、だがそこはベテランの戦士、一瞬で迎撃態勢に切り替えたのは流石としか言い様がない。




相手はルシファー・リリスの軌道を即座に読み足に力を溜めた、そして魔力弾を撃つ準備に入る。




(心配は無い、確かに恐ろしい速さだが見切れる。あいつも気付いている筈、土煙に紛れて襲い掛かるのは良い作戦だが背中から撃ち抜いてこっちの勝ちだ)




(よし、来てみろ!)
相手は瞬きもしないレベルで意識を集中させる。




そしてルシファー・リリスが目の前にまで迫り剣で横薙ぎに斬り掛かった。




だがその剣は掠りもしない、虚しく空を切る。




相手は一瞬で宙高く飛び上がり回避、魔力弾を彼等の頭部目掛けて撃とうとした次の瞬間、帰ってきた光輪に真っ二つにされ絶命した。




「あと一つ」
降り注ぐ血を浴びながら無関心に言い放つ、ルシファー・リリスが残りを始末しに行こうとした。






この仕上げ、必要な物は3つあった。


敵の分断、囮、本命の一撃だ。




先ず敵の分断。


視界を塞ぎ連携を断って数の利を潰す、ついでに障害物を作り兄妹も守る、目を付けたのは大木だ。


この場所があまり手を加えられていない森林地帯だったのが幸いだった、その為丁度良さそうな木は直ぐ見つかった。


それに土煙も思いの外巻き起こせたために労せず視界を潰す目的も達成できてしまった。




次に囮だ。


相手は速い、リリスの予知を使っても攻撃を外す可能性は十分あり得る。


なので二段重ねの攻撃を彼等は選んだ。


囮は彼等自身、全力に近い猛スピードで襲い掛かれば敵は意識を集中せざる終えない、そして本命への反応を疎かにさせ狩るという物。




最後に本命の一撃。


これは光輪が担った。


投げてから軌道を変えられるようにしたことで、別方向からの不意打ちが可能になった。


そして今回は前方に居た相手を一回、そして忘れた頃に背後から一回、避けたらそのままルシファー・リリスが向かった相手を倒すといったものである。




ちなみに、相手が最初のを避けても煙のせいで反対側は確認できない。


これだけで一瞬足は止まり援護は遅れる、挙げ句にもたつけば軌道を変えた光輪に襲われる。




煙を突っ切っての合流も無いと読んでいた。


理由は簡単、相手は煙の中では見えず、そしてルーラーの彼等には見えている。


突っ切って来たらそこを撃ち抜くつもりだった、それが分からない相手では無かったらしい。




危惧していたような能力、桁外れの視力や聴力を持っていれば分断はされずこうはならなかった。


だがなってしまった。




些か手間取ったがこれで完全にルシファー・リリスの王手だ。








(・・・)


(終わったかなこりゃ、しくじったか・・・)
遺された一人は立ち尽くしていた、相方の死を直感で感じ取っていたのだ。


(あの輪っか、俺が避けたらそのまま煙の中突っ込んで行きやがった・・・おまけに彼奴らは向こう岸に・・・いっそ帰っちまうか?)


(どうせ俺は剣はからっきし、多分まともに向かっていけば斬り合いにすらならないで殺される・・・)


(今帰れば処刑は免れないだろうな・・・貴重な石持ち出したんだから。でも帰れば故郷の地で死ねるんだよな・・・)


襲撃者は考えた。


彼とて人の子、故郷で死にたいと思うのも無理ないだろう。


(なんちゃってな、こんな汚れきった俺達がそんな綺麗に死ねるわけ無いんだよ。せめて意地見せてやろうか、ウェパル、ワル、死に急いじまってすまないな)
受け入れた襲撃者戦士は自嘲気味に一人笑った。









位置は分かっている、向かってきている魔獣以外敵は居ない。


もう遠慮はいらない。


(逃げないんだね)


(なら死んでもらうだけだ)


一直線に標的を仕留めに行こうとした彼等、だが煙を切り裂き閃光が飛来した。


寸前でバリアで防ぐことは出来た、だが攻撃を散らし切れず鉄の塊で殴りつけられたかのような衝撃で飛行態勢に入れなかった。




(見えないはずなのに当ててきた?)


(気をつけて、なんかさっきより強くなってる)
彼等の驚きが隠せない、まだ煙は消えていないのに正確に当てたのだ。


そして先程より速く重たい一撃となっていた。


煙が裂けて視界が開けた、相手の姿がよく見える。




するとまたしても攻撃が飛来、明らかに先程より攻撃の間隔が短く合間を縫って飛び立つのは不可能と言って良い。


(くそ、さっきより激しい・・・これは一体・・・)


(多分だけど・・・相当無理しているよ、息が凄く荒いもん。こんなペースで長く持たないって)


(また厄介だな・・・でも相手が倒れるのを待っている時間は無い)


(作戦ある?)


(大丈夫だ、もう思いついてるよ)
















彼は既に限界が近かった、魔力の過剰使用で目が酷く霞み、倦怠感が酷い。


恐らくは数分後には気を失っているレベルの衰弱だ。


(身体の節々が死ぬ程痛え・・・)
またしても彼は笑っていた、あまりの激痛で笑うしか無い、そしてこれが何処まで通用するか楽しくて仕方ないと言った笑いだ。


この狙撃用の魔法は破壊力と速度が凄まじい反面連射が利かず反動も凄まじい欠点がある。


本来は一撃必殺、撃ったら1分は身体の保護の為に間を空けなくてはいけない攻撃魔法だった。


それを彼とその相方は先程まで抑え込み連射していた、そして今の彼はそれより速く連射している。


恐らくこのまま撃ち続ければ反動を吸収しきれなくなり骨が外れるなどし始めるだろう。


だがその前に倒すか倒されるか最早彼はそれすら楽しんでいた。


「さあ!来い!殺してみろ!」
彼は仲間を殺した死神に向けて高らかに吠える。


殆ど見えていない目を相手に向け屈してなるものかと告げているようだった。















まるで獅子が吠えているようだった、絶え間ない爆音が響き渡る。


時間としてはほんの一瞬なのだが死ぬかも知れない恐怖に晒されている兄妹には永遠の時間のように思えた。


二人は頭を抑え身体を小さくしている、何が起きているのかは分からないが自分達を守ってくれる人物達の敗北は自分達の死を意味するのは分かっている。


兄妹にも目的がある、ここで死ねない。


彼等は必死に祈っていた。


だが直ぐに爆音が止んだ。


「音が、止まった・・・」


「テュシア!まだそのままだ、俺が確認する。良いな?」


兄の言葉に妹が頷く、もしも襲撃者が勝ったなら直ぐに逃げなくてはならない。


二人は必死に祈った。












「二人とも!」
声がした、聞き慣れた声だった。


「ルシファーさん!」


「リリスさん!」
兄妹は安堵した、勝利を収めた二人が駆け寄ってくる。


「良かったです・・・本当に・・・」


「ありがとな、オッフル。でも話は後だ。魔獣が近付いてる、直ぐに此処を離れるぞ」












それから暫く経った、日が暮れかけていた。


「結構引き離せたかな」


「撒餌も撒いたし大丈夫だと思いたいが・・・」


一気に走ったのだがルシファーとリリスは普段と変わらない様子で会話をしている、対照的に兄妹は肩で息をしており相当応えたようだった。


「二人は大丈夫じゃ無さそうだな・・・」


「ご・・・ごめんなさい・・・」
兄妹はとても辛そうにしている、これ以上進むのは無理だと判断するしか無かった。


「気にしないで良いのよ。あれだけ一気に走ればそうなるのも無理ないし、もう日が暮れそうだからね」


「本当ですね・・・」


日が暮れる、つまりは魔獣の時間だ。


「もう少しで街道行けそうだけど無理は止めておこう、急いで休む支度しないとな」
辺りを見渡すルシファー。



「えっと、木の上に上るんでしたっけ」


「ああ、とりあえず木の上なら地面を歩いてる連中にバレても直ぐに襲われないからな」


「なるべく高めだと良いのよ」


「高めの木・・・えっと、よく分からないです」


「私達で探してくるから貴方達は休んでて」
リリスが優しく言った。


「はい、ありがとうございます」


「すいません、お言葉に甘えますね・・・」
兄妹は好意に甘えることにした、何かしなくてはと思っていたが走りすぎた疲労が酷すぎてそれどころでは無かった。






彼等は兄妹から少し離れて行動していた。


休む場所の木を探す、という理由もあるが少しだけ二人になりたかったという理由もあった。


「あまり離れすぎないようにしないとね」


「そうだな」


「・・・」


「・・・」


暫しの沈黙、先に口を開いたのはルシファーだった。


「また無茶させたな、ありがと」


「良いんだよ、好きでやってるんだし」


先程の戦いのことだ、魔力の制御はクイーンの役目であるために魔法の多様など魔力の使用はクイーンの負担になってしまう。


だがリリスはルシファーにしな垂れ掛かった。


「どうした?」


「うーん、私だけ苦労してる。って言い方いい加減止めて欲しいなってさ」


「でっ・・・」
反論の言葉は出なかった。


否、出せなかったと言える。











「・・・いきなりかよ」
蚊の鳴くような声で抗議するルシファー、頬が少し赤かった。


「ごめんね、我慢できなくなってさ」
彼女リリスが悪戯っぽく笑う。


「でもね、貴方がいないと駄目なんだよ。本当に色々な意味でね?だからすごい感謝してるんだよ、だからさっきみたいな言い方は・・・ね?」


「・・・分かった、気をつける」


「はい、気をつけてね」
リリスは満面の笑みを浮かべる。



















「うわあ・・・凄い高いですね、私達だけじゃ絶対登れないです」
テュシアが少し興奮気味で話している。


あれからルシファーとリリスは木を見付け兄妹を呼んでいた。


そして一時的に飛行、木の上まで彼等を届け休む態勢になっていた。


「こらテュシア、あまり興奮するな。落ちたらどうするんだ」


テュシアはオッフルの膝の上に居る、それなりに大きい木の枝ではあるがスペースはあまり無いので膝の上に座っていた。


ルシファーとリリスも兄妹の近くの枝に寄り添って座っている。


「流石、子供は元気が良いな」
何処となく微笑ましそうにルシファーが眺める。


「あ・・・ごめんなさい。煩くしてしまって」


「そんなに遠慮しないで。高いところって何かテンション上がるわよね」
萎縮してしまったテュシアにリリスが微笑みながら言った、彼女も高いところは好きなのだ。


「本当、何から何まですいません。さっきも助けてもらったし、今も上に上げてもらってしまって」


「オッフル、いい加減そっちも遠慮しないでくれていい。今は一緒の場所を目指してる仲だろ」


「はい・・・ありがとうございます」


またオッフルが彼等に礼を言った、だがルシファーの表情は少し曇っている。


リリスも同様だった。


「あの、どうしましたか?」


「さっきの事だ」
ルシファーが言った、深刻な表情をしている。


「さっきの?って・・・」
オッフルが首をかしげる。


「襲撃された時の事じゃ・・・」


「そうよテュシアちゃん、貴方達に手伝わせちゃったでしょ?本当にごめんなさい・・・」
リリスが言う、すると二人が深々と頭を下げた。


彼等の表情は沈痛だった、なるべく早めに謝らなければならないと気にしていたのである。


「ちょっと待ってください、どうしたんですか」


「あんなことさせて二人の心に傷を負わせてしまったらって後悔してたんだ。もう少し何か考えついていれば・・・謝って許されないのは分かっている、だけど本当にすまなかった」


「・・・確かに怖かったです、冷たくなってきてて凄い顔してましたから・・・」


「テュシア、お前・・・」
オッフルが何か言いたそうにした、だが妹は続けた。


「でも守ってくれました、私達に被害が及ばないように気遣ってくれてましたし。私達なら大丈夫です、捕まっている時に怖い物見ちゃってましたし。だからお二人は何も気にしないでください」


「あ、あの。俺も同じ気持ちです。だから本当気にしないでください、お願いします」




この兄妹への認識を改めなければならない、この言葉に彼等はそう思わされた。


「そうか・・・分かった」


「ごめんなさい、子供扱いして」


「そんな、謝らないで下さいよ」


「あ、あの!」
テュシアが大声で割って入った、一同いきなりの大声にキョトンとする。


「何か食べませんか?逃げる時に取ってきた携帯食料が少しですが残っているのでルシファーさんとリリスさんもどうでしょうか?」
そう言って彼女は鞄から物を取り出す。


「そうだな、助かるよ。俺達の持ってるやつも少し乏しくなってきててさ」


「ありがたく貰うわね」


「どうぞ!」
オッフルが二人の居る枝に向かって食料の袋を投げ渡した。





だがそれを見てルシファーとリリスは一瞬固まった。


「あの、どうかしましたか?」


「いえ、何でも無いわ。初めて見るからどんな味なのかなって気になってね」
リリスが直ぐに取り繕った、夜でなかったら動揺した様子をしっかり見られてしまっていたかもしれない。


「いただくよ、ありがとうな」


「はい!」
テュシアは少し嬉しそうにしていた。





それからは特に会話も無かった、ルシファーとリリスが会話をしようとしなかったのもあった。




この兄妹との触れ合いは本当に短い間だったが彼等に人の暖かさを思い出させてくれていた時間だった。


だが彼等が見てしまった物はそれを無に返し壊してしまう程の衝撃だった。


今すぐ口を開けばそれについて聞いてしまいそうになる、そうしたらこの関係は終わってしまう、勝手な考えだが彼等はそう思ってしまった。


それ故その晩はなるべく口を紡ぎ会話をしないようにした。


静かに夜が更けていった。
しおりを挟む

処理中です...