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二人の戦争・深み
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歯車が外れ始めていた。
ルシファー・リリスは切り札を解放した、そして敵を討ち滅ぼした。
だが不思議と怒りは沸かなかった、悲しみを込めて彼等は敵を滅ぼした。
すっかり夜だ、彼等はまた抱き合って木の上で休んでいた。
だが一切の言葉を発していない、食べてすら居なかった。
この間は沈みきったルシファーを励ましていたリリスですら何もしようとしない。
ルシファーも倦怠感はあった、しかしそれ以上に心に負った傷が深すぎており何もする気が起きない。
「・・・起きてる?」
「・・・うん」
数時間ぶりに言葉を交わした。
「寝たらさ・・・夢で見ちゃってさ・・・死ぬ程眠いのに寝れないや・・・」
リリスと抱き合いながらルシファーが伝えてきた。
「私も・・・」
「俺達どうしたら良かったのかな・・・」
「そうだね・・・大人しく殺されてれば良かったかな」
「かもしれないな・・・なあ、死のうか」
「良いかも、このまま落ちようか。それとも剣で刺す?」
「刺すのは・・・ごめん俺が無理だ。落ちようか、この高さだ。落ちれば流石に助からないだろ」
話がトントン拍子に進んでしまう、急斜面の岩が転がり出す如く彼等は死ぬことを考え始めていた。
「よし、じゃあ最期に。ルシファー大好きだよ」
「俺もだ。愛してる、リリス」
だが彼等は飛び立たなかった。
「・・・」
「・・・」
「だめね・・・怖くなってきちゃった・・・」
「あんなに殺した癖に自分達の身は可愛いか・・・我ながら反吐が出るな・・・」
心からの侮蔑だった、最早涙を流す気力すら彼等には無い。
暫く彼等は抱き合ったままでいた、そしてリリスが口を開いた。
「寝ようか、そうしたら少しはすっきりするかも。貴方も怖くないように何時もより強めに抱き締めてあげる」
「・・・分かった」
二人はしっかりと互いを抱き締めた、寝息が聞こえてくるのは直ぐだった。
洞窟の中、ろうそくの明かりだけが辺りを僅かに照らしている。
筋骨隆々の男が怪しい男女の来訪を受けていた。
その来訪者は男にある提案をしていた。
「なあ・・・本当か?」
「ああ、本当だよ。今弱っている彼等を仕留めればトロメアから沢山褒賞金が貰える、おまけに女の方は僕の彼女にも勝るとも劣らない絶世の美女だ。生け捕りに出来れば好きなだけ遊べるよ」
「一つ聞かせてくれ、どうしてその話を俺に?」
「貴方がここら辺一体で五本の指に入る実力者だからですよ。今すぐ戦力を集めて襲えば間に合います、一攫千金のチャンスです。まあ・・・信じないならそれでも構いませんが」
男は少し考え込んだ。
「なあ、その女ってのはどれだけいい女なんだ?」
山賊の頭領でもあるこの男は好色家だった、美女を攫い手下と嬲るのを趣味としているクズ野郎である。
来訪者は男に気付かれないようにほくそ笑んだ。
「恐らくですが、暫く他の女では遊べなくなる位には良い物かと」
それを聞いた男は誰もが嫌悪する程の穢い笑みを浮かべた。
何時もならこんなことは無い、だが今は疲労困憊だったのが仇となった。
「・・・きて!ルシファー!起きて!」
「・・・!」
目が覚めて最初に感じたことは酷いめまい、そして息苦しさと暑苦しさだ、彼等の休んでいた一帯に火を放たれていたのである。
「良かった・・・起きた・・・」
彼の口元に布が当てられている、リリスも相当心配したのか泣きそうな顔だ。
「・・・これは、一体何が・・・」
状況を飲み込めきれないルシファー、リリスが説明しだした。
「なんか変な感じして・・・目が覚めたらこれよ・・・」
リリスは悔しそうにしている、自分が付いていながらこのような目に遭ってしまった事が口惜しいのだ。
「ごめんね、直ぐ起こそうとしたんだけど・・・」
「いや、逝く前に起きれて良かった」
感謝を述べるルシファー、そして直ぐに頭を切り替えた。
彼女一人でも彼を抱えて飛ぶことは出来る、だが火に囲まれて危険に晒されながらも実行しなかった。
直ぐ離脱しようとしなかったのは訳があるに違いないのだ。
「敵は?」
「50人近く・・・丁度四方を囲まれてるわ・・・みんな人間よ」
リリスが苛立ちを抑えきれない様子で伝えた。
「どこの誰か知らないがふざけたことを・・・」
「お頭、これで死んだらどうするんです?」
火に飲まれてる一帯を指差し手下が言った。
「ボロカスの死体とヤる趣味は無いっすよ」
別の手下の言葉に笑いが起きる。
「死んだら死んだでトロメアに知らせるさ、連中なら本人だって見分けるのくらい朝飯前だろう」
頭は一人冷静だった、この男はクズだが獣同然の手下とは違ってまだ物を考えることが出来た。
先ずは一帯に火を放つ、煙と熱で弱らせた所に数の暴力で圧倒する。
(本当はもう少し頭数が欲しいが仕方ない)
部下達には杖や弓矢を持たせている、所詮はごろつきのために練度は期待できないが数で圧せば勝てる可能性もあるだろうという考えだった。
杖は魔力操作を安定させるための道具である、集中力皆無の才能が無い者でも杖があれば魔力弾程度は撃てるようにすることが出来るのだ。
(相手はルーラーらしいが、万全の状態ならこれでもやばい可能性はある、だが疲労しているって話が本当ならまだいけるだろうさ)
生け捕りに出来れば新しい玩具、殺してしまっても莫大な金、勝てさえすればどちらに転んでも悪い話では無い。
そんな中別方面から稲光が見えた、合図である。
「頭!」
「よし、化け物狩りの時間だ!」
周囲の手下達が鬨の声を上げた。
少しだけ前のこと。
「敵の配置は各方面に10人よ」
「分かった・・・上空にも備えをしているかもしれないな・・・よし、森の中を一点突破だ。一気に行くぞ」
「うん、行こう」
彼等もようやく火から飛び出した。
目指すは東、エデンの方面だ。
火の勢いが強くなってきており熱気が辺りを包む、煙で視界も凄まじく悪い。
彼等は可能な限り息を止め肺に煙が入らないようにし目標地点目掛けて飛び去っていく。
(早く抜けないと蒸し焼けになっちゃう・・・)
(くそ・・・どれだけ広い範囲を焼いたんだ・・・)
ルシファーが毒づく、そんな中リリスが不安を口にした。
(ねえ、本当にただの賊なのかな・・・)
(・・・だな)
二人はどうしようもない違和感を感じていた。
敵が人間なのはリリスが調べた通りだ。
だが此方が疲弊していることを知っている、休んでいる箇所を把握しておりそれの対策をするなどあまりにも知りすぎているのだ。
(此方の動きが筒抜け・・・一体・・・)
ルシファーが嘯く、考えれば考える程違和感が気持ち悪さに変化してくる。
トロメアが此方の動きを察知してるなら何故向かってこないのか、他の襲いに来た連中との温度差が不気味すぎる。
得体の知れない何かが自分達に付き纏っている感じがしてルシファーは寒気がした。
(接敵近いよ!)
リリスの言葉で現実に戻されるルシファー、兎に角今は目の前の危機の打開だ。
(分かった、加速して突っ切るぞ)
(このまま一直線に行って。その先に居る人は武器が弓矢だから無力化出来るよ)
リリスのアドバイスに頷くルシファー、物理攻撃であれば彼等の剣で無効化できる、速度も乗せて襲い掛かれば先ず反応は出来ないだろう。
(よし・・・)
剣を握る手に力が入る。
(接敵まで・・・1)
リリスがカウントダウンを始めた。
ルシファーは確実に一撃を叩き込み道を空ける、意識を集中し始めた。
(2)
カウントダウンが進む。
簡単なことだ、リリスのタイミングに合わせて攻撃を出しそのまま離脱する、ルシファーは必死に言い聞かせる。
(3・・・)
(ルシファー!)
煙が晴れた、黒い疾風と化した彼等が賊の一団の前に現れた。
確認できた限りだが相手は皆穢い笑みを浮かべている、手負いの獣でも狩っているつもりなのだろう。
彼等は心底腹が立った。
予定通り機械的に目の前の敵に一閃、相手は多分死んだことすら気付かなかっただろう。
そしてそのまま彼等は飛び去った。
等と言うことは出来ず見えない壁に阻まれる、そして凄まじい電撃に襲われ悲鳴を上げることになった。
「ぐああああ!」
(あああああ!)
時間にして数秒だったが永遠とも取れる激痛に彼等は苦しめられた。
壁が消失し彼等が地面に転がる、激痛でまともに立ち上がれない程だった。
(今のは・・・結界?)
(畜生・・・どうしてこんな連中が・・・)
痛みで意識が飛びかけたが何とか耐えた彼等、罠の正体を直ぐに察し敵の正体が余計に分からなくなった。
結界、設置式の防御壁である。
魔獣除けの結界以外にも様々な用途があるのだが彼等が嵌まってしまったのは犯罪者捕獲用の結界だった。
本来は治安維持の憲兵などが使う物だ、何重にも厳重に保管されている筈の代物、こんな賊が持っているはずが無い。
(やばい・・・こっち来る・・・)
リリスが伝える、だが想像以上の激痛で身体が思った以上に動かせなかった。
「はーい、子猫ちゃん達。元気そうで何よりだねえ」
「自分から罠に飛び込んだアホな悪魔族、火から飛び出したら網だったってずいぶん間抜けな話だな」
品性の欠片も無い笑い声が巻き起こる。
「お前達、何が目的だ・・・トロメアにでも唆されたか?」
相手は上機嫌、ならば少しでも情報を聞き出そうとルシファー・リリスは試みた。
「いや、違うさ。お前らを仕留めれば色々美味しい思いが出来るって俺達の頭が聞いたんだよ」
(聞いた?誰から・・・)
「お前を生け捕るか首級にしちまえばたんまりとトロメアから褒美が貰えるらしくてな」
「で、お前をぶっ殺すか気絶させれば一緒に居る女が出てくるんだろ?滅茶苦茶いい女らしいからちょっと遊ばせて貰おうって寸法さ」
男の一人がまだ身体を動かせないルシファー・リリスの髪の毛を掴んで持ち上げた。
「・・・なるほどな」
「ルーラーなんて言われても大したことないな、こんなに軽い。おい、大人しく女をだしな」
「・・・」
「おいおい、あんまりびびらせるなよ。可哀想だろ?」
再び下品な笑いが巻き起こる。
「そうだな・・・何処の誰だか知らないがリリスがいい女か・・・分かってるじゃないか。とんでもなく美人だし性格も最高だ、一緒に居て飽きない。言葉に表しきれない位最高だ、この先もずっと一緒に居たい人だよ」
「おい・・・何語って」
次の瞬間その男の首が魔力の刃で刎ねられていた。
「何を語ってだ?お前達みたいなクズには指一本触らせないって話だ!」
ルシファー・リリスは剣を取り目の前の獣を葬りに行った。
喧嘩を売る相手を間違えた獣が屍になるには数分掛からなかった。
彼等は血塗れである、個は弱いとは言え疲労した状態では流石にくたびれた。
肩で息をしながら彼等は気力を振り絞り立っていた。
「とりあえず一段落・・・」
(ルシファー・・・あまり休めないかも、敵が直ぐ来てる。馬でも使ってるのかな)
(ああ・・・分かった)
一瞬の沈黙の後リリスが口を開いた。
(あの・・・ありがと)
(どうした?)
(さっきね、相手が言ってる言葉が凄い怖かったの・・・あんな・・・あんな事言われたのこれまで無かったし・・・)
先程のリリスは怯えきっていたのだ。
今まではあんな下品な言葉を言われたことは無かった。
戦うとしても魔獣ばかり、たまに入ってくる侵入者は憲兵隊が対応していた為に関わりようが無かったのである。
(でも貴方の言葉で吹っ切れたんだよ、ありがとうね。ただ・・・いきなりはちょっと照れる・・・)
リリスはとても嬉しそうに照れていた。
(俺は男だからさ、ああいうこと言われた気持ちを完全に理解は出来ないんだ。でも一緒には居られるからって言うのを伝えたかった・・・って言うのかな・・・ああ、えっと、なんて言えば良いかな・・・)
今になって先程の言葉に照れだしたルシファー、リリスはこんな状況でなければ抱き締めて離したくない気持ちになってきた。
だがまだ終わっていない。
(さて・・・続きを凄い聞きたいけど後でね。もう直ぐ来るよ)
(ああ)
(どう攻める?今の状況であの数はちょっと危ないと思うけど)
(逃げるのは無し、多分逃げ切れないだろうからな。腕力強化を使って斬り込むぞ)
(それは危なくない?だって・・・)
(同士討ちを狙うんだ、相手は多分遠距離で戦おうとするからな)
先程倒した連中は全員杖での魔法や弓矢で遠距離戦闘を仕掛けてきていた、接近戦は危ないと聞いていたからだろう。
格上の相手と戦う場合正しい判断と言える。
戦いと縁の無い民衆を徴兵などした場合、槍みたいに長さのある武器や弓など遠距離攻撃できる物を持たせ徒党を組ませる、これだけである程度の成果が期待できてしまう。
相手はそれを分かっているのだろう。
(分かった、それで行こう)
(駄目だったら切り札でも行こう、一瞬だったら身体も耐えられるだろう)
(・・・そうならないようにしたいね)
(だな)
切り札の負荷が凄まじい、万全の状態で使っても丸一日動けないレベルのダメージが入るのに疲労が溜っている状態で使えばどうなるか分からない。
それだけは避けたいと心から願い彼等は再びの戦場に突入した。
一人、また一人敵が膾のように切り裂かれていく、腕力強化のおかげで彼等の剣はまともに受け止められない程の一撃となっていた。
三方から向かってきた敵は北で合流、頭率いる軍人上がりの親衛隊数名を後続に、その他の手下が先鋒となり一直線に彼等の居る東側へ向かってきた。
その様は恐ろしい物だった、獲物を嬲り奪い尽くす事しか考えていないのが嫌でも伝わってくる。
全員が馬に乗っておりどこから奪ったのか継ぎ接ぎの甲冑を身に付けていた。
恐らく普通の悪魔族ならまともにぶつかれば苦戦は免れないのは間違いない。
だが彼等は一切恐れなかった。
いきなり真っ正面から全力で加速し突撃、遠距離武器の長所を潰すために撃たれる前に飛び込んだのだ。
敵は総崩れだった、堂々と突っ込まれその際の風圧で先頭の一団が吹き飛ばされた。
「なんだ?何が起きた」
離れていた頭が異常を察知する、そして次から次へ悲鳴と怒号が聞こえてきた。
そして最初に接敵した一団。
「畜生が・・・撃て!撃て!撃ち殺せ!」
賊は当初の作戦通り相手を囲み数の利を生かそうとした、杖から魔力弾を撃ち縦横無尽に味方を殺し回るルシファー・リリスを撃とうとしたのだ。
だが放たれた弾丸は全て掠りもしない、全ての軌道はリリスに読まれルシファーは最適な回避ルートを導き出し実行する。
そしてルシファー・リリスの近くに居た賊を撃ち抜き命を奪っていく。
「くそが・・・何なんだよ此奴ら・・・弱ってるんじゃないのかよ・・・」
賊達の焦りが増していく。
賊に仲間意識など欠片もない、だが全て回避され代わりに一緒に居た連中が死んでいく様は恐ろしいとしか言い様がないだろう。
おまけに弱っている彼等を馬と飛び道具で追い立て狩りをする、仕留めれば褒美と聞いていたのにまるで話が違うのだ。
そして怯んでいる内に彼等は賊を一人一人確実に切り刻んでいく。
此処で退いていればまだ良かったかもしれない。
だが連中は勝てる戦い、否、戦いとすら呼べない略奪しかしてこなかったようなろくでなしである。
それにもう一つ大きな理由があった、頭率いる親衛隊だ。
この場に居る哀れな賊達は退けば親衛隊に羽虫のように殺される。
この者達はその恐怖をよく分かっていた、だがそれでも生き残れば褒美が貰えるのだ。
その為に戦争で荒れ果てた故郷で死ぬのを待つくらいなら命懸けで奪うのを賊達は迷わず選んだ。
結局賊達は撤退を選ばず無駄だと感じた遠距離戦闘を放棄、剣を抜いて彼等に襲い掛かった。
(作戦成功)
(想定通りか、さっさと殺そう)
幾ら数が居ても所詮は烏合の衆と言うことか、連携など考えもせず頭に血が上った相手は我先にと向かってくる。
最早哀れだった、彼等は左手に魔力を溜め始めた。
ここからは一方的と言わざる終えなかった。
「殺せええ!」
賊達が彼等目掛けて向かってくる。
相手は自棄になり興奮しきっている、そのせいで余計に考えられない頭が更に使い物にならなくなっていた。
ルシファー・リリスには翼があるという基本的な事すら欠如していたのだ。
相手が怒号をあげて迫ってくる、命懸けの叫びだ、普通なら恐怖するだろう。
だがルシファー・リリスにはその様が酷く無様にしか見えなかった。
彼等は己のアドバンテージを最大限に生かし手の届かない高さまで飛び立った。
するとまだ飛び道具を捨ててなかった何人かが彼等を落とそうと撃ってきた。
「こんなしょぼいの当たるかよ」
精度も大したことない、おまけに先程より撃つ人数が減った弓矢や魔力弾、当たりそうな物だけ無力化し後は避ける素振りすら見せなかった。
そして
「お前ら全員地獄行きだ」
冷たく言い放った。
彼等は飛んだまま左手の魔力を解放、魔力弾を連続で拡散させて制圧射撃を開始した。
これは彼等が対軍用に考えた魔法、魔力弾を拡散させて加害範囲の拡大を狙った物である。
魔力弾の派生である為に彼等は特に名前を付けなかった。
一発の威力は拡散させるから通常の魔力弾よりも弾が小さいために少なくなる、だが当たれば肉は抉れ急所に当たれば死に至る。
そして魔力での攻撃は物理的に防げないのだ、熱で溶けるチーズが如く容易に貫通してしまう。
その為継ぎ接ぎの甲冑など存在しないにも等しい、おまけに上空から降らされたのだ。
防ぐ手立てなど全くなかった賊達は良くて重傷、最悪死亡と誰一人無事な者が居ない地獄が出来上がった。
(離れたところにまだ何人か居るみたい、向かってきてるよ)
(なるほど分かった・・・さてはそいつらがボスか)
彼等は辺りを見回した、するとまだ何人か息がある者が居たのが確認できた。
腕が削がれた者、足を潰された者、息がある者は皆虫の息だった。
そんな相手を彼等は躊躇わず撃った。
一人、また一人と頭が弾け飛び血を撒き散らす。
「ま・・・待ってくれ、たす」
命乞いをしようとした一人を撃ち抜いた。
息がある者達は恐怖した。
「お願いだ・・・頼むよ・・・俺達が悪かっ」
また一人、頭を撃ち抜く。
最早我慢ならない、賊は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ひっ・・・嫌だ・・・まだ」
また一人、頭が欠けた。
「来ないで・・・来ないでくれえ」
足をやられて這いつくばっていた連中に片っ端から剣を振り下ろす、離れている生き残りの背中を撃ち抜き絶命させる。
死んだふりをする者も居たがそんなのは彼等に通用しなかった、皆等しく撃ち抜かれた。
彼等は生き残りを許さなかった。
自分達の敵、死ねば良い。
自分達の中を邪魔する奴全員、死ねば良い。
相手の降伏は本心からだった、だが関係なかった。
前に立った、なら死ね、それだけだった。
そして彼は笑っていた。
確実に歯車が外れ始めていた。
命乞いをする最後の生き残りに剣を突き立てる。
煩かったが直ぐに静かになった。
「さて、次は彼奴らか」
(ルシファー、魔獣も来てるわ)
(ああ分かった)
まだ敵は来る、残りは後から来る親衛隊と頭だ。
彼等は地を踏みしめ両手を敵の居る方向に向けた。
そして詠唱を開始、魔力を圧縮し始めた。
その10秒後この場に向かっていた敵の残りは跡形なく消滅した。
何が起きたのかすら分からず消し飛ぶ、力に任せて他人を虐げゴミのように扱った愚か者達には相応しい最期だろう。
(・・・反応消滅だよ)
(そうか・・・呆気ないな)
やはり彼は笑っていた、リリスはその笑いにとても嫌な予感がした。
少しだけ間を置きリリスが切り出した。
(よし、じゃあ逃げようか)
(嫌だ)
彼は即答だった、そして殺意を剥き出しにしたまま血の付いた剣を握っている。
彼女は聞いた。
(・・・聞かせて、どうして?)
(もううんざりなんだ・・・なあ、ここら一帯のを全員殺そう。心配ないさ、俺達なら出来る)
(ルシファー、本気で殺しきれると思ってるの?相手は・・・)
(さっきも言っただろう、もううんざりなんだよ。ごちゃごちゃごちゃごちゃと・・・もう皆殺しにすれば良い、そうすれば逃げ回らなくて済むんだ。あの兄妹みたいに無駄に死ななくて済む、俺達の本気を見せてやればトロメアだってもう来ないだろう。な?これで全部解決するんだよ)
彼は笑いを浮かべている。
あの兄妹、オッフルとテュシア、トロメアに哀れに使われた犠牲者達。
その名を出されリリスは悲痛な表情を浮かべた。
このようなことを言い出した原因は過度なストレスに晒され続けたからと言うのもあるのだろう、そしてあの兄妹の死、そして先程の賊の群れが引き金になったのだろう。
先程の行った生き残りへの仕打ちの時も彼女は止めようとした、だが彼はならば自分だけでやると言った為に彼女は折れた。
だがこればかりは譲るわけには行かなかった。
リリスは能力を解除し彼を抱き締めた。
そして彼が何か言わんとする前に語り掛けた。
「よしよし」
「・・・」
「力抜こうね。肩の力抜いて、リラックスしようね。・・・ごめんね、私が近くに居たのにね・・・」
次第に涙を流すリリス。
彼の心をすくい上げないといけない、彼女は優しく背を撫で語り掛ける。
「・・・ごめん、俺・・・」
ルシファーも次第に涙を流し始めた。
「大丈夫、貴方はまだ戻れる。今は・・・逃げようね」
リリスが優しく語り掛ける、彼は泣きながらゆっくり頷いた。
「ああ・・・」
そして離れようとした時だ、ルシファーの力が抜けたように倒れ込んだ。
「!うそ・・・ルシファー・・・」
リリスが力無くもたれ掛かる彼に驚き小さな悲鳴を上げる。
だが彼女は直ぐに彼の呼吸があることに安堵した。
「良かった・・・まあ、そりゃ疲れちゃったよね・・・後でお話ししようね」
彼女は彼に優しく語り掛ける。
ただでさえ消耗していたのに寝ていた途中で叩き起されたのだ、むしろここまで戦えたことが奇跡としか言い様がない。
出来ればずっと二人きりで居たい、だがそうはいかない。
「でもこのままじゃその奇跡すら台無しになっちゃうね・・・」
リリスは一人嘯いた。
本当の所彼女の魔力も集中力も残っていなかった、回復しきっていない状態ながらも先程の乱戦で全力を尽くしていたのである。
詰みと言って良い状況だった。
彼女は再び周囲の気配を探った、派手に暴れ回ったために戦いは不可避だろうが敵の集まりが薄いところへ向かえばまだ生存の可能性はあると考えたのだ。
だが彼女は思いがけないものが向かっていることに気付いたのだった。
目が覚めた、彼が居たのは室内だった。
窓から見える限り外は夜のようだった、あまり新しくは無いがベッドに寝かせられている。
彼には何が起きたのか分からなかった。
「・・・・・・えっと・・・リリス!」
この場に居ない彼女の名前を呼び彼が飛び起きる、独りならば最悪だった。
(もしかして捕まったのか・・・くそ・・・くそが・・・ふざけやがって)
リリスがどこに居るのか分からないが刺し違えてでも彼女の元に辿り着く、彼はそう決心した。
恐る恐るドアノブに手を掛けるルシファー。
(鍵が開いている・・・随分余裕なんだな)
武器になりそうな物を見付け次第誰か一人捕まえてリリスの場所を聞く、彼一人でもそれなりに戦えるため奇襲さえ出来れば勝ち目はあった。
頭の中でシミュレーション、ゆっくり物音を立てないようにドアノブを動かしドアを開けた。
リリスが居た。
対面した両者の頭がフリーズした。
「・・・・・・ルシファー!」
リリスが全力で目を覚ました彼を抱き締める。
「・・・え?」
「大丈夫?気分悪くない?痛いところは?」
困惑するルシファーをリリスが質問攻めにする。
彼女はいたって元気だ、先程のシミュレーションは完全に無駄だったということである。
そんな中聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「こらこら、起きたばかりで嬉しいのは分かるがいきなり激しいよリリスちゃん」
そこに居たのは柔和な印象の初老の男性、憲兵隊隊長にしてベリアルの父、ブファスだった。
リビングに向かい合って腰掛けた二人とブファス、彼は二人の無事を心から喜んでくれた。
「さて、本当に君達だけでも無事で良かった・・・」
ブファスはリリスから大体の事情は聞いていた。
大工だったボグルボーの魔獣化に始まり、ルシファーの両親であるバアルとテレサが行方不明、トロメアが接触してきたこと、協力を取り付けたが暗殺未遂の嫌疑を掛けられ逃げてきたこと、シトリーが滅ぼされて誰が生き残っているかも分からないこと、エデンのオーディンを頼ろうとしていた事、ソロモンの事まで聞いていた。
「色々ありすぎたね、正直驚いたよ。それにしてもシトリーまでやられたとはね・・・」
「ごめんなさい、帰れたときにはもう・・・」
「君達のせいでは無い・・・責めちゃいけないよ」
「はい・・・」
「それよりも先ずはシトリーを襲ったルーラーについて教えよう、多分いつかは知ることになる話だ。リリスちゃんはルシファー君が起きてからって話だったから君が聞くのも始めてだね」
「はい、一体誰なんですか?」
「・・・あいつらはトロメアの所属だよ。魔法研究に携わって居る研究者さ」
二人は驚いて一瞬声が出なかった。
「そんな、どうして・・・」
ルシファーがその先を言おうとした、だがブファスがそれに被せた。
「ルシファー君、君の目の付け所は凄く良いと思うよ。トロメアはプロフェッショナルだ、彼等に協力をして貰えば直ぐに見つかっただろう」
彼は何か言いたげに俯く、その様子を見てブファスは更に続けた。
「もう一回言おう、君のトロメアを頼ろうと思った判断は何も間違っていない。それにガープの自殺行為を続けさせれば僕達に未来は無かった。最善は無理でも少しでも良くしようとしたのは凄く良い事だよ」
ブファスは優しく言う。
「それに・・・あちらが一枚岩じゃ無かったなんて分かるはずが無いさ・・・間違いなくこの状況を引き起こした誰かの差し金だよ」
「はい・・・」
自分も子供を亡くしたかもしれないのにこの人なりに慰めようとしてくれている、その優しさがとても彼に沁みた。
「まあ、あれだ。状況はとても悪い、けど、まだ終わってはいないんだよ。だから出来ることを確実にしよう。そうすればソロモンの事、トロメアの事、きっと解決できるさ」
二人はその言葉に頷いた。
「とりあえず今日は休んだらどうかな?ルシファー君はまだ疲れてるだろうし」
たしかにその通りだった、だが聞かなければ幾つか聞かなければならないことがある。
「その・・・その前にブファスさんに何があったのか教えてもらえませんか?」
ブファスは一連のゴタゴタの前に姿が見えなくなっていた、何か知っているのかもしれない事を彼等は期待した。
「ああ・・・だよね・・・気になるよね・・・」
ブファスはカップの茶を啜り深い溜息をついた。
彼はゆっくりと話し始めた。
「夜になってお仕事終わってさあ帰ろうって思ったときだよ、詰め所で嫌な予感がしたんだ。慌てて能力を使ったら変な連中に囲まれていたらしくてね」
「変な連中?」
「よく分からないんだ。なんか魔獣とも違う、暗くてよく見えなかったんだけど気持ち悪い上にとてつもなく強かったんだ、助けを呼びに行く隙を見付けるのも出来ずに逃げ回っていたらとんでもない光に包まれて・・・気付いたら森の中さ・・・」
「光って・・・」
二人が顔を見合わせた。
「たしかに、もしかしたら君達の言ってた石かもしれない、でも誰が持っているかって話だしそもそももう確かめようが無いんだよね・・・」
「うぅん・・・たしかに」
「かろうじて分かる事としては誰かが裏切っているってのは確定って事かな・・・」
ルシファーとリリスはあの時の考えがあってしまっていた事に、ブファスは身の回りにそんな人物がいた事に気分が落ち込んだ。
「疑いたくないなあ・・・みんな良い子だったのになあ・・・」
本当に信頼しきっていたのだろう、相当ショックなのが分かり見ていて辛い。
「あの・・・気持ちは分かりますが憲兵隊の詰め所に敵が居るなんてやっぱり誰かが手引きしたとしか思えないですって」
「それに・・・ストラスさんに虚偽の報告をしたのも憲兵隊だったわけですし」
ボグルボーの家に異常は無かった、という虚偽の報告だ。
見落としにしても不自然としか思えなかった。
結局この報告をしたのが誰だったのか、調べに行ったソフィアとも会えず終いになり結果を聞けなかったのがルシファー達は歯痒かった。
「うん、分かっているさ・・・でももう一つあるんだ、多分居るんだなってのがね・・・」
「それは?」
「・・・イポス達だよ。彼等はたしかに強いさ、でも憲兵隊のみんなとベリアル達が戦えば負ける事は多分無い。あくまでもイポス達は研究者だからね」
その話を聞いて思い起こしたルシファーとリリス。
「・・・たしかに」
「強いかったといえば強かったですが・・・ベリアル達の方が全然上でしたね」
魔法や能力での不意打ちには驚かされたが総合的には彼等が何度も手合わせしているベリアル達には及ばなかった。
「だろう?だから裏切り者のせいで瓦解でもさせられていないとイポス達がシトリーを滅ぼすなんてまず無理な話なんだよ、憲兵隊以外にも悪魔族の大人は居たわけだし」
ルーラーは強い、だが無敵では無い。
普通の悪魔族よりも多くの魔力を使えクイーンの探知で敵の位置を割り出せ先手を打てる、切り札を使えば大軍の殲滅も可能、たしかに強いが基本は人間と変わらない。
休まず戦っていれば疲れるし切り札は反動が大きすぎる、そしてどうしても個人の技量には限界があるのだ。
つまり普通の悪魔族でも大勢ならば理論上勝つ事は出来てしまう、そこにベリアル達が加われば研究者で戦いが本職では無いイポス達に勝ち目はほぼ無いと言える。
「誰が怪しいとかは・・・分からないですよね?」
「うーん・・・残念だけど・・・」
恐る恐る聞いたルシファー、だがやはり返事は渋い。
「ごめんね、でも本当に分からないんだよ・・・困ったなあ・・・」
ブファスは優しい、それ故に人を疑うのが苦手だ。
「ああそうだ、話を戻そうか・・・それで変な光に飲まれた後なんだけどね。森の中で、ずっと魔獣から逃げ回っていたんだよ。どうやら魔獣が多い場所に送られてしまったようですごく大変だった・・・」
「この屋敷は?」
「逃げてくる途中で見付けたんだ、それなりに大きいし食べ物もそれなりに残っていたからちょっと借りてたんだよ。それでおさらばしようかと想った時に君達を見付けてまた戻ってきたんだ。まあ・・・持ち主はもう帰ってこないだろうから気にしなければ良いんだけどね・・・」
今彼等がいる家は家族数人程なら暮らせるスペースがある、だが手入れされていないのか古びているのが目立っていた。
「この森の中・・・木こりか猟師でもしていたんでしょうかね」
「だろうね、でもまた戦争が始まって・・・ここみたいな家は多分結構あったはずだよ・・・」
戦争で土地が荒れ果てる、そして治安の悪化による賊の増加、人里離れ自然に囲まれての生活を夢見ていた人々が地獄へ叩き落とされたのは想像に難くなかった。
彼等が殲滅した賊みたいな連中は規模が違えどまだまだ居る、ガープ達が選んでしまった道の影響は想像していたより大きいというのを彼等は改めて感じさせられた。
場の空気が重たくなる、だがブファスは最後に一つだけ話を切り出した。
「暗い話ばかりでごめんね、もう一つだけ。本当に辛いんだけど君達に聞きたい事があるんだ」
「・・・はい」
「・・・言ってください」
ブファスは深呼吸をした、そして話し出した。
「オリュンポスとトロメアの会談がこの先無事に実現させられたとしよう、でもトロメアのした事はあまりにも重たい。平和を乱して大勢の人を消してしまったんだ、どのように償おうとこの罪はあまりにも重すぎる。そんな彼等トロメアが最悪の結果を迎える事になっても君達は受け入れられるかな?」
「戦争終結、ソロモン討伐、これら全てが終わって彼等・・・ガープを始めとする首脳が極刑になっても良いか?と言う事ですか」
「・・・そうだね。僕達の力でも出来るのはオリュンポスを終戦交渉と協力の席に着かせる事までだろう。だから・・・」
言葉を詰まらせるブファス、言いたい事は大体察せられた。
希望を抱きすぎていないか、と言う事を聞きたかったのだろう。
ブファスとしては念の為確認しなければならなかった。
誰もが幸せになる結末はもう無い、二人が分かっていてももう一度言い心に刻み込む、形だけの慰めでなくしっかりと現実を教える、この男なりの優しさだった。
「分かっています。でも・・・本当は少し期待してたのもあったんです、良い奴らだなって思ったから出来れば助かって欲しいって」
「でも・・・してきたことを見ちゃったので、やっぱり無理なんだなって。まあ彼等もそれは分かっているでしょうし。だから私達としては彼等が本当に叶えたかった事、ソロモンを倒してあの戦争を終わらせるっていう心からの願いを応援、見届けたいっていう感じです。せめて・・・友達として」
ルシファーとリリスは答えた。
答える彼等の顔はどこか悲しそうにも見えた、まだ若いのにこんな経験をさせてしまったとブファスは対面していて心が酷く痛んだ。
自分達大人がもう少ししっかりしていれば防げたかも知れない、考え出すとキリが無い話だがそう考えずにはいられなかった。
「分かったよ、意地悪な質問をごめんね」
彼は精一杯の笑顔を作り言った、そして今自分に出来る事を考え始めていた。
「さあ、もう疲れただろう。ルシファー君が寝ていた部屋でしっかりと休んでおいで。ちょっと埃っぽいのは申し訳ないけどね」
話を切り上げたブファスは二人を部屋へ送った。
「はい、ありがとうございます」
「助けてくれてありがとうございました」
「良いんだよ、それじゃあお休みなさい」
二人は会釈をし部屋に入っていった。
部屋の中、たしかに埃っぽいが夜風を凌げない外に比べれば天国と言えた。
「ルシファー」
「どうした?」
リリスがいきなり彼を抱き締めた。
だがいつもより力が籠もっているのが分かる、ルシファーは彼女の心情を察した。
「もう寝る?少しだけ話さない?」
ルシファーの耳元で彼女が囁く、妖しさすら感じさせる声音である。
「あ・・・ああ、分かった」
彼女にこういうことをされるのは始めてじゃ無いがやはり慣れないルシファー、二人はそのままベッドに腰掛けた。
「・・・」
「・・・」
暫く無言の時間が過ぎた。
「休めた?」
「うん、思ったより。やっぱりベッドで寝るって大事だな」
「そうだね・・・悩みあるよね?」
リリスが切り出してきた、少しの間の後彼は頷いた。
「話して欲しいな」
「ああ、分かった」
またしても無言の時間、世界が止まったかのような静寂だ。
彼はゆっくり喋りだした。
「先ずな・・・とても怖くなってきたんだ」
「相手の形相が必死だっただろう?リリスが居てくれたから怪我一つ無かったけど本当はとても怖かったんだ」
彼女は静かに頷いた。
「それで・・・」
「うん」
「負けたらってのが過った、絶対嫌だった、死にたくもないし。あんな連中の手にお前が墜ちるなんてって考えたら余計に怖くなってきた」
古今東西戦争、戦いにはよくある話である。
男は殺す、女は慰み者、そして相手は明確にその意志を示していた。
そして彼等はそういう相手とは相対した事が無かった、今までは魔獣とばかり戦っていたからだ。
本格的に自分達の居る場所がそういう穢い世界なのだと思い知らされ酷いストレスを彼は感じさせられた。
「それでそんな連中が血塗れで倒れているのを見てざまあみろって思った、そしたらまた色々吹き出してきた」
「殺さなきゃって思ったんだ、トロメアみたいに何か仕掛けてきたら・・・って考えが出てきた」
「それで・・・段々全部が馬鹿みたいに思えてきて・・・群がってくる魔獣も・・・ごめん・・・俺・・・あんな馬鹿な事言って・・・お前まで危険な目に遭わせかけた・・・本当にごめん・・・」
彼はまた泣きそうな顔だ、彼女には縋り付く幼子のようにも思えた。
リリスはより一層強く抱き締めた。
「リリス・・・」
「私も貴方も無事だった、それで良いじゃない」
「良くない・・・俺の気が収まらないよ・・・」
「じゃあどうしてほしい?」
無言のルシファー、だがリリスの温もりが心地良かった。
「・・・分からないや」
リリスは優しく微笑んだ。
「私は怒れないよ、貴方には笑ってて欲しいし。何よりさ、あんな大勢に怖い顔されて襲われるのがずっとだったもん、助けなくっちゃって思った相手には裏切られて目の前で死なれちゃうし、吹き出ちゃうのも仕方ないよ」
「それで・・・何が言いたいかって言うとね、包み隠さないで言ってくれてありがとう。これからはもう少し話したりこうやってハグする時間増やそうね。残念だけどまだ先はあるからさ、せめて少しでも溜め込まないようにしていこう」
彼女の精一杯の言葉だった。
夫婦と言っても結局は別の人間、察する事しか彼女には出来ない。
もう少し早くこうするべきだったと彼女は酷く後悔していた。
「・・・ありがとう」
そういうと必死に堪えていた彼の涙が零れだした。
「良いんだよ、あといっぱい泣いてすっきりしてね」
「・・・なあ」
「うん?」
「さっき言ってくれた言葉だけど・・・リリスも・・・だぞ。聞く事しか出来ないけど」
「あー、それもそうだね。じゃあ早速なんだけどさ・・・聞いてくれる?」
「ああ」
「もう少し早くさ・・・今の話するべきだったなって。貴方があんな風になっちゃうのちょっと想像できなかったから・・・」
「絶対止めるから、次もああなっちゃったら絶対に・・・止めるからね」
彼女の言葉には固い決意が込められていた。
「ずーっと一緒だからね」
「ああ」
彼等は深くお互いの存在に感謝していた、どちらか欠けていたら今この場には居なかったのだ。
心から愛おしく思える最高のパートナー、絶対に護ろうと二人は改めて誓った。
「乗り越えて行こう、先ずは生き残ろう」
「うん!」
そうして二人は堅い口づけを交わし眠りについた。
朝が来た。
久しぶりにしっかり休めた為にルシファーの体調もすっかり回復している。
「・・・何時以来だったかな、こうやって休めるの」
「この間あったけど、なんか遠い昔みたいに思えちゃうけどな・・・」
「だね・・・さて、ブファスさんに話をしに行こう、今後の事決めないと」
「出来れば一緒に来て欲しいな・・・とても心強いし、試しに話してみるか」
「それは難しいかも、もしかしたらベリアル達を探しに行きたいって考えているだろうし」
ブファスの能力はカーバングル、力を使えば桁外れの聴覚を得る事が出来る。
戦いに転用すればクイーンの予知に近い事が出来てしまう程強力な力でありブファスが前の戦争から生き残ってきた要因の一つだった。
だが彼は戦いを好まない、むしろこの力を生かした人捜しも彼が得意とする分野であった。
ルシファーはリリスの言葉に頷いた。
「ああ・・・だよな・・・それもそうだ」
「だから付いてきて欲しいって言うのは止めておきましょう?きっと凄く心配してるだろうし、今にも探しに行きたいって思っているかもしれないわ」
「分かった、こればかりは仕方ないな」
二人はそんな話をしながら出立の支度、そしてリビングに顔を出した。
だがブファスは居なかった。
「あれ?」
「ドアだけ開いてる・・・どうしたのかしら・・・」
二人は訝しむ、ブファスという男は戸締まりを怠るような性格では無い。
「まさか、何かあったのか・・・」
「探してみるね」
「ああ、頼む」
リリスが力を使い辺りを探し始めた。
悪魔族の反応を見落とさないように少しづつ範囲を広げていく。
「うそ・・・」
「どうした?」
「急いで・・・ルーラーが!」
リリスがその先を言おうとした瞬間彼等の居た家は爆炎に包まれ吹き飛んだ。
ルシファー・リリスは切り札を解放した、そして敵を討ち滅ぼした。
だが不思議と怒りは沸かなかった、悲しみを込めて彼等は敵を滅ぼした。
すっかり夜だ、彼等はまた抱き合って木の上で休んでいた。
だが一切の言葉を発していない、食べてすら居なかった。
この間は沈みきったルシファーを励ましていたリリスですら何もしようとしない。
ルシファーも倦怠感はあった、しかしそれ以上に心に負った傷が深すぎており何もする気が起きない。
「・・・起きてる?」
「・・・うん」
数時間ぶりに言葉を交わした。
「寝たらさ・・・夢で見ちゃってさ・・・死ぬ程眠いのに寝れないや・・・」
リリスと抱き合いながらルシファーが伝えてきた。
「私も・・・」
「俺達どうしたら良かったのかな・・・」
「そうだね・・・大人しく殺されてれば良かったかな」
「かもしれないな・・・なあ、死のうか」
「良いかも、このまま落ちようか。それとも剣で刺す?」
「刺すのは・・・ごめん俺が無理だ。落ちようか、この高さだ。落ちれば流石に助からないだろ」
話がトントン拍子に進んでしまう、急斜面の岩が転がり出す如く彼等は死ぬことを考え始めていた。
「よし、じゃあ最期に。ルシファー大好きだよ」
「俺もだ。愛してる、リリス」
だが彼等は飛び立たなかった。
「・・・」
「・・・」
「だめね・・・怖くなってきちゃった・・・」
「あんなに殺した癖に自分達の身は可愛いか・・・我ながら反吐が出るな・・・」
心からの侮蔑だった、最早涙を流す気力すら彼等には無い。
暫く彼等は抱き合ったままでいた、そしてリリスが口を開いた。
「寝ようか、そうしたら少しはすっきりするかも。貴方も怖くないように何時もより強めに抱き締めてあげる」
「・・・分かった」
二人はしっかりと互いを抱き締めた、寝息が聞こえてくるのは直ぐだった。
洞窟の中、ろうそくの明かりだけが辺りを僅かに照らしている。
筋骨隆々の男が怪しい男女の来訪を受けていた。
その来訪者は男にある提案をしていた。
「なあ・・・本当か?」
「ああ、本当だよ。今弱っている彼等を仕留めればトロメアから沢山褒賞金が貰える、おまけに女の方は僕の彼女にも勝るとも劣らない絶世の美女だ。生け捕りに出来れば好きなだけ遊べるよ」
「一つ聞かせてくれ、どうしてその話を俺に?」
「貴方がここら辺一体で五本の指に入る実力者だからですよ。今すぐ戦力を集めて襲えば間に合います、一攫千金のチャンスです。まあ・・・信じないならそれでも構いませんが」
男は少し考え込んだ。
「なあ、その女ってのはどれだけいい女なんだ?」
山賊の頭領でもあるこの男は好色家だった、美女を攫い手下と嬲るのを趣味としているクズ野郎である。
来訪者は男に気付かれないようにほくそ笑んだ。
「恐らくですが、暫く他の女では遊べなくなる位には良い物かと」
それを聞いた男は誰もが嫌悪する程の穢い笑みを浮かべた。
何時もならこんなことは無い、だが今は疲労困憊だったのが仇となった。
「・・・きて!ルシファー!起きて!」
「・・・!」
目が覚めて最初に感じたことは酷いめまい、そして息苦しさと暑苦しさだ、彼等の休んでいた一帯に火を放たれていたのである。
「良かった・・・起きた・・・」
彼の口元に布が当てられている、リリスも相当心配したのか泣きそうな顔だ。
「・・・これは、一体何が・・・」
状況を飲み込めきれないルシファー、リリスが説明しだした。
「なんか変な感じして・・・目が覚めたらこれよ・・・」
リリスは悔しそうにしている、自分が付いていながらこのような目に遭ってしまった事が口惜しいのだ。
「ごめんね、直ぐ起こそうとしたんだけど・・・」
「いや、逝く前に起きれて良かった」
感謝を述べるルシファー、そして直ぐに頭を切り替えた。
彼女一人でも彼を抱えて飛ぶことは出来る、だが火に囲まれて危険に晒されながらも実行しなかった。
直ぐ離脱しようとしなかったのは訳があるに違いないのだ。
「敵は?」
「50人近く・・・丁度四方を囲まれてるわ・・・みんな人間よ」
リリスが苛立ちを抑えきれない様子で伝えた。
「どこの誰か知らないがふざけたことを・・・」
「お頭、これで死んだらどうするんです?」
火に飲まれてる一帯を指差し手下が言った。
「ボロカスの死体とヤる趣味は無いっすよ」
別の手下の言葉に笑いが起きる。
「死んだら死んだでトロメアに知らせるさ、連中なら本人だって見分けるのくらい朝飯前だろう」
頭は一人冷静だった、この男はクズだが獣同然の手下とは違ってまだ物を考えることが出来た。
先ずは一帯に火を放つ、煙と熱で弱らせた所に数の暴力で圧倒する。
(本当はもう少し頭数が欲しいが仕方ない)
部下達には杖や弓矢を持たせている、所詮はごろつきのために練度は期待できないが数で圧せば勝てる可能性もあるだろうという考えだった。
杖は魔力操作を安定させるための道具である、集中力皆無の才能が無い者でも杖があれば魔力弾程度は撃てるようにすることが出来るのだ。
(相手はルーラーらしいが、万全の状態ならこれでもやばい可能性はある、だが疲労しているって話が本当ならまだいけるだろうさ)
生け捕りに出来れば新しい玩具、殺してしまっても莫大な金、勝てさえすればどちらに転んでも悪い話では無い。
そんな中別方面から稲光が見えた、合図である。
「頭!」
「よし、化け物狩りの時間だ!」
周囲の手下達が鬨の声を上げた。
少しだけ前のこと。
「敵の配置は各方面に10人よ」
「分かった・・・上空にも備えをしているかもしれないな・・・よし、森の中を一点突破だ。一気に行くぞ」
「うん、行こう」
彼等もようやく火から飛び出した。
目指すは東、エデンの方面だ。
火の勢いが強くなってきており熱気が辺りを包む、煙で視界も凄まじく悪い。
彼等は可能な限り息を止め肺に煙が入らないようにし目標地点目掛けて飛び去っていく。
(早く抜けないと蒸し焼けになっちゃう・・・)
(くそ・・・どれだけ広い範囲を焼いたんだ・・・)
ルシファーが毒づく、そんな中リリスが不安を口にした。
(ねえ、本当にただの賊なのかな・・・)
(・・・だな)
二人はどうしようもない違和感を感じていた。
敵が人間なのはリリスが調べた通りだ。
だが此方が疲弊していることを知っている、休んでいる箇所を把握しておりそれの対策をするなどあまりにも知りすぎているのだ。
(此方の動きが筒抜け・・・一体・・・)
ルシファーが嘯く、考えれば考える程違和感が気持ち悪さに変化してくる。
トロメアが此方の動きを察知してるなら何故向かってこないのか、他の襲いに来た連中との温度差が不気味すぎる。
得体の知れない何かが自分達に付き纏っている感じがしてルシファーは寒気がした。
(接敵近いよ!)
リリスの言葉で現実に戻されるルシファー、兎に角今は目の前の危機の打開だ。
(分かった、加速して突っ切るぞ)
(このまま一直線に行って。その先に居る人は武器が弓矢だから無力化出来るよ)
リリスのアドバイスに頷くルシファー、物理攻撃であれば彼等の剣で無効化できる、速度も乗せて襲い掛かれば先ず反応は出来ないだろう。
(よし・・・)
剣を握る手に力が入る。
(接敵まで・・・1)
リリスがカウントダウンを始めた。
ルシファーは確実に一撃を叩き込み道を空ける、意識を集中し始めた。
(2)
カウントダウンが進む。
簡単なことだ、リリスのタイミングに合わせて攻撃を出しそのまま離脱する、ルシファーは必死に言い聞かせる。
(3・・・)
(ルシファー!)
煙が晴れた、黒い疾風と化した彼等が賊の一団の前に現れた。
確認できた限りだが相手は皆穢い笑みを浮かべている、手負いの獣でも狩っているつもりなのだろう。
彼等は心底腹が立った。
予定通り機械的に目の前の敵に一閃、相手は多分死んだことすら気付かなかっただろう。
そしてそのまま彼等は飛び去った。
等と言うことは出来ず見えない壁に阻まれる、そして凄まじい電撃に襲われ悲鳴を上げることになった。
「ぐああああ!」
(あああああ!)
時間にして数秒だったが永遠とも取れる激痛に彼等は苦しめられた。
壁が消失し彼等が地面に転がる、激痛でまともに立ち上がれない程だった。
(今のは・・・結界?)
(畜生・・・どうしてこんな連中が・・・)
痛みで意識が飛びかけたが何とか耐えた彼等、罠の正体を直ぐに察し敵の正体が余計に分からなくなった。
結界、設置式の防御壁である。
魔獣除けの結界以外にも様々な用途があるのだが彼等が嵌まってしまったのは犯罪者捕獲用の結界だった。
本来は治安維持の憲兵などが使う物だ、何重にも厳重に保管されている筈の代物、こんな賊が持っているはずが無い。
(やばい・・・こっち来る・・・)
リリスが伝える、だが想像以上の激痛で身体が思った以上に動かせなかった。
「はーい、子猫ちゃん達。元気そうで何よりだねえ」
「自分から罠に飛び込んだアホな悪魔族、火から飛び出したら網だったってずいぶん間抜けな話だな」
品性の欠片も無い笑い声が巻き起こる。
「お前達、何が目的だ・・・トロメアにでも唆されたか?」
相手は上機嫌、ならば少しでも情報を聞き出そうとルシファー・リリスは試みた。
「いや、違うさ。お前らを仕留めれば色々美味しい思いが出来るって俺達の頭が聞いたんだよ」
(聞いた?誰から・・・)
「お前を生け捕るか首級にしちまえばたんまりとトロメアから褒美が貰えるらしくてな」
「で、お前をぶっ殺すか気絶させれば一緒に居る女が出てくるんだろ?滅茶苦茶いい女らしいからちょっと遊ばせて貰おうって寸法さ」
男の一人がまだ身体を動かせないルシファー・リリスの髪の毛を掴んで持ち上げた。
「・・・なるほどな」
「ルーラーなんて言われても大したことないな、こんなに軽い。おい、大人しく女をだしな」
「・・・」
「おいおい、あんまりびびらせるなよ。可哀想だろ?」
再び下品な笑いが巻き起こる。
「そうだな・・・何処の誰だか知らないがリリスがいい女か・・・分かってるじゃないか。とんでもなく美人だし性格も最高だ、一緒に居て飽きない。言葉に表しきれない位最高だ、この先もずっと一緒に居たい人だよ」
「おい・・・何語って」
次の瞬間その男の首が魔力の刃で刎ねられていた。
「何を語ってだ?お前達みたいなクズには指一本触らせないって話だ!」
ルシファー・リリスは剣を取り目の前の獣を葬りに行った。
喧嘩を売る相手を間違えた獣が屍になるには数分掛からなかった。
彼等は血塗れである、個は弱いとは言え疲労した状態では流石にくたびれた。
肩で息をしながら彼等は気力を振り絞り立っていた。
「とりあえず一段落・・・」
(ルシファー・・・あまり休めないかも、敵が直ぐ来てる。馬でも使ってるのかな)
(ああ・・・分かった)
一瞬の沈黙の後リリスが口を開いた。
(あの・・・ありがと)
(どうした?)
(さっきね、相手が言ってる言葉が凄い怖かったの・・・あんな・・・あんな事言われたのこれまで無かったし・・・)
先程のリリスは怯えきっていたのだ。
今まではあんな下品な言葉を言われたことは無かった。
戦うとしても魔獣ばかり、たまに入ってくる侵入者は憲兵隊が対応していた為に関わりようが無かったのである。
(でも貴方の言葉で吹っ切れたんだよ、ありがとうね。ただ・・・いきなりはちょっと照れる・・・)
リリスはとても嬉しそうに照れていた。
(俺は男だからさ、ああいうこと言われた気持ちを完全に理解は出来ないんだ。でも一緒には居られるからって言うのを伝えたかった・・・って言うのかな・・・ああ、えっと、なんて言えば良いかな・・・)
今になって先程の言葉に照れだしたルシファー、リリスはこんな状況でなければ抱き締めて離したくない気持ちになってきた。
だがまだ終わっていない。
(さて・・・続きを凄い聞きたいけど後でね。もう直ぐ来るよ)
(ああ)
(どう攻める?今の状況であの数はちょっと危ないと思うけど)
(逃げるのは無し、多分逃げ切れないだろうからな。腕力強化を使って斬り込むぞ)
(それは危なくない?だって・・・)
(同士討ちを狙うんだ、相手は多分遠距離で戦おうとするからな)
先程倒した連中は全員杖での魔法や弓矢で遠距離戦闘を仕掛けてきていた、接近戦は危ないと聞いていたからだろう。
格上の相手と戦う場合正しい判断と言える。
戦いと縁の無い民衆を徴兵などした場合、槍みたいに長さのある武器や弓など遠距離攻撃できる物を持たせ徒党を組ませる、これだけである程度の成果が期待できてしまう。
相手はそれを分かっているのだろう。
(分かった、それで行こう)
(駄目だったら切り札でも行こう、一瞬だったら身体も耐えられるだろう)
(・・・そうならないようにしたいね)
(だな)
切り札の負荷が凄まじい、万全の状態で使っても丸一日動けないレベルのダメージが入るのに疲労が溜っている状態で使えばどうなるか分からない。
それだけは避けたいと心から願い彼等は再びの戦場に突入した。
一人、また一人敵が膾のように切り裂かれていく、腕力強化のおかげで彼等の剣はまともに受け止められない程の一撃となっていた。
三方から向かってきた敵は北で合流、頭率いる軍人上がりの親衛隊数名を後続に、その他の手下が先鋒となり一直線に彼等の居る東側へ向かってきた。
その様は恐ろしい物だった、獲物を嬲り奪い尽くす事しか考えていないのが嫌でも伝わってくる。
全員が馬に乗っておりどこから奪ったのか継ぎ接ぎの甲冑を身に付けていた。
恐らく普通の悪魔族ならまともにぶつかれば苦戦は免れないのは間違いない。
だが彼等は一切恐れなかった。
いきなり真っ正面から全力で加速し突撃、遠距離武器の長所を潰すために撃たれる前に飛び込んだのだ。
敵は総崩れだった、堂々と突っ込まれその際の風圧で先頭の一団が吹き飛ばされた。
「なんだ?何が起きた」
離れていた頭が異常を察知する、そして次から次へ悲鳴と怒号が聞こえてきた。
そして最初に接敵した一団。
「畜生が・・・撃て!撃て!撃ち殺せ!」
賊は当初の作戦通り相手を囲み数の利を生かそうとした、杖から魔力弾を撃ち縦横無尽に味方を殺し回るルシファー・リリスを撃とうとしたのだ。
だが放たれた弾丸は全て掠りもしない、全ての軌道はリリスに読まれルシファーは最適な回避ルートを導き出し実行する。
そしてルシファー・リリスの近くに居た賊を撃ち抜き命を奪っていく。
「くそが・・・何なんだよ此奴ら・・・弱ってるんじゃないのかよ・・・」
賊達の焦りが増していく。
賊に仲間意識など欠片もない、だが全て回避され代わりに一緒に居た連中が死んでいく様は恐ろしいとしか言い様がないだろう。
おまけに弱っている彼等を馬と飛び道具で追い立て狩りをする、仕留めれば褒美と聞いていたのにまるで話が違うのだ。
そして怯んでいる内に彼等は賊を一人一人確実に切り刻んでいく。
此処で退いていればまだ良かったかもしれない。
だが連中は勝てる戦い、否、戦いとすら呼べない略奪しかしてこなかったようなろくでなしである。
それにもう一つ大きな理由があった、頭率いる親衛隊だ。
この場に居る哀れな賊達は退けば親衛隊に羽虫のように殺される。
この者達はその恐怖をよく分かっていた、だがそれでも生き残れば褒美が貰えるのだ。
その為に戦争で荒れ果てた故郷で死ぬのを待つくらいなら命懸けで奪うのを賊達は迷わず選んだ。
結局賊達は撤退を選ばず無駄だと感じた遠距離戦闘を放棄、剣を抜いて彼等に襲い掛かった。
(作戦成功)
(想定通りか、さっさと殺そう)
幾ら数が居ても所詮は烏合の衆と言うことか、連携など考えもせず頭に血が上った相手は我先にと向かってくる。
最早哀れだった、彼等は左手に魔力を溜め始めた。
ここからは一方的と言わざる終えなかった。
「殺せええ!」
賊達が彼等目掛けて向かってくる。
相手は自棄になり興奮しきっている、そのせいで余計に考えられない頭が更に使い物にならなくなっていた。
ルシファー・リリスには翼があるという基本的な事すら欠如していたのだ。
相手が怒号をあげて迫ってくる、命懸けの叫びだ、普通なら恐怖するだろう。
だがルシファー・リリスにはその様が酷く無様にしか見えなかった。
彼等は己のアドバンテージを最大限に生かし手の届かない高さまで飛び立った。
するとまだ飛び道具を捨ててなかった何人かが彼等を落とそうと撃ってきた。
「こんなしょぼいの当たるかよ」
精度も大したことない、おまけに先程より撃つ人数が減った弓矢や魔力弾、当たりそうな物だけ無力化し後は避ける素振りすら見せなかった。
そして
「お前ら全員地獄行きだ」
冷たく言い放った。
彼等は飛んだまま左手の魔力を解放、魔力弾を連続で拡散させて制圧射撃を開始した。
これは彼等が対軍用に考えた魔法、魔力弾を拡散させて加害範囲の拡大を狙った物である。
魔力弾の派生である為に彼等は特に名前を付けなかった。
一発の威力は拡散させるから通常の魔力弾よりも弾が小さいために少なくなる、だが当たれば肉は抉れ急所に当たれば死に至る。
そして魔力での攻撃は物理的に防げないのだ、熱で溶けるチーズが如く容易に貫通してしまう。
その為継ぎ接ぎの甲冑など存在しないにも等しい、おまけに上空から降らされたのだ。
防ぐ手立てなど全くなかった賊達は良くて重傷、最悪死亡と誰一人無事な者が居ない地獄が出来上がった。
(離れたところにまだ何人か居るみたい、向かってきてるよ)
(なるほど分かった・・・さてはそいつらがボスか)
彼等は辺りを見回した、するとまだ何人か息がある者が居たのが確認できた。
腕が削がれた者、足を潰された者、息がある者は皆虫の息だった。
そんな相手を彼等は躊躇わず撃った。
一人、また一人と頭が弾け飛び血を撒き散らす。
「ま・・・待ってくれ、たす」
命乞いをしようとした一人を撃ち抜いた。
息がある者達は恐怖した。
「お願いだ・・・頼むよ・・・俺達が悪かっ」
また一人、頭を撃ち抜く。
最早我慢ならない、賊は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ひっ・・・嫌だ・・・まだ」
また一人、頭が欠けた。
「来ないで・・・来ないでくれえ」
足をやられて這いつくばっていた連中に片っ端から剣を振り下ろす、離れている生き残りの背中を撃ち抜き絶命させる。
死んだふりをする者も居たがそんなのは彼等に通用しなかった、皆等しく撃ち抜かれた。
彼等は生き残りを許さなかった。
自分達の敵、死ねば良い。
自分達の中を邪魔する奴全員、死ねば良い。
相手の降伏は本心からだった、だが関係なかった。
前に立った、なら死ね、それだけだった。
そして彼は笑っていた。
確実に歯車が外れ始めていた。
命乞いをする最後の生き残りに剣を突き立てる。
煩かったが直ぐに静かになった。
「さて、次は彼奴らか」
(ルシファー、魔獣も来てるわ)
(ああ分かった)
まだ敵は来る、残りは後から来る親衛隊と頭だ。
彼等は地を踏みしめ両手を敵の居る方向に向けた。
そして詠唱を開始、魔力を圧縮し始めた。
その10秒後この場に向かっていた敵の残りは跡形なく消滅した。
何が起きたのかすら分からず消し飛ぶ、力に任せて他人を虐げゴミのように扱った愚か者達には相応しい最期だろう。
(・・・反応消滅だよ)
(そうか・・・呆気ないな)
やはり彼は笑っていた、リリスはその笑いにとても嫌な予感がした。
少しだけ間を置きリリスが切り出した。
(よし、じゃあ逃げようか)
(嫌だ)
彼は即答だった、そして殺意を剥き出しにしたまま血の付いた剣を握っている。
彼女は聞いた。
(・・・聞かせて、どうして?)
(もううんざりなんだ・・・なあ、ここら一帯のを全員殺そう。心配ないさ、俺達なら出来る)
(ルシファー、本気で殺しきれると思ってるの?相手は・・・)
(さっきも言っただろう、もううんざりなんだよ。ごちゃごちゃごちゃごちゃと・・・もう皆殺しにすれば良い、そうすれば逃げ回らなくて済むんだ。あの兄妹みたいに無駄に死ななくて済む、俺達の本気を見せてやればトロメアだってもう来ないだろう。な?これで全部解決するんだよ)
彼は笑いを浮かべている。
あの兄妹、オッフルとテュシア、トロメアに哀れに使われた犠牲者達。
その名を出されリリスは悲痛な表情を浮かべた。
このようなことを言い出した原因は過度なストレスに晒され続けたからと言うのもあるのだろう、そしてあの兄妹の死、そして先程の賊の群れが引き金になったのだろう。
先程の行った生き残りへの仕打ちの時も彼女は止めようとした、だが彼はならば自分だけでやると言った為に彼女は折れた。
だがこればかりは譲るわけには行かなかった。
リリスは能力を解除し彼を抱き締めた。
そして彼が何か言わんとする前に語り掛けた。
「よしよし」
「・・・」
「力抜こうね。肩の力抜いて、リラックスしようね。・・・ごめんね、私が近くに居たのにね・・・」
次第に涙を流すリリス。
彼の心をすくい上げないといけない、彼女は優しく背を撫で語り掛ける。
「・・・ごめん、俺・・・」
ルシファーも次第に涙を流し始めた。
「大丈夫、貴方はまだ戻れる。今は・・・逃げようね」
リリスが優しく語り掛ける、彼は泣きながらゆっくり頷いた。
「ああ・・・」
そして離れようとした時だ、ルシファーの力が抜けたように倒れ込んだ。
「!うそ・・・ルシファー・・・」
リリスが力無くもたれ掛かる彼に驚き小さな悲鳴を上げる。
だが彼女は直ぐに彼の呼吸があることに安堵した。
「良かった・・・まあ、そりゃ疲れちゃったよね・・・後でお話ししようね」
彼女は彼に優しく語り掛ける。
ただでさえ消耗していたのに寝ていた途中で叩き起されたのだ、むしろここまで戦えたことが奇跡としか言い様がない。
出来ればずっと二人きりで居たい、だがそうはいかない。
「でもこのままじゃその奇跡すら台無しになっちゃうね・・・」
リリスは一人嘯いた。
本当の所彼女の魔力も集中力も残っていなかった、回復しきっていない状態ながらも先程の乱戦で全力を尽くしていたのである。
詰みと言って良い状況だった。
彼女は再び周囲の気配を探った、派手に暴れ回ったために戦いは不可避だろうが敵の集まりが薄いところへ向かえばまだ生存の可能性はあると考えたのだ。
だが彼女は思いがけないものが向かっていることに気付いたのだった。
目が覚めた、彼が居たのは室内だった。
窓から見える限り外は夜のようだった、あまり新しくは無いがベッドに寝かせられている。
彼には何が起きたのか分からなかった。
「・・・・・・えっと・・・リリス!」
この場に居ない彼女の名前を呼び彼が飛び起きる、独りならば最悪だった。
(もしかして捕まったのか・・・くそ・・・くそが・・・ふざけやがって)
リリスがどこに居るのか分からないが刺し違えてでも彼女の元に辿り着く、彼はそう決心した。
恐る恐るドアノブに手を掛けるルシファー。
(鍵が開いている・・・随分余裕なんだな)
武器になりそうな物を見付け次第誰か一人捕まえてリリスの場所を聞く、彼一人でもそれなりに戦えるため奇襲さえ出来れば勝ち目はあった。
頭の中でシミュレーション、ゆっくり物音を立てないようにドアノブを動かしドアを開けた。
リリスが居た。
対面した両者の頭がフリーズした。
「・・・・・・ルシファー!」
リリスが全力で目を覚ました彼を抱き締める。
「・・・え?」
「大丈夫?気分悪くない?痛いところは?」
困惑するルシファーをリリスが質問攻めにする。
彼女はいたって元気だ、先程のシミュレーションは完全に無駄だったということである。
そんな中聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「こらこら、起きたばかりで嬉しいのは分かるがいきなり激しいよリリスちゃん」
そこに居たのは柔和な印象の初老の男性、憲兵隊隊長にしてベリアルの父、ブファスだった。
リビングに向かい合って腰掛けた二人とブファス、彼は二人の無事を心から喜んでくれた。
「さて、本当に君達だけでも無事で良かった・・・」
ブファスはリリスから大体の事情は聞いていた。
大工だったボグルボーの魔獣化に始まり、ルシファーの両親であるバアルとテレサが行方不明、トロメアが接触してきたこと、協力を取り付けたが暗殺未遂の嫌疑を掛けられ逃げてきたこと、シトリーが滅ぼされて誰が生き残っているかも分からないこと、エデンのオーディンを頼ろうとしていた事、ソロモンの事まで聞いていた。
「色々ありすぎたね、正直驚いたよ。それにしてもシトリーまでやられたとはね・・・」
「ごめんなさい、帰れたときにはもう・・・」
「君達のせいでは無い・・・責めちゃいけないよ」
「はい・・・」
「それよりも先ずはシトリーを襲ったルーラーについて教えよう、多分いつかは知ることになる話だ。リリスちゃんはルシファー君が起きてからって話だったから君が聞くのも始めてだね」
「はい、一体誰なんですか?」
「・・・あいつらはトロメアの所属だよ。魔法研究に携わって居る研究者さ」
二人は驚いて一瞬声が出なかった。
「そんな、どうして・・・」
ルシファーがその先を言おうとした、だがブファスがそれに被せた。
「ルシファー君、君の目の付け所は凄く良いと思うよ。トロメアはプロフェッショナルだ、彼等に協力をして貰えば直ぐに見つかっただろう」
彼は何か言いたげに俯く、その様子を見てブファスは更に続けた。
「もう一回言おう、君のトロメアを頼ろうと思った判断は何も間違っていない。それにガープの自殺行為を続けさせれば僕達に未来は無かった。最善は無理でも少しでも良くしようとしたのは凄く良い事だよ」
ブファスは優しく言う。
「それに・・・あちらが一枚岩じゃ無かったなんて分かるはずが無いさ・・・間違いなくこの状況を引き起こした誰かの差し金だよ」
「はい・・・」
自分も子供を亡くしたかもしれないのにこの人なりに慰めようとしてくれている、その優しさがとても彼に沁みた。
「まあ、あれだ。状況はとても悪い、けど、まだ終わってはいないんだよ。だから出来ることを確実にしよう。そうすればソロモンの事、トロメアの事、きっと解決できるさ」
二人はその言葉に頷いた。
「とりあえず今日は休んだらどうかな?ルシファー君はまだ疲れてるだろうし」
たしかにその通りだった、だが聞かなければ幾つか聞かなければならないことがある。
「その・・・その前にブファスさんに何があったのか教えてもらえませんか?」
ブファスは一連のゴタゴタの前に姿が見えなくなっていた、何か知っているのかもしれない事を彼等は期待した。
「ああ・・・だよね・・・気になるよね・・・」
ブファスはカップの茶を啜り深い溜息をついた。
彼はゆっくりと話し始めた。
「夜になってお仕事終わってさあ帰ろうって思ったときだよ、詰め所で嫌な予感がしたんだ。慌てて能力を使ったら変な連中に囲まれていたらしくてね」
「変な連中?」
「よく分からないんだ。なんか魔獣とも違う、暗くてよく見えなかったんだけど気持ち悪い上にとてつもなく強かったんだ、助けを呼びに行く隙を見付けるのも出来ずに逃げ回っていたらとんでもない光に包まれて・・・気付いたら森の中さ・・・」
「光って・・・」
二人が顔を見合わせた。
「たしかに、もしかしたら君達の言ってた石かもしれない、でも誰が持っているかって話だしそもそももう確かめようが無いんだよね・・・」
「うぅん・・・たしかに」
「かろうじて分かる事としては誰かが裏切っているってのは確定って事かな・・・」
ルシファーとリリスはあの時の考えがあってしまっていた事に、ブファスは身の回りにそんな人物がいた事に気分が落ち込んだ。
「疑いたくないなあ・・・みんな良い子だったのになあ・・・」
本当に信頼しきっていたのだろう、相当ショックなのが分かり見ていて辛い。
「あの・・・気持ちは分かりますが憲兵隊の詰め所に敵が居るなんてやっぱり誰かが手引きしたとしか思えないですって」
「それに・・・ストラスさんに虚偽の報告をしたのも憲兵隊だったわけですし」
ボグルボーの家に異常は無かった、という虚偽の報告だ。
見落としにしても不自然としか思えなかった。
結局この報告をしたのが誰だったのか、調べに行ったソフィアとも会えず終いになり結果を聞けなかったのがルシファー達は歯痒かった。
「うん、分かっているさ・・・でももう一つあるんだ、多分居るんだなってのがね・・・」
「それは?」
「・・・イポス達だよ。彼等はたしかに強いさ、でも憲兵隊のみんなとベリアル達が戦えば負ける事は多分無い。あくまでもイポス達は研究者だからね」
その話を聞いて思い起こしたルシファーとリリス。
「・・・たしかに」
「強いかったといえば強かったですが・・・ベリアル達の方が全然上でしたね」
魔法や能力での不意打ちには驚かされたが総合的には彼等が何度も手合わせしているベリアル達には及ばなかった。
「だろう?だから裏切り者のせいで瓦解でもさせられていないとイポス達がシトリーを滅ぼすなんてまず無理な話なんだよ、憲兵隊以外にも悪魔族の大人は居たわけだし」
ルーラーは強い、だが無敵では無い。
普通の悪魔族よりも多くの魔力を使えクイーンの探知で敵の位置を割り出せ先手を打てる、切り札を使えば大軍の殲滅も可能、たしかに強いが基本は人間と変わらない。
休まず戦っていれば疲れるし切り札は反動が大きすぎる、そしてどうしても個人の技量には限界があるのだ。
つまり普通の悪魔族でも大勢ならば理論上勝つ事は出来てしまう、そこにベリアル達が加われば研究者で戦いが本職では無いイポス達に勝ち目はほぼ無いと言える。
「誰が怪しいとかは・・・分からないですよね?」
「うーん・・・残念だけど・・・」
恐る恐る聞いたルシファー、だがやはり返事は渋い。
「ごめんね、でも本当に分からないんだよ・・・困ったなあ・・・」
ブファスは優しい、それ故に人を疑うのが苦手だ。
「ああそうだ、話を戻そうか・・・それで変な光に飲まれた後なんだけどね。森の中で、ずっと魔獣から逃げ回っていたんだよ。どうやら魔獣が多い場所に送られてしまったようですごく大変だった・・・」
「この屋敷は?」
「逃げてくる途中で見付けたんだ、それなりに大きいし食べ物もそれなりに残っていたからちょっと借りてたんだよ。それでおさらばしようかと想った時に君達を見付けてまた戻ってきたんだ。まあ・・・持ち主はもう帰ってこないだろうから気にしなければ良いんだけどね・・・」
今彼等がいる家は家族数人程なら暮らせるスペースがある、だが手入れされていないのか古びているのが目立っていた。
「この森の中・・・木こりか猟師でもしていたんでしょうかね」
「だろうね、でもまた戦争が始まって・・・ここみたいな家は多分結構あったはずだよ・・・」
戦争で土地が荒れ果てる、そして治安の悪化による賊の増加、人里離れ自然に囲まれての生活を夢見ていた人々が地獄へ叩き落とされたのは想像に難くなかった。
彼等が殲滅した賊みたいな連中は規模が違えどまだまだ居る、ガープ達が選んでしまった道の影響は想像していたより大きいというのを彼等は改めて感じさせられた。
場の空気が重たくなる、だがブファスは最後に一つだけ話を切り出した。
「暗い話ばかりでごめんね、もう一つだけ。本当に辛いんだけど君達に聞きたい事があるんだ」
「・・・はい」
「・・・言ってください」
ブファスは深呼吸をした、そして話し出した。
「オリュンポスとトロメアの会談がこの先無事に実現させられたとしよう、でもトロメアのした事はあまりにも重たい。平和を乱して大勢の人を消してしまったんだ、どのように償おうとこの罪はあまりにも重すぎる。そんな彼等トロメアが最悪の結果を迎える事になっても君達は受け入れられるかな?」
「戦争終結、ソロモン討伐、これら全てが終わって彼等・・・ガープを始めとする首脳が極刑になっても良いか?と言う事ですか」
「・・・そうだね。僕達の力でも出来るのはオリュンポスを終戦交渉と協力の席に着かせる事までだろう。だから・・・」
言葉を詰まらせるブファス、言いたい事は大体察せられた。
希望を抱きすぎていないか、と言う事を聞きたかったのだろう。
ブファスとしては念の為確認しなければならなかった。
誰もが幸せになる結末はもう無い、二人が分かっていてももう一度言い心に刻み込む、形だけの慰めでなくしっかりと現実を教える、この男なりの優しさだった。
「分かっています。でも・・・本当は少し期待してたのもあったんです、良い奴らだなって思ったから出来れば助かって欲しいって」
「でも・・・してきたことを見ちゃったので、やっぱり無理なんだなって。まあ彼等もそれは分かっているでしょうし。だから私達としては彼等が本当に叶えたかった事、ソロモンを倒してあの戦争を終わらせるっていう心からの願いを応援、見届けたいっていう感じです。せめて・・・友達として」
ルシファーとリリスは答えた。
答える彼等の顔はどこか悲しそうにも見えた、まだ若いのにこんな経験をさせてしまったとブファスは対面していて心が酷く痛んだ。
自分達大人がもう少ししっかりしていれば防げたかも知れない、考え出すとキリが無い話だがそう考えずにはいられなかった。
「分かったよ、意地悪な質問をごめんね」
彼は精一杯の笑顔を作り言った、そして今自分に出来る事を考え始めていた。
「さあ、もう疲れただろう。ルシファー君が寝ていた部屋でしっかりと休んでおいで。ちょっと埃っぽいのは申し訳ないけどね」
話を切り上げたブファスは二人を部屋へ送った。
「はい、ありがとうございます」
「助けてくれてありがとうございました」
「良いんだよ、それじゃあお休みなさい」
二人は会釈をし部屋に入っていった。
部屋の中、たしかに埃っぽいが夜風を凌げない外に比べれば天国と言えた。
「ルシファー」
「どうした?」
リリスがいきなり彼を抱き締めた。
だがいつもより力が籠もっているのが分かる、ルシファーは彼女の心情を察した。
「もう寝る?少しだけ話さない?」
ルシファーの耳元で彼女が囁く、妖しさすら感じさせる声音である。
「あ・・・ああ、分かった」
彼女にこういうことをされるのは始めてじゃ無いがやはり慣れないルシファー、二人はそのままベッドに腰掛けた。
「・・・」
「・・・」
暫く無言の時間が過ぎた。
「休めた?」
「うん、思ったより。やっぱりベッドで寝るって大事だな」
「そうだね・・・悩みあるよね?」
リリスが切り出してきた、少しの間の後彼は頷いた。
「話して欲しいな」
「ああ、分かった」
またしても無言の時間、世界が止まったかのような静寂だ。
彼はゆっくり喋りだした。
「先ずな・・・とても怖くなってきたんだ」
「相手の形相が必死だっただろう?リリスが居てくれたから怪我一つ無かったけど本当はとても怖かったんだ」
彼女は静かに頷いた。
「それで・・・」
「うん」
「負けたらってのが過った、絶対嫌だった、死にたくもないし。あんな連中の手にお前が墜ちるなんてって考えたら余計に怖くなってきた」
古今東西戦争、戦いにはよくある話である。
男は殺す、女は慰み者、そして相手は明確にその意志を示していた。
そして彼等はそういう相手とは相対した事が無かった、今までは魔獣とばかり戦っていたからだ。
本格的に自分達の居る場所がそういう穢い世界なのだと思い知らされ酷いストレスを彼は感じさせられた。
「それでそんな連中が血塗れで倒れているのを見てざまあみろって思った、そしたらまた色々吹き出してきた」
「殺さなきゃって思ったんだ、トロメアみたいに何か仕掛けてきたら・・・って考えが出てきた」
「それで・・・段々全部が馬鹿みたいに思えてきて・・・群がってくる魔獣も・・・ごめん・・・俺・・・あんな馬鹿な事言って・・・お前まで危険な目に遭わせかけた・・・本当にごめん・・・」
彼はまた泣きそうな顔だ、彼女には縋り付く幼子のようにも思えた。
リリスはより一層強く抱き締めた。
「リリス・・・」
「私も貴方も無事だった、それで良いじゃない」
「良くない・・・俺の気が収まらないよ・・・」
「じゃあどうしてほしい?」
無言のルシファー、だがリリスの温もりが心地良かった。
「・・・分からないや」
リリスは優しく微笑んだ。
「私は怒れないよ、貴方には笑ってて欲しいし。何よりさ、あんな大勢に怖い顔されて襲われるのがずっとだったもん、助けなくっちゃって思った相手には裏切られて目の前で死なれちゃうし、吹き出ちゃうのも仕方ないよ」
「それで・・・何が言いたいかって言うとね、包み隠さないで言ってくれてありがとう。これからはもう少し話したりこうやってハグする時間増やそうね。残念だけどまだ先はあるからさ、せめて少しでも溜め込まないようにしていこう」
彼女の精一杯の言葉だった。
夫婦と言っても結局は別の人間、察する事しか彼女には出来ない。
もう少し早くこうするべきだったと彼女は酷く後悔していた。
「・・・ありがとう」
そういうと必死に堪えていた彼の涙が零れだした。
「良いんだよ、あといっぱい泣いてすっきりしてね」
「・・・なあ」
「うん?」
「さっき言ってくれた言葉だけど・・・リリスも・・・だぞ。聞く事しか出来ないけど」
「あー、それもそうだね。じゃあ早速なんだけどさ・・・聞いてくれる?」
「ああ」
「もう少し早くさ・・・今の話するべきだったなって。貴方があんな風になっちゃうのちょっと想像できなかったから・・・」
「絶対止めるから、次もああなっちゃったら絶対に・・・止めるからね」
彼女の言葉には固い決意が込められていた。
「ずーっと一緒だからね」
「ああ」
彼等は深くお互いの存在に感謝していた、どちらか欠けていたら今この場には居なかったのだ。
心から愛おしく思える最高のパートナー、絶対に護ろうと二人は改めて誓った。
「乗り越えて行こう、先ずは生き残ろう」
「うん!」
そうして二人は堅い口づけを交わし眠りについた。
朝が来た。
久しぶりにしっかり休めた為にルシファーの体調もすっかり回復している。
「・・・何時以来だったかな、こうやって休めるの」
「この間あったけど、なんか遠い昔みたいに思えちゃうけどな・・・」
「だね・・・さて、ブファスさんに話をしに行こう、今後の事決めないと」
「出来れば一緒に来て欲しいな・・・とても心強いし、試しに話してみるか」
「それは難しいかも、もしかしたらベリアル達を探しに行きたいって考えているだろうし」
ブファスの能力はカーバングル、力を使えば桁外れの聴覚を得る事が出来る。
戦いに転用すればクイーンの予知に近い事が出来てしまう程強力な力でありブファスが前の戦争から生き残ってきた要因の一つだった。
だが彼は戦いを好まない、むしろこの力を生かした人捜しも彼が得意とする分野であった。
ルシファーはリリスの言葉に頷いた。
「ああ・・・だよな・・・それもそうだ」
「だから付いてきて欲しいって言うのは止めておきましょう?きっと凄く心配してるだろうし、今にも探しに行きたいって思っているかもしれないわ」
「分かった、こればかりは仕方ないな」
二人はそんな話をしながら出立の支度、そしてリビングに顔を出した。
だがブファスは居なかった。
「あれ?」
「ドアだけ開いてる・・・どうしたのかしら・・・」
二人は訝しむ、ブファスという男は戸締まりを怠るような性格では無い。
「まさか、何かあったのか・・・」
「探してみるね」
「ああ、頼む」
リリスが力を使い辺りを探し始めた。
悪魔族の反応を見落とさないように少しづつ範囲を広げていく。
「うそ・・・」
「どうした?」
「急いで・・・ルーラーが!」
リリスがその先を言おうとした瞬間彼等の居た家は爆炎に包まれ吹き飛んだ。
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