比翼の悪魔

チャボ8

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後悔

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後悔があるとすれば彼等と共に戦えなかったことだろう、二人の戦士は誰にも言うこと無く戦いに赴いた。






「・・・」


「・・・」


ヴァーリ達が去った後、両者は睨み合っていた。


両者とも瞬き一つ無い険しい表情をしている。


一方は猛牛が如き大角の巨漢、もう一方は黒い翼を背から生やした青年。


嵐の前の静けさとでも言える重たい空気が満ちていた。


少しでも隙を晒せば一瞬で勝負が終わりかねない事を両者理解していたからである。







(・・・さて)


(話せるか?)


(うん・・・まだ何とかいける、よ)


リリスは答える、その声は少し苦しそうであった。


(・・・悪いな、後どれくらい撃てそうだ?)


ルシファーも無理をさせていることに対して申し訳無さそうに言う。


今の彼等は最悪な状況に置かれていた。


ヴァーリ達を逃がしたのは良かったものの二人とも限界が近かったのである。


肉体を担当するルシファーは負荷を無視した戦いの分が、魔力操作を担当するリリスも長時間の戦闘のサポートで集中力が切れかけていた。




(威力を抑えた魔力弾ならまだ全然、魔力の刃は一回。光輪は・・・ちょっと厳しいね)


(そうか・・・黒炎はどうだ?)


(刺し違えるつもりなら一回は行けるかな・・・)


(・・・分かった)


溜息を隠せなかったルシファー、これでは手札が少なすぎる。


(それにしても・・・考え込むタイプで良かったね、私達が限界近いの知ってるだろうに)


(案外待ってくれてたりしてな、俺達の最後の足掻きを。で、周りはどうだ?)


(・・・うん、魔獣達は寄ってきてないわ。やっぱり何か除けるものを持ってるのかな)


(そうみたいだな。全く羨ましい限りだよ。それはそうとして)


彼等は剣を腰の鞘に収め両手を自由にした。


(やっぱりそうだよね)


(ああ、流石にな)




彼等は自分達から接近戦を仕掛ける選択肢を外した。


もうそんな余力は彼等には無いからだ。


剣は迎撃用だろう。


(せめて万全だったら・・・いや、言っても仕方ないな)


(だね、じゃあ・・・はじめようか)









意を決して先に行動したのはルシファー・リリスだった。


彼等の選んだ選択肢は魔力弾の連射、威力を抑え負荷を極力減らしたものである。


少しでも長く弾幕を張り相手の行動を誘発できればと言う狙いだ。


威力を抑えていようが人間サイズの筋肉程度なら容易く貫ける。



だが彼等は早速度肝を抜かれた。




(防い・・・でない・・・突っ込んできた!)


リリスが驚いた、モロク達は防御でも魔法での迎撃でもなく彼等目掛けて向かってきたのである。


(よりによってそれかよ・・・)


あわよくば手の内を晒させられればと思っての攻撃でもあった。


だが相手は魔法も何も使っていない、自分達の身一つで彼等の弾丸を躱しながら向かってきたのだ。




ルシファー・リリスの攻撃は全て相手の移動先を読んで撃っている、普通ならば防がなければまともに対処は出来ない。


だがそれを防がず更なる先読みで回避しモロク達は向かってきている。





決して闇雲な玉砕などではない、最悪の戦争を生き抜いてきた古強者達なのだと彼等に痛感させるには十分すぎる行動であった。


彼等は攻撃を止ませなかったがそれでもモロク達の脚は一切止まらなかった。




(全く当たらないし、一切防がないなんて・・・どうかしてるよ・・・)


(間違いない・・・ここまで戦ってきた連中より確実に頭一つ抜けてる・・・)


自分達を相手にして散っていった兵士達も同じ気持ちだったのだろうか、そんな考えが彼等に過る。


だが直ぐに現実に戻された、ルシファーが最悪の事態を言ったからである。




(まさか・・・不味い、何かする気だ)


(何かって・・・っ!)


リリスも言われて直ぐさま気付いた。


そしてバリアを張り身を護ろうとした。






だが気付いた時には遅かった。




モロク達が拳を勢いよく突き出していたのである。




次の瞬間彼等はバリアより速く到達した何かに突き飛ばされ叩き付けられることになった。
















(しく、じった・・・必中の距離まで近寄るつもりだったのか・・・)


倒れ伏し激痛で意識が飛びそうになりながらもルシファーが後悔する、何をされたのかすら彼等には分からなかった。


分かったのは何かに突き飛ばされた事だ。


だがまだ終わっていない。




(ルシファー!)


リリスの絶叫が彼の耳に響く。




自分達に覆い被さるような黒い影、目の前にはモロク達。




今にも拳を彼等に叩き落とそうとしていたのである。




その拳が彼等には断頭台のギロチンのようにも見えた。




おまけに何かを纏わせているのが分かった、間違いなく当てられれば死ぬ。





(リリス!)


選択肢は一つしか無い。


振り下ろされたのと同時にまたしても急加速で彼等はギロチンを回避した。






「う・・・くっ・・・」


飛び退いた先で膝をつき呻きが漏れてしまったルシファー・リリス。


またしても行ってしまった急加速、既に限界近い身体に負荷を一切考慮しない加速は最早自殺行為に近いと言える。




(でも死んではいない・・・まだやれる・・・)


そして必死に言い聞かせ彼等は立ち上がる。




だがまだ追撃は止まない、止むはずがない。


立ち上がったのとほぼ同時にモロク達が目の前まで詰めていたのである。


当たり前であった、ルーラーなのだから読めていて当然だ。




(・・・回避は間に合わない・・・)


まさかこの一瞬で距離を詰められるのは彼等も想定していなかった、事実リリスも反応できなかった程である。




モロク達が拳を繰り出してきた。


(これは)


何も纏っている様子はない、通常の拳打かもしれない。




だが生身で受けてしまう選択肢は無い、弱っている彼等ではそのままノックアウトされかねない。




ルシファーは考えた。




この状況で使える手段は二つあった。


一つは魔力の刃、腕から魔力で剣を作り出す魔法だ。


消耗仕切っていることから一回しか使えないが相手は至近距離、カウンター気味に繰り出せば深手を負わせることも出来る可能性がある。




(だめだ)


直ぐさま彼は却下した、間違いなく読まれている以上何の悪足掻きにもならない。


フルカス達みたいに武器が扱いにくい大剣ならば良かったかもしれないが相手は拳、下手に斬り掛かれば掴まれ骨を砕かれる危険がある。


おまけにクイーンの力もある。


もう一つの選択しかなかった。







(リリス、悪い。頼む)


(良いよ、信じるから)






相手の拳が到達するより速く剣を抜いた。




そしてその剣は青く光っていた。




彼等の選択肢は付与魔法だった。






どんな鈍だろうが少しの間だけ名剣と大差ない程の業物に生まれ変わらせる奥の手だ。


だが代償に時間制限が来てしまえばボロボロに錆びた鉄と大差なくなってしまう。


なのでこの手段を切ったと言うことは彼等にも諸刃の剣だったと言って良い。




そして疲れた身体へ鞭を打つ行為でもあった。


魔力操作には集中力を使う、じっくり時間を掛ければ負担はそこまででもなかった。


しかしながら今の彼等では瞬間的に一切のミス無く完璧に魔力を操作しなければ間に合わない、当然負荷も尋常ではなかった。






ついでに、彼等が選んだのは攻撃ではなかった。


剣を盾とし身を護ったのである。


血を吐きそうになりながら必死に歯を食いしばって防御態勢に入りモロク達の拳を受け止めた。




重苦しい音が辺りに響く。


(重たい・・・只の拳でこれか・・・)


剣を落としそうになるのを堪えたルシファー・リリス、剣から伝わった衝撃が身体に走り内臓を震わせる。


しかし剣はまだ光を放ち彼等の手にあった、盾として扱う判断はその場しのぎでも間違っていなかったのである。





(まだ来るよ!)




(ああ、任せろ)




だがやはり攻撃は終わらない、左右の拳による殴打の嵐が彼等を襲った。


(まだ・・・まだだ・・・)


(折られない、絶対に折られないんだから・・・)



反撃を挟む暇など一切無かった彼等は死力を尽くし全力で防いだ。










時間にしてそこまで経っていたわけではない、だが彼等にはもう何時間も経過したようにすら思えた。






だがその時は来てしまう。


(ルシファー・・・)


(ああ、分かってる・・・)




魔法の時間切れである、そしてそれは剣という手札が一つ喪われる事を意味していた。


魔力の浸食による劣化、こればかりは特殊な金属でもないと避けようがない。



(あと10秒・・・くらい)


(ああ・・・)




一撃、一撃、尚も攻撃は止まない。




モロク達も分かっているのだ、所詮は一時凌ぎでしかないと。




なので豪腕を打ち付けその時が来るのを待っていた。









だが同時に深く恐れていた、それ故の行動であった。












(今だ!)


ルシファー・リリスが剣から手を離した。





モロク達の拳が時間切れで鈍と化した剣を粉砕。





破片が飛び散り彼等の頬に赤い線を走らせる。







だが同時に彼等はその場で魔力弾を連射。






ほぼ至近距離、普通は回避できない攻撃だった。








しかしながら相手は普通では無いのだ。










「っ!」




言葉にならない驚き、それすらも相手は躱したのだ。




まるで重さを感じさせない軽やかな動き、あっという間に視線外に逃げられた。




そして視線を合わせるより速く、リリスの警告による回避が間に合わない速度で拳を叩き込まれ彼等は吹き飛ばされた。
















視界がぼやけていた。


(・・・ルシファー)


(あ・・・ああ・・・)


だが彼等の力はまだ解除されていなかった、意識は途切れていないと言うことである。


しかし、目の前にはまだ友人達が居た。


ゆっくりとこちらに向かってきている、トドメを刺すつもりだろう。


(困ったな・・・もう殆ど動けないや・・・)


(だよね・・・)


お互い意識が飛びそうになる。


(なあ)


(・・・どうしたの?)


(俺達ってさ、頑張ったかな)


(今更何言ってるの。すっごい頑張ったって)


(だよな・・・でもいっぱい殺したな、生き残る為に)


(・・・ルシファー)


(どうした?)


(もしも、ここで死んでもさ。後悔はないから、ありがとう)


(俺も言っておく、ありがとう。リリスがお隣さんで本当に幸せだった。愛してる)
















彼等の目の前にモロク達が立った。


その姿は死を告げる断罪者と言われても遜色がない。


今までルシファー・リリスに葬られてきたトロメアの兵士達はきっと同じような気持ちだったのだろう。


最早彼等はまな板の鯉同然、逃げる余力はもう無かった。







「言うことはあるか?」


「なあ・・・最後に一つ聞かせて欲しい、お前達に何があった?どうしても・・・それだけが分からなかった・・・」


ルシファー・リリスは必死に声を絞り出す。


「俺達を殺すのが、戦争を終わらせる事に・・・繋がるのか?それともガープを護る為か?教えて・・・くれないか?」




その声はモロク達には縋るようにも聞こえた。


何かの時間稼ぎかもしれなかった。


彼等はここまで生き残った実力者、まだ何か隠し球がある可能性があった。


なので答えずにここで彼等の首を刎ねても良かった、だがモロク達には出来なかった。


友人達はゆっくりと答え始めた。






「アシュラに言われた事があった、取引だった」


「・・・言う通りにすればある人を蘇らせてくれる、禁術を使ってだ」


「・・・意味が、分かっているのか?禁術を使うって言うのは・・・」




禁術を使う、それは今まで奪ってきた魂を消費してしまう事を意味する。


もう元の人間として蘇らせることは出来ないまでも保存した魂をオリュンポスに返還すればまだ交渉の余地を作ることも出来ただろう。


だが消費してしまえば使われた魂は消滅し二度と新しい生を受けられなくなる。




「ああ、分かっている。でも選んでしまった・・・もう一度、私達はハデス様に会いたかった・・・」


その言葉に聴いていた彼等は衝撃を受けた。


ハデス、悪魔族を創り戦争の引き金を引いた大罪人。


少なくとも彼等はそう習っていた。




「会って・・・会って、どうするんだよ・・・まだ続きをしたいのかよ・・・」


少しばかりルシファー・リリスの語気が荒くなる。


しかしながらモロク達の様子は変わらず言葉を続けた。


そして彼等はまた別の意味で驚くことになった。


「いや、戦争を止めたい気持ちは変わっていない、本当だ。ただ・・・」


「言いたかったんだ、ありがとうって」


「それって・・・?」


困惑気味に返す彼等。


「言葉の通りだ。あの人は私達の命の恩人、父親みたいなものだ。だが・・・最期に何も言えず死に別れてしまった。心残りだった、だから・・・・・・言いたかった、ありがとうって」


モロク達は涙を流していた。


「罵りたければ罵れ・・・馬鹿な選択をしたのは分かっている。でも抗えなかった、抗えなかったんだ・・・」


「罵るなんて出来るわけ無い・・・俺達がその立場に居ても抗えなかったかもしれないんだから」


事実両親や友達に会える変わりに協力しろと言われれば彼等は頷いてしまったかもしれなかった。


気持ちが分かってしまっただけに彼等には罵ることも笑うことも出来なかった。


「そうか」




そう言ってモロク達は拳を振り上げた。




「ありがとう、友人達。さようならだ」











モロク達が話してしまったのは懺悔だったのかもしれなかった。


非道な行いをして魂を集めていたのは大義の為、自分達が生み出してしまったに等しい本当に世界を終わらせかねない化物を滅ぼす為だ。


文字通り全てを賭けていた。


だが囁きに耳を傾けてしまった、そして集めた魂を自分達の為に使うことに同意してしまった。


モロク達はずっと後悔していたのかもしれなかった、それを聴いて欲しかったのかもしれない。













(ああ、これで・・・)




(ああ。私達の勝ちだ・・・)




アシュラとの取引、それはトロメアの誰かがルシファー・リリスを殺害すれば引き換えにハデスを蘇らせるというもの。


そして当たり前だが裏切りは許されない、部下達とガープも助けてもらえる。


二人は安堵していた。





この拳を落としきれば勝ちだ。
















だがモロク達の脇腹に激痛が走った。


「ぐっ・・・」


(くそ・・・何が・・・)




我に返らされたモロク達。




攻撃を中断し両腕で反射的に防御態勢、周囲に視線をずらした。




そして一瞥して確認、傷は深かった。




魔力弾の狙撃だろう。






(しくじった・・・囲まれてる・・・)


(馬鹿な、いつの間に・・・)


モロク達はここにきて己の失策を恥じた。






モロク達は彼等の事を最大限に警戒していた、そんな彼等への対策として取ったのは全ての意識を向け一挙一動呼吸に至るまで全てを把握すること。


実際この対策は有効だったと言える。


ルシファー・リリスが消耗仕切っている状態なのもあったが二人は全てにおいて彼等の行動を上回っていた。


だが致命的なミスもあった。


先ずは彼等がもう独力で自分達を倒すつもりが無い事まで考えが回らなかった事。


ここまで生き残った実力者だ、何かある、何かしてくると考えすぎた結果今撃たれるまで一切の警戒を解かなかったのである。


もしも、一瞬でも周りへ警戒していればこんな失態を晒さずに勝利を収められていた。




もう一つは言わずもがな、話を聞いてしまったことだ。


彼等の話を聞かずにトドメを刺していれば横槍を入れた者達は間に合わずルシファー・リリスは間違いなく死んでいた。




「おのれ・・・」




モロク達は己の甘さを恥じた、だがこの瞬間また大きなミスを犯していた。




(モロク!)


「っ!」




警告と同時に大きく飛び退いたモロク達、だが一歩遅く臓器にまで達しそうな程深い傷が出来ていた。




「ギリギリ外れたか・・・」


「ああ、だが・・・効いたぞ・・・」


血を吐き出すモロク達、ルシファー・リリスの手には魔力の刃が展開されておりゆっくりと消えていった。


もしも彼等の踏み込みがもう一歩深かったら身体は両断されていただろう。


だがそれ以上に恐怖に感じることがあった。




「全く・・・お前達は恐ろしいな・・・全て、あの逃がした瞬間から賭けていたのか・・・」




ルシファー・リリスがガブリエル達を逃がした時のこと、彼等は賭けをしていた。


内容は至ってシンプル、ガブリエル達が彼等を見捨てないことだ。


来なければ詰み、来た所で気付かれても詰み、当たり前だが打ち合わせなど出来るはずが無かった。





「そういうことだ、もう・・・俺達に余力は無い。これしかなかった」


「どうかしているとしか言えないな」


「俺達もそう思うよ、でもな。正気じゃ生き残れなかったんだ」


だが彼等は賭に勝ったのだ。




モロクはもう笑うしかなかった。


そして認めた。


「ああ、認めよう。お前達は間違いなく強い、狂っている程に」


「そして・・・・・・・・・危険だ、ここで殺す」







(やるぞ)


(ああ、任せな)





「我ら縛りし戒め砕け、天地揺るがす豪腕を、ねじ伏せ砕く剛力を!魔力解放!」





閃光と衝撃波が周囲を吹き飛ばす。








(来たか・・・)


(来ちゃったね・・・)







「終わりだ!お前達は絶対に逃さない!」




切り札を使い更に獣に近くなったモロク達、一直線に向かい彼等を粉砕しようとしている。




ガブリエルの率いている部下達も攻撃するが無人の野を行くがの如く意に返さず向かっていく。




まさに殺意の権化と言える、その圧力は姿を目にするだけで嫌でも伝わり恐怖で押し潰そうとしていた。









彼等を除いて。









彼等は両の手を前に向けていた。




そして木を背に地に足を付けて立っていた。




そして魔力を完全に圧縮し終わっていた。







(・・・下手したら全部使い切って死ぬかもしれないからもう一度言う、リリス、愛してる)


(うん、私も。死んでも愛してる)






そして彼等は彼等の最大最強の攻撃、黒炎を放った。





どす黒い魔力の奔流はモロクを呑み込み攻撃範囲前方にあるほぼ全ての物体を削り分解して焼き尽くし消滅させていた。






切り札を使ったモロク達が殺意の権化なら彼等の黒炎は世界の終わりそのものと言っても良い恐怖を見る者達に植え付けた。




予め射線上と思われる箇所に立たせないガブリエルの判断がなかったらせっかく来てくれたオリュンポスの戦士達は何が起きたのかすら理解出来ず消えていただろう。











ゆっくりと奔流が小さくなっていく。




残された物は削り取られた地面、そして立っていたモロク達だった。




「ちっ・・・無理だったか・・・」


思わず悪態をつくルシファー・リリス、この攻撃は今の彼等に出来る最後の望みであり文字通り刺し違える覚悟のものだった。


だがそれですら殺しきれなかった。


満身創痍、全身に大火傷同然の傷を負ってはいるが死んでいない以上このまま襲われれば彼等はもう終わりである。


ルシファーは死を覚悟した。


(待って)


だがリリスが冷静に言い放つ。




モロク達は一歩も動かなかった。


「やるな・・・ぐっ・・・」


血を吐き膝を着くモロク達。


相手は最早虫の息、魔力のほぼ全てを防御に回し辛うじて命を繋いでいたのである。


戦う余力など完全に焼き尽くされていた。


「ここは・・・退こう。いずれこの借りは返す・・・」


それだけ言うとモロク達は石を砕き光と共に離脱した。




どことなくその顔が晴れやかに見えたのは彼等だけだろう。





「勝った・・・のか、俺達・・・」


モロク達が消えた後ルシファー・リリスもその場に倒れた、今の彼等はもう完全に動けない。


ナイフを持った子供にすら何も出来ず殺される程には無力と化していた。


(やりすぎたかもな・・・あれしかなかったけど・・・)


(だね・・・)


ルシファーの意識が微睡み始めていた。


(生きてたらまた会おうな・・・)


(うん、後は頑張るから。任せて)




リリスの言葉を聞くとルシファーの意識は深い眠りについた。


そして同時に彼等の能力も解かれリリスが彼の側に現れた。











それからの行動は速かった。


オリュンポスの兵士達は真っ先に彼等の元に駆けて向かったのである。







命の恩人を助ける為















等ではなく目の前の脅威を確実に消し去る為である。


見た目は見目麗しい美女のリリス、男なら殆どの者が付き合いたいと思うであろう美女だ。


しかしながら今のオリュンポスの者達には化物にしか見えなかった。


隣にいる男諸共首を刎ねて確実に殺さなければという使命感に支配されていた。




それは獲物に群れで襲い掛かる狼の如し、多勢に無勢、リリスに対抗する術は無い。


静かに目を閉じ彼女は待った、無理ならば彼諸共迷わず自決するつもりだった。











銃声が響いた。




「そこまでです」




銃を抜いたのはガブリエルだった。









「・・・何故止めるんですか」


上官に詰め寄り怒気を孕んだ声で言ったのはヴァーチェ、眼鏡を掛けたガブリエルの副官である。


周りの兵士達もそうだと言わんばかりの無言の圧力だ。


「俺達は貴方達の恩人を助けて欲しいと言われて死に物狂いで着いてきました。そしてその恩人が・・・悪魔族とは何の冗談です?」


「言えば来ましたか?」


「からかってるんですか?それに此奴らでしょう、先遣隊を全滅させたのは。お陰で作戦が完全に瓦解ですよ!」


「実に腹立たしい話ですが私達には優れた索敵能力を持ったあの魔獣達が必要不可欠だった、魔獣使い達もです。それを・・・此奴らは・・・」


「分かっています、でも今は落ち着いてくれませんか?確かに不利益をもたらされました、でも彼等を助けたことは間違いなくそれ以上の利益をもたらします」


あくまでも大局を見極めろ、彼女はそう言っていた。


だがそんなことで納得する部下達ではなかった。


「ふざけるな・・・利益だと?人の命を損得勘定で計るのかよ!」


背後の兵士の一人が声を上げた、他の者もそうだと続く。


「ええ、計ります」


彼女は言い切った。


「気持ちは分かります、でもこれは戦争です。そういう視点も必要なのです」


更にガブリエルは続ける。


「彼等は仲間の仇、確かにそうです、どう頑張っても覆しようがない。そして自分達を全滅させようとしてた存在を撃退してしまった、あの力がこちらに向けられる事も恐れていたのでしょう。気持ちはすごく分かります、正直に言って私も怖かったです」


「でも彼等が私達を助けてくれたのも事実です。そしてモロク達に匹敵する実力者の彼等がトロメアと敵対関係なのは明白、ならば恩を売り共闘すればここで殺してしまうよりも少なくない損害を受けた私達が生き残る確率は高くなります。誰か異論はありますか?」


一同は押し黙ってしまった。


だが先程声を荒げた兵士が口を開く。


「ガブリエル様。先程の失言、申し訳ありませんでした。ですが彼等が裏切らない保証はあるんですか?私達を裏切りその首を手土産にトロメアに寝返ることは」


彼等の事を知らないならそう思われても仕方ない事だった。


事実悪魔族は約束を守らない存在として忌み嫌われている、このように考える者がいてもおかしくはなかった。





「あの!」


会話に入っていく者達がいた。


「・・・こいつら、俺達の友達なんです」


ヴァーリ達だった。


「友・・・達?本当なのか?」


いきなりのカミングアウトに困惑する一同。


「本当・・・です、ちょっと血塗れだったりで色々あって気付くのが遅れたけど今出て来たのを見て確信しました。そいつら小さい頃にエデンに居た友達なんです」


ヴィーザルが言う。


血塗れだったルシファーと違い一体化していたリリスは返り血を浴びていなかった。




三人はずっと考えていた、何故助けてくれたのか。


だが悪魔族の知り合いで思い当たるのは幼少期に別れた彼等のみだった。


やっとの再会、兎に角必死に頭を下げ三人は許しを請う。


「お願いします、さっきみたいなことは絶対させません・・・だから・・・助けてあげてください」


フレイヤが涙を流しながら言った。









「・・・任せたぞ、皆も良いな」


ヴァーチェが折れた、そして他の者達も渋々と言った様子だが了承、剣を収めた。


この三人は権力者であり自分達の希望でもある神の子息、だがそれ以上にこの部隊の皆からすれば可愛い後輩なのだ。


その後輩が今まで見たことがないほど必死に頭を下げているのに無碍に出来るような者は誰も居なかった。



「あ・・・ありがとうございます・・・」


「良かったぁ・・・」


安心からへたり込むヴァーリ達、そしてフレイヤはリリス達の元に駆け寄っていった。





















「あれから24時間近く・・・まだ目を覚ましませんか」


ガブリエルは野営地のテントに居た。


「驚きましたね、まさかいきなり気を失ったとは・・・」


コーヒーを啜りながら副官のヴァーチェが答える。


「フレイヤを宥めるのが大変でしたね、二人揃って死んだように動かなくなりましたから」


ガブリエルが苦笑いをする。




何が起きたのかというとリリスまであの時に気を失っていた、完全に限界を迎えていたのである。


「魔力の過剰仕様と肉体の疲労、寝れば良くなるはずですが・・・我々にも時間の猶予はないのでそろそろ起きて欲しいですね・・・」






ガブリエルの部隊は撤退の準備をしていた、任務続行不可能と判断した為である。


彼女達の任務とは偵察だった。


敵の築いているという拠点を発見、そして可能なら威力偵察をするというもの。


だがモロク達の襲撃で戦力を削がれルシファー・リリスに喧嘩を売ったせいで目と耳を果たすはずだった魔獣使い達が全滅した。


中々に酷い失態ではあるが主戦力であるルーラーが出て来るということは拠点はあるとガブリエルは確信、その情報をエデンに持って帰ろうと考えていたのである。


ついでにルシファーとリリスに恩を売り協力を取り付けられればとも思っていた。




「ガブリエル様・・・」


「何ですか?」


「・・・彼等は本当にシトリーの者達であってますか?」


「大丈夫です、身分証がありました。調べましたが偽造はされてません」


そう言うとガブリエルは身分証を見せる。


身分証には持ち主以外の血をほんの少量でも垂らすと色が変わるという特殊な技術が使われていた。


色が変わらなかった為に少なくとも彼等はシトリーのルシファーとリリスという証明にはなっている。


尤も身分証そのものが偽物だった場合には見分けようがないのも事実だった。




「まあ・・・兎に角トロメアと敵対しているというのは明白ですね、そしてモロク達に匹敵する力の持ち主でもある。味方に引き込めれば心強いですが・・・」


「だめだった場合は・・・」


ヴァーチェが言いそうになった言葉をガブリエルが制した。


「それはあちらが敵意を向けてきた場合の手段です、色々思うところはあるでしょうが今戦えば私達は全滅します」


「ですね、すみません」


今彼等に悪魔族憎しで仕掛ければ死ぬのは自分達、それだけは忘れてはならなかった。


「共闘が叶わない場合でもこちらが提示できるメリットはあります。せめて良い関係は結べるように努力しなければなりませんね」


ガブリエルは己の無力さを苦笑した。


失策に失策を重ねてしまったが最後の仕事としてせめて今生き残った者達は生還させる、その為なら全力を尽くす覚悟だった。









「せんせーーーーーーーーーーーー!」

















ヴィーザルからの知らせを聴いたガブリエル達は迷わず駆けていた。


彼等の居るテントは野営地の端に位置している、本来は物置代わりに設置した場所なのだがなるべく人と接触の機会を減らした方が良いと判断し彼等をそこに休ませていた。


無論護衛の係としてヴァーリ達もずっと付いていた。


一応納得はさせたが心の底から納得した者は殆ど居ないと言う考えの為である、自分達のしてしまったことの後ろめたさの表れもあった。






それから息も絶え絶えながら辿り着いたテント、万全じゃ無い状態の疾走はやはり辛い物があった。


まず彼女は深呼吸をした、一度は本気で殺されそうになった相手、冷静に対応しなければならない。


こちらが竦んでもだめ、相手を威圧して不快に思わせてもだめ、難しいがこなさなければならないのだ。





(大丈夫、大丈夫)


彼女は必死に言い聞かせる。


幌の向こう側からは声が聞こえてくる、再会を喜んでいるのだろう。


幌をくぐり抜けて話をする、只それだけなのに目の前の布が鋼鉄で出来た壁のようにもガブリエルには感じられた。


ヴァーチェ達もそんな心中を察してか声を掛けられない。


そんな時だった。


「誰か居るんですか?」


ヴァーリの声である。




「先生・・・今ですよ。自然に行きましょう」


ヴィーザルの言葉に彼女は静かに頷きテントの中に入っていった。

















「えっと・・・おはようございます、お二人とも具合はどうですか?」


彼女は努めて明るく挨拶をした、明るい挨拶は警戒を解くのにも良いと信じての行動だ。


だが姿を見せたことで空気が凍り付いたのが嫌でも分かってしまった。


「あっ・・・」


「・・・」


そして二人の反応は良いものではなかった。


リリスはすごく反応に困ると言外に伝えるかのような反応、ルシファーは眉間に皺を寄せ黙ってしまった。







(困ったな・・・)


ヴァーリは天を仰いでしまった。


入りにくいだろうと声を掛けたのは良かったのだがここまで露骨に嫌悪感を伝えられるとは思わなかったからである。


「えっと・・・二人とも?ちょっと良いかな」


「そうだぞ、その・・・ちょっとだけで良いから先生が二人と話したいって」


フレイヤとヴィーザルが恐る恐る切り出す。


だが彼等は口を開かなかった。


見かねたヴァーリがもう少し踏み込んで行く。




「二人とも、気持ちは分かる。何があったのかは先生から聞いた、でも・・・」


「・・・ヴァーリ。分かってる、すまない。どう反応したらいいか分からなかったんだ」


「うん・・・右に同じ、ごめんなさい。でも助けてくれたのよね?そうじゃなかったら今頃とっくに殺されてただろうし。ありがとう」


「えっと、どう致しまして。それで、その・・・話をしたいのです、とても色々と誤解があったようですし」


ばつの悪そうに言うガブリエル、だが少なくとも初対面のような敵意は感じられない。


複雑な心境は変わらないもののルシファーとリリスはガブリエルの言葉に静かに頷いた。










「さて、先ずは確認をさせて下さい」


二人の寝ていた毛布の周りに座ったガブリエル達、ヴァーリ達も彼等に何があったのか気になっていた為同席を許可された。


「貴方達はシトリーの方、前の戦争でオリュンポスに味方をしたバアル達の子供達、であってますね?」


彼等は頷く。


「単刀直入に聴きます。シトリーは中立だった、でもそこに住んでいた貴方達が何故モロク達と戦っていたのですか?」


やはりかと彼等は思った。


増えすぎた魔獣のせいで街から街の移動は大分昔からかなり困難な物となっている、それに加えて近年では盗賊の増加も人々の悩みのタネだった。


物資の流通もそうだがこれのせいで人が行き来しづらく情報が伝わるのすら遅れることが多々あった。





「そうか・・・まだ知らないんだな。シトリーがトロメアに焼かれた」


周りのガブリエル達は驚いた顔をする、寝耳に水な知らせだった。


「焼かれたって・・・ま・・・待ってくれ。そんな嘘だろ?」


ヴァーリが縋るような顔で二人に問う、だが彼等の表情は曇っていた。


「父さん達が行方不明て聞いたんだ、かなり大規模な捜索をしたんだけど見つからなかった。だから俺達が少し遠くに探しに行ってて・・・」


「暫く留守にしたらもう・・・それでトロメアに追われながらも逃げてきたの」


生き残りが居るかどうか彼等は言わなかった、それだけで四人は察し沈痛な表情をした。


「・・・そうか。・・・お前達だけでも、無事で良かった・・・」


泣き出しそうになるのを堪えながらヴァーリが言った。


「それでここまでずっと逃げてきたのですか」


それだけ言うと考え込む様子のガブリエル、少しすると口を開いた。


「・・・追っ手は?」


「・・・」


「・・・全滅させた」


恐る恐るルシファーが口を開いた。


それを聞きガブリエルを除く三人の表情が少し固まった。


「ごめんなさい、嫌なことを聞いたわね」


「いえ、事実ですし・・・」


三人の表情の変化に彼等の心は痛んだ、怖がられてるのは覚悟していたがそれが決定的になってしまったのではないかと。


だが三人は直ぐに涙ぐみ謝罪した。


「ごめん、私達の想像以上に過酷な状況に居たんだなって驚いたのが顔に出ちゃったね・・・」


「・・・お前ら・・・本当・・・生きててくれて良かったぜ・・・」


ヴィーザルが男泣きをし出した、体はデカいが涙脆いのである。


「・・・ありがとうな」


ルシファー達ははにかんだ。






「それにしても分かりませんね、中立のシトリーを襲う利益がトロメアにあったのでしょうか・・・」


話を戻した一同、ガブリエルは幾ら考え込んでも分からないと言った様子だった。


「中立だったのに・・・その・・・何か敵対になるようなことでも心当たりは?」


ヴァーリが少し遠慮がちに言う。


「残念だけど俺達はそういったことは知らされてない、でも父さん達や街の人達はそんなことはしない」


あの街の大人達は戦いが嫌でシトリーを作ったのだ、それを彼等はよく知っている。


しっかりした言葉で否定はしたが裏切り者の陰を思い出し表情に陰りが見えた。


「ですよね、私も知らない仲では無いので分かります。あの街の人達、特にお二人のご両親は愚かではありません。でもだからこそ、ガープ・・・あの男の考えていることは分からないですね」


「・・・わざわざまた戦争の引き金を引いたようなやつですよ、そんなやつのことなんか分からなくて当然じゃないですか・・・」


ヴィーザルの言葉には明確な怒りが込められていた、当然だろう。


彼からすれば無辜の民だけでなく親友達を苦しめた元凶でもあるのだ。



だが二人は怒りではなくモヤモヤした感情が胸に渦巻いていた。


トロメアのしたことは許され無いが理由があったのを知ってしまっているからである。


「そう思うのも無理ないですね・・・ですが戦いを望むような人間では無かった、少なくとも前に会った時に抱いた印象はそうでした。戦争を起こしたのもそうですが中立であり元々共に戦っていた戦友がいるシトリーを襲うなど・・・もう何が何だかという感じです・・・」


ガブリエルはどこか悲しそうだった。


彼女にも信じていた時期が合ったのだろうか、と思わせられた。


「・・・」


「・・・」


彼等は全て話してしまいたかった、だが今はその時では無いと言い聞かせる。


ガープ達が倒そうとしていた敵、その敵に殺されそうになったこと、そんなガープ達に協力しようとしていたこと。


トロメアに関することを伏せて話していたのはトラブルを防ぐ為だ、目の前の皆ならともかく他の誰かに聞かれれば問答無用で襲われかねない。


関わっていた、協力しようとしていた、今のオリュンポスならそれだけで殺されそうになるのは容易に想像できてしまったからである。


「実は・・・その事で話しが。言うタイミングが切り出せなかったんだけど・・・」


ルシファーが言った。


リリスも一瞬驚いた顔をしそうになったが、彼を信じて沈黙を貫いた。







「俺達、トロメアのルーラーに取引を持ちかけられたんだ」


4人はその言葉に驚きを禁じ得なかった。


「内容は!どういう事だ!」


ヴァーリがルシファーの肩を掴み前のめりに聞いてきた。


「こらこら、ヴァーリ。それじゃ話しづらいでしょ」


「ああ、悪い・・・で、何があったんだ?」


フレイヤに諭され苦笑いをするヴァーリ、内心の焦りが出てしまったのだろう。



「えっと、クーデターに協力しないかって言われた」


「クーデターって・・・本当ですか?あのトロメアが?」


ガブリエルが言う、ありえないと言った表情である。


トロメアの団結力を知っているからこそ俄には信じがたかった。



「本当です、ついでに言うと今のトロメアはガープ以外の人が権力を握っているらしいです」


「そんな・・・全く知りませんでした・・・いつからですか?」


「詳しいことは聞いてないけど。つい最近ガープが倒れたらしい、それに乗じて権力を握ったそうだ」


「その話を持ちかけたヤツは後釜に納まったヤツのことが気に入らなかったって事か・・・それにしてもわざわざそんな話しを持ちかけるって相当切羽詰まってるのか」


「そんな感じらしい、そいつの仲間が幅を利かせて随分酷い状況とか・・・」


「それで二人はなんて答えたの?」


「・・・答えられなかった」


「ええ、答えを出す前にその話を持ちかけてきた相手が襲われてね・・・」


二人の表情がまた曇った、ソロモンの恐怖はまだ彼等に深く染みついているのである。


「その後は知っての通りで、今に至るって言う感じだな・・・」


その言葉に一同は難しい顔になり沈黙した、結果的に助け合った形にはなるが出会い方があまりにも最悪だったのを思い出したからである。




「あの、それでお二人はこれからどうされるつもりでしたか?」


そしてガブリエルが沈黙を破る。


彼等はガブリエル達が求めていることは分かっていた、そうで無くては彼等を助けた理由が無い。


それに報いるのは人としては当然なのだろう。


だが彼等は言った。





「・・・オリュンポスを出て行くつもりだ」


「それで、どこか遠いところで生きようって」


あれからまた色々なことが起きたわけだが二人の考えは変わっていなかった。




「ちょっと待てよ・・・出て行くって・・・本気で言っているのか?」


「ああ、本気だ」


「だから・・・もう少ししたら私達は離れるわね、一応助けたのと助けられたから貸し借りゼロって事で。良いかしら?」


「そんな・・・せっかく再会できたのに・・・」


フレイヤが涙ぐんだ、間違いなく打算無き本心だろう。


少し心が痛んだが彼等は続けた。


「そうだな、手紙くらいは書くよ。その・・・オリュンポスには俺達の居場所は無いだろうし」


「魔獣使いと、ガブリエル、貴女と戦ってて気付いたの。ここに居たらいけないんだって・・・本当はオリュンポスに行ってオーディンさんに助けを求められればって思ってた。でも・・・ね、もう疲れちゃったって言うのかな、うん。ごめんなさい・・・」


二人の言葉からは深い失望が感じられた。


そしてオリュンポスの者達は後悔した。


彼等に投げた言葉、取ってしまった行動、それらが彼等の希望を砕いてしまったのだと。




「ごめんなさい、本当に・・・私達は・・・」


改めて謝罪をしようとしたガブリエルをルシファーが遮った。


「やめよう、この話は終わりだ。もう決めた事、今更帰るつもりは」


しかし彼女はそれを更に遮った。


力になりたい、今の彼女は心から思っていた。


「分かっているとは思いますが正直に言います・・・最初は、打算でした。今の私達は危険な状況、貴方達を助けて力を借りれば無事に帰ることが出来るかもしれないと」


「でも今は違います、無礼を償わせて下さい。貴方達はオリュンポスを頼ろうとしてくれていた、その手を私達は知らずに振り解いてしまっていた。助けを求める者を見捨てるのは私達の正義に反します」


「一緒に行きませんか?お二人の身は私が保障します。もしも無事に帰れたならご両親の捜索に力を貸させて下さい」


彼女は二人の手を握り真剣な眼差しで訴えかけた。




破格の条件だと言える、彼等だけで無くなり物資の心配が無くなる。


おまけに安全に辿り着く可能性が大きくなる、確かな人物に身を保障してもらえる。


他の三人も彼等の返事を期待した、ガブリエルと同じく心から助けたいと思っていたのだろう。








だが彼等は首を横に振った。


「・・・理由を尋ねても?」


言葉を絞り出すようにガブリエルが言った。


「悪いな・・・信用できないんだ」


「心の底から言ってくれているのかもしれないけどごめんなさい」


「理由は二つ、一つは他の人がどう思うか。助けてくれたことには素直に感謝している・・・が、歓迎されてないのは分かっている。背中から撃たれるのはごめんだ」


リリスが続けた。


「もう一つ、貴女達は魔獣を禁止する法を作りながら自ら犯していた」


ガブリエルの心に彼等の言葉が刺さる。


「待ってくれよ・・・先生にだって事情が・・・ちょっとくらい考えてくれよ・・・」


そんな師を見かねてかヴァーリが代わりに言った。


だが。


「それは分かってる、相応の立場なんだからそれくらい分かってるさ・・・ガブリエル、あんたは言ったよな。人の心の闇は簡単に止められないだったか。でもな、折れちゃだめだった・・・理由があったから仕方ない、今回だけ、そう言った積み重ねでどうなったか分かるか?」


ルシファーの言葉にヴァーリは言い返せなくなってしまった。




どんな命令でも遂行し死を恐れない兵士、戦争の指導者なら誰もが欲しがる物であり魔獣はまさにそれであった。


おまけに一定の魔力量があれば誰でも作れる手軽さ、この場に居る者達でも作ろうと思えば作れてしまう。


生け捕りにした捕虜、気に入らない人間、反抗的な動物、色々な組織が沢山の魔獣を作った。


オリュンポスも例外では無かった、戦争の為という最低限のお題目があった軍どころか抗争の為にならず者まで幅広く魔獣を作る地獄絵図が展開された。


材料が足りなければ人狩り、誘拐、大勢の人や命が弄ばれ多くの悲しみが流れた。




ヴァーリの父であるオーディンが禁止する法を作らなければ今でも減らなかっただろう。


その事をヴァーリ達はよく知っており言い返せなくなっていた。


「オーディンさんを信頼していたんだ、そのオーディンさんが治めている国だから頼ろうと思っていた。でもな、あんなのを見せられてはいそうですかと信じられるわけが無いんだよ・・・」




法を部下が犯すどころか上であった者すらそれを許容する。


どれだけ真剣な眼差しで訴えようがそんな物を見せられた後で心が動くわけが無い。




ガブリエルは自分を深く恥じた。


(私は・・・なんと愚かな事を・・・)


元々彼女は正義を重んじ弱きを助ける気高き者だった。


だが終わったと思われた戦いが再び起き多くの死と裏切りが彼女を荒ませてしまった。




三人も後悔していた。


神と言うのはオリュンポスでは権力者、所謂貴族の立ち位置が近い。


恵まれた環境で育ったが三人の根は優しく育った、彼等を助けようと思ったのも本心だった。


しかし、三人も同罪だったと言える。


トロメアへの憎しみが勝り師や仲間達が魔獣を作るのを知っていて止めなかったのだ。


たかが魔獣という気持ちもあった。


特にヴァーリは敬愛する父の顔に泥を塗り信頼を傷つけた事を突き付けられた。


おまけに心の内に気付けず無邪気に再会を喜んでいた、愚かしいにも程がある。


今更止める権利など無いのだ。





「だから、もう一度言うが助けてくれたことには感謝している・・・じゃあな」


そう言うと彼等は立ち上がり出て行く支度を始めた。




少し前の彼等だったら多少のリスクは呑んでいたかもしれない、でも今の彼等には無理だった。


シトリーに居た頃も辛い戦いは多くあった。


だがそれを乗り越えられたのは帰る家、そして愛する家族や友人達があったからだ。


しかしながら帰る家はもう無い、そんな状態での戦いは彼等の心を徹底的に打ちのめしていた。


今残ったのは唯一の伴侶だけ、その伴侶を喪わない為に少しのリスクも彼等は犯したくなかったのである。








だが不意に彼等が手を止めた。


「あの・・・何か?」


「なあ・・・ちょっと待ってくれ。何か聞こえないか?」


気まずそうに言うルシファー、だが一同が外の音に耳を傾ける。


一同の耳には確かに聞こえた。


怒声が。





「まさか・・・」


迷うこと無くテントから飛び出していくヴァーリ達、いつの間にかテントの外に居たはずのヴァーチェも居ない。


そして目に映っていた光景は怒声が飛び交い戦う仲間達の姿だった。


幸い野営地の端だからかまだ襲われてはいない、だがここに来るのも時間の問題だろう。





「先生!大変です・・・みんなが・・・みんなが・・・」


テントの中に戻り涙目で伝えるフレイヤ、ヴァーリとヴィーザルは迷わず武器を取り戦いに赴こうとしていた。


「・・・落ち着きなさい、三人とも」


「落ち着くって、急がないとみんなが」


「そうですよ・・・俺達の今の状況は・・・」


ヴィーザルが悔しそうに唇を噛んだ。



戦える兵士よりも残念ながらモロク達にやられた負傷者の方が今の部隊には多い、そこを突かれればひとたまりも無いのは明白だった。




「・・・お二人とも」


ガブリエルは頭を下げた。


「許しは請いません、虫が良いのは百も承知です。ですが!どうか!力を貸して頂けませんか・・・」


彼女は力一杯願った、兎に角仲間を助けたい、それだけを言葉に詰めて懇願した。





重苦しい沈黙が流れた。





「・・・今だけだ」


素っ気なく彼は言った。


「あっ・・・ありがとう、本当に・・・」


泣き崩れて礼を言うガブリエル、断られてしまった場合本当に全滅もあり得た。


心からの涙だった。


照れ臭そうにするルシファー、だが事態は一刻を争う。


照れ臭そうにしている彼を弄りたい気持ちを抑えリリスが言った。


「さて、簡単でも良いから作戦を立てましょう。貴方達の誰でも良いから野営地の状況を教えて、どんな些細な事でも良いから」




彼女の言葉に四人は頷き知っていることを話し始めた。




先程の空気は一変、元々根がお人好しな者ばかりだったからだろう。


一時的な物だとしても今確かな団結が生まれていた。
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