7 / 60
刺繍のハンカチ 2
しおりを挟む刺繍のレッスンやお茶会をして楽しくすごしていても、ウィンザー家に怪盗が忍びこむ事件がたびたび起こっていたの。
わが家に忍びこむ怪盗――その名も『怪盗くまくま団』といい、気に入ったもの見つけると置き手紙を残して持ち去ってしまう世紀の怪盗なの。
「サラ、今日はなんだかいやな予感がするわ――」
「まあまあ、それは大変です! みんなに知らせてまいります」
ふわふわの黒いうさ耳帽子をかぶった私はとっても神妙な顔つきで侍女のサラに伝えると、同じくらい神妙な顔つきのサラが大きくうなずいて部屋から立ち去ったわ。
「――怪盗くまくま団の正体は誰も知らないのよ」
ぎゅっと抱きしめたカイにつぶやくと、うなずいてくれたの。
ウィンザー家にたびたび出没する怪盗は、もちろんアリーシアとくまのカイだ。
ウィンザー家の使用人たちは当然気づいているが、アリーシア特製のくまくま団の置き手紙――『このクッキー大好き』『ピンク色のリボンとお花が気にいったの』――アリーシアのかわいらしい素直な感想や好みをよく知ることができるため、怪盗くまくま団が出没する日にあわせて新しいメニューのお菓子や料理、好みの知りたい洋服や小物などを目立つ場所に置いている。
ふわふわ黒いうさ耳帽子をかぶり怪盗になりきって忍び足で歩いているアリーシアの姿がとても愛らしく、今日も今日とてウィンザー家の警備はゆるゆるなのだ――
怪盗大歓迎のウィンザー家のキッチンへたどり着いた怪盗くまくま団のアリーシアとカイはさっそくお目当てのお菓子をつまみはじめていた。
「わあっ――フロランタンのキャラメルがかりっとして、すごくおいしいわ! こっちのビスキュイも好きだわ」
ぱくぱくとクッキーをほおばるの。
見つかったら怒られてしまうだろうけど、世紀の怪盗くまくま団の正体は誰にも知られていないからきっと大丈夫ね。少し前に読んだ怪盗の本がおもしろかったから私とカイが怪盗になるのも仕方ないわ。
まるで食べてくださいと置かれているクッキーを一枚ずつ食べ終えると、一番美味しかったチョコクッキーに怪盗くまくま団の置き手紙――『チョコがたっぷりで大好き』をお皿の近くに置いたの。とっても美味しかったから、あとでこっそり食べるために数枚いただいていくことにしたわ。
最初の宝物も手に入れたから次はすてきなお花を見つけようとお庭に出ると、陽射しがさんさんと降り注いでいて夏がもうすぐやってくるわと思ったの。
「アリーただいま」
アレクお兄様の声に視線を向けると、ガイ様の姿も見えたの。
「ガイ様――! アレクお兄様もおかえりなさい」
ガイ様に走っていき、がばっと抱きつくとガイ様はしゃがみ込んで私の目を見てくれたの。
「アリーシア嬢は、今日も元気だな」
「ガイ様、アリーと遊びましょう!」
「ああ、少しならいいぞ」
優しい瞳をしたガイ様が穏やかな声で答えてくれると、ほわりとあたたかな気持ちになったの。
ひみつの話がしたくてガイ様の耳元に顔をよせたわ。
「ガイ様、これは誰も知らないひみつなの――アリーは世紀の怪盗くまくま団なの。ガイ様もくまくま団の一員になってくれる?」
ガイ様がぶはっと大きな声で笑ったから、あわてて人差し指をくちびるに当てたの。
「ああ、すまなかったな。いいぞ、俺はどうしたらいいんだ?」
アレクお兄様に聞こえないようにガイ様とひみつのお話を終えると、ガイ様の腕を引っぱって走り出したわ。
「ああ――アリーが遊んでくれない……」
「アレク様、どんまいです」
私たちの背中を泣きそうな顔でつぶやいたアレクお兄様をサラがなぐさめていたことを私は知らない。
怪盗くまくま団になったばかりのガイ様とお部屋に飾るためのバラの宝物を見つけるために温室に忍びこんだの。
「これは見事なバラ園だな」
ガイ様が穏やかな声でほめてくださったからとても嬉しくなったの。
「ガイ様はどのバラが好きですか?」
「俺は男だからあまり花に詳しくはないが――このバラはアリーシア嬢の瞳の色に似ていて、とてもきれいだと思うぞ」
ガイ様が選んでくださったピンク色のバラは――花びらがフリルのように何枚もかさなった少し大人っぽいものだったの――魔法がかかったみたいにきらきらして見えたわ!
「ガイ様、怪盗くまくま団はこのバラをいただくことにしましょう!」
「ああ、いいぞ」
まるでバラを切るために置いてある園芸用はさみを手に持つとガイ様がひょいと抱き上げてくださって、きらきら輝いている宝物のバラを一輪はさみでちょきんと切ったの。
「このバラはガイ様にあげます」
「アリーシア嬢が欲しかったんじゃないのか?」
なぜだか分からないけど、ガイ様のそばにこのバラがあったらいいなと思ったの。
「はじめてガイ様と見つけた宝物だからさしあげます」
「アリーシア嬢、ありがとう」
ガイ様が穏やかな声で大切にバラを受け取ってくれたのが、とっても嬉しくて胸の奥がぽかぽかしたあたたかな気持ちになったの――。
6
あなたにおすすめの小説
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました
チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。
王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。
エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。
だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。
そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。
夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。
一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。
知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。
経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる