【完結】くま好き令嬢は理想のくま騎士を見つけたので食べられたい

楠結衣

文字の大きさ
8 / 60

刺繍のハンカチ 3

しおりを挟む
 

 あれから私の毎日は、ガイ様と親友と刺繍できらきらと彩られていたの――。

 サラやお母様に教えてもらい、何度も針を指に刺しながらマリアンヌ先生にいただいていた宿題が終わると刺繍レッスンの日がやってきたの。

「今日はバック・ステッチをやってみましょうね。これは返し縫いという基本的なステッチのひとつなの」

 マリアンヌ先生が刺繍枠と糸を手に持つと縫い目の進む方向と反対の方向に糸をすいすい縫って見本をみせてくださったの。
 ランニング・ステッチの途切れた線ではなくて、今度はきれいにつながった線になったわ。
 これなら私もすぐにできそうだわ。
 私たちも刺繍枠と針をもってランニング・ステッチはじめたの。

 ちくちく、ちくちく、ちくちく――

 すぐにできそうと思ったのは誰だったかしら?
 リリーとエリーの刺繍はきれいにつながった丸を描いているのに、私の刺繍だけがつながらないままだったの。どうしてきれいな丸にならないのかしら……。

「アリーもたくさん練習すれば上手になるわよ――はい、これは宿題ね」

 にっこりと笑みを深めたマリアンヌ先生から練習用の布をたくさんいただいてしまったわーー!


 刺繍レッスンのない日は、ガイ様と遊んだの。

 ある日には、優しいガイ様の手を引っぱって怪盗くまくま団はお宝を見つけたの。

「ガイ様、お宝のマフィンを一緒に食べましょう!」
「ああ、いいぞ。怪盗くまくま団はすごいな」
「はいっ! 怪盗くまくま団は、世紀の怪盗なの」

 ガイ様がぶはっと大きな声で笑うと、大きなあたたかな手で黒いうさ耳帽子をなでてくださったの。
 ふたりで食べるマフィンはとびきり美味しくて、最後のひとつを半分こすると、とっても心がぽかぽかになってしまうの。

「アリーシア嬢、頬にマフィンがついているぞ」

 ガイ様の大きな指が、ふいにほっぺたにふれると恥ずかしくて顔が赤くなってしまったわ。
 あわてて自分でマフィンをぬぐうとガイ様が穏やかに笑ったの――。


 ざあざあと雨が降る日には、読書部屋で本を読んであそんだの。

「ガイ様、この本を読んでほしいの」
「ああ、いいぞ。おもしろそうな怪盗の本だな」
「はいっ! 怪盗のお勉強をするの!」

 ぶはっと大きな声で笑ったガイ様は、ひょいと膝の上に座らせてくれたの。私の膝の上にもカイが座ると、ガイ様は穏やかな声で本を読みはじめたの――ゆっくりしたあたたかな声とぽかぽかの体温、それになんだか甘い匂いがして――いつもガイ様の近くにいるとほわわんといい気持ちになるのよ。

「ふわああ――」
「アリーシア嬢、寝てもいいんだぞ」
「ん、まだ、だい、じょうぶ……な、の――」

 あくびをひとつこぼすとガイ様の大きなあたたかな手が頭をなでていく。本を読んでほしいけれど、大きなふとい腕に頭を乗せるとまぶたとまぶたが仲良しさんみたい――
 すぐに後ろで控えているサラが声をかける。

「アリー様を寝かせてまいります」
「アリーシア嬢はぐっすり寝ているし、洋服をつかんでいるから起きるまでこのままで大丈夫だ」
「まあまあ――!」

 私が寝てしまった日は、いつもガイ様の洋服をぎゅっとつかんで離さないことを私は知らない。

「ガイ、アリーのこと変な目で見てないよね?」
「あのなアレク、俺は変態じゃないぞ」
「アリーのこと変な目で見ているならウィンザー家は出入り禁止だからね」

 私が寝てしまった日は、いつもガイ様がアレクお兄様にじと目で話しかけられていたことを私は知らない――。


 ガイ様とアレクお兄様の夏休みの日は、一日中お家で遊んだの。

「えっと、これは、その――赤の結界があるのです」
「ああ、そうみたいだな」

 ぶはっと大きな声で笑ったガイ様は肩をふるわせたわ。
 三人でいただく昼食に私の苦手なトマトが小さくなってサラダに乗っていたからフォークでえいっ、えいっとお皿のすみっこに集めていたところをガイ様にばっちり見られてしまったの。

 ガイ様は笑っているけれど、トマトには赤の結界があるのよ、とガイ様にほっぺたをぷうっとふくらませたの――。


 夏の陽射しがきらきらまぶしい日は、ガイ様がオルランド領地から帰ってきた日だったの。

「アリーシア嬢にお土産だぞ」
「わあ――! とってもかわいらしいですね」
「ああ、オルランド領の特産品なんだ」

 ガイ様がしゃがみ込み、穏やかな瞳で私に差し出してくださったのは、手編みのかごいっぱいに入った小さな愛らしい赤い実だったの。
 さくらんぼより少し大きい実ははじめて見るものだったけれど、ガイ様におみやげをいただいたことが嬉しかったの。

「とっても美味しそうです! ガイ様も一緒に食べましょう!」

 赤い実の入ったかごをうきうき持つと、涼やかな風が吹き抜ける大きなひまわりを見ることができるテラス席に座ったの。

「この実は、このまま食べると美味しいぞ」

 ガイ様が赤い実をひと粒つまみ口にほおりこむと、とても美味しそうに召し上がるから、思わずごくって喉がなってしまったの。
 私もガイ様の真似をして、ひと粒をぱくりと口に運んだわ――ぷちっと皮がはじけると、じゅわりと甘くてさわやかな果汁が口いっぱいに広がって、あまりの美味しさに三粒もぱくぱくと食べてしまったのよ。

「ガイ様、甘くてとっても美味しいです! この赤い実はなんという名前ですか?」
「これはトマトを品種改良して小さくしたミニトマトだぞ」
「えっ、これがトマト――?」

 目をまんまるにしている私の頭にガイ様の大きな手が伸びてきて、ぽんっと撫でてくださったの。

「アリーシア嬢の赤い結界は解けたみたいだな」
「えっ、あっ――はいっ! ガイ様、ありがとうございます――!」

 お母様にも見てもらいたくて、ミニトマトをそっとにぎりしめて走ったの。

「なあガイ、とある領地から王家に献上したばかりの入手困難な赤い実にそっくりだな」
「すごい偶然もあるもんだな。俺は、オルランド領地の視察に行って、ミニトマト栽培をしている者と話をしたら、ミニトマトはトマトが苦手なむすめを克服させるために品種改良したものだと言っていたから、アリーシア嬢の話をしたらぜひ食べさせてほしいとかごいっぱいにもらっただけだ」
「ガイ、やっぱりアリーのこと――?」
「あのなアレク、俺を変態にしようとするな」
「アリーのこと変な目で見ているならウィンザー家は出入り禁止だからね」

 私の赤い結界が解けてお母様にたくさんほめていただいた日、ガイ様がアレクお兄様にじっとりじと目で話しかけられていたことを私は知らない――。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。 王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。 エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。 だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。 そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。 夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。 一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。 知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。 経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...