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年上の婚約者 4

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 二人きりの部屋に重い沈黙が漂っていた。

 私は隣に座るガイ様がどんな表情なのか見るのが怖くて、ほとんど溶け崩れたストロベリーアイスクリームを見つめるーーアイスクリームはピンク色の泉になる一歩手前、僅かに盛り上がっていて、ピンク山、いやピンク丘である。
 今ならアイスクリームの素晴らしい溶け方レポートを書くことが出来ると思うの。

 いえ、このままでは駄目なのは分かっているの。アイスクリームの溶け方レポートの構想を練っている場合ではないわと覚悟を決めて、ガイ様に視線を向け「あのっ……!」と声を掛けるのと、ガイ様が椅子から立ち上がったのは同時だった。
 ガイ様のエメラルドグリーンの瞳と視線が合ったと思う間も無く、ガイ様が勢いよく頭を下げたの。

「本当に申し訳ない!」

「……っ! ガイ様は悪くありません! 頭を上げて下さい!」

 慌てて立ち上がり、頭を下げ続けるガイ様に叫ぶように頭を上げて欲しいと頼むが、ガイ様は頭を下げたままだ。
 目の前にガイ様の形の良い後頭部があり、こげ茶色の髪を結ぶ髪紐の緑濃淡色の中に淡いピンク色の紐が目に止まる。こんな時なのに、ガイ様が私の瞳の色を使ってくれているのでは? と自惚れてしまう……。

 嬉しいのに、これは私が魔写真を欲しがっていると知られる前に選んだ物だと気付き、勝手に落ち込む。別れを告げられる覚悟をしたのに、弱虫な自分にがっかりしてしまう。
 ガイ様が頭を下げたまま、大きな声ではっきりと告げる。

「アリーシア嬢は何も悪くない。俺が疑ったのが全部悪い!」

 ガイ様にアリーシア嬢と呼ばれ、止まっていた涙がまた溢れ出す。

「ガイ、さま……顔を、あ、げて下さい……」

 涙が溢れて、また上手く話せなくなる。泣き過ぎて胸が苦しいのか、ガイ様が離れて行くから苦しいのか、頭も心もぐちゃぐちゃになって分からない。
 ガイ様が顔を上げると、泣きじゃくる私を優しく抱き締めてくれる。甘い匂いに包まれて嬉しいのに、苦しい。大きな温かい手が頭を撫で、背中を慰めるように撫でるのを繰り返す。

「気持ちを疑ってすまない! アリーシア嬢が俺から離れたくても、俺が好き過ぎて、俺からは離せそうにない……。アリーシア嬢が本当に嫌なら今すぐ突き飛ばしてくれーー」

 そう告げたガイ様は、逞しい腕に力を込めて抱きしめる。鍛え上げられた厚い胸板と逞しい腕に強く抱き締められ、突き飛ばす以前に身動きひとつ取れない。

 でも問題はそこではなくて、ガイ様が私を好きと言ったわよね? 魔写真の事を聞いた後なのにーー私の幻聴? 夢? と頬をつねろうと思ったけれど、ガイ様が更に強くきつく抱きしめるから腕を上げる事が出来ない。

「あの……」

 ガイ様の鼓動が聞こえる。甘い匂いがする。温かな体温を感じる。ガイ様から勇気をもらって呼びかけると、大好きなエメラルドグリーンの瞳と目が合った。
 
「ガイ様は、私が勝手に魔写真を欲しがっていて気持ち悪いと思ったのではないのですか?」

 ガイ様が目を見開き、驚いた表情をした後、目を細めて甘く笑った。ガイ様の大きな温かな両手で私の頬は包まれ、上を向くように顔を上げられると、ガイ様の甘くて熱のある瞳に見つめられる。

「俺は、愛おしいと思ったぞ?」

 ガイ様の甘く掠れた声で言われ、また目元が熱くなる。気持ちが昂ぶって、涙が溢れて、でも伝えたくて。

「ーーガイ、さ、まが……アリー、シア、嬢……とよ、ぶから、もう、アリーの、こと好きじゃ、ないって……思っ、たのーー! アリーって呼んで、ほ、しい、のにーーっ」

 ガイ様の温かな両手が頬から離れ、私の膝裏と背中に腕を回し、私を抱き上げた。急な浮遊感に驚き、涙が引っ込んだの。
 ガイ様が私を横抱きにしたまま椅子に座り直し、片手を私の頬に添える。甘い瞳。甘い匂い。頬の柔らかさを確かめる様にゆっくりと撫でる甘い手のひら。甘い熱のある、その瞳に焼かれるみたいーー!

「アリーが好きだ。アリーが愛おしい……」

 ガイ様の甘い声で名前を呼ばれ、止まりかけた涙が目元に集まる。
 私の目尻の涙をガイ様の唇が甘く触れ、優しく涙を吸い取り、瞳を覗きこまれる。ガイ様の掠れた声でまた甘く名前を呼ばれ、目尻の溢れそうな涙を肉厚な唇で吸われる。甘い声。甘い瞳。甘い唇。甘くて溶けそう。
 私の頰を撫でていたガイ様の熱い手が顎にかかり、私の唇に触れるような甘いキスを落とした。

「アリーは甘いな? 苺味だ……」
 
 ガイ様が色気を放ちながら、くすりと笑った。
 ぼんっと音がしたと思った。顔に一気に熱が集まり、恥ずかしくて、ガイ様の厚い胸板に隠れるように顔を埋めると、ガイ様が優しく髪を梳き撫でてくれる。私の耳元に唇を寄せて、ガイ様に甘く名前を耳元に落とされると、体が震える。ガイ様に腕を伸ばして、抱き着くと、ガイ様の太い腕に力が篭り、隙間がないくらいに抱き締められる。苦しくて甘い。
 ガイ様の甘い匂いに包まれ、ようやく涙も止まる。少し身を捩り、ガイ様を見上げるとエメラルドグリーンの瞳が私を見つめる。

「……あの、ガイ様ーー髪紐のピンク色は……」

 私の瞳の色でしょうか……? と続けるのは、恥ずかしくて、でも期待もあって、視線を宙に泳がせる。ガイ様の熱い大きな手が両頬に添えられ、蕩けるほど甘い眼差しで見つめられる。

「ああ、アリーの瞳の色だ」

 ガイ様が瞳に甘く触れるようにキスを落とす。
 聞きたかった言葉なのに、いざガイ様の口から告げられると心臓がどきりと跳ね上がり、全身が心臓になったみたいに恥ずかしく、ガイ様の厚い胸板に頭をこてりと預けた。「ガイ様はずるいです……」と呟くと、頭の上にぽんと柔らかく手を置かれる。
 
「……アリーの中の俺は、本物より随分と良い男だな?」

「ガイ様より素敵な方はいないです」

 ガイ様が目を見開くと、片手で顔を押さえて、横を向いた。耳がほんのり赤い……? もしかして、照れてる? 照れたガイ様も可愛いと思っていると、ガイ様がため息をひとつ吐いた。

「本当は、こんな情けない話はしたくないけどな……後で幻滅されるのが嫌だから言うぞ? 俺は自分が思っているよりも独占欲が強いみたいだ」

「……?」

「アリーからあいつ殿下の臭いがしたのも嫉妬したし、アリーがフェルカイトと幼い頃から会って話しているのも知っていたが、いざ仲良く話しているのを目の当たりにすると、心が騒ついて仕方ない。俺だけを見て欲しいと思ってしまう……」
 
「どうして、フェルカイト様のお名前が……? フェルカイト様はエリーナの事が好きなんですよ? 確かにリリアンのお兄様ですし、会えば少しは話しますけど……殆どガイ様の話を聞いて貰うだけですよ……その、フェルカイト様はエリーナに認めて貰う為に私の恋の応援をして下さっているのです……」

「そ、そうなのか……? アリーは、フェルカイトの事が、本当に少しも気にならないのか? フェルカイトは、こげ茶色の髪、緑色の瞳、名前も『カイ』が入ってるだろう? アリーの好きなぬいぐるみのカイと同じだろう? アリーは俺の見た目がカイとそっくりだから好きなんじゃないのか……?」

「えっ? あっ! 本当だわ!」

 確かにガイ様に言われて気付いたけれど、フェルカイト様もこげ茶色の髪、緑色の瞳、名前は『カイ』が入っている! でも、「全然似ていないわ……カイとガイ様はもっと綺麗な穏やかな緑だし……柔らかなこげ茶色だもの」と小さく呟くと、ガイ様が片手で顔を覆う。「……そうか」と小さな声で言うガイ様が大きな体なのに小さく感じて、とても可愛い。甘い顔も凛々しい顔も困った顔も私だけが見ていたい。ガイ様の違う一面を見つけて、単に惚れ直しただけだった。
 隙間から赤くなったガイ様が困ったように眉毛を下げているのが、愛おしくて仕方ない。こんな顔を私がさせたと思うと頬がだらしなく緩んでしまう。私の両手でガイ様の顔を覆っている大きな手を引き剥がし、赤くなったガイ様を見つめたの。

「アリーはガイ様に出会った瞬間からずっとガイ様が好きです! ずっとガイ様しか見ていません……大好きです……」

 もっと赤くなったガイ様の頬に両手を添えて、今度は私から甘く触れるようにキスをしたの——
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