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味見の方法 4
しおりを挟むウィンザー侯爵家の馬車の窓を雨粒が叩き、朝から降りしきる冷たい秋雨で窓ガラスが曇っている。
指先でそっと窓ガラスに触れるとひやりと冷たさが伝わって来る。
ガイ様は冷たい雨が降っているけれど、大丈夫かしら? 私はリリアンとエリーナと朝食を取った後に別れて、ガイ様がもうすぐ帰宅するオルランド侯爵家へ向かったの。
「ガイ様……っ! お帰りなさいーー!」
オルランド侯爵家に到着すると、今日の昼過ぎに戻る予定のガイ様が待っていらして驚いた。
飛び付く様に抱きつくと、逞しい太い腕で優しく抱き締められると「アリーは元気で可愛いな?」と頬にキスしてくれる。
遠征や討伐から戻ったばかりのガイ様は、いつもより少しだけ甘さを増すのが恥ずかしいけれど、嬉しかったりするの。
「雨が降りそうだったから馬を飛ばしたんだ。早くアリーに会いたかったしな?」
抱き締められたまま耳元で囁かれ、ぼんっーーと顔から音が出た。
ガイ様は自然に甘いことを仰るから嬉しいけれど、心臓に悪いと思うの。
ガイ様がくつくつと揶揄う様に笑うと私の頭をぽんぽんと撫でると離れた。
ふかふかの大きなソファに並んで腰を下ろすと、ティグルが足元に横たわる。腕を伸ばして、ティグルの頭や首回りのもふもふを堪能しながら撫でている間に、お茶の仕度が整えられる。
モンブランとアップルパイを並べる様子に頬が緩む。
オルランド侯爵家の料理長が作るアップルパイは絶品なのよね。さくさくの生地の中に、甘さは控えめながら林檎の甘酸っぱさが楽しめるフィリングがぎっしりと詰まっていて、初めて食べた時の感動は今でも忘れられないくらいなの。
毎年秋になると料理長が作って下さるのを楽しみにしているの……!
「アリーはこっちだろう?」
ガイ様がくつくつ揶揄いながら私の前にアップルパイを置くように執事のトーマス様に指示を出す。私のアップルパイ好きは知られているので、トーマス様にもくすくすと笑われてしまったの。
もうっ意地悪! と怒った顔を作りガイ様をじとりと睨んでみる。
覗き込まれた瞳に熱が篭っていて、見つめられると焼けるみたい。ガイ様の逞しさを増した腕に腰を引き寄せられる。頭をガイ様の肩に預けると甘い匂いがふわりと香る。目を閉じてガイ様の体温を感じる。
「すごく会いたかったです」
「俺も会いたかった」
本音を零すように呟くと、大きな手が頬を撫でる。
いつもより熱い手のひらに思わず肩が揺れたの。
甘く熱の篭る瞳に焼かれたまま、熱い指先が頬から耳へ何度も甘く撫でる。
熱い指先が撫でる度に、顔に身体の熱が高まり、全身が心臓になったみたい。甘く掠れた声で「アリー、ただいま」と耳に落とされるとびくりと肩が揺れてしまう。
ようやくガイ様が戻られたという喜びが、じわりとした温かなものとして広がり、身体を震わせる。
瞳が潤むのを感じて俯こうとすれば、大きな手で顎を掬われ、ガイ様の射貫くような熱い視線を正面から受ける。
そのまま惹かれるように、私達は優しく唇を重ねた……。
ガイ様はそのまま私を見つめていた。
わたしも黙って見つめ返し、私が恥ずかしくなり俯くと、ガイ様の大きな手が頭を優しく撫でて行く。嬉しくて見上げると、穏やかな瞳で微笑みかけてくれる。
こてりと頭をガイ様の肩に預け、優しく髪を梳き撫でる感触に身を任せる甘くて幸せな時間を過ごしたの……。
「お楽しみのアップルパイが冷めると困るな?」
ちゅ、と音を立てたキスをおでこに落とすと、ガイ様が揶揄うように覗き込む。
じとりと見返すと「本当、可愛いな」とこめかみや頬にもキスをされてしまい、顔に熱が集まるばかり。
ガイ様は嬉しそうに目を細めると、紅茶を飲み始めた。綺麗な仕草で嬉しそうにモンブランをひと口運ぶ様子を眺めた。
ガイ様は甘いものが大好きで、遠征や討伐中は甘いものを我慢するのが辛いと零していた事を思い出した。
「ガイ様、我慢するの大変でしたか?」
大きな手の動きがぴたっと止まった。
変な事を言ってしまったのかしら? と首を傾げていると、ガイ様の大きな体がゆっくり私に向き直る。ガイ様がじっと私を見下ろすと「どういう意味だ?」と聞いた。
少し動揺している様子のガイ様に驚いて、思わずきょとんとしてしまった。
「えっ? ガイ様は討伐中は甘いものを食べることが出来なくて辛いと仰っていたので、甘いものを我慢するの大変だったのかなと思ったのですが、違いましたか?」
ガイ様は大きな手で口元を隠し、「ああ、うん、そういう意味だよな」と何度も納得するように頷き、呻く様に呟いた。他に我慢するような事があるのかしら? と思いを馳せていると、昨日二人に言われた事が頭に浮かんだ。
「あの、もしかして、ガイ様は他に我慢していること、ありますか? ガイ様は我慢強いと聞いたのですがーーもしアリーに出来ることがあったらお手伝いしたいです。その、迷惑でなければ、ですけど」
二人はガイ様が何かを我慢しているような口振りだったのが気になっていたの。
私が気付いて差し上げられたら本当は良いのだろうけれど?
私はガイ様に甘えてばかりだからお手伝いをして、少しでも役に立てたら嬉しいと思うの……っ!
そんな決意の色を浮かべて、胸の前で両手をぎゅっと握りしめて見せたの。
「ーーは?」
ガイ様が大きな声を出したので、びくりと体が震える。
窓ガラスにぶつかる雨粒の音が静かな部屋の中で響き、部屋の空気がひやりと冷えたように感じた——
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