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本編
15.卒業
しおりを挟むポミエス学園の卒業式が終わり、卒業パーティーのはじまる時間が近づいている。
わたしは、アレックス様に贈られた空色のドレスと林檎のようなこっくりした赤色の宝石に金色の葉を添えたアクセサリーを身に纏う。最後までアレックス様に贈られたものを身につけるかどうか悩んだけど、これが最後になるかもしれないと思い選んだ。
お揃いの林檎の花の香りがするオイルを塗って、丁寧に丁寧にブラッシングをする。もしかしたらアンナ様ともお揃いかもしれないと頭をよぎったところで、首を横に振った。
つやつやふわふわな完璧なたれ耳に整え終えて卒業パーティーの会場に向かう。
豪華なシャンデリアが魔術でふわりと浮かび、光の粒がきらきらとホールを華やかに照らしている。美しく飾られたホールを見た卒業生は笑顔を咲かせている。
「ソフィア、こちらにいらして」
エミリーとクロエに手招きされて、ほっと息をはく。アレックス様とアンナ様の婚約の噂が広まっているせいか、卒業パーティーのホールに足を踏み入れてから視線を感じて困っていた。
「エミリー、クロエ、ありがとう。大好き」
「ソフィア、今それを言うのは、ずるいわよ……」
エミリーとクロエにはさまれて、そのやさしさに視界がにじみ、たれ耳がぷるぷる震える。ポミエス学園に入って素晴らしい友人ができたことが、わたしの一生の宝物だと伝えて抱きついた。
しばらく3人で抱きしめあった後、目尻にたまった涙をぬぐった。
気持ちも落ち着いてきたのでホールを見渡せば、3年間の学園生活で異種族の交流を深めた獣人たちが色とりどりのドレスやタキシードを着こなして歓談を楽しんでいる。
このまま何も起きず卒業パーティーが終わればいいと願っているとホールに騒めきが起きた。
「――っ!」
ホールに現れた婚約者のアレックス様は、タキシード姿ではなく王宮魔術師の正装を身に纏ってマントをひるがえして堂々と歩いている。アレックス様の黒い瞳と同じ色の妖艶なドレスを優雅に着こなした聖女のようなアンナ様をエスコートする姿に目を奪われた。
ホールの視線がわたしに再び集まるのを感じて、たれ耳がぷるぷる震えていくのがわかる。
視線の先にいるアンナ様もこちらを見つめて笑みを浮かべている。わたしはアレックス様の顔を見る勇気がどうしても出なくて、ぴんっとまっすぐに立った縞模様の尻尾を見つめることしかできなかった――…。
「ソフィア・コリーニョ伯爵令嬢」
アレックス様の低音の声がホールに響く。
アンナ様と婚約を発表する前に、わたしと婚約破棄をするつもりなのだろうと覚悟を決めたわたしは、たれ耳がぷるぷる震わないようにしようと、ぐっと力を入れる。
「――転移」
アレックス様が金色の光に包まれていき、きらきらした光に溶けていく。
「えっ」
アレックス様が消えてしまったことに衝撃を受けて固まってしまう。次の瞬間、私の目の前できらきらと金色の粒が煌めきながら人の形を作っていき、光が収まると王宮魔術師の正装をした凛々しいアレックス様が立っていてホールは歓声が上がる。
「っ、アレク様……っ!」
大きなどよめきにかまわず、わたしはアレックス様に勢いよくぴょんと飛びついた。
アレックス様の両腕や縞模様の尻尾、黄色の丸い耳に端正な顔のすべてを次々とさわっていく。ちゃんと元の位置についているか確認して、ようやく心の底から安堵することができた。
「無事で、本当に本当によかった……っ!」
そうつぶやいたわたしの声はゆれていて、たれ耳もぷるぷる震えが止まらない。
わたしをのぞき込むアレックス様と目が合った瞬間、
「アレク様のばか! ばか、ばか……っ」
広い胸を力いっぱいたたく。わたしを見つめる美しい黒色の瞳がわたしの視界の中でにじんでいった。
「ソフィー、心配かけてごめんね」
「転移魔術を自分に使うなんて、も、もし失敗したら――…」
転移魔術は難度がとても高くて失敗したらばらばらになってしまう。アレックス様がもしばらばらになったらと想像するだけで涙が溢れて止まらない。
「うん、ごめんね。でも、僕はソフィーに触れるためなら転移魔術なんて何回でもするよ」
「えっ」
アレックス様は嬉しそうにふわりに笑う。
その言葉で、わたしはようやくアレックス様に抱きしめられながらたれ耳をやさしく撫でられていることに気づいた。
「アンナ嬢が魔力切れで倒れそうになったのを受けとめたのを見たって聞いたよ――ソフィーに嫌な思いをさせるならアンナ嬢なんて床に倒せばよかった……。驚かせてごめんね」
「えっ」
「鎖が巻きつく拘束魔術と番魔術の違いをきちんと教えていなかったせいで、赤い鎖が赤い糸に見えたって聞いたよ。本当にごめんね」
「えっ」
アレックス様が困ったように眉を下げて、わたしの頬を流れる涙を指でそっとなぞる。
「僕のせいでソフィーのかわいいたれ耳を逆立てさせて、かわいい足にスタンピングさせてしまって本当にごめんね」
「ええっ、で、でも、それなら、どうしてすぐに教えてくれなかったの……?」
「ソフィーのとんでもなくかわいいスタンピングは、拘束魔術の勘違いだってすぐにわかったけど、熱を出した理由とかわいい癒しのたれ耳が逆立った理由がわからなくて調べるのに時間がかかってしまったんだよ――ストレスに弱いうさぎのソフィーを23日間も不安にさせてしまって、本当にごめんね」
「…………っ」
わたしがアレックス様と向き合う勇気を持てなくていじけている間も、アレックス様はわたしと向き合おうとしてくれていたことを教えてもらって胸に熱くなる。
結局、まるごと全部がわたしの勘違いでアレックス様が謝ることなんて何ひとつないのに、甘やかすようにたれ耳を撫でる手のひらの温もりに止まったはずの涙があふれて視界があっという間に滲んでいく。アレックス様の胸にたれ耳をうずめてこすりつける。
「ソフィー、もう誤解は全部解けたかな?」
その言葉に思わず顔を上げて首を横に振る。どうしても知りたい肝心なことをまだ聞けていない。
アレックス様がやわらかな笑みを浮かべて、わたしの言葉をうながした。
「あ、あの、今日はアンナ様をエスコートしてたし、それにアンナ様はアレク様の瞳の色のドレスを着てて……。2人は婚約するくらい仲がいいって噂で聞いて――…」
「アンナ嬢は、今年のポミエス学園の首席だから担任の僕が一緒に入場をしたけど、それだけだよ。それに魔術科の生徒は黒色を身につける習わしがあるから黒色のドレスを着ているだけだよーー僕がドレスを贈ったのも、贈りたかったのもソフィーだけだよ」
アレックス様にうながされてアンナ様に視線を送ると大きくうなずいている。まわりの魔術科の卒業生もアンナ様にあわせてすごい勢いでうなずく。
「えっ、あっ、……。アレク様、ごめんなさい……」
「ううん、ソフィーに誤解させてごめんね」
わたしをやわらかく見つめたまま屈んで、両肩に手を置いて視線の高さを合わせる。
「僕がアンナ嬢と婚約するなんて今世と来世に誓っても絶対にないよ。僕の婚約者はソフィーだし、はじめて会った日からずっとずっとソフィーが好きだよ」
「……うん。わたしもずっとアレク様が好き」
アレックス様を見つめ返せば黒色の瞳をやさしく細めたあと、少しだけ困ったように微笑んだ。
「あとね、僕とソフィーは、ずっと前から番魔術を結んでいるんだよ」
「えっ!」
「僕がポミエス学園に向かうときに、ずっと一緒にいるおまじないをしたのを覚えてるかな?」
「……うん。金色できらきらして、すごく綺麗だったおまじないのこと?」
「うん。ソフィー、あれは番魔術だよ」
さわやかな笑顔を浮かべ、なんでもないことのように言ったアレックス様に目眩がした。
番魔術は、簡単な魔術ではない。わたしの為にアレックス様がおまじないをかけてくれたと思うと、じわじわと、胸の奥が温かくなっていく。
「アレク様、ありがとう――…」
わたしが嬉しくてたれ耳をぷるぷる震わせてしまうとアレックス様がたれ耳を愛おしそうに撫でて、ふわりと笑みを浮かべた。
「ううん、どういたしたまして。あとね、色々調べていたらソフィーはロマンス小説のようなロマンチックなプロポーズにずっと憧れているってわかったから、それも叶えたかったんだよ――…」
そう告げたアレックス様がすっと片膝をつく。
「私はソフィア・コリーニョ伯爵令嬢を、私のすべての魔力に誓って、貴方だけを心から愛しています」
ロマンス小説に出てくる魔術師のプロポーズにずっと憧れていた。
嬉しくて、本当に嬉しくて胸がいっぱいになって言葉がなにも出てこない。しばらくただ見つめあっているとアレックス様からの魔術師のプロポーズの言葉がじわりと身体中に広がってようやく実感できると、心を甘くとろりとさせていく。
アレックス様の甘い瞳にまっすぐ見つめられて頬に熱が集まった。
「ソフィア・コリーニョ伯爵令嬢、私と結婚していただけませんか?」
「はい――…」
ひざまずいたアレックス様に恭しく手を差し伸べられる。
とろけるような甘いまなざしにたれ耳がぷるぷる震える。わたしの嬉しくて震えている手をアレックス様の大きな手に重ねると拍手が沸き起こった――。
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