41 / 95
儀式を泳ぐ
聖女は空色に睨まれる
しおりを挟む障子のわくに簾をはめこんだ夏障子をすっと閉めると——すらりと背が高い細身の、蜂蜜色の金髪をすっきりひとつに束ねた、大きな碧色の瞳が印象的な猫目のキリっとした美女とリリエさんが目の前に座る。
この村の人たちは濃度や彩度は違うけれど、みんな緑色の瞳と髪の色だったから、お姫さまの空のような水色の瞳に吸い込まれるような見惚れてしまう。金髪碧眼はカルパ王国の国王陛下以来、見ていなかったなと魅入ったまま思いを馳せる。
「かれん様、初対面の人をそのように見るものではありませんよ」
お姫さまのキュッと目尻の上がった大きな瞳にひたりと見据えられると、ぴりっと張り詰めた空気に怖気付き、慌てて視線を逸らした。
「あらあら、姫さまったらそのような言い方をしたら、かれん様が怖がってしまいますよ」
「わたくしは、そのようなつもりで言ったのではない!」
ころころと鈴を鳴らすような声でリリエさんがお姫さまをあやすように話しかけるけど、ぴりっと張り詰めた空気はますますひんやりと温度を下げていき、ふるりと身震いした。
「あの、じろじろ見て、ごめんなさい……」
お姫さまの顔が見れず、視線を逸らしたまま俯くように謝る。すぐに凛とした声ではっきりと声を掛けられる。
「いや、もういい。それより勝利酒はどこにあるのです?」
「あっ、ここに……」
第一印象が悪くなってしまい泣きそうになるけれど、せめてお土産くらいきちんと渡さなくちゃと急いで布袋の陶器に入った勝利酒を取り出そうとするのに、革ひもがしっかり留められていて上手く開けられなくて、ますます焦ってしまう。
「かれん様は、のんびりとした方なんだな」
「あっ、えっと、ごめんなさい」
お姫さまのひやりとした声で、胃がきゅっと絞められるような感覚になり、顔を上げることも出来ずに慌てて革ひもを解き終える。ほっとしたのも束の間、お姫さまから「まだか?」と声を掛けられ、心臓がびくりと跳ね上がる。
「えっと、か、花恋と申します。ほ、本日は、清めの儀式にお招きいただきありがとうございます」
やっぱり顔を上げれないまま早口で挨拶を済ませて、布袋からつぼ陶器に入った勝利酒を取り出し、一度自分に向けて、つぼ陶器に描かれた鯉のぼりが正面になるように整えてから花ござの上に置き、時計回りに九十度ずつニ度回して、お姫さまに正面が来るように置き直してから、両手でお姫さまの前に差し出した。その両手がわずかに震えてしまう。
「ああ、これが父の首を縦に振らせた勝利酒か」
「あっ、……村の人以外は参加できないのに、無理を言って、ごめんなさい……」
お姫さまの手がつぼ陶器の勝利酒を回しながら、ひとりごとのように呟いた。
会いたいと聞いていたけれど、どうやらお姫さまはそうではなかったと言葉の冷たさで分かり、居心地の悪さから目尻にじわりと涙が出て集まってくる。泣いているのが分かったら面倒くさいと思われて、帰されてしまうかもしれない。
それでもいいかもと一瞬脳裏をよぎるけど、せっかくロズが準備してくれたから最後まで清めの儀式は参加したくて、両手をぎゅっと握り、俯いている顔を更に下げて顔を隠した。
「いや、わたくしは構わない。この酒つぼの中に勝利草が浸かっているのか?」
勝利酒を回していた手が止まり、凛とした声で質問が頭の上から降ってきた。
「あっ、あの、勝利草は別にあります……」
「そうなのか?」
「は、はい! く、詳しくことは、ロズが紙に書いてくれていて」
「かれん様は分からないのか?」
「あ、えっと、ごめんなさい。ロズに詳しく聞く時間がなくて……」
慌てて布袋の中に入っているひと束の勝利草を取り出して、お姫さまに差し出す。「ほお」と感心するような声が聞こえて、ちらりとお姫さまの顔を窺うとほころんでいた空色の瞳と合った途端に、すっと表情が消えたのを見て、泣きたくなった。めちゃくちゃ嫌われてる——。
涙が出てこないように、袋の中に入っている二つ折りの紙を取り出して開くと、日本語じゃない文字が丁寧に並んでいる。不思議とすらすら読める文字は初めて見るのにロズみたいに綺麗で几帳面な文字で、指先で触れると、ここにいないロズにすがりたくなってしまう。文字がわずかにぼやけ、ほんの少し心が温まったその矢先、すっと紙を引き抜かれてしまう。
「さっさと渡せばいい」
言い訳をする隙も与えられず、お姫さまはロズの書いた文字を読み始めた。
「ああ、なるほど。勝利草の根元を使うのだな、長く浸すとあくが出てしまうから、ちらすようにして飲みきるのか」
頷きながら読み進めるお姫さまをそっと伺う。
リリエさんに紙を見せながら小さな声で話し合うお姫さまは笑みを浮かべている。その笑みは私には決して向けられないもので、その事実にすっと心が冷える。
仲間はずれのような疎外感にため息をこぼしたくなるが俯いて、ぎゅっと手を握りしめて堪える。きっとよそ者は入れない清めの儀式に参加させてもらえることだって、特例すぎるくらい特別なことだから……。
「かれん様」
迷いのない声で呼ばれて顔を上げると、いつの間にか勝利草とつぼ陶器の勝利酒は片付けられていた。お姫さまの冬のような空色の瞳がひとつ瞬きをすると、その涼やかな瞳にひたりと見据えられ、胃の奥がきゅうっと縮むような感覚に襲われる。
「これでは、——儀式に参加できないな」
凛とした声で、そう告げられて、動揺した私は完全に固まってしまった——。
1
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど
睦月はむ
恋愛
剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。
そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。
予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。
リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。
基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。
気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。
連載中のサイトは下記4か所です
・note(メンバー限定先読み他)
・アルファポリス
・カクヨム
・小説家になろう
※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる