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キッド
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(*'ω'*)番外編『愉快で愉快な羽根つき大会』の続きとなります。
キッド(17)×テリー(13)
―――――――――――――――――――――――――
「もしかして、テリーお嬢様、誰かと帰られる予定でしたか?」
サリアの言葉に、あたしは首を振った。
「ううん。誰とも帰らない。まっすぐ帰ろうと思ってたの」
さあ、帰りましょう。
「ちょーーーっと待った」
がしっ、と肩を掴まれて、あたしの背筋が凍る。
(げっ……)
「テリー?」
振り向くと、にこにこ笑うキッドがそこにいる。
「年賀状は?」
「……」
「……年賀状?」
サリアが、きょとんと、黙るあたしを見下ろした。
「テリーお嬢様、何のお話ですか?」
「ふふっ。マドモワゼル、聞いてくださいよ」
この不届き者、俺に年賀状を用意するのを『忘れていた』ようなんです。
「今から、家で、速攻で、書かせて、それからお返ししますので、どうぞ先にお帰りください」
素敵な笑顔を浮かべるキッドに、サリアが大袈裟に驚く動作をした。
「あら、そうでしたか……。なるほど。羽根つきはそういうことだったのですね」
「いかにも」
「駄目ですよ。お嬢様。お友達皆に用意しないと」
(ぐっ……! サリアめ……! すごく面白そうだと言いたげに目を光らせている…!)
サリアが微笑み、キッドに頭を下げた。
「そういうことでしたら、お嬢様をどうぞ、よろしくお願いします」
「はい! 大切にお返しいたしますので!」
にこにこと微笑み、あたしの腕をがっしり掴んでいる。
(うううううううう! 助けて! サリア!)
「それでは行きますよ。メニーお嬢様」
「あ、えっと……」
ちらっとあたしを見て、その後ろにいるにっこにこのキッドを見て、顔を背けた。
「……はい……。サリア、帰ります……」
(メニー! てめっ! 裏切り者ぉおおおお!!)
はっ。
(リトルルビィ! ソフィア!)
「じゃあ、リトルルビィ、私達は私達で街を歩こうか」
「賛成!」
「お雑煮食べるかい?」
「うん! 食べたい!」
「うん。おいで」
(てめえええらああああああ!!)
わなわなと震えあがるあたしに振り向き、ソフィアがくすすと、笑った。
「ごめんね、テリー。キッド殿下と楽しんで」
「じゃあね。テリー!」
「あっ……! 待って!」
(この王子様と二人は無理!)
なんて言ったって、今のキッドは不機嫌MAX!!
ソフィアは分かっているように、そそくさとリトルルビィの手を取って、歩いて行ってしまう。
(ぐうう……! 畜生……! ソフィア……! 頼れるリトルルビィだけでも置いていきなさいよ……!)
助けを求めて手を伸ばすと、キッドがその手首を掴み、あたしを引っ張った。
「ほら、いくぞー」
「ひえっ……!」
そのままビリーが用意した馬車に引きずられる。
(……ち、畜生……!)
「ほら乗って」
「ううっ……!」
唸りながら、しぶしぶ馬車に乗り、ビリーが御者席に乗り込む。馬が動き出す。馬車が動く。四人の姿がどんどん遠くなっていく。
(あーあ……)
窓硝子から顔を覗かせて、ため息をついた。
(あたしの人生……もう終わった……)
「ったく、年賀状書かせるだけで一苦労だ」
後ろから声が聞こえて、びくっと肩が上がる。その不機嫌な声に振り向くことは出来ない。低い声が、あたしに声をかけてくる。
「お前覚えてろよ。家に着いたら虐めてやる。虐め倒してやる」
「……前に酷いことしないって、言ったくせに……」
「そうだよ。酷いことはしないよ」
キッドが頷いた。
「あくまで、愛ある痛みを与えてあげるんだよ。テリー?」
(ううううううううううううう……!)
怖い! 怖い!!
(あたしどうなっちゃうの……!)
顔を青ざめて、後ろから睨んでくる痛い視線を感じながら、窓の風景を眺めていた。
(*'ω'*)
キッドの部屋に入ると、机に向き合うことになる。座るのは椅子じゃなくて、キッドの膝の上。
(なんでまた膝の上……)
「座高が高い方が書きやすい」
キッドは嬉しそうに、あたしを抱えて机を覗く。
「ほら、テリー、ここに名前書いて」
「……? ちょっと待って」
年賀状でしょ?
「何でこんな紙に名前を書かないといけないわけ?」
何かの書類みたい。
「キッド、手退けて。何これ」
「……」
そっと、キッドが手を退ける。年賀状の前に名前を書きそうになった紙を、もう一度よく見る。上に重ねられた数枚の白紙を退けて、隠されてた紙の正体を見る。
【契約書:以下名義の人物を結婚相手であると認める】
「お前ーーーーーーーー!!!」
キッドに叫ぶと、キッドが舌打ちした。
「チッ」
「もう少しで書類に書くところだったじゃないのよ! あっぶなっ! あんた、本当にいい加減にしなさいよ!」
「書けば良かったのに」
「年賀状だけのはずよ!」
「ちぇっ。はいはい。本物はこっち」
キッドが可愛らしいイラスト付きのカードを渡してくる。
「ほら、書いて」
「くそ……! 余計な手間を……!」
羽根のついたペンを借りて、インクをつけて、あけましておめでとうございますと、一言一句書くと、キッドがじっとそれを見て、声をあげた。
「あ、本当だ。お前、字汚いね」
「うるさい」
「そういえば、お前の字ってあまり見たことなかったな。いつも書類にサインくらいだし」
「うるさい」
「ふむふむ。なるほどね」
こんな字なんだ。
じーーーーーっと見られて、手が止まる。
「……何よ」
「いや、読みにくいと思って」
「もう書かない」
一言何か書いてあげようと思ったのに。気が引けた。ペンをスタンドに置くと、キッドがむっとした。
「駄目。一言ちょうだい」
「字汚いんでしょ。書かない」
「何拗ねてるの。元々は書かなかったお前が悪いんだろ?」
「何よ。字が汚いって言われたら、誰だって書く気失せるわよ」
「汚くてもいいから書いて」
「もう嫌だ。書かない」
ふん。と唇を尖らせると、キッドがあたしの肩に顎を乗せる。
「何不貞腐れてるんだよ。反抗期か?」
「年がら年中あんたには反抗期よ。今年こそ婚約解消してやる!」
「はいはい。婚約解消ね。そんなにしたいならまたトランプでもする?」
俺は良いよ?
「どうせ勝つもん」
「そんなの分からないじゃない! あたしが勝つかもしれないわよ!」
「今回も俺が勝った」
慣れてない羽根つきでも大勝利。
「分かった? 俺に負けなんて言葉はないんだ」
キッドが、余裕の笑みを浮かべて、頭をぐりぐりと押し付けてきた。
「そんなわけだから、お前は勝者の俺の言う事だけ聞いてなさい」
「またそうやって命令する。上から目線はこりごりよ。あたし、そういう人嫌い」
むうっと頬を膨らませると、キッドが指で膨らんだ頬を突いてきた。ぶう、とあたしの口から空気が漏れる。
「お前が言わせてるんだろ」
「キッドが勝手に言ってるのよ」
「最初から年賀状出してくれてたら、俺だってこんなこと言わないし、無理矢理書かせたりしないよ」
「だって嫌なんだもん」
「なんで?」
「あんたが調子に乗るから」
言うと、あたしの肩に顎を乗せるキッドが、横から睨んでくる気配がした。
「俺が、いつ、調子に乗ったって?」
「何よ。自覚無いの? はっ! あんた可哀想な奴ね!」
「テリー」
「もういいでしょ。離してよ。面倒くさい……。国の人達から沢山貰ってるんだから、あたしの一枚くらいなくても困りはしないでしょ?」
(っていうか、こいつ、毎年あたしの年賀状が無いことによく気付くわね……)
その細かい部分にうんざりしていると、キッドが口を開いた。
「困るよ」
少し怒ったように、言う。
「好きな子からの年賀状が無いんだよ。困る」
(……っ)
思わず、横から聞こえた声に目を見開く。
また、またこいつは。
(また、あたしを口説こうとしてやがる……! そうはいかない!)
「へえ? あんた、そんなにあたしが好きなの? だったらおねだりしてみたら?」
「おねだり?」
キッドがきょとんとする。
「なぁに? 勝負に負けたくせに、勝者の俺に可愛くおねだりしろって言うの?」
「何よ? 出来ないの? あはは。あんたも大したことないのね!」
「別にやる分には構わないよ? でも、おねだりしたら、年賀状ちゃんと書いてくれる?」
「おねだり出来たらね!」
どうせ無理に決まってる。
(何を言われても断ってやる……)
字が汚いって失礼なこと言ったそっちが悪いのよ。反省なさい!
ふん、と顔を背けていれば、キッドが笑った。
「分かった」
(ん?)
ぎゅっと、お腹に回されてた腕が、強くなった。と思えば、
「テリー」
耳元で、吐息交じりに、囁かれた。
(……っ!?)
ぎょっと、目を見開き、顔を見せないように、キッドに顔を背け続けると、キッドはそれを利用してあたしの耳に囁き続ける。
「ねえ、テリー」
「テリー」
「なんで毎年年賀状書いてくれないの?」
「俺傷ついてるんだよ」
「お前を虐めたくなる気持ちもわかるだろ?」
「ねえ、怒ってる?」
「機嫌治して?」
「字が汚いこと、気にしてるんだ?」
「俺が教えてあげようか?」
「お前が望むなら、一緒にやってあげる」
「一緒に字を書く練習しようよ」
「テリー」
「分かってる?」
「半年、俺はお前に会えないんだよ?」
「写真だって、お前が嫌がるから撮ってないし」
「年賀状のお前の字を見て頑張れる気がしたんだけど」
――あ。
「ねえ、書いてくれないの?」
キッドの囁きは、続く。キッドの吐息が、耳に当たる。
「寂しいなあ」
「テリーと会えないのに」
「そんなに俺が嫌い?」
「俺はこんなに好きなのに」
「テリー」
「お前の字を見れば仕事も頑張れる気がしたんだけど」
「俺、このままじゃ頑張れなくて、怠け者って言われちゃうかも」
「それでもいいんだ?」
「テリーのせいで俺は仕事が出来なくなって、隣国の人達に馬鹿にされちゃうよ」
「テリー」
「お願い。書いて?」
「お前のこと好きなんだ」
「お前の字も好き」
「テリーの字って感じがして、俺は好き」
「テリーが書く字なら何でも好き」
「テリーが好きだよ」
「テリー、愛してるよ」
――ちゅ。
「ひゃっ!!?」
耳にキスされて、びっくりして、思わず抱えられた体を揺らした。
「あ、あんた、何を! 何を!!」
「え? 何って」
……。
「あ、俺」
おねだり忘れてた。
「あはははは! ごめんごめん。これじゃあお願いだね」
(こ……こいつ……!)
「でも、言ったことは本当だよ?」
キッドが微笑んで、あたしの肩に再び顎を乗せた。
「王子として半年間仕事なんて、初めての試みだからね。不安もあるんだよ」
「キッドが?」
「何言ってるの。俺だって不安にもなるさ」
人間だからね。
「眠れない夜もあるかも」
そんな時、何を見たらいいの?
「家族の写真とか」
「はっ!」
キッドが鼻で笑った。
「テリー、お前からの贈り物が欲しいよ。何でもいい」
「誕生日プレゼントは?」
「あ、もちろんこの間貰った香水は持っていくよ。お前からの贈り物だし、隣国への宣伝にも繋がる」
「あたし最高ね。国のメリットになることをしてあげてるなんて。感謝しなさい」
「うん、そうだね。でも個人的に鑑賞出来るものも欲しい」
「うるさいわね……。たかが年賀状で元気になるっての?」
「なるよ」
キッドが断言した。
「だって、テリーの字が書いてあるんだから」
まるでテリーが傍にいるような気になる。
「中毒者の気配があれば、リトルルビィとソフィアに報告するように言ってある」
準備は整ってる。
「あとはお前だけ」
キッドの手が、あたしの顎に優しく触れる。そして、横を向かせる。優しく微笑むキッドと目が合う。
「一言でいいから、何か」
俺に応援のメッセージ書いて?
――あたしは、じっと、いつもの鋭い目でキッドを見た。
「最初からそう言えばいいのよ」
遠回しに胡散臭い愛なんて囁きやがって。
ペンを手にもって、するする、と自分でも分かるほどの汚い字を書いていく。それをキッドに渡した。
「はい。年賀状」
「確かに」
キッドが受け取り、そのメッセージを見て、――くくっと笑った。
「こうくる?」
「何よ。文句あるなら返して」
「ううん、これは持っていく。いや、絶対持っていかないと」
嬉しそうに、キッドがはにかんだ。
「やっと書いて貰えたよ。年賀状」
「ふん」
「来年こそちゃんと送ってよ?」
「気が向いたら」
「お前はいつになってもつれないね……」
あ、そうだ。
「テリー、福袋欲しいんだっけ? 持っていく? 城下街の全店舗から貰ってるらしいだけど」
じいやが保管に困ってる。
「いいの?」
「うん。メニーと、あとアメリアヌにも」
「本当? やった。持っていく」
「よし、きた。案内するよ」
あたしがキッドの膝から下りて、キッドも立ち上がる。あたしの手を握った。
(あ、そうだ)
「キッド、リトルルビィにもいくつかあげてくれない? あの子にとって何か役に立つものがあるかもしれないから」
顔を上げると、キッドもそれに頷く。
「お前に言われなくても、部下皆に渡すつもりだよ。あんな量、俺に渡されても使い道に困るからね」
「城下町のアイドルは大変だわね」
「何々? やきもち?」
「誰が妬くか」
眉間にしわを寄せると、キッドが笑う。
「いいんだよ? 妬いてくれても」
「大丈夫、間に合ってるわ。もう二度とあんたを好きになることなんてないから、ヤキモチも妬く必要がないの」
「そんなこと言っちゃって」
テリーってば。
「寂しいって思っても知らないよ」
(あ)
はっとした時には、回避する暇もなくキッドが体を屈ませた。形のいい唇があたしの唇と重なる。
「んっ」
握られた手にぎゅっと力を込めると、キッドがくすっと笑い、あたしから離れた。青い瞳があたしを見つめる。
「愛しいよ。テリー」
「……くたばれ」
「うん。照れ隠しも最高」
そのまま手を引っ張られて、あたしの体がキッドの胸に導かれる。すっぽりと、埋まるように、キッドがあたしを抱き締めた。
「頑張ってくるね。テリー。帰ってきたら、沢山遊ぼうね」
「……ま、気が向いたらね」
「うん。気が向いたら」
遊ぼうよ。
キッドが切なそうに、どこかわくわくしたように、あたしをぎゅっと抱きしめる。
机には、あたしが書いた年賀状が置かれていた。
キッドへ
あけましておめでとうございます。
あたしへのお土産を忘れないで。
テリー
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キッド(17)×テリー(13)
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「もしかして、テリーお嬢様、誰かと帰られる予定でしたか?」
サリアの言葉に、あたしは首を振った。
「ううん。誰とも帰らない。まっすぐ帰ろうと思ってたの」
さあ、帰りましょう。
「ちょーーーっと待った」
がしっ、と肩を掴まれて、あたしの背筋が凍る。
(げっ……)
「テリー?」
振り向くと、にこにこ笑うキッドがそこにいる。
「年賀状は?」
「……」
「……年賀状?」
サリアが、きょとんと、黙るあたしを見下ろした。
「テリーお嬢様、何のお話ですか?」
「ふふっ。マドモワゼル、聞いてくださいよ」
この不届き者、俺に年賀状を用意するのを『忘れていた』ようなんです。
「今から、家で、速攻で、書かせて、それからお返ししますので、どうぞ先にお帰りください」
素敵な笑顔を浮かべるキッドに、サリアが大袈裟に驚く動作をした。
「あら、そうでしたか……。なるほど。羽根つきはそういうことだったのですね」
「いかにも」
「駄目ですよ。お嬢様。お友達皆に用意しないと」
(ぐっ……! サリアめ……! すごく面白そうだと言いたげに目を光らせている…!)
サリアが微笑み、キッドに頭を下げた。
「そういうことでしたら、お嬢様をどうぞ、よろしくお願いします」
「はい! 大切にお返しいたしますので!」
にこにこと微笑み、あたしの腕をがっしり掴んでいる。
(うううううううう! 助けて! サリア!)
「それでは行きますよ。メニーお嬢様」
「あ、えっと……」
ちらっとあたしを見て、その後ろにいるにっこにこのキッドを見て、顔を背けた。
「……はい……。サリア、帰ります……」
(メニー! てめっ! 裏切り者ぉおおおお!!)
はっ。
(リトルルビィ! ソフィア!)
「じゃあ、リトルルビィ、私達は私達で街を歩こうか」
「賛成!」
「お雑煮食べるかい?」
「うん! 食べたい!」
「うん。おいで」
(てめえええらああああああ!!)
わなわなと震えあがるあたしに振り向き、ソフィアがくすすと、笑った。
「ごめんね、テリー。キッド殿下と楽しんで」
「じゃあね。テリー!」
「あっ……! 待って!」
(この王子様と二人は無理!)
なんて言ったって、今のキッドは不機嫌MAX!!
ソフィアは分かっているように、そそくさとリトルルビィの手を取って、歩いて行ってしまう。
(ぐうう……! 畜生……! ソフィア……! 頼れるリトルルビィだけでも置いていきなさいよ……!)
助けを求めて手を伸ばすと、キッドがその手首を掴み、あたしを引っ張った。
「ほら、いくぞー」
「ひえっ……!」
そのままビリーが用意した馬車に引きずられる。
(……ち、畜生……!)
「ほら乗って」
「ううっ……!」
唸りながら、しぶしぶ馬車に乗り、ビリーが御者席に乗り込む。馬が動き出す。馬車が動く。四人の姿がどんどん遠くなっていく。
(あーあ……)
窓硝子から顔を覗かせて、ため息をついた。
(あたしの人生……もう終わった……)
「ったく、年賀状書かせるだけで一苦労だ」
後ろから声が聞こえて、びくっと肩が上がる。その不機嫌な声に振り向くことは出来ない。低い声が、あたしに声をかけてくる。
「お前覚えてろよ。家に着いたら虐めてやる。虐め倒してやる」
「……前に酷いことしないって、言ったくせに……」
「そうだよ。酷いことはしないよ」
キッドが頷いた。
「あくまで、愛ある痛みを与えてあげるんだよ。テリー?」
(ううううううううううううう……!)
怖い! 怖い!!
(あたしどうなっちゃうの……!)
顔を青ざめて、後ろから睨んでくる痛い視線を感じながら、窓の風景を眺めていた。
(*'ω'*)
キッドの部屋に入ると、机に向き合うことになる。座るのは椅子じゃなくて、キッドの膝の上。
(なんでまた膝の上……)
「座高が高い方が書きやすい」
キッドは嬉しそうに、あたしを抱えて机を覗く。
「ほら、テリー、ここに名前書いて」
「……? ちょっと待って」
年賀状でしょ?
「何でこんな紙に名前を書かないといけないわけ?」
何かの書類みたい。
「キッド、手退けて。何これ」
「……」
そっと、キッドが手を退ける。年賀状の前に名前を書きそうになった紙を、もう一度よく見る。上に重ねられた数枚の白紙を退けて、隠されてた紙の正体を見る。
【契約書:以下名義の人物を結婚相手であると認める】
「お前ーーーーーーーー!!!」
キッドに叫ぶと、キッドが舌打ちした。
「チッ」
「もう少しで書類に書くところだったじゃないのよ! あっぶなっ! あんた、本当にいい加減にしなさいよ!」
「書けば良かったのに」
「年賀状だけのはずよ!」
「ちぇっ。はいはい。本物はこっち」
キッドが可愛らしいイラスト付きのカードを渡してくる。
「ほら、書いて」
「くそ……! 余計な手間を……!」
羽根のついたペンを借りて、インクをつけて、あけましておめでとうございますと、一言一句書くと、キッドがじっとそれを見て、声をあげた。
「あ、本当だ。お前、字汚いね」
「うるさい」
「そういえば、お前の字ってあまり見たことなかったな。いつも書類にサインくらいだし」
「うるさい」
「ふむふむ。なるほどね」
こんな字なんだ。
じーーーーーっと見られて、手が止まる。
「……何よ」
「いや、読みにくいと思って」
「もう書かない」
一言何か書いてあげようと思ったのに。気が引けた。ペンをスタンドに置くと、キッドがむっとした。
「駄目。一言ちょうだい」
「字汚いんでしょ。書かない」
「何拗ねてるの。元々は書かなかったお前が悪いんだろ?」
「何よ。字が汚いって言われたら、誰だって書く気失せるわよ」
「汚くてもいいから書いて」
「もう嫌だ。書かない」
ふん。と唇を尖らせると、キッドがあたしの肩に顎を乗せる。
「何不貞腐れてるんだよ。反抗期か?」
「年がら年中あんたには反抗期よ。今年こそ婚約解消してやる!」
「はいはい。婚約解消ね。そんなにしたいならまたトランプでもする?」
俺は良いよ?
「どうせ勝つもん」
「そんなの分からないじゃない! あたしが勝つかもしれないわよ!」
「今回も俺が勝った」
慣れてない羽根つきでも大勝利。
「分かった? 俺に負けなんて言葉はないんだ」
キッドが、余裕の笑みを浮かべて、頭をぐりぐりと押し付けてきた。
「そんなわけだから、お前は勝者の俺の言う事だけ聞いてなさい」
「またそうやって命令する。上から目線はこりごりよ。あたし、そういう人嫌い」
むうっと頬を膨らませると、キッドが指で膨らんだ頬を突いてきた。ぶう、とあたしの口から空気が漏れる。
「お前が言わせてるんだろ」
「キッドが勝手に言ってるのよ」
「最初から年賀状出してくれてたら、俺だってこんなこと言わないし、無理矢理書かせたりしないよ」
「だって嫌なんだもん」
「なんで?」
「あんたが調子に乗るから」
言うと、あたしの肩に顎を乗せるキッドが、横から睨んでくる気配がした。
「俺が、いつ、調子に乗ったって?」
「何よ。自覚無いの? はっ! あんた可哀想な奴ね!」
「テリー」
「もういいでしょ。離してよ。面倒くさい……。国の人達から沢山貰ってるんだから、あたしの一枚くらいなくても困りはしないでしょ?」
(っていうか、こいつ、毎年あたしの年賀状が無いことによく気付くわね……)
その細かい部分にうんざりしていると、キッドが口を開いた。
「困るよ」
少し怒ったように、言う。
「好きな子からの年賀状が無いんだよ。困る」
(……っ)
思わず、横から聞こえた声に目を見開く。
また、またこいつは。
(また、あたしを口説こうとしてやがる……! そうはいかない!)
「へえ? あんた、そんなにあたしが好きなの? だったらおねだりしてみたら?」
「おねだり?」
キッドがきょとんとする。
「なぁに? 勝負に負けたくせに、勝者の俺に可愛くおねだりしろって言うの?」
「何よ? 出来ないの? あはは。あんたも大したことないのね!」
「別にやる分には構わないよ? でも、おねだりしたら、年賀状ちゃんと書いてくれる?」
「おねだり出来たらね!」
どうせ無理に決まってる。
(何を言われても断ってやる……)
字が汚いって失礼なこと言ったそっちが悪いのよ。反省なさい!
ふん、と顔を背けていれば、キッドが笑った。
「分かった」
(ん?)
ぎゅっと、お腹に回されてた腕が、強くなった。と思えば、
「テリー」
耳元で、吐息交じりに、囁かれた。
(……っ!?)
ぎょっと、目を見開き、顔を見せないように、キッドに顔を背け続けると、キッドはそれを利用してあたしの耳に囁き続ける。
「ねえ、テリー」
「テリー」
「なんで毎年年賀状書いてくれないの?」
「俺傷ついてるんだよ」
「お前を虐めたくなる気持ちもわかるだろ?」
「ねえ、怒ってる?」
「機嫌治して?」
「字が汚いこと、気にしてるんだ?」
「俺が教えてあげようか?」
「お前が望むなら、一緒にやってあげる」
「一緒に字を書く練習しようよ」
「テリー」
「分かってる?」
「半年、俺はお前に会えないんだよ?」
「写真だって、お前が嫌がるから撮ってないし」
「年賀状のお前の字を見て頑張れる気がしたんだけど」
――あ。
「ねえ、書いてくれないの?」
キッドの囁きは、続く。キッドの吐息が、耳に当たる。
「寂しいなあ」
「テリーと会えないのに」
「そんなに俺が嫌い?」
「俺はこんなに好きなのに」
「テリー」
「お前の字を見れば仕事も頑張れる気がしたんだけど」
「俺、このままじゃ頑張れなくて、怠け者って言われちゃうかも」
「それでもいいんだ?」
「テリーのせいで俺は仕事が出来なくなって、隣国の人達に馬鹿にされちゃうよ」
「テリー」
「お願い。書いて?」
「お前のこと好きなんだ」
「お前の字も好き」
「テリーの字って感じがして、俺は好き」
「テリーが書く字なら何でも好き」
「テリーが好きだよ」
「テリー、愛してるよ」
――ちゅ。
「ひゃっ!!?」
耳にキスされて、びっくりして、思わず抱えられた体を揺らした。
「あ、あんた、何を! 何を!!」
「え? 何って」
……。
「あ、俺」
おねだり忘れてた。
「あはははは! ごめんごめん。これじゃあお願いだね」
(こ……こいつ……!)
「でも、言ったことは本当だよ?」
キッドが微笑んで、あたしの肩に再び顎を乗せた。
「王子として半年間仕事なんて、初めての試みだからね。不安もあるんだよ」
「キッドが?」
「何言ってるの。俺だって不安にもなるさ」
人間だからね。
「眠れない夜もあるかも」
そんな時、何を見たらいいの?
「家族の写真とか」
「はっ!」
キッドが鼻で笑った。
「テリー、お前からの贈り物が欲しいよ。何でもいい」
「誕生日プレゼントは?」
「あ、もちろんこの間貰った香水は持っていくよ。お前からの贈り物だし、隣国への宣伝にも繋がる」
「あたし最高ね。国のメリットになることをしてあげてるなんて。感謝しなさい」
「うん、そうだね。でも個人的に鑑賞出来るものも欲しい」
「うるさいわね……。たかが年賀状で元気になるっての?」
「なるよ」
キッドが断言した。
「だって、テリーの字が書いてあるんだから」
まるでテリーが傍にいるような気になる。
「中毒者の気配があれば、リトルルビィとソフィアに報告するように言ってある」
準備は整ってる。
「あとはお前だけ」
キッドの手が、あたしの顎に優しく触れる。そして、横を向かせる。優しく微笑むキッドと目が合う。
「一言でいいから、何か」
俺に応援のメッセージ書いて?
――あたしは、じっと、いつもの鋭い目でキッドを見た。
「最初からそう言えばいいのよ」
遠回しに胡散臭い愛なんて囁きやがって。
ペンを手にもって、するする、と自分でも分かるほどの汚い字を書いていく。それをキッドに渡した。
「はい。年賀状」
「確かに」
キッドが受け取り、そのメッセージを見て、――くくっと笑った。
「こうくる?」
「何よ。文句あるなら返して」
「ううん、これは持っていく。いや、絶対持っていかないと」
嬉しそうに、キッドがはにかんだ。
「やっと書いて貰えたよ。年賀状」
「ふん」
「来年こそちゃんと送ってよ?」
「気が向いたら」
「お前はいつになってもつれないね……」
あ、そうだ。
「テリー、福袋欲しいんだっけ? 持っていく? 城下街の全店舗から貰ってるらしいだけど」
じいやが保管に困ってる。
「いいの?」
「うん。メニーと、あとアメリアヌにも」
「本当? やった。持っていく」
「よし、きた。案内するよ」
あたしがキッドの膝から下りて、キッドも立ち上がる。あたしの手を握った。
(あ、そうだ)
「キッド、リトルルビィにもいくつかあげてくれない? あの子にとって何か役に立つものがあるかもしれないから」
顔を上げると、キッドもそれに頷く。
「お前に言われなくても、部下皆に渡すつもりだよ。あんな量、俺に渡されても使い道に困るからね」
「城下町のアイドルは大変だわね」
「何々? やきもち?」
「誰が妬くか」
眉間にしわを寄せると、キッドが笑う。
「いいんだよ? 妬いてくれても」
「大丈夫、間に合ってるわ。もう二度とあんたを好きになることなんてないから、ヤキモチも妬く必要がないの」
「そんなこと言っちゃって」
テリーってば。
「寂しいって思っても知らないよ」
(あ)
はっとした時には、回避する暇もなくキッドが体を屈ませた。形のいい唇があたしの唇と重なる。
「んっ」
握られた手にぎゅっと力を込めると、キッドがくすっと笑い、あたしから離れた。青い瞳があたしを見つめる。
「愛しいよ。テリー」
「……くたばれ」
「うん。照れ隠しも最高」
そのまま手を引っ張られて、あたしの体がキッドの胸に導かれる。すっぽりと、埋まるように、キッドがあたしを抱き締めた。
「頑張ってくるね。テリー。帰ってきたら、沢山遊ぼうね」
「……ま、気が向いたらね」
「うん。気が向いたら」
遊ぼうよ。
キッドが切なそうに、どこかわくわくしたように、あたしをぎゅっと抱きしめる。
机には、あたしが書いた年賀状が置かれていた。
キッドへ
あけましておめでとうございます。
あたしへのお土産を忘れないで。
テリー
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