140 / 141
アリス
お昼寝日和
しおりを挟む
アリス誕生日記念です(*'ω'*)
――――――――――――――――――――――
小さい頃から落ち着きが無かった。
「アリスがまた廊下で走ってます!」
「こら! アリス!」
お説教される時は、話の内容じゃなくて、別の所が気になった。
(あ、あんな所に埃が)
じっとしてなさいと言われると、筋肉が動いた。
(あー、またこれだ)
脳は座らないと駄目って言ってるのに、筋肉が勝手に疼くの。何かの本の誰かが言いそう。俺の筋肉が疼くぜ。まさにその通り。勝手に動こうとするの。
だから、私は手首を掴んで抑えるの。
(駄目)
今は動いちゃいけない。
(駄目)
でも、動こうとするの。
(駄目)
必死に抑える。
必死に抑える。
駄目って言ってるのに体が言うことを聞いてくれない。友達にもそういうことあるよねって言ったら、誰もそんな子はいなかった。
「……でさー」
え? 今なんて言ったの?
「アリスって本当に人の話聞かないよね。もういいよ」
声は聞こえてるの。でも、何を言っていたのか、言葉と文字が聞き取れないの。毎日。
「人の話を聞こうとしないからだ」
色んな大人に話してみた。
「努力が足りないんだ。アリス、もっと努力してみなさい」
努力。私には努力が足りない。
「……なんだよねぇ」
「へえー、そうなんだー!」
いつの間にか相槌を覚えた。
「アリス、もっと頑張ってみたら?」
「アリスはやれば出来るんだから!」
努力が足りない。
みんな出来てるのに私は出来ない。
駄目な子。
「カトレアは出来るのに」
「アリスは」
私は駄目な子。
「アリスー、クッキーが焼けたわよー」
誰かが扉を開けた。
「アリ」
腕を血だらけにした私がベッドに倒れていたのを、姉さんが見つけた。
(*'ω'*)
(うーん)
輸血してる時って、すごくいいアイデアが浮かぶ。そう思って、アリスがノートに手を伸ばした。
(こんな帽子)
鉛筆でガリガリ描いていく。
(可愛い帽子)
こんな帽子あったらいいな。がりがり。
(ここにはレースをつけるの)
形はこう。
(帽子だけど花嫁さんが被るみたいな)
まだ世の中に出ていないかもしれない帽子。
(出来た)
可愛い。
(……次の研修の時にでも見せようかな)
いつもにやにやしている上司を思い浮かべて、アリスがノートを閉じた。
(今何時?)
時計を見る。
(もうこんな時間か)
あ、
(学校の宿題が残ってたんだった)
あ、
(鉛筆削らなきゃ)
あ、
(お腹すいた)
あ、
(輸血終わりそう)
「……」
(何考えてたっけ?)
また振り出しに戻る。
(もう一つ何か描きたいかもしれない)
ノートに再び手を伸ばすと、扉が鳴った。
(ん)
「アリス」
(あ)
「ニコラ」
声を出すと、扉の向こうにいるアリスの親友は部屋に入らず待っている。
「入ってもいい?」
「ニコラ、血って平気?」
「……ええ」
「どうぞ」
テリーがアリスの部屋の扉を開けた。目の前に広がるのは、体をベッドに縛られ、輸血するアリスの姿。動かせられるのは、手だけ。
「すごいでしょ。父さんがやったのよ」
アリスが不満そうに頬を膨らませた。
「刃物を全部回収されちゃった。私、学校にカッターを持って行かなきゃいけないのに。忘れちゃうわ」
「……今回はどうしたの?」
「低気圧が多かったでしょ? なんか、むしゃくしゃしちゃって」
昔の嫌な記憶を思い出してしまった。
「あーあ。本当は今日研修があったのよ」
「……ガットさんの所?」
「うん」
「そうね。これじゃあ、行けないわね」
テリーがベッドの前の椅子に座り、膝に箱を置いた。
「クッキー買ってきたの。食べる?」
「食べる!」
テリーが箱を傾かせ、アリスがクッキーを取る。テリーも箱から取って一緒に食べる。
「ニコラ」
「ん?」
「呆れてる?」
「どうして?」
「また、傷つけちゃったから」
今回は、腕。
「ちょっと深かったみたい」
腕には包帯が巻かれている。
「でも、血が流れる瞬間ってね、ようやく自分が生きてるんだって感じるの。ずっと中身が痛いままで、外は何も痛くないの。それで、切ってみて、外の痛みをようやく感じて、あ、私生きてるんだって思うの」
生きるのを確認するために傷つける。
「……またやっちゃった」
「……傷は癒えるわ」
顔を向ければ、テリーがアリスを見つめている。
「ママの知り合いがやってる病院の皮膚科に行けば、綺麗になる」
「……そうかしら」
「行きたくなければ無理に行かなくたっていい。あたしは、アリスがここにいてくれたらそれでいいんだから」
テリーがふわりと微笑めば、アリスも自然と口角が上がる。まだ必要とされてることを嬉しく思う。けれど、同時に不安にもなる。
「ニコラ」
「ん?」
「私のこと、いつか嫌いになるかもしれない」
「……そうね」
「でも、私はニコラのことが好きだと思うの」
「そう思ってくれるなら、あたしはそれ以上にアリスを想うわ」
「それは重い。私、重いのは嫌い」
でも、
「想われないのは、もっと重い」
しんどい。だるい。
「生きてるのって、すごく辛い」
一秒先のことが考えられなくなる。溺れていく。
「ニコラ、私ね」
「ええ」
「今、すごく寂しいの」
「そう」
「苦しいの」
「明日雨なんだって。今日は曇ってるから、余計かも」
テリーがクッキーの入った箱をベッドに置いた。
「いつものやる?」
「……いい?」
「アリスならいつだって構わないわ」
テリーが近づき、ベッドに座り、体を屈ませた。ベッドに縛られて動けないアリスを抱きしめる。
(あ)
あったかい。
「……」
アリスがテリーを優しく抱きしめ返す。
(あったかい)
「……ニコラ、ちょっと力入れてもいい?」
「アリス、好きにしていいわ」
「……ありがとう」
腕に力を入れてみる。ぎゅっとすれば、腕の中のぬくもりをもっと感じられた。
(……ニコラの匂いがする)
温かい。
(頭がぐちゃぐちゃしてる)
過去から現在までの記憶が脳を駆け巡る。
(あの時はこうだった)
(この時はこうだった)
(離れて行った友達)
(出会った友達)
(アルバイトして失敗した)
(あんなこともあった)
(お客さんに怒られた)
(悲しい)
(痛い)
(辛い)
(苦しい)
(溺れる)
生きてるのって、辛い。
(……でも)
生きてるからこそ、ニコラを抱きしめることが出来る。
「……」
アリスが瞼を閉じる。テリーのぬくもりを感じる。テリーの手が動いた。アリスの頭をよしよしと撫でた。
「……」
アリスがふにゃりと笑った。
「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「甘えてもいい?」
「何?」
「頭なでて」
「リトルルビィみたい」
「今だけよ」
「ええ、いいわ。今だけじゃなくたって、相手がアリスなら喜んでやる。親友だもの」
テリーがアリスの頭を大切に撫でた。大切に抱きしめる。大切に大切に、腕の中で抱きしめる。今の目的をやめてしまって、明日にはいってしまうかもしれないアリスを、大切にする。
「……ありがとう。ニコラ」
「……ちょっと寝れば?」
「眠くないわ」
「眠そう」
「そんなことない」
「そんなことある」
テリーがクスッと笑った。
「添い寝しましょうか?」
「あら、素敵。ニコラ、隣に来なさいよ。私がニコラの抱き枕になるわ!」
「あら、素敵。じゃあちょっとお昼寝する?」
「うん! 私、低気圧で怠かったのよねー。ニコラが寝るならちょうどいい!」
テリーがアリスの隣にころんと倒れる。ベッドが狭くなる。
「ふふっ」
「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「今日、ニコラが来てくれて良かった」
アリスが微笑む。
「ちょっと、元気出た」
「……それは良かった」
テリーとアリスが手を繋ぐ。
「まだ怠い?」
「頭痛いの。体も重たい」
「可哀想なアリス」
「姉さんが言うには、気象病って言うんだって。私ね、色々抱えすぎだと思うの。脳も天気も私の敵だなんて、酷い話だと思わない?」
「だったら、あたしが味方になるわ。キッドだってアリスの味方よ」
「うふふっ! それは心強いわ。ニコラとキッドがいれば最強ね!」
顔を見合わせて、くすくす笑い合う。
「ニコラ、私、臭くない?」
「大丈夫」
「本当?」
「あたしは? 臭う?」
「ニコラは良い匂いだわ」
「だったらアリスも良い匂いよ。あのね、女の子って、みんな良い匂いがするのよ」
「私は女の子より。男の子の汗の匂いの方が好き」
「……それは分かる」
「でも、好みの男の子だけよ。好みじゃない男の子の匂いは嫌」
「それも分かる」
「キッドはいつも良い匂いよね。ニコラが羨ましい」
「アリス、そんなことより、香水とかいる?」
「香水?」
「うち、有り余ってるのよ。アリスにあげるわ」
「え、いいの?」
「ええ。使わないのも勿体ないもの」
「え、じゃあ、欲しい」
「じゃあ、今度持ってくる」
「……お返しは帽子でいい?」
「あら、素敵な交渉。それとは別に、アリスの帽子、またお願いしたいんだけど」
「ニコラのためならいつだってデザインを考えるわ。今度はどんなドレス?」
「じゃあ、香水を持ってくるときに、イメージのドレスの絵を持ってくるわ」
「それは助かる」
空はアリスの髪の色。薄暗い灰色。
「いつ晴れるかしらね?」
アリスが窓を眺めて、ぼうっと呟く。
「私、太陽が見たいわ」
「明日の雨が終わったら太陽が見れるわ」
「雨の日に部屋にいると、暗くなっちゃうのよね」
「……明日も来ていい?」
「……来てくれるの?」
「香水、選んで持ってくるわ」
テリーがアリスにすり寄った。
「……アリス、ちょっと寝ましょう」
「……うん」
「三十分くらい」
「一時間がいい」
「じゃあ、一時間」
「おやすみなさい。ニコラ」
「おやすみなさい。アリス」
アリスがテリーに顔を向けて、テリーはアリスを抱きしめて眠りにつく。
触れる手は温かい。
触れる手には愛が含まれている。
触れる手には想いがこめられている。
(ずっとニコラと友達でいられたらいいな)
アリスが微笑む。
(ニコラだけは失くしたくない)
そばにいてくれる理解者。
(私の親友)
抱き締めてくれる手が、とても温かい。
(……ずっと、一緒に入られたらいいのに)
アリスの意識が、ふわりと綿毛のように飛んで行った。
( ˘ω˘ )
夢の中を歩く。
暗い。
笑い声が聞こえる。
アリスの足が止まった。
「ジャック?」
振り返る。
「ジャック、いるの?」
ケケケッ!
「かくれんぼ?」
ケケケッ!
「ふふっ。相変わらずね」
アリスが肩をすくめた。
「ジャックは私を嫌いにならない?」
影が伸びる。
「私、嫌われるのが怖いわ。ずっと嫌われてきたから」
影が伸びる。
「でも、今はニコラがいてくれるの。私、嬉しくて」
影が伸びる。
「この感謝、どうやって伝えたらいいんだろう」
影が伸びる。
「私、伝え方が、分からない」
でも、
「すごく、ありがとうって言いたいの」
でも、
「それって、どんな言葉で言えば、伝わるんだろう」
振り返る。
「分かる? ジャック」
「ケケッ!」
ジャックがアリスを大切に抱きしめた。
(*'ω'*)
目を覚ますと、テリーが安らかに眠っていた。
「……」
時計を見れば、まだ40分程度だ。
(……あと20分は眠れる)
ふわあ、と欠伸。
(すごくありがとう)
どうやって伝えたらいいのかしら。帽子を作ってあげればいい? でも、それが当たり前になりそうな気がする。物々交換みたいな感じになるのは嫌だ。
(えっと)
アリスの脳は、人とは違う。
(えーっと)
言われないと気付かない。人と違って少し鈍い。
(えーっと)
ただ、発想力だけはある。
(あ、そうだ)
すごくありがとうを言いたい時は、
(キスをしよう)
アリスが近づいた。
「ニコラ」
微笑む。
「すごくいっぱいありがとう」
そう言って、眠るテリーの額に、優しいキスをする。
(……でも、キスはニコラが眠ってる時の方がいいかも)
だって、ニコラ、すごく恥ずかしがり屋の照れ屋さんだから。
(眠った時だけ、キスをしよう)
ニコラにキスをしたら、気持ちが満たされる気がした。
(もう一度)
(気持ちをこめて)
(ニコラ)
そばにいてくれて、どうもありがとう。
感謝の祈りをこめて、アリスが再びテリーにキスをする。
曇っていた空には、少しだけ、太陽が目を覗かせていた。
お昼寝日和 END
――――――――――――――――――――――
小さい頃から落ち着きが無かった。
「アリスがまた廊下で走ってます!」
「こら! アリス!」
お説教される時は、話の内容じゃなくて、別の所が気になった。
(あ、あんな所に埃が)
じっとしてなさいと言われると、筋肉が動いた。
(あー、またこれだ)
脳は座らないと駄目って言ってるのに、筋肉が勝手に疼くの。何かの本の誰かが言いそう。俺の筋肉が疼くぜ。まさにその通り。勝手に動こうとするの。
だから、私は手首を掴んで抑えるの。
(駄目)
今は動いちゃいけない。
(駄目)
でも、動こうとするの。
(駄目)
必死に抑える。
必死に抑える。
駄目って言ってるのに体が言うことを聞いてくれない。友達にもそういうことあるよねって言ったら、誰もそんな子はいなかった。
「……でさー」
え? 今なんて言ったの?
「アリスって本当に人の話聞かないよね。もういいよ」
声は聞こえてるの。でも、何を言っていたのか、言葉と文字が聞き取れないの。毎日。
「人の話を聞こうとしないからだ」
色んな大人に話してみた。
「努力が足りないんだ。アリス、もっと努力してみなさい」
努力。私には努力が足りない。
「……なんだよねぇ」
「へえー、そうなんだー!」
いつの間にか相槌を覚えた。
「アリス、もっと頑張ってみたら?」
「アリスはやれば出来るんだから!」
努力が足りない。
みんな出来てるのに私は出来ない。
駄目な子。
「カトレアは出来るのに」
「アリスは」
私は駄目な子。
「アリスー、クッキーが焼けたわよー」
誰かが扉を開けた。
「アリ」
腕を血だらけにした私がベッドに倒れていたのを、姉さんが見つけた。
(*'ω'*)
(うーん)
輸血してる時って、すごくいいアイデアが浮かぶ。そう思って、アリスがノートに手を伸ばした。
(こんな帽子)
鉛筆でガリガリ描いていく。
(可愛い帽子)
こんな帽子あったらいいな。がりがり。
(ここにはレースをつけるの)
形はこう。
(帽子だけど花嫁さんが被るみたいな)
まだ世の中に出ていないかもしれない帽子。
(出来た)
可愛い。
(……次の研修の時にでも見せようかな)
いつもにやにやしている上司を思い浮かべて、アリスがノートを閉じた。
(今何時?)
時計を見る。
(もうこんな時間か)
あ、
(学校の宿題が残ってたんだった)
あ、
(鉛筆削らなきゃ)
あ、
(お腹すいた)
あ、
(輸血終わりそう)
「……」
(何考えてたっけ?)
また振り出しに戻る。
(もう一つ何か描きたいかもしれない)
ノートに再び手を伸ばすと、扉が鳴った。
(ん)
「アリス」
(あ)
「ニコラ」
声を出すと、扉の向こうにいるアリスの親友は部屋に入らず待っている。
「入ってもいい?」
「ニコラ、血って平気?」
「……ええ」
「どうぞ」
テリーがアリスの部屋の扉を開けた。目の前に広がるのは、体をベッドに縛られ、輸血するアリスの姿。動かせられるのは、手だけ。
「すごいでしょ。父さんがやったのよ」
アリスが不満そうに頬を膨らませた。
「刃物を全部回収されちゃった。私、学校にカッターを持って行かなきゃいけないのに。忘れちゃうわ」
「……今回はどうしたの?」
「低気圧が多かったでしょ? なんか、むしゃくしゃしちゃって」
昔の嫌な記憶を思い出してしまった。
「あーあ。本当は今日研修があったのよ」
「……ガットさんの所?」
「うん」
「そうね。これじゃあ、行けないわね」
テリーがベッドの前の椅子に座り、膝に箱を置いた。
「クッキー買ってきたの。食べる?」
「食べる!」
テリーが箱を傾かせ、アリスがクッキーを取る。テリーも箱から取って一緒に食べる。
「ニコラ」
「ん?」
「呆れてる?」
「どうして?」
「また、傷つけちゃったから」
今回は、腕。
「ちょっと深かったみたい」
腕には包帯が巻かれている。
「でも、血が流れる瞬間ってね、ようやく自分が生きてるんだって感じるの。ずっと中身が痛いままで、外は何も痛くないの。それで、切ってみて、外の痛みをようやく感じて、あ、私生きてるんだって思うの」
生きるのを確認するために傷つける。
「……またやっちゃった」
「……傷は癒えるわ」
顔を向ければ、テリーがアリスを見つめている。
「ママの知り合いがやってる病院の皮膚科に行けば、綺麗になる」
「……そうかしら」
「行きたくなければ無理に行かなくたっていい。あたしは、アリスがここにいてくれたらそれでいいんだから」
テリーがふわりと微笑めば、アリスも自然と口角が上がる。まだ必要とされてることを嬉しく思う。けれど、同時に不安にもなる。
「ニコラ」
「ん?」
「私のこと、いつか嫌いになるかもしれない」
「……そうね」
「でも、私はニコラのことが好きだと思うの」
「そう思ってくれるなら、あたしはそれ以上にアリスを想うわ」
「それは重い。私、重いのは嫌い」
でも、
「想われないのは、もっと重い」
しんどい。だるい。
「生きてるのって、すごく辛い」
一秒先のことが考えられなくなる。溺れていく。
「ニコラ、私ね」
「ええ」
「今、すごく寂しいの」
「そう」
「苦しいの」
「明日雨なんだって。今日は曇ってるから、余計かも」
テリーがクッキーの入った箱をベッドに置いた。
「いつものやる?」
「……いい?」
「アリスならいつだって構わないわ」
テリーが近づき、ベッドに座り、体を屈ませた。ベッドに縛られて動けないアリスを抱きしめる。
(あ)
あったかい。
「……」
アリスがテリーを優しく抱きしめ返す。
(あったかい)
「……ニコラ、ちょっと力入れてもいい?」
「アリス、好きにしていいわ」
「……ありがとう」
腕に力を入れてみる。ぎゅっとすれば、腕の中のぬくもりをもっと感じられた。
(……ニコラの匂いがする)
温かい。
(頭がぐちゃぐちゃしてる)
過去から現在までの記憶が脳を駆け巡る。
(あの時はこうだった)
(この時はこうだった)
(離れて行った友達)
(出会った友達)
(アルバイトして失敗した)
(あんなこともあった)
(お客さんに怒られた)
(悲しい)
(痛い)
(辛い)
(苦しい)
(溺れる)
生きてるのって、辛い。
(……でも)
生きてるからこそ、ニコラを抱きしめることが出来る。
「……」
アリスが瞼を閉じる。テリーのぬくもりを感じる。テリーの手が動いた。アリスの頭をよしよしと撫でた。
「……」
アリスがふにゃりと笑った。
「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「甘えてもいい?」
「何?」
「頭なでて」
「リトルルビィみたい」
「今だけよ」
「ええ、いいわ。今だけじゃなくたって、相手がアリスなら喜んでやる。親友だもの」
テリーがアリスの頭を大切に撫でた。大切に抱きしめる。大切に大切に、腕の中で抱きしめる。今の目的をやめてしまって、明日にはいってしまうかもしれないアリスを、大切にする。
「……ありがとう。ニコラ」
「……ちょっと寝れば?」
「眠くないわ」
「眠そう」
「そんなことない」
「そんなことある」
テリーがクスッと笑った。
「添い寝しましょうか?」
「あら、素敵。ニコラ、隣に来なさいよ。私がニコラの抱き枕になるわ!」
「あら、素敵。じゃあちょっとお昼寝する?」
「うん! 私、低気圧で怠かったのよねー。ニコラが寝るならちょうどいい!」
テリーがアリスの隣にころんと倒れる。ベッドが狭くなる。
「ふふっ」
「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「今日、ニコラが来てくれて良かった」
アリスが微笑む。
「ちょっと、元気出た」
「……それは良かった」
テリーとアリスが手を繋ぐ。
「まだ怠い?」
「頭痛いの。体も重たい」
「可哀想なアリス」
「姉さんが言うには、気象病って言うんだって。私ね、色々抱えすぎだと思うの。脳も天気も私の敵だなんて、酷い話だと思わない?」
「だったら、あたしが味方になるわ。キッドだってアリスの味方よ」
「うふふっ! それは心強いわ。ニコラとキッドがいれば最強ね!」
顔を見合わせて、くすくす笑い合う。
「ニコラ、私、臭くない?」
「大丈夫」
「本当?」
「あたしは? 臭う?」
「ニコラは良い匂いだわ」
「だったらアリスも良い匂いよ。あのね、女の子って、みんな良い匂いがするのよ」
「私は女の子より。男の子の汗の匂いの方が好き」
「……それは分かる」
「でも、好みの男の子だけよ。好みじゃない男の子の匂いは嫌」
「それも分かる」
「キッドはいつも良い匂いよね。ニコラが羨ましい」
「アリス、そんなことより、香水とかいる?」
「香水?」
「うち、有り余ってるのよ。アリスにあげるわ」
「え、いいの?」
「ええ。使わないのも勿体ないもの」
「え、じゃあ、欲しい」
「じゃあ、今度持ってくる」
「……お返しは帽子でいい?」
「あら、素敵な交渉。それとは別に、アリスの帽子、またお願いしたいんだけど」
「ニコラのためならいつだってデザインを考えるわ。今度はどんなドレス?」
「じゃあ、香水を持ってくるときに、イメージのドレスの絵を持ってくるわ」
「それは助かる」
空はアリスの髪の色。薄暗い灰色。
「いつ晴れるかしらね?」
アリスが窓を眺めて、ぼうっと呟く。
「私、太陽が見たいわ」
「明日の雨が終わったら太陽が見れるわ」
「雨の日に部屋にいると、暗くなっちゃうのよね」
「……明日も来ていい?」
「……来てくれるの?」
「香水、選んで持ってくるわ」
テリーがアリスにすり寄った。
「……アリス、ちょっと寝ましょう」
「……うん」
「三十分くらい」
「一時間がいい」
「じゃあ、一時間」
「おやすみなさい。ニコラ」
「おやすみなさい。アリス」
アリスがテリーに顔を向けて、テリーはアリスを抱きしめて眠りにつく。
触れる手は温かい。
触れる手には愛が含まれている。
触れる手には想いがこめられている。
(ずっとニコラと友達でいられたらいいな)
アリスが微笑む。
(ニコラだけは失くしたくない)
そばにいてくれる理解者。
(私の親友)
抱き締めてくれる手が、とても温かい。
(……ずっと、一緒に入られたらいいのに)
アリスの意識が、ふわりと綿毛のように飛んで行った。
( ˘ω˘ )
夢の中を歩く。
暗い。
笑い声が聞こえる。
アリスの足が止まった。
「ジャック?」
振り返る。
「ジャック、いるの?」
ケケケッ!
「かくれんぼ?」
ケケケッ!
「ふふっ。相変わらずね」
アリスが肩をすくめた。
「ジャックは私を嫌いにならない?」
影が伸びる。
「私、嫌われるのが怖いわ。ずっと嫌われてきたから」
影が伸びる。
「でも、今はニコラがいてくれるの。私、嬉しくて」
影が伸びる。
「この感謝、どうやって伝えたらいいんだろう」
影が伸びる。
「私、伝え方が、分からない」
でも、
「すごく、ありがとうって言いたいの」
でも、
「それって、どんな言葉で言えば、伝わるんだろう」
振り返る。
「分かる? ジャック」
「ケケッ!」
ジャックがアリスを大切に抱きしめた。
(*'ω'*)
目を覚ますと、テリーが安らかに眠っていた。
「……」
時計を見れば、まだ40分程度だ。
(……あと20分は眠れる)
ふわあ、と欠伸。
(すごくありがとう)
どうやって伝えたらいいのかしら。帽子を作ってあげればいい? でも、それが当たり前になりそうな気がする。物々交換みたいな感じになるのは嫌だ。
(えっと)
アリスの脳は、人とは違う。
(えーっと)
言われないと気付かない。人と違って少し鈍い。
(えーっと)
ただ、発想力だけはある。
(あ、そうだ)
すごくありがとうを言いたい時は、
(キスをしよう)
アリスが近づいた。
「ニコラ」
微笑む。
「すごくいっぱいありがとう」
そう言って、眠るテリーの額に、優しいキスをする。
(……でも、キスはニコラが眠ってる時の方がいいかも)
だって、ニコラ、すごく恥ずかしがり屋の照れ屋さんだから。
(眠った時だけ、キスをしよう)
ニコラにキスをしたら、気持ちが満たされる気がした。
(もう一度)
(気持ちをこめて)
(ニコラ)
そばにいてくれて、どうもありがとう。
感謝の祈りをこめて、アリスが再びテリーにキスをする。
曇っていた空には、少しだけ、太陽が目を覗かせていた。
お昼寝日和 END
22
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
さくらと遥香(ショートストーリー)
youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。
その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。
※さくちゃん目線です。
※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。
※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。
※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる