おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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アリス

お昼寝日和

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 アリス誕生日記念です(*'ω'*)
 ――――――――――――――――――――――























 小さい頃から落ち着きが無かった。

「アリスがまた廊下で走ってます!」
「こら! アリス!」

 お説教される時は、話の内容じゃなくて、別の所が気になった。

(あ、あんな所に埃が)

 じっとしてなさいと言われると、筋肉が動いた。

(あー、またこれだ)

 脳は座らないと駄目って言ってるのに、筋肉が勝手に疼くの。何かの本の誰かが言いそう。俺の筋肉が疼くぜ。まさにその通り。勝手に動こうとするの。

 だから、私は手首を掴んで抑えるの。

(駄目)

 今は動いちゃいけない。

(駄目)

 でも、動こうとするの。

(駄目)

 必死に抑える。
 必死に抑える。
 駄目って言ってるのに体が言うことを聞いてくれない。友達にもそういうことあるよねって言ったら、誰もそんな子はいなかった。

「……でさー」

 え? 今なんて言ったの?

「アリスって本当に人の話聞かないよね。もういいよ」

 声は聞こえてるの。でも、何を言っていたのか、言葉と文字が聞き取れないの。毎日。

「人の話を聞こうとしないからだ」

 色んな大人に話してみた。

「努力が足りないんだ。アリス、もっと努力してみなさい」

 努力。私には努力が足りない。

「……なんだよねぇ」
「へえー、そうなんだー!」

 いつの間にか相槌を覚えた。

「アリス、もっと頑張ってみたら?」
「アリスはやれば出来るんだから!」

 努力が足りない。
 みんな出来てるのに私は出来ない。
 駄目な子。

「カトレアは出来るのに」
「アリスは」

 私は駄目な子。

「アリスー、クッキーが焼けたわよー」

 誰かが扉を開けた。

「アリ」

 腕を血だらけにした私がベッドに倒れていたのを、姉さんが見つけた。



(*'ω'*)




(うーん)

 輸血してる時って、すごくいいアイデアが浮かぶ。そう思って、アリスがノートに手を伸ばした。

(こんな帽子)

 鉛筆でガリガリ描いていく。

(可愛い帽子)

 こんな帽子あったらいいな。がりがり。

(ここにはレースをつけるの)

 形はこう。

(帽子だけど花嫁さんが被るみたいな)

 まだ世の中に出ていないかもしれない帽子。

(出来た)

 可愛い。

(……次の研修の時にでも見せようかな)

 いつもにやにやしている上司を思い浮かべて、アリスがノートを閉じた。

(今何時?)

 時計を見る。

(もうこんな時間か)

 あ、

(学校の宿題が残ってたんだった)

 あ、

(鉛筆削らなきゃ)

 あ、

(お腹すいた)

 あ、

(輸血終わりそう)

「……」

(何考えてたっけ?)

 また振り出しに戻る。

(もう一つ何か描きたいかもしれない)

 ノートに再び手を伸ばすと、扉が鳴った。

(ん)

「アリス」

(あ)

「ニコラ」

 声を出すと、扉の向こうにいるアリスの親友は部屋に入らず待っている。

「入ってもいい?」
「ニコラ、血って平気?」
「……ええ」
「どうぞ」

 テリーがアリスの部屋の扉を開けた。目の前に広がるのは、体をベッドに縛られ、輸血するアリスの姿。動かせられるのは、手だけ。

「すごいでしょ。父さんがやったのよ」

 アリスが不満そうに頬を膨らませた。

「刃物を全部回収されちゃった。私、学校にカッターを持って行かなきゃいけないのに。忘れちゃうわ」
「……今回はどうしたの?」
「低気圧が多かったでしょ? なんか、むしゃくしゃしちゃって」

 昔の嫌な記憶を思い出してしまった。

「あーあ。本当は今日研修があったのよ」
「……ガットさんの所?」
「うん」
「そうね。これじゃあ、行けないわね」

 テリーがベッドの前の椅子に座り、膝に箱を置いた。

「クッキー買ってきたの。食べる?」
「食べる!」

 テリーが箱を傾かせ、アリスがクッキーを取る。テリーも箱から取って一緒に食べる。

「ニコラ」
「ん?」
「呆れてる?」
「どうして?」
「また、傷つけちゃったから」

 今回は、腕。

「ちょっと深かったみたい」

 腕には包帯が巻かれている。

「でも、血が流れる瞬間ってね、ようやく自分が生きてるんだって感じるの。ずっと中身が痛いままで、外は何も痛くないの。それで、切ってみて、外の痛みをようやく感じて、あ、私生きてるんだって思うの」

 生きるのを確認するために傷つける。

「……またやっちゃった」
「……傷は癒えるわ」

 顔を向ければ、テリーがアリスを見つめている。

「ママの知り合いがやってる病院の皮膚科に行けば、綺麗になる」
「……そうかしら」
「行きたくなければ無理に行かなくたっていい。あたしは、アリスがここにいてくれたらそれでいいんだから」

 テリーがふわりと微笑めば、アリスも自然と口角が上がる。まだ必要とされてることを嬉しく思う。けれど、同時に不安にもなる。

「ニコラ」
「ん?」
「私のこと、いつか嫌いになるかもしれない」
「……そうね」
「でも、私はニコラのことが好きだと思うの」
「そう思ってくれるなら、あたしはそれ以上にアリスを想うわ」
「それは重い。私、重いのは嫌い」

 でも、

「想われないのは、もっと重い」

 しんどい。だるい。

「生きてるのって、すごく辛い」

 一秒先のことが考えられなくなる。溺れていく。

「ニコラ、私ね」
「ええ」
「今、すごく寂しいの」
「そう」
「苦しいの」
「明日雨なんだって。今日は曇ってるから、余計かも」

 テリーがクッキーの入った箱をベッドに置いた。

「いつものやる?」
「……いい?」
「アリスならいつだって構わないわ」

 テリーが近づき、ベッドに座り、体を屈ませた。ベッドに縛られて動けないアリスを抱きしめる。

(あ)

 あったかい。

「……」

 アリスがテリーを優しく抱きしめ返す。

(あったかい)

「……ニコラ、ちょっと力入れてもいい?」
「アリス、好きにしていいわ」
「……ありがとう」

 腕に力を入れてみる。ぎゅっとすれば、腕の中のぬくもりをもっと感じられた。

(……ニコラの匂いがする)

 温かい。

(頭がぐちゃぐちゃしてる)

 過去から現在までの記憶が脳を駆け巡る。

(あの時はこうだった)
(この時はこうだった)
(離れて行った友達)
(出会った友達)
(アルバイトして失敗した)
(あんなこともあった)
(お客さんに怒られた)
(悲しい)
(痛い)
(辛い)
(苦しい)
(溺れる)

 生きてるのって、辛い。

(……でも)

 生きてるからこそ、ニコラを抱きしめることが出来る。

「……」

 アリスが瞼を閉じる。テリーのぬくもりを感じる。テリーの手が動いた。アリスの頭をよしよしと撫でた。

「……」

 アリスがふにゃりと笑った。

「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「甘えてもいい?」
「何?」
「頭なでて」
「リトルルビィみたい」
「今だけよ」
「ええ、いいわ。今だけじゃなくたって、相手がアリスなら喜んでやる。親友だもの」

 テリーがアリスの頭を大切に撫でた。大切に抱きしめる。大切に大切に、腕の中で抱きしめる。今の目的をやめてしまって、明日にはいってしまうかもしれないアリスを、大切にする。

「……ありがとう。ニコラ」
「……ちょっと寝れば?」
「眠くないわ」
「眠そう」
「そんなことない」
「そんなことある」

 テリーがクスッと笑った。

「添い寝しましょうか?」
「あら、素敵。ニコラ、隣に来なさいよ。私がニコラの抱き枕になるわ!」
「あら、素敵。じゃあちょっとお昼寝する?」
「うん! 私、低気圧で怠かったのよねー。ニコラが寝るならちょうどいい!」

 テリーがアリスの隣にころんと倒れる。ベッドが狭くなる。

「ふふっ」
「ねえ、ニコラ」
「ん?」
「今日、ニコラが来てくれて良かった」

 アリスが微笑む。

「ちょっと、元気出た」
「……それは良かった」

 テリーとアリスが手を繋ぐ。

「まだ怠い?」
「頭痛いの。体も重たい」
「可哀想なアリス」
「姉さんが言うには、気象病って言うんだって。私ね、色々抱えすぎだと思うの。脳も天気も私の敵だなんて、酷い話だと思わない?」
「だったら、あたしが味方になるわ。キッドだってアリスの味方よ」
「うふふっ! それは心強いわ。ニコラとキッドがいれば最強ね!」

 顔を見合わせて、くすくす笑い合う。

「ニコラ、私、臭くない?」
「大丈夫」
「本当?」
「あたしは? 臭う?」
「ニコラは良い匂いだわ」
「だったらアリスも良い匂いよ。あのね、女の子って、みんな良い匂いがするのよ」
「私は女の子より。男の子の汗の匂いの方が好き」
「……それは分かる」
「でも、好みの男の子だけよ。好みじゃない男の子の匂いは嫌」
「それも分かる」
「キッドはいつも良い匂いよね。ニコラが羨ましい」
「アリス、そんなことより、香水とかいる?」
「香水?」
「うち、有り余ってるのよ。アリスにあげるわ」
「え、いいの?」
「ええ。使わないのも勿体ないもの」
「え、じゃあ、欲しい」
「じゃあ、今度持ってくる」
「……お返しは帽子でいい?」
「あら、素敵な交渉。それとは別に、アリスの帽子、またお願いしたいんだけど」
「ニコラのためならいつだってデザインを考えるわ。今度はどんなドレス?」
「じゃあ、香水を持ってくるときに、イメージのドレスの絵を持ってくるわ」
「それは助かる」

 空はアリスの髪の色。薄暗い灰色。

「いつ晴れるかしらね?」

 アリスが窓を眺めて、ぼうっと呟く。

「私、太陽が見たいわ」
「明日の雨が終わったら太陽が見れるわ」
「雨の日に部屋にいると、暗くなっちゃうのよね」
「……明日も来ていい?」
「……来てくれるの?」
「香水、選んで持ってくるわ」

 テリーがアリスにすり寄った。

「……アリス、ちょっと寝ましょう」
「……うん」
「三十分くらい」
「一時間がいい」
「じゃあ、一時間」
「おやすみなさい。ニコラ」
「おやすみなさい。アリス」

 アリスがテリーに顔を向けて、テリーはアリスを抱きしめて眠りにつく。
 触れる手は温かい。
 触れる手には愛が含まれている。
 触れる手には想いがこめられている。

(ずっとニコラと友達でいられたらいいな)

 アリスが微笑む。

(ニコラだけは失くしたくない)

 そばにいてくれる理解者。

(私の親友)

 抱き締めてくれる手が、とても温かい。

(……ずっと、一緒に入られたらいいのに)

 アリスの意識が、ふわりと綿毛のように飛んで行った。





( ˘ω˘ )





 夢の中を歩く。
 暗い。
 笑い声が聞こえる。
 アリスの足が止まった。

「ジャック?」

 振り返る。

「ジャック、いるの?」

 ケケケッ!

「かくれんぼ?」

 ケケケッ!

「ふふっ。相変わらずね」

 アリスが肩をすくめた。

「ジャックは私を嫌いにならない?」

 影が伸びる。

「私、嫌われるのが怖いわ。ずっと嫌われてきたから」

 影が伸びる。

「でも、今はニコラがいてくれるの。私、嬉しくて」

 影が伸びる。

「この感謝、どうやって伝えたらいいんだろう」

 影が伸びる。

「私、伝え方が、分からない」

 でも、

「すごく、ありがとうって言いたいの」

 でも、

「それって、どんな言葉で言えば、伝わるんだろう」

 振り返る。

「分かる? ジャック」
「ケケッ!」

 ジャックがアリスを大切に抱きしめた。




(*'ω'*)




 目を覚ますと、テリーが安らかに眠っていた。

「……」

 時計を見れば、まだ40分程度だ。

(……あと20分は眠れる)

 ふわあ、と欠伸。

(すごくありがとう)

 どうやって伝えたらいいのかしら。帽子を作ってあげればいい? でも、それが当たり前になりそうな気がする。物々交換みたいな感じになるのは嫌だ。

(えっと)

 アリスの脳は、人とは違う。

(えーっと)

 言われないと気付かない。人と違って少し鈍い。

(えーっと)

 ただ、発想力だけはある。

(あ、そうだ)

 すごくありがとうを言いたい時は、

(キスをしよう)

 アリスが近づいた。

「ニコラ」

 微笑む。

「すごくいっぱいありがとう」

 そう言って、眠るテリーの額に、優しいキスをする。

(……でも、キスはニコラが眠ってる時の方がいいかも)

 だって、ニコラ、すごく恥ずかしがり屋の照れ屋さんだから。

(眠った時だけ、キスをしよう)

 ニコラにキスをしたら、気持ちが満たされる気がした。

(もう一度)
(気持ちをこめて)
(ニコラ)

 そばにいてくれて、どうもありがとう。



 感謝の祈りをこめて、アリスが再びテリーにキスをする。
 曇っていた空には、少しだけ、太陽が目を覗かせていた。






 お昼寝日和 END
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