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リトルルビィ

餌の彼女は想い人(2)

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 ――朝。

「ルビィ先輩! おはようございまぁぁす!」
「おはよー」

 中等部の後輩達に声をかけられながら、リトルルビィが欠伸をした。

(ああ、眠い)

 あの後、部屋に戻っても、よく眠れなかった。

(目を閉じたら)

 色っぽい目をしたテリーがこっちを見ている姿を思い出してしまって、

 ――ルビィ……。

「はうっ!!」

 リトルルビィが胸を押さえて座り込んだのを見て、生徒指導のビリーが笛を吹いた。

「ピープルや、早く学校に入りなさい」
「先生! 私、突然の胸のときめきの発作に起きてしまって!」
「いいから早く入りなさい」
「はーい」

 ロッカーに向かうと、メニーが立っていた。

「あ、リトルルビィ、おはよう」
「おはよう」

 ということは、

(あ)

 三年生のロッカーに、テリーがいる。

(テリー……)

 テリーが振り向いた。目が合う。

(あっ! テリーと目が合っちゃった!)

「おは……」

 声をかけようとしたリトルルビィから視線をそらし、テリーがさっさと廊下を歩いていった。

(え)

 つかつかつかつか。

(え、え?)

「やあ! 我がかわいい妹のニコラじゃないか! おは!」
「どけ!!」
「ふぎゃ!!」

 リオンを押しのけ、テリーが教室に入ってしまった。

「……」

 リトルルビィが振り返った。メニーがあきれた目で見ている。

「お姉ちゃんに何したの?」
「……なに、しちゃったんだろうね……」

 リトルルビィが目を泳がせた。

(……)

 テリーが席について、いつものように本を出した。

(あたしは、お嬢様)

 ぐっと本を掴む。

(何があっても冷静に)

 あんな夢を見るなんて。

(冷静に)

 どうしよう。

(冷静に)

 リトルルビィの顔が見られない。

(……れい、せいに……)

「ロザリー、おめえ、風邪か? 耳まで真っ赤じゃねえか!」
「お黙り」
「……ニクス、オラ怒られちまったよ……」
「生理前かな?」

 学級委員長のコネッドが、涙目でニクスへと歩いていった。


(*'ω'*)


 リトルルビィがテリーに声をかける。

「テリー!」
「今忙しいから」
「じゃあ、また後で!」

 翌日。

「テリー!」
「今忙しいから」
「じゃあ、また後で!」

 翌日。

「「テリー!」
「今忙しいから」
「じゃあ、また後で!」

 リトルルビィが膝をかかえて丸くなる。

「……」
「やあ! 赤い薔薇の子猫ちゃん! 一体落ち込んでどうしたんだい!?」

 担任のヘンゼル先生がスーツをひらひらなびかせ、リトルルビィに声をかけた。

「お悩みなら、お兄さんが解決してあげよう! さあ! 生徒指導室へかもん!」
「兄さん! 何をしているんだ!」
「げっ! グレタ! いいところにお前!」
「兄さん! 生徒指導室なら俺と行こう!」
「気持ち悪い! 二人で生徒指導室に行って何するんだよ!」
「兄さん! 動物の森を通信しよう!」
「家でやれーーーー!!」

(はあ……)

 テリーにかまってもらえない。

(寂しい……)

 ため息ばかりがつく。

(喉も渇いてきたな……)

 はっ! これだ!!

 わいのわいのと暴れる双子の先生を置いて、リトルルビィがぴゅーんと走っていった。廊下から外を眺めてぼうっとするテリーを見つける。

「テリー!」
「っ!」

 テリーが身構えて振り返る。走ってくるリトルルビィの姿を見て、ぎろりと睨んだ。

「……何よ」
「お腹空いちゃって!」

 リトルルビィが微笑んだ。

「いつものちょうだい?」
「……」

 テリーが目を泳がせて、こくりと頷いた。

「……急いでるから、早くするなら」
「うん。いいよ」
「……だったら」

 テリーが歩き出す。

「行きましょう」
「うん」

 人の寄り付かない科学準備室。
 人体模型が立ち、よくわからないものがたくさん置かれている。
 棚の前にテリーが立つ。その後ろにリトルルビィが立つ。そっと手を伸ばす。テリーが拳を握った。リトルルビィが後ろから抱きしめる。吐息が首に当たる。

「……っ」

 テリーの心臓が、ひどく高鳴った。

「ちょ、ちょっと待って」
「え?」
「待って……」

 テリーが俯いた。

「……」

 あの夢を思い出してしまう。

「……」
「テリー?」
「……なんでも、ないの……」

 後ろから抱きしめてくる手が熱い。

「なんでも、ないから……」
「……やめる?」

 訊けば、テリーが首を振った。

「喉渇いてるんでしょ」
「……うん」
「最近、飲んでなかったものね」

(……あの夜に、たくさん飲んだからね……)

「……いいわ。がぶっといって」
「……えっと、それじゃあ……」

 強く、抱きしめて、

「いくね?」

 リトルルビィの歯が、テリーの首筋を噛んだ。

「っ」

 痛い。――だけど、

(あ、これ……)

 あの夢を思い出す。

(違う。あれは、夢なんだから)

 子供になんて見えない、妖艶な姿のルビィを思い出す。

(あれは、夢……)

 じゅっ。

「あっ……」

 声が漏れて、はっとして、口を押さえる。

(あ、あたしったら、はしたない……)
(……今日の血、甘い)

 リトルルビィが不思議に思った。

(なんだろう。いつもより甘い)

 蜂蜜みたい。

(……おいしい……)

 舌をぺろりと動かしてみる。

「っ」

(あ)

 抱きしめる手の力が弱まった。

「ごめん、痛かった?」
「……へい、き……」
「……無理しないでね?」

 また、かぷりと噛んでみる。いつも痛みを感じるはずなのに、噛まれたら、テリーの背中に感じたのことない感覚が走った。

「んっ……!」

 熱い。

(なに、これ……)

 あたたかい。

(いつも痛いだけなのに、今日は……)

 とろけてしまいそうなほど、気持ちがいい。

(ルビィが、あたしの首を噛んでる……)

 きもちいい。

(あ、舌が、動いた)

 きもちいい。

(だめ、これは、夢じゃないのよ)

 きもちいい。

(だめ。……だめっ……)




 心臓が、破裂してしまいそう。




 ――首から口が離れた。



「少し、飲みすぎちゃった……」

 リトルルビィが口元を拭った。

「ごめんね。テリー。大丈夫?」
「……っ」
「テリー?」

 手の力を緩ませたら、テリーが崩れ落ちそうで。

「だ、大丈夫?」
「……」
「テリー! 足が震えてるよ!?」
「……お黙り……」
「え、えっと、えっと」

 教室にあった台の上にテリーを座らせる。

「よいしょ」
「んっ」

(……テリーってこんなに軽かったっけ?)

 いつの間にか、自分のほうが大きくなってしまったようだ。

(前までは、テリーより身長も小さかったのに)

 台に座るテリーの前に立ち、顔を覗き込む。

「大丈夫?」
「……」
「テリー、……顔真っ赤だよ?」

 頬を優しくなでれば、テリーの肩がぴくっと揺れた。

「どうしたの?」
「……だ、大丈夫、だから……」

 目をそらされる。

「そんなに、見ないで……」
「気分悪い?」
「大丈夫……」
「……」

 リトルルビィが正面からテリーを抱きしめた。テリーの心臓が、また高鳴る。

「っ」
「だるいなら、私によっかかって?」
「……」

 テリーがリトルルビィを抱きしめ返した。ぎゅっとされたら、今度はリトルルビィの心臓が高鳴る。

(……テリーのぎゅっ、……好き……)

 優しくテリーの背中を撫でる。……ブラジャーしてる。

(私、ムラムラしない)

「……ルビィ」
「ん?」
「……あのね」
「うん」
「……ひ、秘密に、して……」
「ん? うん」
「……内緒ね?」
「ん、うん。どうしたの?」
「メニーにも、言っちゃだめよ」
「どうしたの? テリー」

 優しく背中を叩く。

「私、テリーが秘密って言うなら、絶対誰にも言わないよ」
「……あのね」
「うん」
「あんたと、……その、……えっち、な、ことを、した、夢を……見たの」
「……」

 リトルルビィが笑顔で黙った。

「それから、なんか、恥ずかしくなって……」

 テリーの声が、鼻声になっていく。

「気持ち悪いわよね……」
「そ、そんなことないよ?」
「嘘よ……」
「しょ、しょうがないよ! だって、私達、思春期だもん!」
「……」
「性欲って、17歳が一番活発なんだって! テリー、まだ17歳でしょ? 仕方ないんだよ! そういう時期なんだよ!!」
「……」
「ね!!」
「……そういう、じき?」
「うん!! そういう時期なの!!」
「……そ、そうだったのね……」

 テリーがリトルルビィに身をゆだねた。今度はリトルルビィが硬直した。

「っ」
「ってことは、それって、生理現象ってやつよね?」
「……うん!」
「そっか、そうなのね。……はあ。……少し、安心した……」
「……」

 いえなーーーーーーい!!

(あの夜、私が忍び込んで、性欲を強める血管から血を吸ったって!)

 言ったらテリーがまた泣いちゃう!!

(ここは)

 黙ってるしかない!!

「……リトルルビィ、ごめんね?」
「なっ!? 何が!?」
「あんたを、なんか、そういう的にしたみたいで……」
「しょ、しょうがないよ!!」
「嫌だったでしょ……?」
「そんなことないよ!!」
「あんたはいい子ね。……無理しなくていいのよ?」
「そ、そんなことないよ!」

 リトルルビィが顔を上げ、潤むテリーの目と目を合わせた。

「だって、私、テリーが大好きだもん!」
「……あんたね」

 テリーがそっとリトルルビィの頬に手を寄せた。

「好きな人いるんでしょう? いつまでもあたしにばかり構ってちゃだめよ」
「だから……」
「あたしが距離を置いたの、気づかなかった?」
「テリー……」
「あんたにもっと自由な時間を過ごしてほしくて離れたのに、意味ないじゃない」
「だから」
「あたしは、ルビィの幸せを祈って……」
「テリーなの!」
「ん?」
「私の好きな人はっ……!」

 リトルルビィが息を吸い、言った。

「テリーが好きなの!!」

 テリーがきょとんとした。そして、にこりと笑った。

「ええ。あたしも好きよ」
「違う!!!!」
「え?」
「その好きじゃない!」
「え? 嫌いなの?」
「違う! だから! 好きなの!」
「ええ。だから、あたしも好きよ!」
「I love you !!」
「ルビィ、急にどうしたの? 英語の発音いいわね」
「違う!!」
「ん?」

(ああ、そうだった。テリーはとてつもなく鈍感だった!!)

 一回、深呼吸。

「テリー」
「あっ」

 強く抱きしめ直す。

「ルビィ、なにっ……」
「愛してる」
「……ええ、そうね。あたしもあい……」
「私、テリーに恋をしてるの」
「……ん?」
「前に言ってた好きな人は、テリーのことだよ」
「……」
「ラブの意味で、好き」
「……」
「だから、距離を置かれて、辛かったし、すごく寂しかった」
「……」
「テリーとキスしたいし、えっちなことだってしたい」
「……」
「女同士だったから、言えなかったけど」
「……」
「嫌われるの怖くて、言えなかったけど……」

 強く抱きしめる。

「テリーが離れていくほうが、怖い」

 耳にささやく。

「ずっと側にいて」

 餌じゃなくて、

「恋人として、側にいて」

 テリーが黙った。リトルルビィが抱きしめ続ける。テリーの反応がない。リトルルビィが眉をひそめた。

(……テリー?)

 顔を見ようと体を離そうとすると、がしっ! と掴まれた。

(へ!?)

 離れられない……だと……!?

「テリー?」
「……」
「て、テリー!」

 ぐーーーーーっと離れようとしても、テリーがしがみついてくる。

「な、なんか言ってよ!」

 テリーがひたすら黙る。

「テリー!」

 無理やり引き剥がす。

「テッ」

 テリーの手がリトルルビィの両目を隠した。

「ぴぎゃっ!」
「見ないで!」

 二人が固まる。

「……見ないで……。……今、すごい顔してるから……」
「……」
「もう少し、待って……」
「……見ちゃだめ?」
「待って」
「……」

 リトルルビィがテリーの手を掴み――引き剥がした。

「あっ」

 テリーの顔を覗き込んだ。

「っ」

(……)

 リトルルビィが硬直した。




 なんて顔してるの。テリー。
 そんなに、顔を赤らめて、
 そんなに、恥ずかしそうな目をして、
 そんなに、愛しい表情を浮かべて、

 そんな顔されたら、


(たまらない)



 唇が重なった。

 テリーの手の上に手を重ねて、今にも暴れだしそうな手を押さえる。
 テリーが瞼をぎゅっと閉じ、眉を下げ、ひたすらそのやわらかさに耐える。
 ルビィの体温を感じる。ルビィの匂いがする。ルビィとキスしてる。

(心臓が、苦しい……)

 ぶるぶる震えないで。
 そんなに速まらないで。

(死んじゃう……)

 唇が離れた。

「……はあ……」
「ちゅ」
「ひゃっ」

 いつもみたいに頬にキスをしても、テリーが驚いて、小さな悲鳴をあげた。それだけで、リトルルビィもまた心臓がうるさくなる。

(……テリー……)

「あっ」

 また唇が重なる。

「テリー」
「んっ」
「テリー」
「……ルビィ……」
「テリー」

 甘い。

「テリー」

 甘い。

「ルビィ、まって、そんな……」

 甘い。

「んっ……」

 甘い。

 あますぎて、おかしくなりそう。

「……テリー」

 腕から逃がさない。

「私の恋人になってくれますか?」
「……あ、あたし、……面倒くさい女よ……?」
「そんなことないよ」
「……年上だし……」
「そんなに変わらないよ」
「……」
「テリー、好き」
「っ」
「テリーのこと、餌じゃなくて、本当に、……本当に、大好き……」
「……あ、あたし、……も……」

 抱きしめ返される。

「……好き……かも……しれない……」

 はーーーーーー。しんどーーーーーー。

(かわいい)

 リトルルビィがため息を吐いた。

(かわいい)

 自分よりも小さな背中をなでる。

(かわいい)

 胸がきゅんとする。

(好き)

「……り、リトルルビィ」
「ん?」
「あの、……あのね……?」

 首を傾げられる。

「もう一回だけ、キスしよ……?」

(うっっっっっ!!!!!!!)

 ぎゅん!! と胸が締め付けられる。今すぐにでも押し倒してべろべろにその唇を舐めて犯したい。

(そんなことしたら、テリーが怖がっちゃう!!)

 リトルルビィがにっこりと少女の笑顔を浮かべた。

「うん。いいよ?」
「ちゅ」

 優しいキス。

「もう一回する?」
「……うん」
「ちゅ」

 甘いキス。

「ルビィ……。……もう一回……」
「ちゅ」

(ああああああああああああ!!! しんどい!!!!!!!!)

 好き!!!!!!!!!!!!!!!!

「……ルビィ、あんた、唇やわらかいのね……」

(それは、テリーでしょう!!!!!!??????)

「……わがままだけど、許してね……?」

 ぎゅっとされる。

「ルビィ、好き……」
「うん。……私も大好きよ。テリー……」

 大好き!!!!!!!!!!!!
 尊い!!!!!!!!!!!!!
 好き!!!!!!!!!!!!!


(……大切にします……)


 リトルルビィが震える手をぐっと抑えて、優しく優しくテリーを抱きしめた。




(*'ω'*)



 というわけで、


「付き合うことになりました!!!!!」

 あきれた顔でメニーが拍手する。

「すごく大切にします!!!!!!」
「そうじゃないと困ります」
「大切に、大切にします!!!!!」
「リトルルビィ」

 テリーに教室の扉を叩かれて、振り向いた頃、リトルルビィが短髪をなびかせて、池メンの目でテリーを見下ろした。

「どうしたの? テリー」
「……今日、放課後空いてる?」
「うん。メニーと一緒に勉強しようと思って、家に行こうと思ってた」
「……じゃあ、メニーと帰るのね」
「ん?」

 テリーが視線を泳がせた。

「……別に、一緒に帰りたいとか、……思ってないから」

 ぎゅんっっっっっっっっ!!!!!!!!!

「メニー! 今日!」
「三人で帰ろう?」

 メニーが笑顔で言った。

「お姉ちゃん、帰る途中でお菓子買ってこう?」
「あ、いいわね。それ」
「えーーー! でも、メニーーー! 用事があるってーーーー」
「用事なんてないけど」

 メニーが笑顔で言った。

「ないけど」
「……」
「高校生の恋愛は、清く正しく」
「……」
「ね」
「……」
「ね?」
「はい」

(な、なんだろう……)

 姑の圧が重たい。

(……)

 ちらっとテリーを見ると、一瞬目が合って、テリーから視線をそらした。

(……)

 ……三人で一緒に帰れるし、家に行けばテリーと過ごせるし、

(……清く、正しく……)

「じゃあ、テリー、今日は、三人で帰ろう?」
「……ん」
「お菓子、買ってこうね」
「……ん」
「それで、家に行って、メニーと勉強して……」

 そっと耳に近づいて、囁く。

「帰りは、屋敷の前まで送ってってくれる?」
「……ん」
「じゃあ、……それで」

 うれしくて、喜びが心を満たして、もしも自分に尻尾があったら、ちぎれるくらい振ってるに違いない。

(……これからもっと、二人の時間が過ごせる)

 うれしい。

(テリー)

 うれしい。

(愛してる。テリー)

 姑の目を気にしつつ、リトルルビィとテリーが目を合わせ、お互いにふにゃりと目元が緩ませるのだった。










餌の彼女は想い人 END
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