おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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リトルルビィ

大型犬の倍返し

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(*'ω'*)ホワイトデーはあなたにお返し企画より。

 反抗期リトルルビィを知らない方はネタバレ注意。
 または第八章参照。
 日常パロ。リトルルビィ×テリー
 ――――――――――――――――――――――――――――

















 リトルルビィのロッカーが、悲鳴を上げていた。

(……リトルルビィのロッカーが、膨らんでる……?)

 あたしは興味本位に近づいてみる。

(なんだ。あの子、男子にモテてたのね! はあ! 一安心だわ!)

 最近ワイルドになったもんだから、だれも近づけないと思ってた。

(ちょっと、やるじゃない。リトルルビィ。ええ? ちょっとくらい中覗いても怒られないわよね。見てやろう。えい)

 あたしがロッカーを開けると、中に入ってたロックバンドのCDの山があたしに向かって雪崩れてきた。

「ぎゃあああああああ!!」
「そんでさー」
「リトルルビィ、今の声なに!?」
「あ?」

 一斉に二人が駆け出し、その現状を見て息を呑んで立ち止まった。

「お姉ちゃん!」
「うわ、テリー、なにしてんの」

 CDに埋もれるあたしを二人が見下ろす。

「リトルルビィ、だからCDの入れっぱなしはだめって言ったのに!」
「しかたねーじゃん。持って帰るの面倒なんだよ」
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「……」
「つーか人のロッカーあけてなにしてんだよ。見んなよ」

 リトルルビィがCDを拾い、ふたたびロッカーのなかにぎゅうぎゅうに押し込んだ。そのうちの三枚だけカバンに入れる。

「これ、持ってかえろっと」
「お姉ちゃん、ケガなかった?」
「ええ……はぁ……死ぬかと思った」

 あたし、もう人のロッカーにはさわらない。ふれない。近寄らない。

「助かったわ。メニー」
「とんでもない」
「リトルルビィ、ロッカーの掃除はしなさい。あんた、ロッカーが叫んでるじゃない」

 これ以上入らないでヤンス。もうやめてくれでヤンス。ああああああもうだめぇええええええ! ぎぃーーーーーーー!!!

「関係ねーだろ」
「整理整頓は女のたしなみよ。近いうちにやりなさい。あたしも手伝うから」
「いいって。つーか、人のロッカーあけて、なにしてんの」
「リトルルビィ、今日はホワイトデーよ!」

 あたしは目をかがやかせてリトルルビィを見つめる。リトルルビィはまゆをひそめて、あたしを見下ろした。

「で?」
「ホワイトでーって、どういう日か知ってる!? 男子からお菓子をもらえる日なのよ!」
「お姉ちゃん、正しくは、バレンタインのお返しがもらえる日だよ」
「男子があこがれの女子にお菓子やプレゼントを渡す日。あたしもその対象に入ってる!」

 つまり!

「今日のランチは、ホワイトデーのお菓子!」

 になるはずだった。

「あたしのロッカーになにも入ってなかったのに、リトルルビィのロッカーが膨らんでたから、もしやと思ったのよ」
「お姉ちゃん、まさか……リトルルビィのお菓子を……!?」
「メニー、勘違いしないで。あたしはそんな意地汚い女じゃないわ。ただ、リトルルビィがすこしばかりワイルドになったもんだから、心配してたのよ。そんな本日はホワイトデー。リトルルビィのロッカーが膨らんでる。どんな男子がリトルルビィにラブレターを書いてるか、ちょこっと覗こうとしただけよ。どう? 安心した?」
「安心はしてない。お姉ちゃん、覗きはだめだよ」
「はあ。CDだなんて思わなかった。がっかりよ」
「はあ?」

 リトルルビィが怪訝そうな顔をした。

「なんでわたしが野郎からラブレターもらってなかったからって、テリーががっかりするわけ?」
「そりゃあ、うれしいじゃない」

 あたしのかわいいルビィにイケメンの彼氏ができたかもしれないのに。
 あたしは笑顔でリトルルビィの肩をたたいた。

「リトルルビィ、彼氏ができたら紹介しなさいよ。あたしがいい男かどうか見てあげるから」
「……テリーはわたしに彼氏ができたらうれしいんだ?」
「もちろんよ」
「……」

 リトルルビィがため息をはいた。

「……わりーけど、わたし、そういうの興味ねーから」

 リトルルビィがあたしの手を払って、廊下を進んでいく。

「まって、リトルルビィ!」

 メニーがリトルルビィを追いかけた。

(……どうしたのかしら。あの子ったら)

 急に不機嫌になっちゃった。

(あたし、なにか変なこと言った?)

 首をかしげると、学校の予鈴がなり、あたしはあわてて教室に走ったのだった。


(*'ω'*)


 放課後。
 あたしはニクスに手を振った。

「じゃあね、テリー」
「ん」

(ああ、結局お菓子もプレゼントもなかったわ)

 あたしは帰り道を歩く。

(あたしかわいいから、いっぱいもらえると思ったのに。おかしいわね)

「……ん」

 あたしの足が思わず止まる。リトルルビィが公園の入り口にある円状の柵に腰を浅くかけていた。あたしと目が合った瞬間、するどくなった目をもっとするどくさせて、立ち上がった。

「リトルルビィ、ここでなにしてるの?」
「……。別に」
「メニーは?」
「先帰った」
「あんたは?」
「……」
「ああ、はいはい。無視ね」

 あたしはリトルルビィの横に立った。

「送るわ。反対方向でしょ」
「……いい」
「遠慮しない」
「わたしの部屋まで来たら犯す」
「……」
「……おくっから」
「……ん」

 あたしがうなずくと、リトルルビィがあくびをしながらあたしの家がある方向へと歩き出した。

(……思い出さないようにはしてたけど)

 去年の春に、リトルルビィから告白された。あたしが好きだって。

(あたしは断った)

 家族に対する愛情と同じ愛情だって言って。

(それは、恋じゃないって、この子に言った)

 それからいろいろあって、この子はこんなことになってしまった。

(……学校にこなくなったときはどうしようかと思ったけど)

 ちらっと見ると、たくましくなったリトルルビィの横顔。

(……今朝のは、たしかに余計なお世話だったかも)

 リトルルビィの足とあたしの足がそろって歩く。

(今日の夜ご飯、なにかしら。あーあ、おなかすいた)

「……なんかもらった?」
「え?」

 とつぜん話しかけられて、あたしはきょとんとした。リトルルビィは景色を見ながら話をつづける。

「ホワイトデー」
「ああ」

 あたしはため息をはいた。

「世の中の男たちはどうかしてるわ。あたし、こんなにかわいいのにプレゼントのひとつもよこさないなんて」
「収穫ゼロか。おつかれさん」
「あんたは?」
「興味ねーから」
「あんたもかわいいのにね。男たちは見る目がないわ」

 リトルルビィがすこしむすっとした。

「……いつ休み?」
「二十日から。それ以降は大学の準備しなきゃ」
「……あ、そう」
「大学だって言っても、建物がとなりになるだけだから、結局廊下で会ったりするでしょうけどね」
「……」
「リトルルビィは大学いく?」
「……」
「あんたならいけると思うわよ。頭いいし」
「……」
「メニーからきいてるわよ。あんた不良のくせに成績優秀者として選ばれてるんでしょ」
「……」
「あ、そうだ。ルビィ」

 リトルルビィがあたしに振り向いた。

「飴いる?」

 あたしはイチゴ飴を差し出した。

「購買で買ったの。あげるわ」
「……」
「……イチゴ好きでしょ?」
「……チッ」

 リトルルビィがイチゴ飴を受けとり、ぽいと口のなかに放り投げた。

(素直じゃないんだから)

 あたしも口のなかにいれて、ころころと転がした。イチゴの甘さが口のなかで広がる。甘くておいしい。帰り道には最高だわ。

(今日のホワイトデーはこれで満足しておこう)

 家の門までついた。

「ありがとう。ルビィ」
「……ん」
「じゃ、あんたも気をつけて帰りなさい」

 そう言って門を開けようとすると、リトルルビィが顔をあげて、あたしの手首をつかんだ。

「まっ」
「え?」

 ふり返ると、リトルルビィがだまってあたしを見つめていた。あたしはきょとんとまばたきする。

「……ルビィ?」

 リトルルビィが口を閉じた。

「……どうしたの?」

 あたしは門から手をはなし、リトルルビィに向き合う。

「なにかあたしに言いたいことでも?」
「……」

 リトルルビィがだらしなく両肩にかけていた自分のスクールバッグを下ろし、チャックを全開にし、なかからラッピングされた箱を取り出し、あたしに差し出した。

「ん」
「……え?」
「ん!」
「……なにこれ」
「ん!!」

 ずいっと差し出され、あたしはそっと手に持ってみた。

「……くれるの?」

 リトルルビィがこくり! とうなずいた。

「リトルルビィ、でも」
「お返し」

 リトルルビィがぼそりとつぶやいた。

「バレンタイン、もらったから」
「……そう」

 あたしは箱を見て、リトルルビィを見た。

「今、あけてもいい?」

 リトルルビィがこくり! とうなずいた。

「そう。じゃあ……」

 リボンをするりと解いて、なかをあけてみた。そこには、お菓子の詰め合わせが入っていた。それも、あたしが好きなものばかり。自然とあたしの目がかがやいていく。

「……いいの?」
「ん」
「……あの、リトルルビィ、今日は、バレンタインじゃないわよ」
「お返しだから」
「……ん」

 あたしはお菓子の箱をぎゅっとだきしめた。

「……ありがとう」
「ん」
「……家、あがってく?」
「いい」
「晩ご飯くらいなら出せるわよ」
「いらない」
「いっしょに食べない?」
「テリー」

 リトルルビィがあたしに近づいた。

「それ、わかって言ってる?」
「え、晩ご飯……」
「食べていいなら」

 リトルルビィがあたしの首に顔を沈ませた。

「食べるけど」

(あ)

 その瞬間、首に針のようなものが刺さった感覚を感じた。

(あっ)

 吸われる。

(あ……)

 あたしの手から、箱がすべり落ちた。

「リト……」

 リトルルビィがあたしを門に押し付けた。

「んっ」

 血を、吸い取られる。

「リトルルビィ、まって」

 あつい。

「だれかに、見られたら……」

 あつい。

「ルビィ!」

 リトルルビィがぱっと口をはなした。傷口がふさがれ、血は一滴も出ていない。だけど、違和感だけが残って、リトルルビィの唇の感触が残って、あたしの手がかまれたところを押さえると、リトルルビィがあたしの顔をのぞいて笑った。

「やーい、ざまあみろ」

 いたずらが成功した子供のように。

「人をいつまでも子ども扱いするからこうなるんだよ」

 あたしはリトルルビィを見上げた。目が合う。

「……」

 リトルルビィがだまりこみ、また近づいた。あたしは思わずぎゅっと目を瞑った。そしたら、

 ――ほおに、やさしくキスをされた。

 ……目をあけると、リトルルビィがあたしからはなれた。お菓子の箱を拾い、あたしの手に持たせた。

「んじゃ」

 リトルルビィが地面を蹴った途端、目に見えないほどのすさまじい速さで駆けていき、いなくなった。

「……」

 あたしはへたりと力が抜けた。

(……いたずらっ子)

 おどろいて、頭が真っ白になった。

(反抗娘)

 あたしはぎゅっと唇を結んだ。

(あんな急にこられたら)

 胸が、どきどきしている。

(ちがう。これは、おどろいただけ)

 そうそう。おどろいただけ。

(ちがう)

 リトルルビィを意識したわけじゃない。

(ちがうったら)

 おさまれ。
 おさまってよ。
 あたしの心臓。
 どきどきしないで。
 あの子は女の子よ。
 告白を断った相手よ。
 リトルルビィよ。
 あたしの、お気に入りの、妹分よ。

(……お菓子のにおいのせいだわ……)

 お菓子は甘いから。

(……あたし、冷静に)

 ひとつ、ふたつ、深呼吸をして、あたしはスクールバッグを肩にかけ、門をひらいて、家へと帰っていった。


(*'ω'*)


 リトルルビィが自分の住んでる部屋にたどりつき、なかに入り次第、CDプレーヤーにCDをいれ、大きな音で再生した。
 制服のジャケットを脱ぎ、ベッドに身を預ける。

(……)

 ――甘かった。

(テリーの血)

 ――チョコレートみたいに甘くて、おいしかった。クセになりそうなほど。中毒になっておぼれそうなほど。

(テリー)

 だきしめたい。

(テリー)

 もっと、くっつきたい。

(テリー)

 昔みたいに、だっこしてってねだって甘えたい。

(テリー)

 愛してる。

(……バカテリー)

 人をあおりやがって。

(愛してる)

 愛してる。

「……かわいかったな」

 ありがとうって言ってきたときのテリー。

(もう一回見たい)
(もっと見たい)
(あの人のそばで)
(テリーのとなりで)

 もっと、いろんな顔が見たい。

(……テリー……)

 部屋のキッチンからは、昨日用意したお菓子のふくろが散らばっている。
 想い人のテリーは、ぼうっとしながらお菓子を食べる。
 においがする。
 甘いにおい。
 今日はホワイトデー。
 バレンタインのお返しをする日。

(違う返しになっちまったかな。くくっ)

 暗い部屋のなか、リトルルビィがにやけながら、目をつむった。


 甘いにおいがいつまでもつづく。







 大型犬の倍返し END
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