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リトルルビィ
一途な想いを胸に残して
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ルビィ(15)→→→→→×テリー(16)
第六章でテリーが誰も選んでない前提話です。
時系列、第八章後です(*'ω'*)
――――――――――――――――――――
――愛してる。
――愛してるわ。ルビィ。
――だから、もうやめて。
強くだきしめて、中毒に侵されたわたしを止めてくれたのは、テリー。
それからは、わたしの世界はテリーで包まれた。
テリーに会えば胸がぽかぽかした。
テリーはまるで太陽みたい。
洗濯物が乾くように、わたしの濡れた頬も乾かしてくれるの。
テリー、って呼びたくなって、大きな声で呼んで、抱きしめて、すりすり! ってするの。
そしたら、テリーはいつも薄く笑って、わたしの頭を撫でてくれるの。
テリー、抱っこして!
お願いしたら、テリーは抱っこしてくれるの。ママみたいに温かい。
「テリー、だいすき!」
ずっと側にいたいの。
「ルビィ」
恋してるの。テリー。
「あたしはあんたを妹としか見れないわ」
「淡い期待を抱かせて申し訳ないけど。見れないの」
「ごめんね」
「……でも、妹としては、本当に大好きよ」
「ルビィのお姉ちゃんになりたかったわ。本当にそう思う」
わたしは、選ばれなかった。
テリーは、誰も選ばなかった。
誰も選ばず、一人で未来を進む道を選んだ。
酷い虚無感に襲われた。
こんな感情初めて。
感じたことのない時間。
ただひたすら、何かを失ったような時間。
時計の針が進むに連れて、それは失くなると思った。
わたしはとっても忙しく忙しなく働いた。城でのトラブルを解決した。アルバイトを増やしてみた。勉強を誰よりもやった。
それでも、この穴を埋めることはできなかった。
キッドの声が煩わしくなってくる。
ソフィアの声がうっとおしくなってくる。
だんだん疲れてくる。メニーが心配した。テリーに会いたい。どんな顔して会えばいいの? わからなくて、わたしはまた予定を入れる。起きる。食べる。働く。食べる。働く。勉強する。食べる。寝る。
これの繰り返し。
でもいいの。
心に余裕がなくなれば、何も考えられなくなる。
「リトルルビィ、お前、寝てるか?」
キッド、うるさい。
「リトルルビィ、睡眠不足は肌の敵だよ」
ソフィア、うるさい。
「リトルルビィ、少し休んだらどうだ」
「あなた最近働きすぎよ」
「ふっ! 赤い蕾の君、お兄さんが添い寝してあげようか?」
「ルビィ! 兄さんのことは気にするな! 兄さん! 俺が兄さんと添い寝するよ!」
「気持ち悪い!!!」
もうみんな黙っててよ。
イライラするの。
その日、珍しく疲れて、足元がおぼつかない状態で帰り道を歩いていたら、怖い顔のお兄さんからチケットを渡された。
「余ってどうしようもないから、お嬢ちゃん、良かったら貰ってくれ。そこのクラブで演奏するからさ」
わたしは休憩がてらクラブに入って、トマトジュースを飲んでいた。すると、怖い顔のお兄さん達がとても派手な格好でステージに現れたの。
「俺達の歌をきけぇーーー! ふぅー!」
演奏が始まった瞬間、わたしの脳が麻痺した。まるで爆発でも起きたかのような酷い演奏。後に、このジャンルを人はパンク、ロックと呼ぶんだと知った。
けれど、脳が麻痺して頭がぼうっとするから、わたしはこのジャンルの音楽を聴くことにした。
部屋で流して踊ったら最高に楽しくて、もう、全部どうでも良くなった。
わたしは仕事を休んだ。
わたしは教材を投げた。
部屋で踊る。
スピーカーを大音量にする。
なんて楽しいんだろう。
こんな世界があったなんて。
こんなに悲しいのに大人はわかってくれねえ!
その通り! 誰もわかってくれない!
言いたいことも言えないこんな世の中ぶっ壊そうぜ!
いいね! ぶっ壊そうぜ!!
お兄さん達がやってたから、わたしも耳に穴を開けてみた。ピアスを通してみた。かっこいいから、もっと開けてみた。痛みは大丈夫。感じないよ。ほら見て、耳がお洒落になった。
ギターを買って、部屋に置いてみた。最高!
キッドに呼ばれたから無視してギターを弾いてたら、キッドが家まで来て、家具を入れ替えた部屋を見て、ゴミだらけの地面を見て、呆れたようにわたしを見た。
「ルビィ」
なんだよ。その目。
「片付けろ」
お前なんか大嫌い。わたしの気持ちなんかわかってくれないくせに。
「ルビィ」
ソフィアも嫌い。お前も嫌い。みんな嫌い。誰もわたしの胸の穴になんか気づいてくれない。
「いい加減にしろ」
出てけよ。
「はーあ……」
キッドがため息を吐いて、わたしの部屋を綺麗に片付けて、食事の準備までして、それから帰った。
わたしはギターを投げて、ベッドで丸くなる。
誰もわたしを抱きしめてはくれない。
誰もわたしの頭を撫でてはくれない。
愛されたいだけなのに。
寂しい。
すごく、寂しい。
(*'ω'*)
散々な船旅が終わり、春が訪れ、今年もリトルルビィの生まれた日がやってきた。
テーブルにはキッドからの手紙が投げられていた。
――今年は俺の家でお前の誕生日パーティーをやるから、家まで来い。
(誰が行くかよ。馬鹿)
リトルルビィはベッドから動かない。
(わざわざ誕生日パーティーをしてもらいにいくダセえ奴がどこにいんだよ。わたしはそんなのご遠慮するよ)
リトルルビィが丸くなる。
(すやぁ)
しかし、安らかな時間は長くは続かない。リトルルビィの家のドアが叩かれたのだ。リトルルビィは無視した。しかし、また叩かれる。リトルルビィは無視しようとして……匂いで気付いた。
(……まじかよ)
キッドの奴、やりやがったな。
(これでわたしを釣る気かよ。はっ!)
リトルルビィがベッドから下り、欠伸をしながらドアを開けた。
――仁王立ちして自分を見上げてくるのは、テリーだった。
「こんにちは」
「……ふああ……」
「着替えなさい。一緒にあいつの家まで行きましょう」
「行かない」
「あんたのことお祝いしてくれるって」
「いらない」
「ルビィ」
「説教するなら帰って。……ふああ」
「一緒に行きましょう」
「やだ」
ドアを閉めようとすると、テリーが足を突っ込ませたのが見えて――その足を潰してドアを閉めることもできるが、そんなことしたらテリーが痛がるだろうから――リトルルビィが手を止めて、またドアを開く。
「おい」
「来なさい」
(こうなったら来るまで動かねえんだよな。テリーは頑固だから。……。仕方ねえ。なだめるか)
長年の付き合いでなだめ方もわかってる。
「テリー、……入って。で、お茶飲んだら帰って」
「……お邪魔するわ」
テリーがリトルルビィの家に入り、まるで別の家のような部屋を見た。可愛かったミニサイズのベッドは黒いシックなものになっていて、壁にはロックバンドのポスターが貼られており、棚には可愛いぬいぐるみではなく、CDで埋められていた。ぬいぐるみは捨てられたのか? いいや、ロックに化粧をされて、別の棚の上に君臨している。
テリーは失礼と思いながら、クローゼットを開けてみた。服は全てロックや、メンズものに変わっていた。
「ねえ、ドレスはないの?」
「ドレスなんてもう着ないからな」
「あんた、まだ14歳でしょ」
「今日で15歳だよ」
「ああ、そうだった」
テリーはクローゼットを閉め、キッチンにいるリトルルビィに振り返った。
「舞踏会はどうするの?」
「わたしは裏から見張る役割なもんでね」
「潜入捜査も必要でしょ」
「その時はなんとかするよ。金ならあるんだから」
屋敷を建てるのが夢だった。
将来、テリーが住みやすいように。
だからお金を貯めていた。もう、貯金はこの年で働かなくてもある程度過ごせる金額まであった。
だが、もう屋敷を建てることはない。
「必要になったらキッドも用意するだろうし」
「でしょうね」
テリーの紅茶はストレート。自分は苦いコーヒー。ロックには、酒とコーヒーがつきものなんだぜって、好きなバンドが歌ってた。
リトルルビィがテーブルにカップを置いた。
「ん」
「……ありがとう」
テリーが椅子に座り、紅茶を飲み始める。リトルルビィはコーヒーを飲むふりをして――吸血鬼の目で、テリーの仕草を追う。
猫舌のテリーが飲みやすいように温度を調節して作った紅茶を、テリーが飲む。取手を指でつまんで、喉を動かす。テリーの体が動いていると、そこから目がそらせなくなる。吐息。飲んでる顔。揺れる髪の毛。濡れた唇。
(……)
テリーが自分に目を向けるのと同時に、リトルルビィは目をそらし、コーヒーをすすった。
「リトルルビィ」
「その呼び方やめろ」
「なんでよ」
「ダサい」
「可愛いじゃない」
「可愛くねえよ。クソキモい」
「……最近、ちゃんと城に通ってるんですって?」
「……バドルフに会いに行ってるだけだよ。もう年だからな。死ぬ前の思い出作り」
バドルフはリトルルビィの教育係でもある。会いに行っているということは、棚に綺麗に置かれた教材がそこで使われているということ。テリーがふっと笑った。
「偉いわね」
「何? ご機嫌取り?」
「素直に思っただけよ。あたしも勉強なんて嫌いだもの」
テリーがまた紅茶を飲んだ。
「去年の誕生日、部屋に引きこもってて、結局メニーと二人でケーキ食べただけなんでしょ」
「んー」
「今年もキッドが用意したって。ね、行きましょう」
「必要なくない?」
リトルルビィが眉をひそめた。
「わたしの生まれた日なんて、他人からしたら普通の一日じゃん。あいつ、パーティーがしたいだけなんだよ」
「あんたが生まれた日なのよ。感謝しないと」
「あー、はいはい。生まれたことを喜びます。女神アメリアヌさまー。これでいい?」
「ルビィ」
「もう帰れば? わたし行かない」
「……仕方ないわね」
テリーの目が光った。
「条件があるの」
「あ?」
「リトルルビィ」
テリーがにやりとした。
「これなら、どう?」
「っ!!!!!」
テリーが差し出したもの。それは、――限定品のプディングであった。リトルルビィの肩の力が抜ける。
「……」
「ふん。驚きすぎて、何も言えないようね」
テリーが堂々と胸を張った。
「ついてくるなら、これをあげないこともなくってよ!?」
「いや、いらねえ」
……。
テリーがふっ、と笑って、もう一箱、限定プディングを差し出した。
「二箱!」
「いらねって」
「……なるほど。あんた、交渉上手になったわね。仕方ない」
テリーがもう一箱、限定プディングを差し出した。
「これでどうよ!」
「だからいらねって」
「……」
「……何?」
「……あんた、好きだったじゃない……」
「……ああ、……まあ、最近は、味覚が変わったというか……」
「……」
テリーがちらっと箱を見た。たしかにそれは幼きリトルルビィが好きだったもの。これを食べてた時のリトルルビィは、それはそれは頬を風船のように大きくして、テリーに笑っていたものだ。
――美味しいね! テリー!
「……いらないの……?」
……その目を見なければ良かったと、リトルルビィは深く後悔した。テリーが外に見せないように――でもかなり見えてるのだが――しゅんとして、あからさまに肩を落とした。
「……。……そうよね。あんたも15歳だものね……」
「いや、あー……」
「……そうよね……」
テリーが俯いた。
「大きくなったわね……。ルビィ……」
「そのっ」
リトルルビィが即座に立ち上がった。
「三箱も一人で食えねえだろ!」
「……そういうこと?」
「ったりまえだろ!」
――そんな顔されたら、食べるしかねえだろ!
「テリー、皿持ってくるから、一緒に食べよう。な?」
「……ん」
「わたし、朝何も食べてないから、ランチに丁度いい」
――……キッドの奴、わかっててテリーを送りやがったな……!
(くそっ)
キッドならば反抗できただろう。
ソフィアならばすぐに追い出せただろう。
メニーならベッドに潜って行かないと断るだけで済んだだろう。
テリーは駄目。
(……くそ)
マーメイド号――セイレーン・オブ・ザ・シーズ号で、自分がなぜパンクロックに目覚めたのか自覚をした。
テリーへの想いを忘れたかったからだ。
まだ胸に残っている絞めつけられるような痛みと苦しみ。
テリーとの記憶を思い出せば思い出すほどその痛みは強くなる。
だけど不思議なことに、テリーと会えば、まるで浄化されたかのように痛みが消えてしまう。
そして、欲が出てくる。
もっとテリーに触れたい。
もっとテリーと喋りたい。
もっとテリーを見ていたい。
もっとテリーの側にいたい。
(今までよりも、気持ちがより強くなってる気がする)
自分の手がテリーに伸びる前に、ぎゅっと握りしめて、皿とスプーンを持ってテリーの元へ戻った。箱を開けると、限定プディングが入っている。それを皿の上にのせ、テリーに差し出す。
「ほら」
「……ありがとう」
正面の席に座って自分も食べる。
(甘……)
思ったよりも甘い。
(……うま……)
自分はやはり、甘いものが好きなようだ。
目の前を見れば、――テリーもとても幸せそうな顔をしている。
(……テリーも甘いの好きだもんな)
今年の誕生日は何をあげようか。
(キッド達にバレないようにプレゼントを渡す方法はないかな。あいつら絶対馬鹿にしてくるし)
「……リトルルビィ」
「ん」
「やっぱりちゃんと祝いたいから、一緒に来てくれない?」
「……」
「あんたの生まれた日なのよ」
リトルルビィが黙ってプディングを食べる。
「みんな、祝いたいって言ってる」
「……だからキッドがテリーを寄越したわけ?」
「……リトルルビィ、あんた、あたしがあいつの言いなりになる女だと思ってるの?」
「……」
ん?
リトルルビィが眉をひそめた。
「あ? だって」
「無断でパーティー会場から出てきたのよ。あんたが来ないかもしれないって聞いたから」
「……」
「大丈夫よ。メニーに伝言を残してるから」
「……なんで」
「え?」
「なんで、そこまでするの?」
選ばなかったのはテリーのくせに。
「なんで、わたしから離れてくれないの」
離れたのはテリーのくせに。
「……人を弄ぶなよ」
リトルルビィがテーブルに肘をつき、テリーをじっと見た。
「わたしがテリーをどう思ってるか、知ってるだろ」
「ええ。その気持ちを利用しようと思ったの」
リトルルビィが思った。この女、最低。
「あたしなら部屋の中に入れると思って」
リトルルビィが思った。つまみ出してやるか。
「リトルルビィ」
――テリーの手が、リトルルビィの義手に触れた。
「あんたが生まれてきてくれなかったら、あたしもあんたに会えなかったし、とっくのとうに中毒者に殺されてたかもしれないわ」
船でも沢山守ってくれた。
「だから、沢山感謝してるの」
いつだったらその感謝を返せるだろうか。
「お願い。今日ちゃんとお祝いさせて。船でのこともお礼を言わせて」
「……」
「あんたへのプレゼントだって用意してるわ。でも、あいつの家に置いてきちゃったから」
「……」
「ルビィ、お願い」
人によっては気味悪がられる義手を、大切に握られる。
「一緒に来て」
「いいよ」
「……え?」
「いいよ。行っても。ただし」
リトルルビィが風と共にテリーの正面から消えた。
「血をくれるなら」
後ろからテリーに囁く。
「行ってもいいよ」
テリーが黙った。それをわかっていたかのように、リトルルビィが肩をすくませた。
(だろうな)
「テリーが血をくれるまでは、わたし行かない」
「……」
「ね、どうする?」
(出ていけ)
優しい言葉なんかいらない。
(出ていけよ)
傷付くだけ。
「……血を飲んだら行くのね?」
「ああ」
「わかった」
(あ?)
テリーがドレスのボタンを外した。
(は?)
「どうぞ」
テリーが首をリトルルビィに差し出した。
「あまり痛くしないでね」
「……」
リトルルビィが固まった。テリーは差し出したまま、動かない。
「……?」
噛んでこないリトルルビィに、テリーが振り向いた。
「……ルビィ?」
「……」
「……おいで」
テリーの手が伸びてくる。
「いいわよ」
優しく首に抱き寄せられる。
「ルビィ」
頭を優しく撫でてくる。
「ゆっくりね」
――リトルルビィがテリーを持ち上げた。
「わぎゃっ!」
抱き上げたまま寝室まで移動し、ベッドに押し倒す。
「んっ」
リトルルビィの吐息が、首に当たった。
(あっ)
次の瞬間、歯が食い込む。
(ん!)
痛覚が脳に響き、テリーの手が痙攣し、体が強張った。
「……っ」
必死にリトルルビィを抱きしめる。
彼女は、絶対に自分を傷付けはしないから。
(リトルルビィ)
嫌いなら、訪問した時点で部屋に入れないだろう。
(悪いわね。あんたの気持ちを利用して)
燃えるような鋭い眼差しの奥には、やはり根っこの甘えん坊なリトルルビィが見えた気がして。
(無理矢理でも連れて行かないと、あんたがまた寂しがるんじゃないかと思ったから)
行きたくない。
出てけよ。
顔見たくない。
(あたしもそうだった)
行きたい。
行かないで。
また会いに来て。
(思春期はね、矛盾した気持ちがまぜこぜになるのよ)
ママと一緒に歩くのが好き。
でも人前ではママと離れて歩きたくなる。
新しい服を選ぶ。
可愛いと思ったけど、友達のあの子が着てそうだからやめておこう。
(この思春期っ子が)
リトルルビィの喉が動く。
(あー、いつも通り、飲まれてる)
どんどん視界がぼんやりとしてくる。
(……困った子)
優しく頭を撫でる。よしよし。
リトルルビィが一瞬、ぴたっと止まった。
だが、次の瞬間には、テリーを強く抱きしめた。
(……変わらないわね)
もっと、とおねだりしているかのように、抱きしめられる。
(ルビィ)
優しく頭を撫でる。
優しく背中を撫でる。
優しく、優しく、その体を撫でていく。
(あっ)
一瞬、視界が白くなった。
(ん)
「っ」
リトルルビィが舌で傷口を抑えた。
(……あ)
吸血鬼の唾液で傷口が塞がる。
(……はあ……)
力が出なくなり、リトルルビィに体重を預ければ、リトルルビィもテリーを支え、大切のその体を抱きしめ、耳に囁いた。
「……ご馳走様」
「……ん」
「……少し休んでから行こう」
「……ん」
「……」
「……」
テリーがぼうっとしたくて黙り、テリーの体温を感じたくてリトルルビィが黙り、――先に口を開いた。
「……ごめん。飲みすぎた」
「……平気」
テリーがリトルルビィの背中を、とんとん、と触れた。
「大丈夫だから」
リズミカルに、とんとん、と触れる。
「少し休んだら行きましょう。……あんたにプレゼント渡さなくちゃ」
「……何くれるの?」
「教えていいの?」
「ん」
「楽しみが減るわよ」
「いい」
「……好みかはわからないけど」
テリーが小さな声で答えた。
「ピアスを用意してるの」
かっこいいやつよ。
「選ぶのに苦労したんだから」
「……そいつは、見るのが楽しみだな」
リトルルビィがテリーにすり寄った。
「ん」
「悪い」
耳に囁かれる。
「もう少し、このまま」
「……はいはい」
背中を撫で続ける。
「抱っこしてあげようか?」
「それはいい」
「……ふふっ」
テリーの笑い声がリトルルビィの耳をくすぐる。
(……駄目だ)
「テリー」
「ん?」
テリーが顔を上げた。
「ごめん。やっぱり」
リトルルビィが近づいた。
「好き」
小さき少女はどんどん大人になっていく。
幼き少女はどんどん欲が強くなっていく。
だからリトルルビィは本能に従うことにする。
これは、拒まなかったテリーが悪い。
キッドの家では飾り付けが完璧に完了し、ビリーがケーキを冷やし、集められたメンバーが待っていた。つまみ食いをしようとしたドロシーがメニーに止められる。
「ドロシー、もう少し待ってようね」
「にゃあ」
「そろそろ来る頃だと思うよ」
キッドが肩をすくませて言うと、メニーがきょとんとした。
「わかるんですか?」
「なんとなくね。ま、テリーが独断で迎えに行ってくれたことには感謝だな。今年はちゃんと祝いの場でケーキが食べれそうだ」
だがしかし、
(先にテリーが食われてないといいけど)
冷静を保とうとする二人がこの場に現れるまで、あと10分。
一途な想いを胸に残して END
第六章でテリーが誰も選んでない前提話です。
時系列、第八章後です(*'ω'*)
――――――――――――――――――――
――愛してる。
――愛してるわ。ルビィ。
――だから、もうやめて。
強くだきしめて、中毒に侵されたわたしを止めてくれたのは、テリー。
それからは、わたしの世界はテリーで包まれた。
テリーに会えば胸がぽかぽかした。
テリーはまるで太陽みたい。
洗濯物が乾くように、わたしの濡れた頬も乾かしてくれるの。
テリー、って呼びたくなって、大きな声で呼んで、抱きしめて、すりすり! ってするの。
そしたら、テリーはいつも薄く笑って、わたしの頭を撫でてくれるの。
テリー、抱っこして!
お願いしたら、テリーは抱っこしてくれるの。ママみたいに温かい。
「テリー、だいすき!」
ずっと側にいたいの。
「ルビィ」
恋してるの。テリー。
「あたしはあんたを妹としか見れないわ」
「淡い期待を抱かせて申し訳ないけど。見れないの」
「ごめんね」
「……でも、妹としては、本当に大好きよ」
「ルビィのお姉ちゃんになりたかったわ。本当にそう思う」
わたしは、選ばれなかった。
テリーは、誰も選ばなかった。
誰も選ばず、一人で未来を進む道を選んだ。
酷い虚無感に襲われた。
こんな感情初めて。
感じたことのない時間。
ただひたすら、何かを失ったような時間。
時計の針が進むに連れて、それは失くなると思った。
わたしはとっても忙しく忙しなく働いた。城でのトラブルを解決した。アルバイトを増やしてみた。勉強を誰よりもやった。
それでも、この穴を埋めることはできなかった。
キッドの声が煩わしくなってくる。
ソフィアの声がうっとおしくなってくる。
だんだん疲れてくる。メニーが心配した。テリーに会いたい。どんな顔して会えばいいの? わからなくて、わたしはまた予定を入れる。起きる。食べる。働く。食べる。働く。勉強する。食べる。寝る。
これの繰り返し。
でもいいの。
心に余裕がなくなれば、何も考えられなくなる。
「リトルルビィ、お前、寝てるか?」
キッド、うるさい。
「リトルルビィ、睡眠不足は肌の敵だよ」
ソフィア、うるさい。
「リトルルビィ、少し休んだらどうだ」
「あなた最近働きすぎよ」
「ふっ! 赤い蕾の君、お兄さんが添い寝してあげようか?」
「ルビィ! 兄さんのことは気にするな! 兄さん! 俺が兄さんと添い寝するよ!」
「気持ち悪い!!!」
もうみんな黙っててよ。
イライラするの。
その日、珍しく疲れて、足元がおぼつかない状態で帰り道を歩いていたら、怖い顔のお兄さんからチケットを渡された。
「余ってどうしようもないから、お嬢ちゃん、良かったら貰ってくれ。そこのクラブで演奏するからさ」
わたしは休憩がてらクラブに入って、トマトジュースを飲んでいた。すると、怖い顔のお兄さん達がとても派手な格好でステージに現れたの。
「俺達の歌をきけぇーーー! ふぅー!」
演奏が始まった瞬間、わたしの脳が麻痺した。まるで爆発でも起きたかのような酷い演奏。後に、このジャンルを人はパンク、ロックと呼ぶんだと知った。
けれど、脳が麻痺して頭がぼうっとするから、わたしはこのジャンルの音楽を聴くことにした。
部屋で流して踊ったら最高に楽しくて、もう、全部どうでも良くなった。
わたしは仕事を休んだ。
わたしは教材を投げた。
部屋で踊る。
スピーカーを大音量にする。
なんて楽しいんだろう。
こんな世界があったなんて。
こんなに悲しいのに大人はわかってくれねえ!
その通り! 誰もわかってくれない!
言いたいことも言えないこんな世の中ぶっ壊そうぜ!
いいね! ぶっ壊そうぜ!!
お兄さん達がやってたから、わたしも耳に穴を開けてみた。ピアスを通してみた。かっこいいから、もっと開けてみた。痛みは大丈夫。感じないよ。ほら見て、耳がお洒落になった。
ギターを買って、部屋に置いてみた。最高!
キッドに呼ばれたから無視してギターを弾いてたら、キッドが家まで来て、家具を入れ替えた部屋を見て、ゴミだらけの地面を見て、呆れたようにわたしを見た。
「ルビィ」
なんだよ。その目。
「片付けろ」
お前なんか大嫌い。わたしの気持ちなんかわかってくれないくせに。
「ルビィ」
ソフィアも嫌い。お前も嫌い。みんな嫌い。誰もわたしの胸の穴になんか気づいてくれない。
「いい加減にしろ」
出てけよ。
「はーあ……」
キッドがため息を吐いて、わたしの部屋を綺麗に片付けて、食事の準備までして、それから帰った。
わたしはギターを投げて、ベッドで丸くなる。
誰もわたしを抱きしめてはくれない。
誰もわたしの頭を撫でてはくれない。
愛されたいだけなのに。
寂しい。
すごく、寂しい。
(*'ω'*)
散々な船旅が終わり、春が訪れ、今年もリトルルビィの生まれた日がやってきた。
テーブルにはキッドからの手紙が投げられていた。
――今年は俺の家でお前の誕生日パーティーをやるから、家まで来い。
(誰が行くかよ。馬鹿)
リトルルビィはベッドから動かない。
(わざわざ誕生日パーティーをしてもらいにいくダセえ奴がどこにいんだよ。わたしはそんなのご遠慮するよ)
リトルルビィが丸くなる。
(すやぁ)
しかし、安らかな時間は長くは続かない。リトルルビィの家のドアが叩かれたのだ。リトルルビィは無視した。しかし、また叩かれる。リトルルビィは無視しようとして……匂いで気付いた。
(……まじかよ)
キッドの奴、やりやがったな。
(これでわたしを釣る気かよ。はっ!)
リトルルビィがベッドから下り、欠伸をしながらドアを開けた。
――仁王立ちして自分を見上げてくるのは、テリーだった。
「こんにちは」
「……ふああ……」
「着替えなさい。一緒にあいつの家まで行きましょう」
「行かない」
「あんたのことお祝いしてくれるって」
「いらない」
「ルビィ」
「説教するなら帰って。……ふああ」
「一緒に行きましょう」
「やだ」
ドアを閉めようとすると、テリーが足を突っ込ませたのが見えて――その足を潰してドアを閉めることもできるが、そんなことしたらテリーが痛がるだろうから――リトルルビィが手を止めて、またドアを開く。
「おい」
「来なさい」
(こうなったら来るまで動かねえんだよな。テリーは頑固だから。……。仕方ねえ。なだめるか)
長年の付き合いでなだめ方もわかってる。
「テリー、……入って。で、お茶飲んだら帰って」
「……お邪魔するわ」
テリーがリトルルビィの家に入り、まるで別の家のような部屋を見た。可愛かったミニサイズのベッドは黒いシックなものになっていて、壁にはロックバンドのポスターが貼られており、棚には可愛いぬいぐるみではなく、CDで埋められていた。ぬいぐるみは捨てられたのか? いいや、ロックに化粧をされて、別の棚の上に君臨している。
テリーは失礼と思いながら、クローゼットを開けてみた。服は全てロックや、メンズものに変わっていた。
「ねえ、ドレスはないの?」
「ドレスなんてもう着ないからな」
「あんた、まだ14歳でしょ」
「今日で15歳だよ」
「ああ、そうだった」
テリーはクローゼットを閉め、キッチンにいるリトルルビィに振り返った。
「舞踏会はどうするの?」
「わたしは裏から見張る役割なもんでね」
「潜入捜査も必要でしょ」
「その時はなんとかするよ。金ならあるんだから」
屋敷を建てるのが夢だった。
将来、テリーが住みやすいように。
だからお金を貯めていた。もう、貯金はこの年で働かなくてもある程度過ごせる金額まであった。
だが、もう屋敷を建てることはない。
「必要になったらキッドも用意するだろうし」
「でしょうね」
テリーの紅茶はストレート。自分は苦いコーヒー。ロックには、酒とコーヒーがつきものなんだぜって、好きなバンドが歌ってた。
リトルルビィがテーブルにカップを置いた。
「ん」
「……ありがとう」
テリーが椅子に座り、紅茶を飲み始める。リトルルビィはコーヒーを飲むふりをして――吸血鬼の目で、テリーの仕草を追う。
猫舌のテリーが飲みやすいように温度を調節して作った紅茶を、テリーが飲む。取手を指でつまんで、喉を動かす。テリーの体が動いていると、そこから目がそらせなくなる。吐息。飲んでる顔。揺れる髪の毛。濡れた唇。
(……)
テリーが自分に目を向けるのと同時に、リトルルビィは目をそらし、コーヒーをすすった。
「リトルルビィ」
「その呼び方やめろ」
「なんでよ」
「ダサい」
「可愛いじゃない」
「可愛くねえよ。クソキモい」
「……最近、ちゃんと城に通ってるんですって?」
「……バドルフに会いに行ってるだけだよ。もう年だからな。死ぬ前の思い出作り」
バドルフはリトルルビィの教育係でもある。会いに行っているということは、棚に綺麗に置かれた教材がそこで使われているということ。テリーがふっと笑った。
「偉いわね」
「何? ご機嫌取り?」
「素直に思っただけよ。あたしも勉強なんて嫌いだもの」
テリーがまた紅茶を飲んだ。
「去年の誕生日、部屋に引きこもってて、結局メニーと二人でケーキ食べただけなんでしょ」
「んー」
「今年もキッドが用意したって。ね、行きましょう」
「必要なくない?」
リトルルビィが眉をひそめた。
「わたしの生まれた日なんて、他人からしたら普通の一日じゃん。あいつ、パーティーがしたいだけなんだよ」
「あんたが生まれた日なのよ。感謝しないと」
「あー、はいはい。生まれたことを喜びます。女神アメリアヌさまー。これでいい?」
「ルビィ」
「もう帰れば? わたし行かない」
「……仕方ないわね」
テリーの目が光った。
「条件があるの」
「あ?」
「リトルルビィ」
テリーがにやりとした。
「これなら、どう?」
「っ!!!!!」
テリーが差し出したもの。それは、――限定品のプディングであった。リトルルビィの肩の力が抜ける。
「……」
「ふん。驚きすぎて、何も言えないようね」
テリーが堂々と胸を張った。
「ついてくるなら、これをあげないこともなくってよ!?」
「いや、いらねえ」
……。
テリーがふっ、と笑って、もう一箱、限定プディングを差し出した。
「二箱!」
「いらねって」
「……なるほど。あんた、交渉上手になったわね。仕方ない」
テリーがもう一箱、限定プディングを差し出した。
「これでどうよ!」
「だからいらねって」
「……」
「……何?」
「……あんた、好きだったじゃない……」
「……ああ、……まあ、最近は、味覚が変わったというか……」
「……」
テリーがちらっと箱を見た。たしかにそれは幼きリトルルビィが好きだったもの。これを食べてた時のリトルルビィは、それはそれは頬を風船のように大きくして、テリーに笑っていたものだ。
――美味しいね! テリー!
「……いらないの……?」
……その目を見なければ良かったと、リトルルビィは深く後悔した。テリーが外に見せないように――でもかなり見えてるのだが――しゅんとして、あからさまに肩を落とした。
「……。……そうよね。あんたも15歳だものね……」
「いや、あー……」
「……そうよね……」
テリーが俯いた。
「大きくなったわね……。ルビィ……」
「そのっ」
リトルルビィが即座に立ち上がった。
「三箱も一人で食えねえだろ!」
「……そういうこと?」
「ったりまえだろ!」
――そんな顔されたら、食べるしかねえだろ!
「テリー、皿持ってくるから、一緒に食べよう。な?」
「……ん」
「わたし、朝何も食べてないから、ランチに丁度いい」
――……キッドの奴、わかっててテリーを送りやがったな……!
(くそっ)
キッドならば反抗できただろう。
ソフィアならばすぐに追い出せただろう。
メニーならベッドに潜って行かないと断るだけで済んだだろう。
テリーは駄目。
(……くそ)
マーメイド号――セイレーン・オブ・ザ・シーズ号で、自分がなぜパンクロックに目覚めたのか自覚をした。
テリーへの想いを忘れたかったからだ。
まだ胸に残っている絞めつけられるような痛みと苦しみ。
テリーとの記憶を思い出せば思い出すほどその痛みは強くなる。
だけど不思議なことに、テリーと会えば、まるで浄化されたかのように痛みが消えてしまう。
そして、欲が出てくる。
もっとテリーに触れたい。
もっとテリーと喋りたい。
もっとテリーを見ていたい。
もっとテリーの側にいたい。
(今までよりも、気持ちがより強くなってる気がする)
自分の手がテリーに伸びる前に、ぎゅっと握りしめて、皿とスプーンを持ってテリーの元へ戻った。箱を開けると、限定プディングが入っている。それを皿の上にのせ、テリーに差し出す。
「ほら」
「……ありがとう」
正面の席に座って自分も食べる。
(甘……)
思ったよりも甘い。
(……うま……)
自分はやはり、甘いものが好きなようだ。
目の前を見れば、――テリーもとても幸せそうな顔をしている。
(……テリーも甘いの好きだもんな)
今年の誕生日は何をあげようか。
(キッド達にバレないようにプレゼントを渡す方法はないかな。あいつら絶対馬鹿にしてくるし)
「……リトルルビィ」
「ん」
「やっぱりちゃんと祝いたいから、一緒に来てくれない?」
「……」
「あんたの生まれた日なのよ」
リトルルビィが黙ってプディングを食べる。
「みんな、祝いたいって言ってる」
「……だからキッドがテリーを寄越したわけ?」
「……リトルルビィ、あんた、あたしがあいつの言いなりになる女だと思ってるの?」
「……」
ん?
リトルルビィが眉をひそめた。
「あ? だって」
「無断でパーティー会場から出てきたのよ。あんたが来ないかもしれないって聞いたから」
「……」
「大丈夫よ。メニーに伝言を残してるから」
「……なんで」
「え?」
「なんで、そこまでするの?」
選ばなかったのはテリーのくせに。
「なんで、わたしから離れてくれないの」
離れたのはテリーのくせに。
「……人を弄ぶなよ」
リトルルビィがテーブルに肘をつき、テリーをじっと見た。
「わたしがテリーをどう思ってるか、知ってるだろ」
「ええ。その気持ちを利用しようと思ったの」
リトルルビィが思った。この女、最低。
「あたしなら部屋の中に入れると思って」
リトルルビィが思った。つまみ出してやるか。
「リトルルビィ」
――テリーの手が、リトルルビィの義手に触れた。
「あんたが生まれてきてくれなかったら、あたしもあんたに会えなかったし、とっくのとうに中毒者に殺されてたかもしれないわ」
船でも沢山守ってくれた。
「だから、沢山感謝してるの」
いつだったらその感謝を返せるだろうか。
「お願い。今日ちゃんとお祝いさせて。船でのこともお礼を言わせて」
「……」
「あんたへのプレゼントだって用意してるわ。でも、あいつの家に置いてきちゃったから」
「……」
「ルビィ、お願い」
人によっては気味悪がられる義手を、大切に握られる。
「一緒に来て」
「いいよ」
「……え?」
「いいよ。行っても。ただし」
リトルルビィが風と共にテリーの正面から消えた。
「血をくれるなら」
後ろからテリーに囁く。
「行ってもいいよ」
テリーが黙った。それをわかっていたかのように、リトルルビィが肩をすくませた。
(だろうな)
「テリーが血をくれるまでは、わたし行かない」
「……」
「ね、どうする?」
(出ていけ)
優しい言葉なんかいらない。
(出ていけよ)
傷付くだけ。
「……血を飲んだら行くのね?」
「ああ」
「わかった」
(あ?)
テリーがドレスのボタンを外した。
(は?)
「どうぞ」
テリーが首をリトルルビィに差し出した。
「あまり痛くしないでね」
「……」
リトルルビィが固まった。テリーは差し出したまま、動かない。
「……?」
噛んでこないリトルルビィに、テリーが振り向いた。
「……ルビィ?」
「……」
「……おいで」
テリーの手が伸びてくる。
「いいわよ」
優しく首に抱き寄せられる。
「ルビィ」
頭を優しく撫でてくる。
「ゆっくりね」
――リトルルビィがテリーを持ち上げた。
「わぎゃっ!」
抱き上げたまま寝室まで移動し、ベッドに押し倒す。
「んっ」
リトルルビィの吐息が、首に当たった。
(あっ)
次の瞬間、歯が食い込む。
(ん!)
痛覚が脳に響き、テリーの手が痙攣し、体が強張った。
「……っ」
必死にリトルルビィを抱きしめる。
彼女は、絶対に自分を傷付けはしないから。
(リトルルビィ)
嫌いなら、訪問した時点で部屋に入れないだろう。
(悪いわね。あんたの気持ちを利用して)
燃えるような鋭い眼差しの奥には、やはり根っこの甘えん坊なリトルルビィが見えた気がして。
(無理矢理でも連れて行かないと、あんたがまた寂しがるんじゃないかと思ったから)
行きたくない。
出てけよ。
顔見たくない。
(あたしもそうだった)
行きたい。
行かないで。
また会いに来て。
(思春期はね、矛盾した気持ちがまぜこぜになるのよ)
ママと一緒に歩くのが好き。
でも人前ではママと離れて歩きたくなる。
新しい服を選ぶ。
可愛いと思ったけど、友達のあの子が着てそうだからやめておこう。
(この思春期っ子が)
リトルルビィの喉が動く。
(あー、いつも通り、飲まれてる)
どんどん視界がぼんやりとしてくる。
(……困った子)
優しく頭を撫でる。よしよし。
リトルルビィが一瞬、ぴたっと止まった。
だが、次の瞬間には、テリーを強く抱きしめた。
(……変わらないわね)
もっと、とおねだりしているかのように、抱きしめられる。
(ルビィ)
優しく頭を撫でる。
優しく背中を撫でる。
優しく、優しく、その体を撫でていく。
(あっ)
一瞬、視界が白くなった。
(ん)
「っ」
リトルルビィが舌で傷口を抑えた。
(……あ)
吸血鬼の唾液で傷口が塞がる。
(……はあ……)
力が出なくなり、リトルルビィに体重を預ければ、リトルルビィもテリーを支え、大切のその体を抱きしめ、耳に囁いた。
「……ご馳走様」
「……ん」
「……少し休んでから行こう」
「……ん」
「……」
「……」
テリーがぼうっとしたくて黙り、テリーの体温を感じたくてリトルルビィが黙り、――先に口を開いた。
「……ごめん。飲みすぎた」
「……平気」
テリーがリトルルビィの背中を、とんとん、と触れた。
「大丈夫だから」
リズミカルに、とんとん、と触れる。
「少し休んだら行きましょう。……あんたにプレゼント渡さなくちゃ」
「……何くれるの?」
「教えていいの?」
「ん」
「楽しみが減るわよ」
「いい」
「……好みかはわからないけど」
テリーが小さな声で答えた。
「ピアスを用意してるの」
かっこいいやつよ。
「選ぶのに苦労したんだから」
「……そいつは、見るのが楽しみだな」
リトルルビィがテリーにすり寄った。
「ん」
「悪い」
耳に囁かれる。
「もう少し、このまま」
「……はいはい」
背中を撫で続ける。
「抱っこしてあげようか?」
「それはいい」
「……ふふっ」
テリーの笑い声がリトルルビィの耳をくすぐる。
(……駄目だ)
「テリー」
「ん?」
テリーが顔を上げた。
「ごめん。やっぱり」
リトルルビィが近づいた。
「好き」
小さき少女はどんどん大人になっていく。
幼き少女はどんどん欲が強くなっていく。
だからリトルルビィは本能に従うことにする。
これは、拒まなかったテリーが悪い。
キッドの家では飾り付けが完璧に完了し、ビリーがケーキを冷やし、集められたメンバーが待っていた。つまみ食いをしようとしたドロシーがメニーに止められる。
「ドロシー、もう少し待ってようね」
「にゃあ」
「そろそろ来る頃だと思うよ」
キッドが肩をすくませて言うと、メニーがきょとんとした。
「わかるんですか?」
「なんとなくね。ま、テリーが独断で迎えに行ってくれたことには感謝だな。今年はちゃんと祝いの場でケーキが食べれそうだ」
だがしかし、
(先にテリーが食われてないといいけど)
冷静を保とうとする二人がこの場に現れるまで、あと10分。
一途な想いを胸に残して END
応援ありがとうございます!
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