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リトルルビィ

一途な想いを胸に残して

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 ルビィ(15)→→→→→×テリー(16)
 第六章でテリーが誰も選んでない前提話です。
 時系列、第八章後です(*'ω'*)
 ――――――――――――――――――――













 ――愛してる。

 ――愛してるわ。ルビィ。

 ――だから、もうやめて。

 強くだきしめて、中毒に侵されたわたしを止めてくれたのは、テリー。

 それからは、わたしの世界はテリーで包まれた。

 テリーに会えば胸がぽかぽかした。
 テリーはまるで太陽みたい。
 洗濯物が乾くように、わたしの濡れた頬も乾かしてくれるの。
 テリー、って呼びたくなって、大きな声で呼んで、抱きしめて、すりすり! ってするの。

 そしたら、テリーはいつも薄く笑って、わたしの頭を撫でてくれるの。

 テリー、抱っこして!

 お願いしたら、テリーは抱っこしてくれるの。ママみたいに温かい。

「テリー、だいすき!」

 ずっと側にいたいの。

「ルビィ」

 恋してるの。テリー。

「あたしはあんたを妹としか見れないわ」
「淡い期待を抱かせて申し訳ないけど。見れないの」
「ごめんね」
「……でも、妹としては、本当に大好きよ」
「ルビィのお姉ちゃんになりたかったわ。本当にそう思う」

 わたしは、選ばれなかった。
 テリーは、誰も選ばなかった。

 誰も選ばず、一人で未来を進む道を選んだ。

 酷い虚無感に襲われた。
 こんな感情初めて。
 感じたことのない時間。
 ただひたすら、何かを失ったような時間。
 時計の針が進むに連れて、それは失くなると思った。
 わたしはとっても忙しく忙しなく働いた。城でのトラブルを解決した。アルバイトを増やしてみた。勉強を誰よりもやった。

 それでも、この穴を埋めることはできなかった。

 キッドの声が煩わしくなってくる。
 ソフィアの声がうっとおしくなってくる。
 だんだん疲れてくる。メニーが心配した。テリーに会いたい。どんな顔して会えばいいの? わからなくて、わたしはまた予定を入れる。起きる。食べる。働く。食べる。働く。勉強する。食べる。寝る。
 これの繰り返し。
 でもいいの。
 心に余裕がなくなれば、何も考えられなくなる。

「リトルルビィ、お前、寝てるか?」

 キッド、うるさい。

「リトルルビィ、睡眠不足は肌の敵だよ」

 ソフィア、うるさい。

「リトルルビィ、少し休んだらどうだ」
「あなた最近働きすぎよ」
「ふっ! 赤い蕾の君、お兄さんが添い寝してあげようか?」
「ルビィ! 兄さんのことは気にするな! 兄さん! 俺が兄さんと添い寝するよ!」
「気持ち悪い!!!」

 もうみんな黙っててよ。
 イライラするの。

 その日、珍しく疲れて、足元がおぼつかない状態で帰り道を歩いていたら、怖い顔のお兄さんからチケットを渡された。

「余ってどうしようもないから、お嬢ちゃん、良かったら貰ってくれ。そこのクラブで演奏するからさ」

 わたしは休憩がてらクラブに入って、トマトジュースを飲んでいた。すると、怖い顔のお兄さん達がとても派手な格好でステージに現れたの。

「俺達の歌をきけぇーーー! ふぅー!」

 演奏が始まった瞬間、わたしの脳が麻痺した。まるで爆発でも起きたかのような酷い演奏。後に、このジャンルを人はパンク、ロックと呼ぶんだと知った。

 けれど、脳が麻痺して頭がぼうっとするから、わたしはこのジャンルの音楽を聴くことにした。
 部屋で流して踊ったら最高に楽しくて、もう、全部どうでも良くなった。

 わたしは仕事を休んだ。
 わたしは教材を投げた。
 部屋で踊る。
 スピーカーを大音量にする。
 なんて楽しいんだろう。
 こんな世界があったなんて。
 こんなに悲しいのに大人はわかってくれねえ!
 その通り! 誰もわかってくれない!
 言いたいことも言えないこんな世の中ぶっ壊そうぜ!
 いいね! ぶっ壊そうぜ!!
 お兄さん達がやってたから、わたしも耳に穴を開けてみた。ピアスを通してみた。かっこいいから、もっと開けてみた。痛みは大丈夫。感じないよ。ほら見て、耳がお洒落になった。
 ギターを買って、部屋に置いてみた。最高!

 キッドに呼ばれたから無視してギターを弾いてたら、キッドが家まで来て、家具を入れ替えた部屋を見て、ゴミだらけの地面を見て、呆れたようにわたしを見た。

「ルビィ」

 なんだよ。その目。

「片付けろ」

 お前なんか大嫌い。わたしの気持ちなんかわかってくれないくせに。

「ルビィ」

 ソフィアも嫌い。お前も嫌い。みんな嫌い。誰もわたしの胸の穴になんか気づいてくれない。

「いい加減にしろ」

 出てけよ。

「はーあ……」

 キッドがため息を吐いて、わたしの部屋を綺麗に片付けて、食事の準備までして、それから帰った。
 わたしはギターを投げて、ベッドで丸くなる。

 誰もわたしを抱きしめてはくれない。
 誰もわたしの頭を撫でてはくれない。
 愛されたいだけなのに。
 寂しい。


 すごく、寂しい。


(*'ω'*)


 散々な船旅が終わり、春が訪れ、今年もリトルルビィの生まれた日がやってきた。
 テーブルにはキッドからの手紙が投げられていた。

 ――今年は俺の家でお前の誕生日パーティーをやるから、家まで来い。

(誰が行くかよ。馬鹿)

 リトルルビィはベッドから動かない。

(わざわざ誕生日パーティーをしてもらいにいくダセえ奴がどこにいんだよ。わたしはそんなのご遠慮するよ)

 リトルルビィが丸くなる。

(すやぁ)

 しかし、安らかな時間は長くは続かない。リトルルビィの家のドアが叩かれたのだ。リトルルビィは無視した。しかし、また叩かれる。リトルルビィは無視しようとして……匂いで気付いた。

(……まじかよ)

 キッドの奴、やりやがったな。

(これでわたしを釣る気かよ。はっ!)

 リトルルビィがベッドから下り、欠伸をしながらドアを開けた。
 ――仁王立ちして自分を見上げてくるのは、テリーだった。

「こんにちは」
「……ふああ……」
「着替えなさい。一緒にあいつの家まで行きましょう」
「行かない」
「あんたのことお祝いしてくれるって」
「いらない」
「ルビィ」
「説教するなら帰って。……ふああ」
「一緒に行きましょう」
「やだ」

 ドアを閉めようとすると、テリーが足を突っ込ませたのが見えて――その足を潰してドアを閉めることもできるが、そんなことしたらテリーが痛がるだろうから――リトルルビィが手を止めて、またドアを開く。

「おい」
「来なさい」
(こうなったら来るまで動かねえんだよな。テリーは頑固だから。……。仕方ねえ。なだめるか)

 長年の付き合いでなだめ方もわかってる。

「テリー、……入って。で、お茶飲んだら帰って」
「……お邪魔するわ」

 テリーがリトルルビィの家に入り、まるで別の家のような部屋を見た。可愛かったミニサイズのベッドは黒いシックなものになっていて、壁にはロックバンドのポスターが貼られており、棚には可愛いぬいぐるみではなく、CDで埋められていた。ぬいぐるみは捨てられたのか? いいや、ロックに化粧をされて、別の棚の上に君臨している。

 テリーは失礼と思いながら、クローゼットを開けてみた。服は全てロックや、メンズものに変わっていた。

「ねえ、ドレスはないの?」
「ドレスなんてもう着ないからな」
「あんた、まだ14歳でしょ」
「今日で15歳だよ」
「ああ、そうだった」

 テリーはクローゼットを閉め、キッチンにいるリトルルビィに振り返った。

「舞踏会はどうするの?」
「わたしは裏から見張る役割なもんでね」
「潜入捜査も必要でしょ」
「その時はなんとかするよ。金ならあるんだから」

 屋敷を建てるのが夢だった。
 将来、テリーが住みやすいように。
 だからお金を貯めていた。もう、貯金はこの年で働かなくてもある程度過ごせる金額まであった。
 だが、もう屋敷を建てることはない。

「必要になったらキッドも用意するだろうし」
「でしょうね」

 テリーの紅茶はストレート。自分は苦いコーヒー。ロックには、酒とコーヒーがつきものなんだぜって、好きなバンドが歌ってた。
 リトルルビィがテーブルにカップを置いた。

「ん」
「……ありがとう」

 テリーが椅子に座り、紅茶を飲み始める。リトルルビィはコーヒーを飲むふりをして――吸血鬼の目で、テリーの仕草を追う。

 猫舌のテリーが飲みやすいように温度を調節して作った紅茶を、テリーが飲む。取手を指でつまんで、喉を動かす。テリーの体が動いていると、そこから目がそらせなくなる。吐息。飲んでる顔。揺れる髪の毛。濡れた唇。

(……)

 テリーが自分に目を向けるのと同時に、リトルルビィは目をそらし、コーヒーをすすった。

「リトルルビィ」
「その呼び方やめろ」
「なんでよ」
「ダサい」
「可愛いじゃない」
「可愛くねえよ。クソキモい」
「……最近、ちゃんと城に通ってるんですって?」
「……バドルフに会いに行ってるだけだよ。もう年だからな。死ぬ前の思い出作り」

 バドルフはリトルルビィの教育係でもある。会いに行っているということは、棚に綺麗に置かれた教材がそこで使われているということ。テリーがふっと笑った。

「偉いわね」
「何? ご機嫌取り?」
「素直に思っただけよ。あたしも勉強なんて嫌いだもの」

 テリーがまた紅茶を飲んだ。

「去年の誕生日、部屋に引きこもってて、結局メニーと二人でケーキ食べただけなんでしょ」
「んー」
「今年もキッドが用意したって。ね、行きましょう」
「必要なくない?」

 リトルルビィが眉をひそめた。

「わたしの生まれた日なんて、他人からしたら普通の一日じゃん。あいつ、パーティーがしたいだけなんだよ」
「あんたが生まれた日なのよ。感謝しないと」
「あー、はいはい。生まれたことを喜びます。女神アメリアヌさまー。これでいい?」
「ルビィ」
「もう帰れば? わたし行かない」
「……仕方ないわね」

 テリーの目が光った。

「条件があるの」
「あ?」
「リトルルビィ」

 テリーがにやりとした。

「これなら、どう?」
「っ!!!!!」

 テリーが差し出したもの。それは、――限定品のプディングであった。リトルルビィの肩の力が抜ける。

「……」
「ふん。驚きすぎて、何も言えないようね」

 テリーが堂々と胸を張った。

「ついてくるなら、これをあげないこともなくってよ!?」
「いや、いらねえ」

 ……。
 テリーがふっ、と笑って、もう一箱、限定プディングを差し出した。

「二箱!」
「いらねって」
「……なるほど。あんた、交渉上手になったわね。仕方ない」

 テリーがもう一箱、限定プディングを差し出した。

「これでどうよ!」
「だからいらねって」
「……」
「……何?」
「……あんた、好きだったじゃない……」
「……ああ、……まあ、最近は、味覚が変わったというか……」
「……」

 テリーがちらっと箱を見た。たしかにそれは幼きリトルルビィが好きだったもの。これを食べてた時のリトルルビィは、それはそれは頬を風船のように大きくして、テリーに笑っていたものだ。

 ――美味しいね! テリー!

「……いらないの……?」

 ……その目を見なければ良かったと、リトルルビィは深く後悔した。テリーが外に見せないように――でもかなり見えてるのだが――しゅんとして、あからさまに肩を落とした。

「……。……そうよね。あんたも15歳だものね……」
「いや、あー……」
「……そうよね……」

 テリーが俯いた。

「大きくなったわね……。ルビィ……」
「そのっ」

 リトルルビィが即座に立ち上がった。

「三箱も一人で食えねえだろ!」
「……そういうこと?」
「ったりまえだろ!」

 ――そんな顔されたら、食べるしかねえだろ!

「テリー、皿持ってくるから、一緒に食べよう。な?」
「……ん」
「わたし、朝何も食べてないから、ランチに丁度いい」

 ――……キッドの奴、わかっててテリーを送りやがったな……!

(くそっ)

 キッドならば反抗できただろう。
 ソフィアならばすぐに追い出せただろう。
 メニーならベッドに潜って行かないと断るだけで済んだだろう。

 テリーは駄目。

(……くそ)

 マーメイド号――セイレーン・オブ・ザ・シーズ号で、自分がなぜパンクロックに目覚めたのか自覚をした。

 テリーへの想いを忘れたかったからだ。

 まだ胸に残っている絞めつけられるような痛みと苦しみ。
 テリーとの記憶を思い出せば思い出すほどその痛みは強くなる。
 だけど不思議なことに、テリーと会えば、まるで浄化されたかのように痛みが消えてしまう。
 そして、欲が出てくる。

 もっとテリーに触れたい。
 もっとテリーと喋りたい。
 もっとテリーを見ていたい。
 もっとテリーの側にいたい。

(今までよりも、気持ちがより強くなってる気がする)

 自分の手がテリーに伸びる前に、ぎゅっと握りしめて、皿とスプーンを持ってテリーの元へ戻った。箱を開けると、限定プディングが入っている。それを皿の上にのせ、テリーに差し出す。

「ほら」
「……ありがとう」

 正面の席に座って自分も食べる。

(甘……)

 思ったよりも甘い。

(……うま……)

 自分はやはり、甘いものが好きなようだ。
 目の前を見れば、――テリーもとても幸せそうな顔をしている。

(……テリーも甘いの好きだもんな)

 今年の誕生日は何をあげようか。

(キッド達にバレないようにプレゼントを渡す方法はないかな。あいつら絶対馬鹿にしてくるし)

「……リトルルビィ」
「ん」
「やっぱりちゃんと祝いたいから、一緒に来てくれない?」
「……」
「あんたの生まれた日なのよ」

 リトルルビィが黙ってプディングを食べる。

「みんな、祝いたいって言ってる」
「……だからキッドがテリーを寄越したわけ?」
「……リトルルビィ、あんた、あたしがあいつの言いなりになる女だと思ってるの?」
「……」

 ん?

 リトルルビィが眉をひそめた。

「あ? だって」
「無断でパーティー会場から出てきたのよ。あんたが来ないかもしれないって聞いたから」
「……」
「大丈夫よ。メニーに伝言を残してるから」
「……なんで」
「え?」
「なんで、そこまでするの?」

 選ばなかったのはテリーのくせに。

「なんで、わたしから離れてくれないの」

 離れたのはテリーのくせに。

「……人を弄ぶなよ」

 リトルルビィがテーブルに肘をつき、テリーをじっと見た。

「わたしがテリーをどう思ってるか、知ってるだろ」
「ええ。その気持ちを利用しようと思ったの」

 リトルルビィが思った。この女、最低。

「あたしなら部屋の中に入れると思って」

 リトルルビィが思った。つまみ出してやるか。

「リトルルビィ」

 ――テリーの手が、リトルルビィの義手に触れた。

「あんたが生まれてきてくれなかったら、あたしもあんたに会えなかったし、とっくのとうに中毒者に殺されてたかもしれないわ」

 船でも沢山守ってくれた。

「だから、沢山感謝してるの」

 いつだったらその感謝を返せるだろうか。

「お願い。今日ちゃんとお祝いさせて。船でのこともお礼を言わせて」
「……」
「あんたへのプレゼントだって用意してるわ。でも、あいつの家に置いてきちゃったから」
「……」
「ルビィ、お願い」

 人によっては気味悪がられる義手を、大切に握られる。

「一緒に来て」
「いいよ」
「……え?」
「いいよ。行っても。ただし」

 リトルルビィが風と共にテリーの正面から消えた。

「血をくれるなら」

 後ろからテリーに囁く。

「行ってもいいよ」

 テリーが黙った。それをわかっていたかのように、リトルルビィが肩をすくませた。

(だろうな)

「テリーが血をくれるまでは、わたし行かない」
「……」
「ね、どうする?」

(出ていけ)

 優しい言葉なんかいらない。

(出ていけよ)

 傷付くだけ。

「……血を飲んだら行くのね?」
「ああ」
「わかった」

(あ?)

 テリーがドレスのボタンを外した。

(は?)

「どうぞ」

 テリーが首をリトルルビィに差し出した。

「あまり痛くしないでね」
「……」

 リトルルビィが固まった。テリーは差し出したまま、動かない。

「……?」

 噛んでこないリトルルビィに、テリーが振り向いた。

「……ルビィ?」
「……」
「……おいで」

 テリーの手が伸びてくる。

「いいわよ」

 優しく首に抱き寄せられる。

「ルビィ」

 頭を優しく撫でてくる。

「ゆっくりね」

 ――リトルルビィがテリーを持ち上げた。

「わぎゃっ!」

 抱き上げたまま寝室まで移動し、ベッドに押し倒す。

「んっ」

 リトルルビィの吐息が、首に当たった。

(あっ)

 次の瞬間、歯が食い込む。

(ん!)

 痛覚が脳に響き、テリーの手が痙攣し、体が強張った。

「……っ」

 必死にリトルルビィを抱きしめる。
 彼女は、絶対に自分を傷付けはしないから。

(リトルルビィ)

 嫌いなら、訪問した時点で部屋に入れないだろう。

(悪いわね。あんたの気持ちを利用して)

 燃えるような鋭い眼差しの奥には、やはり根っこの甘えん坊なリトルルビィが見えた気がして。

(無理矢理でも連れて行かないと、あんたがまた寂しがるんじゃないかと思ったから)

 行きたくない。
 出てけよ。
 顔見たくない。

(あたしもそうだった)

 行きたい。
 行かないで。
 また会いに来て。

(思春期はね、矛盾した気持ちがまぜこぜになるのよ)

 ママと一緒に歩くのが好き。
 でも人前ではママと離れて歩きたくなる。
 新しい服を選ぶ。
 可愛いと思ったけど、友達のあの子が着てそうだからやめておこう。

(この思春期っ子が)

 リトルルビィの喉が動く。

(あー、いつも通り、飲まれてる)

 どんどん視界がぼんやりとしてくる。

(……困った子)

 優しく頭を撫でる。よしよし。
 リトルルビィが一瞬、ぴたっと止まった。
 だが、次の瞬間には、テリーを強く抱きしめた。

(……変わらないわね)

 もっと、とおねだりしているかのように、抱きしめられる。

(ルビィ)

 優しく頭を撫でる。
 優しく背中を撫でる。
 優しく、優しく、その体を撫でていく。

(あっ)

 一瞬、視界が白くなった。

(ん)

「っ」

 リトルルビィが舌で傷口を抑えた。

(……あ)

 吸血鬼の唾液で傷口が塞がる。

(……はあ……)

 力が出なくなり、リトルルビィに体重を預ければ、リトルルビィもテリーを支え、大切のその体を抱きしめ、耳に囁いた。

「……ご馳走様」
「……ん」
「……少し休んでから行こう」
「……ん」
「……」
「……」

 テリーがぼうっとしたくて黙り、テリーの体温を感じたくてリトルルビィが黙り、――先に口を開いた。

「……ごめん。飲みすぎた」
「……平気」

 テリーがリトルルビィの背中を、とんとん、と触れた。

「大丈夫だから」

 リズミカルに、とんとん、と触れる。

「少し休んだら行きましょう。……あんたにプレゼント渡さなくちゃ」
「……何くれるの?」
「教えていいの?」
「ん」
「楽しみが減るわよ」
「いい」
「……好みかはわからないけど」

 テリーが小さな声で答えた。

「ピアスを用意してるの」

 かっこいいやつよ。

「選ぶのに苦労したんだから」
「……そいつは、見るのが楽しみだな」

 リトルルビィがテリーにすり寄った。

「ん」
「悪い」

 耳に囁かれる。

「もう少し、このまま」
「……はいはい」

 背中を撫で続ける。

「抱っこしてあげようか?」
「それはいい」
「……ふふっ」

 テリーの笑い声がリトルルビィの耳をくすぐる。

(……駄目だ)
「テリー」
「ん?」

 テリーが顔を上げた。

「ごめん。やっぱり」

 リトルルビィが近づいた。

「好き」

 小さき少女はどんどん大人になっていく。
 幼き少女はどんどん欲が強くなっていく。
 だからリトルルビィは本能に従うことにする。

 これは、拒まなかったテリーが悪い。

 キッドの家では飾り付けが完璧に完了し、ビリーがケーキを冷やし、集められたメンバーが待っていた。つまみ食いをしようとしたドロシーがメニーに止められる。

「ドロシー、もう少し待ってようね」
「にゃあ」
「そろそろ来る頃だと思うよ」

 キッドが肩をすくませて言うと、メニーがきょとんとした。

「わかるんですか?」
「なんとなくね。ま、テリーが独断で迎えに行ってくれたことには感謝だな。今年はちゃんと祝いの場でケーキが食べれそうだ」

 だがしかし、

(先にテリーが食われてないといいけど)

 冷静を保とうとする二人がこの場に現れるまで、あと10分。







 一途な想いを胸に残して END
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