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ソフィア

図書館司書と夢の君(1)

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 夢を見た。
 それは、テリーがソフィアから離れる夢。
 それは、テリーがソフィアではない人を選ぶ夢。
 それは、テリーがソフィアとは結ばれない夢。
 それは、テリーが、ソフィアを愛してない夢。

 ――この男の妻になることを誓いますか?
 ――誓います。

 ソフィアの目の前で、テリーが愛を誓う。向かいにいるのは、知らない男。それでもテリーは幸せそう。だめ。だって、テリーは私の恋人。

(待って)

 待って、テリー。

(私は、君のもの)

 でも、その君が、他の誰かのものになるなんて。

(待って、行かないで)

 ――ソフィア、待ってるんだぞ。
 ――お土産をたくさん買ってくるからね!

(行かないで)



「……」

 衝撃的すぎて、ソフィアの目が覚めた。滝のような汗を噴き出し、徐々に胸が締め付けられるような、そんな感覚。

(テリー?)

 慌ててベッドから抜け出す。

(テリー?)

 らしくもなく胸がざわつく。

(テリー?)

 扉を開ければ、――カーテンの閉ざされた部屋で、テリーが安らかに眠っていた。

「……」

 起きるにはまだ早い。

「……」

 ソフィアがずるずると地面に座り込んだ。

(らしくもなく、悪夢に溺れたか)

 あれはただの夢。

(テリーはここにいる)

 ベッドに近づく。

(テリーが、いる)

 尊い額に、優しいキスをする。

「……」

 テリーの寝顔を見つめる。まだ一時間は眠れる。でも、今日はなんだか、寝たい気が起きない。

(……)

 ソフィアがベッドに潜り、テリーを抱きしめ、ふう、と、そこでようやく安堵の息を吐いた。

(テリーがいる)

 恋しい君。

(……テリー)

 朝、目覚まし時計の音と共に、テリーが目覚めて、ぴし、と固まった。それもそのはず。隣では、何よりも美しい女が自分を大切に抱きしめているのだから。今日も素敵な笑顔。きらきらきらきら。

「……おはよう。テリー」
「……はよう……」
「今日、大学だよね。お弁当は?」
「……ニクスと、アリスと、……学食で、ランチを……」
「そう」

 優しく優しく頭を撫でられる。
 優しく優しく抱きしめられる。
 そこでテリーは思った。

(はっ!!)

 ソフィアを睨む。

「あんた! どこの馬の骨の男と浮気したのよ!」
「テリー、寝ぼけてるの? 私は浮気なんかしないよ」

 優しく優しくキスをされる。

「今日も愛してるよ。愛しい君」
「……あたし達、昨日の夜、一緒に寝てないわよね?」
「……そうだっけ?」
「……」
「そんなことより、学校に行く支度しなくていいの?」
「……」

 テリーがむくりと起き上がり、大きなあくびをした。

(ねむ……)

 その間抜けな顔すら愛しくて、ソフィアがくすっと笑った。


(*'ω'*)


 エメラルド大学の図書館では、今日も美しいソフィアが働いていた。みんなソフィアに会うためだけに図書館に訪問するまで、彼女は大人気だ。何も変わらない。これが日常。美しくて、美人で、親切なソフィアに、みんなの心が撃ち抜かれる。しかし、テリーはなんだか違和感を感じていた。

(……なんか変)

 いつもより、なんというか、

(目が据わってる気がする)

「テリー、あまりじろじろ見たら失礼だよ」
「ニクス、ソフィアの様子が変なのよ。あいつ、浮気してるに違いないわ」
「そ、ソフィアさんが、浮気ですって!?」

 アリスが興奮の眼差しで振り返ったので、ニクスがアリスの手を引っ張り、再び三人で固まった。

「アリス、声が大きいよ!」
「ごめんなさい。ニクス。でも、ソフィアさんに限って、浮気だなんて」
「あいつ、今朝からなんだか様子がおかしかったのよ。あれはね、好きな人が出来たって目だったわ」
「寝不足じゃない? 最近曇りが続いてるし。ほら、ソフィアさんって気圧に弱かったでしょ」
「アリスならわかるでしょう? あの目よ。あの目!」

 アリスがソフィアを見た。目があった。ソフィアがにこりと笑えば、アリスが赤面して顔を二人に戻した。

「ソフィアさんと目が合っちゃった……」
「浮気よ! 浮気してるんだわ! あたしというものがありながら! 絶対そうよ!」
「テリー、落ち着いて。天気が晴れたら心も晴れるよ」
「このまま、なーなーな付き合いをするなんて御免だわ! 白黒はっきりさせてやる!」

 ああ、こうなったらテリーは手がつけられない。きっと満足するまでやるんだろうな。あーあ。あたしは知らないよ。テリー。ニクスが呆れたため息を。アリスは唇をなめて、楽しそうに作戦会議のノートを取り出すのであった。

「それで? どうやって白黒つけるの? ニコラ」
「簡単よ!」

 テリーがペンを立てた。

「あたしの魅力を、あの女に見せつけてやるのよ!」

 その晩、テリーがアイスを突き出した。

「ソフィア! アイス食べましょう!?」
「うん。いいよ」
「食べさせてあげる!」

 ずいっと、棒のアイスを向けられる。

「さあ! どうぞ!」

 きょとんとするソフィアを見て、テリーが内心にやりとする。

(女はね、好きな相手に尽くすものよ。あたしの華麗なリードする姿を見て、心を奪われるといいわ!)

「……ありがとう」

 ソフィアが微笑み、そっとアイスに近付いた。

(うっ)

 テリーが固まる。
 ソフィアが横髪を耳をかけ、口を開く。中から赤い舌がアイスを舐めた。
 テリーがゴクリと唾を飲んだ。
 ソフィアの舌がアイスを舐めた。
 テリーの手が震えてきた。

(……っ)

 ソフィアの舌が動いてる。

(ソフィアの、舌)

 いつも、キスされてる時に、入ってくる、舌。

「っ!」

 アイスが溶けた。テリーの手にたらんと垂れてくる。

「はぎゃっ!」
「ん、溶けちゃった?」

(ふへ)

 ソフィアがテリーの手を持ち、――その指を舐めた。

「……」

 テリーが俯く。それをソフィアが見つめる。

「……」

 テリーが肩を震わせる。ソフィアが微笑み、また指を舐めた。

「テリー」
「……」
「今日、一緒に寝よう?」
「……別に、いいけど」
「うん。じゃあ、そうしよう」

 ソフィアがまた、ぺろりと、指を舐めた。

(あかーーーん!!)

 ソフィアと眠るベッドで、充血させた目をくわっと開く。

(これ、あかーーーん!!)

 ソフィアにまんまとやられてしまったようだ。心が。

(好き!!!!!)

 ソフィアが寝ていることを確認して、ぴと! とくっつく。

(好き!!!!!)

「うーん……」

(はっ!)

 ソフィアの腕が動き出し、そっとくっついたテリーを抱きしめた。

「……テリー」

(はっ!! 寝言!?)

 テリーが耳を澄ませた。

(何よ! どんな夢見てるのよ! わくわく!)

「……茄子くらい、食べなよ……」
「……」
「すやぁ……」

 凄まじくソフィアの寝顔を睨んだ。

「……茄子、嫌いなんだもん……」

 ソフィアにくっついたまま、瞼を閉じる。

「茄子なんてね、この世からなくなればいいのよ。あんな臭い野菜」

 ……テリーが眠りについた。さっきまで荒かった鼻息は穏やかになり、深呼吸になり、間抜けな顔で眠ったのを見て、ソフィアが瞼を上げた。

「……」

 テリーを抱きしめる。

「テリー」

 その手は震えている。

「テリー」

 大丈夫。テリーはここにいる。目の前にいるのに。

「テリー」

 ソフィアが囁いた。

「愛してる」

 柔らかな頬に、キスをした。


(*'ω'*)


 双眼鏡を構え、今日も今日とて、アリスとテリーがソフィアを観察する。

「ニコラ、今日のソフィアさんの服を見て。谷間が見えるわ。すごくセクシー」
「あいつ、いつの間にあんな服持ってたのよ。なんか最近買ったとか言ってたけど、何よ。なんでよりにもよって胸を見せてるのよ……!」
「暑いからじゃない?」

 ニクスが二人に振り向いた。

「ねえ、二人とも、恥ずかしいよ。テストも近いし、勉強しようよ」
「ニクスは甘い!!」
「ニクス、ニコラは本気なの!」
「あの女、絶対何か隠してやがるのよ!」
「夜に直接聞いたらいいでしょう?」
「直接……!」

 女は、真っ向勝負ってこと!?

「上等よ!」
「あ。あたし、なんか余計なこと言ったかも」
「ニクス、教科書忘れたから見せて」
「アリス、忘れすぎ」

(あたしが、あいつに直接問いただしてやるわ!)

 テリーが腕を組んで仁王立ちをした。

「さあ! ソフィア! 話してもらおうじゃない! あたしに何を隠してるの!?」
「くすす。ばれちゃったか……」

 玄関で笑うソフィアを見て、テリーがはっと息を呑む。

「な、何よ!」

 ……ソフィアがケーキを取り出した。二人分。

「匂いで気付くなんて、流石だね。テリー」
「……」
「ほら、チョコレートケーキにイチゴが乗ってるやつ。好きでしょう?」
「……うん」
「手洗ってくるから、冷蔵庫に入れておいてくれる?」
「……うん」
「お願いね」

 テリーの横を通り過ぎると、ふわりとした匂いがして、テリーがはっとする。

(はっ! これは!)

 メニーの匂い!

「お待ち!」
「んー?」
「証拠を掴んだわ! もう言い逃れできないわよ!」

 洗面所までテリーが追いかけてくる。ソフィアは手をキレイキレイにした。

「あんた! まさに! 浮気してるでしょう!」

 ソフィアがタオルで手を拭いた。

「メニーの香水の匂いがしたわ! はっはーん? そういうこと? あたしに近付いたのは、メニーに近付くため? はっ! そんなことだろうと思ってたわ!」

 ソフィアが振り向いた。

「さあ! 白状なさい! 浮気したんでしょ!」
「うん。した」
「っ」

 テリーが目を見開き、固まり、黙り――涙をほろほろと落とした。床に水たまりが出来上がる。

「……したの……?」
「してないよ」
「今、したって、言った……」
「そう言わないと、納得しなかったでしょ」
「……メニーの匂い……」
「ケーキを買う時に会ったんだよ。駅まで送っていった」
「……」
「頭冷えた?」
「……」

 テリーが後ろに振り向いた。

「……ケーキ、冷蔵庫に入れてくる……」

 とぼとぼと歩き始めた瞬間――後ろから、ソフィアに抱きしめられた。

(ひゃっ)

 驚いて手の力が緩み、ケーキの箱を落とした。

「あっ、け、ケーキ……!」
「後でいいよ」

 ソフィアに顎を向けられる。

「今は……」

(な、なに?) 

 なんで、そんなに切ない目で見つめてくるの?

「テリー」

(あっ)

 唇が重なる。熱さに胸が高鳴る。瞼を閉じ、眉を下げ、テリーが羞恥と緊張から体を震わせると、ソフィアが微笑んだ。

「テリー」
「ん」
「こっち向いて」

 体ごと振り向かされて、向き合う。正面からソフィアが抱きしめてくる。

「ま、まって、ソフィー、ケーキが……」
「これだけ求めあってるのに、このタイミングを逃すつもり?」
「け、ケーキの、箱、落としちゃってるから!」
「私が後で型を整えるから」

 また唇が重なる。

「ん」

 ケーキの箱を残して、洗面所の扉が閉じられた。

「あっ」

 テリーが壁の端に追い詰められてしまう。ソフィアが優しく屈み、優しく、唇をテリーの首筋に触れさせた。

「あっ……」

 すくむ肩にもキスをして、至るところにキスを落とす。

(こ、こんな、キス、されたら……!)

「……力、抜けちゃった?」

 テリーの太股の間に挟まれた長い膝が、テリーを支える。甘い吐息を囁かれ、テリーが首を振った。

「そ、そんなわけ、ないでしょ……!」
「へえ」

 見下ろせば、震える足。

「その割には、足が震えてるよ?」
「ち、違うもん……。これは、違うん、だから……!」

 生まれたての子鹿のようにがくがく震えているが、ソフィアにしがみついて、何とか立ち上がる。テリーは何としても意地を見せたかった。

(あたしは、立派な女としての魅力を見せるのよ! ここで倒れたら、か弱い女と思われて、本当に浮気される!)

「あ、あたし、きもちよく、なんて……」

 ソフィアに唇を押し付けられた。

「んんっ!」

 舌に舐められる。

「んっ!」

 アイスを舐めてたソフィアを思い出せば、胸が激しく暴走を始める。

「ん、んん! んぅ!」

(だめ! そんなキスされたら、おかしくなる……!)

「んっ、んっ、んんっ、ふみゅ……」

(ソフィーとのキス、……気持ちいい……)

 ――ソフィアと一緒に地面に座り込む。くたりと脱力した体に力は入らない。
 潤んだ瞳を見上げれば、近くにある黄金の瞳が見つめ返してくる。そんなに見られたら、穴が開いてしまう。

 何を言う前に唇が重なり、
 手が重なり、
 指が絡み、
 熱い舌が絡み合い、
 求め合い、
 潰れるほど抱きしめられて、
 胸がぴったりくっついて、
 また鼓動を鳴らして、
 ソフィアの熱を感じて、
 体がかっと熱くなり、
 また指に力を入れてしがみつくように握れば、ソフィアの舌に犯される。
 それがまた気持ちいい。
 胸の鼓動も、熱も、キスも、全てが気持ちいい。

「……ソフィー……」

 ソフィアの熱い息が耳にかかった。

「ひゃ」
「愛してる」

 囁かれる。

「テリーだけ」
「……」
「愛してるよ」

 意識がぼんやりする中、キスをされる。視界にはソフィアしか見えない。

「テリー」

 恋しい人しか見えない。

 ソフィアが服を脱いだ。


(*'ω'*)


「ニクス、アリス、心配かけたわね。あたし達、もう大丈夫だから」

 テリーがにこやかにノートを広げた。

「ソフィアはね、あたしにメロメロなの。だから浮気なんて絶対にしないの」
「メロメロなのはどっちだか」
「ニコラったら、今日は上機嫌ね! 紅茶飲む?」
「ありがとう。飲むわ。アリスの紅茶好きなの」
「こらこら。図書館では飲食禁止」

 ニクスに怒られながらも、テリーは晴れやかな気分であった。

(ソフィーったらほんっとーーーにしょーーがないのよねーーー! あたしに! メロメロすぎて! あーーー! あたしって、罪な女!!)

 くるん! とカウンターに振り向けば、ソフィアが今日も仕事をこなしている。

(せいぜい頑張りなさい! 愛しいあたしが見てるわよ!)

「おー。こんなところに暇つぶし」
「おふっ」

 クレアが顎から乗ってきて、テリーが潰された。

「ちょ、退きなさいよ!」
「今日は演劇サークルもない。テリー、遊べ」
「嫌よ!」
「こんにちは。クレアさん」
「やっほー。クレア」
「こんにちは。ニクス、アリス。ほう? 勉強中か。あたくしが教えてやろうか?」
「結構よ!」
「テストも近いだろう? お前単位取れてるのか?」
「うるさい! どうせギリギリよ!」

 クレアはふと感じた。おっと、何やら殺気を感じるな。ちらりとその方向を見れば、黄金の瞳が、今にもクレアを殺しそうな目で睨んでいた。

「……」

 クレアがにっこりーん! と笑って、テリーに抱きついた。

「テリー、今夜は暇か? 終電の時間まで遊ばないか? 明日は休みだし」
「あんた、仕事はいいの?」
「あたくしにも遊ぶ時間が必要なんだ。ほれ、遊べ! 付き合え!」
「……」

 ソフィアのスマートフォンが鳴った。ソフィアが中を見る。

 ――今夜遅くなりそう。

 ソフィアが返信した。



 だめ。



(……ん?)

 テリーが返信する前に、メッセージが来た。


 今夜はだめ。

 スタンプ(ㅅ>ω•*)


「……」


 わかった。

 スタンプʕ·ᴥ·ʔ


 テリーがクレアを見上げた。

「今夜、部屋でゆっくり映画見るの。やめておくわ」
「それなら映画館に行こう」
「クレア。今夜はやめておく」
「……そう。残念」

 くひひ。

「図書館に来て良かった」
「あ?」
「楽しいことがあったから」

 クレアがにやけた。

「お前、今夜気をつけたほうがいいぞ」
「何よ。遊ばなかったからって誘拐する気!?」
「アリス、今夜どうだ?」
「行けるわ」
「なら一緒に行こう」
「ええ! いいわよ!」
「ニクスはどうだ?」
「テスト勉強があるので」
「ニクスは将来有望だな」
「クレア、何かあったら勉強教えてくれる?」
「もちろんだ。アリスにならいいぞ」

 テリーが振り向く。ソフィアは笑顔で仕事をこなしている。

「……」

(ま、そんな日もあるわよね)

 何かしら。今夜遅くなるから、ご飯作っててほしいとか?

(……仕方ないわね。ソフィーったら)

 今夜はカレーにしよう。そう思って、テリーが机に向き直した。――そして、その背中を、ソフィアがちらりと見たのであった。気づかないテリーはスマートフォンでレシピを検索し始める。

(ソフィアの胃袋を捕まえるために、いいものを作らないと!)

 その夜、テリーが材料をキッチン台に乗せた。そして……はっと気がついた。

「あ! ナン忘れた!!」

(ソフィアはナンが好きなのに!)

「……はあ。だる……」

 テリーがエプロンを外し、財布と買い物袋を持って外に出ていった。その数分後、入れ替わるようにソフィアが帰ってきた。

「ただいま」

 部屋の中は静かであった。

「……」

 ソフィアは思った。テリーは今日、アルバイトもなかったはずだ。出かけるのも止めた。
 じゃあ、この時間は部屋にいるはずだ。

(テリー?)

 部屋は暗い。

(テリー?)

 ソフィアが部屋の電気をつける。

(テリー?)

 部屋を探し回る。

(テリー?)

 キッチンには食材が置かれているが、目に入らない。

(テリー……?)

 ソフィアがテリーの部屋に入った。

(テリー)

 いない。

(テリー)

 棚を探す。いない。
 ベッドの下を探す。いない。
 クローゼットを開ける。いない。
 いない。いない。いない。どこにもいない。

(テリー)

 部屋中を探し回る。

(テリー)

 がちゃりと、扉が開いた音がした。

「っ」
「うわっ! 何これ!」

 荒らされた玄関と廊下を見て、テリーが悲鳴をあげた。

「ど、泥棒!?」

 ソフィアが物置から出てきた。ナンを袋に入れたテリーがソフィアを見て顔をしかめた。

「ちょっと、掃除するなら掃除するって言っておいてよ! あたしの部屋に入ってないでしょうね?」
「……」
「あーあ、もう。引き出ししまってよ。邪魔じゃない」

 テリーが歩いてくる。

「ナンを買い忘れたのよ。見て。大きいのがセールになってたわ。夜のスーパーっていいわね……」

 ――ソフィアに抱き寄せられた。

「うぷっ」
「出かけないでって言ったよね?」

 テリーがきょとんと瞬きした。

「なんでこんな真似するの?」
「……だから、今日カレーなのよ。ナンを買い忘れたから……」
「そんなの、私が買ってくるから」
「仕事から帰ってきて疲れてるでしょ。いいから座ってて」
「私が作るよ。テリーが座ってて」
「いや、あたしが」
「反抗しないで」
「は? 反抗ですって? あんた、さっきから何言ってるの?」
「君こそどうかしてる。ねえ、毎回恋人の目の前で浮気して楽しい?」
「はあ? 浮気って何のことよ?」
「そうだな。今日は殿下に触られてたかな」
「あんたの上司でしょ」
「すごく仲が良さそうだった」
「ちょっと、何なの? ソフィア、一回離れて」
「やだ」
「ソフィア!」
「やだ!」
「やだって何よ! 子供じゃないんだから!」
「子供大人で言うなら、君なんて全然子供だ。だったら私の言うことを聞くべきだ」
「あんた何様なのよ!」
「テリー!」
「放しなさいよ!」
「っ」

 ソフィアが強くテリーを抱きしめた。

「むぎゅっ」

 黙ったままテリーを抱きしめ潰す。

「……」

 テリーの手が伸び、ソフィアの背中に優しく触れ、ゆっくりと叩く。

「ソフィア、……カレー作らないと」
「……」
「……ね、一回座りましょう。それがいいわ」

 ソフィアがテリーを腕に抱えた。

「おっふ」

 そのままリビングまで行き、壊れ物のように優しくソファーに置けば、自分も座り、テリーの肩に顔を埋めてきた。

「……ソフィー」
「このまま」

 綺麗な金髪が垂れる。

「お願い。まだ、このまま……」
「……どうしたのよ」
「……」
「もう」

 テリーがソフィアを優しく抱きしめた。

「ソフィー?」
「……」
「ねえ、カレー作らないと。あんたの好きなナンを買ってきたから」
「そんなの好きじゃない」
「はあ? カレーにはナンでしょう?」
「テリーが好き」

 テリーがソフィアに抱き寄せられた。

「テリーしかいらない」
「あのね、そういう話じゃ……」
「テリーじゃなきゃ、やだ」
「……ソフィー?」

 肩が濡れていることに気付き、テリーがはっとした。

「ソ、ソフィー? どうしたの? ねえ」

 ソフィアは黙って抱きしめるだけ。だから余計に心配になる。

「どうしたのよ! どこか痛いの? 生理?」
「……」
「ティッシュ!」
「……」
「ソフィー、ねえ、ソフィーったら」

 よしよしよしよし。

「お腹痛いの?」

 よしよしよしよし。

「ねえ、どうしたの? ソフィー」
「テリー」

 耳元で囁かれる。

「したい」

 テリーがきょとんとした。

「嫌なら突き飛ばして。優しくできそうにない」
「……突き飛ばしたら、あんた、どうするのよ」
「……部屋にこもるよ」
「……ばか。放っておけるわけないでしょ。そんな状態で」

 テリーが再びソフィアを抱きしめた。

「……今するの?」
「うん」
「……疲れてないの?」
「それよりもテリーに触りたい」
「……痛くしない?」
「どうかな? わからない」
「痛いのは嫌よ。苦しいのも嫌」
「恥ずかしいのは?」
「……それは」

 テリーが目を逸らした。

「……ソフィーがそうしたいなら、……我慢する」

 ソフィアがテリーを腕に抱えた。

「おっふ」

 今度は自室。

「そ、ソフィー……」

 闇に包まれた黄金の瞳がテリーを見下ろした。

「……痛くないなら、その、……好きにしていいわ。……付き合うから」
「……今の言葉、後悔しないでね」

 ソフィアの目は笑ってないが、口角は上がってる。それがまた不気味だが、何か違和感を感じた。何か、怯えているような、怖がっているような。

(……痛くないといいけど……)

 ソフィアの部屋の扉がゆっくりと閉まった。

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