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悪役令嬢のとある日常

予防対策を大切に

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 今年も赤い魔法使いがプレゼントを配りに来る日がやってくる。
 良い子には最高のものを。
 悪い子にはあげません。来年は良い子でいるんだよ。

 今や雪に染まった城下町は、赤い魔法使いが来るのを今か今かと待ち構えている。

 しかし、その前に、とても大切なことが残っているの。

「予防接種は打ったかい?」
「んーん」

 ビリーの問いにリトルルビィが首を振った。

「私とソフィアは打てないんだよ。呪いの影響で何か発作があったらまずいからって」
「ほう。そうだったか」
「そういや、予防接種の列が並んでたな。わたしには関係ないことだけどさ」

 赤い瞳が他所を見た。

「メニーも打ってるのかな?」

 その頃、メニーは虫取り網を持ち、辺りを見回し、叫んだ。

「おねえーさまー! おねえーちゃーん!」
「アメリアヌお嬢様! テリーお嬢様! いい加減出てきてくださいませ!」
「たかだか予防接種じゃないですか!」
「毎年毎年捜す私達の身にもなってください!」
「お嬢様方ーーー!!」

 アメリアヌとテリーはガタガタ震えながら屋根裏部屋の荷物の中に隠れ、お互いの目を見返した。

「テリー、そろそろ違う隠れ場所に移れば?」
「アメリこそ移ればいいじゃない」
「わたしは長女よ。あんたが他の部屋行きなさいよ」
「あたしは次女よ。お姉ちゃんは妹に譲るものでしょ」
「絶対嫌」
「こっちの台詞よ」
「大体なんで毎年毎年注射なんて打たなきゃいけないわけ?」
「奴ら、気が触れてやがる」
「針を刺すなんて殺人行為よ」

 あ! 足音が聞こえた!

 アメリアヌとテリーが自分の持ち場に隠れた。屋根裏部屋の戸が開かれる。蝋燭を持ったサリアが立っていた。

((げっ!!))

 一斉に緊迫感に包まれる。サリアは微笑み、戸を閉めた。

「アメリアヌお嬢様」

 無音。

「テリーお嬢様」

 無音。

「出てこないと、お二人が書いたポエムを音読します」

 ……は? ポエムなんか書いたことないけど。テリーはにやりとした。

「それではテリーお嬢様から」

 しめしめ。サリアったら何を勘違いしているのかしら。あたしがいつポエムなんて……。

「親愛なるアリスに捧げる」
「あああああああああああああ!!!」

 テリーがアリスに向けて強い想いを書いた紙切れを、なぜかサリアが持っており、テリーがすかさず飛び出して紙切れを奪還した。

「はい。一人目」
「あああああ! アリスに伝えられない想いを綴ってしまったあたしのばかぁああああ!!」
「アメリアヌお嬢様」

 アメリアヌはにやりとした。馬鹿なテリー。わたしは別に恥ずかしいことなんて書いてないもの。どうぞ。わたしの美しいポエムを読んで頂戴!

「親愛なるテリーとメニーに捧げる」
「テンション上がって書いたのよぉおおおおお!!」
「え、何それ。あたしとメニー?」
「違ぇべさ! 誰が妹二人になんか書くってんべさ! わたしの美しいポエムはいつもダーリンのことだけ……」
「本当はもっと仲良く……」
「サリアァアアア!? わたし、出てきてるんだけどーーーー!?」
「はい。確保」

 首根っこを掴まれて、二人が部屋まで引きずられるのを見て、モニカが目を輝かせた。

「ああ、流石サリアさん! 毎年お二人を見つけるなんて、やりますねぇ!」
「さあ、お二人とも、お医者様がお待ちです」
「わたし嫌よ!!」
「サリア! お願い! 今回だけ見逃して! ね! この通り! ね! いいわ! あたしのお小遣いあげるから! チップにしてあげるから!!」

 まずメイド達がアメリアヌを部屋の中に引きずっていく。しばらくして、アメリアヌの悲鳴が聞こえた。テリーがガタガタ体を震わせて、サリアにしがみついた。

「お願い! サリア! あたし、まだ死にたくない!!」
「死にたくないからみんな予防接種をするんですよ」
「いや! あたし、死にたくな……」
「はー、終わったー」

 注射が終わったアメリアヌが明るい未来を胸に抱き希望の表情で出てきた。

「あーあ、怖がっちゃって馬鹿みたい。テリーもさっさと終わらせなさーい」
「ほら、テリーお嬢様、すぐに終わりますから」
「いや! 注射だけは嫌なの! あたし、嫌なの!」
「さ! お嬢ちゃん! 行きますよ!」
「あーーーーー! 嫌ぁあああああ!!」

 ムキムキメイドのエレンナとサリアに引きずられ、テリーが泣き喚く。

「誰か助けて!! あたしを助けてーーー!!」
「先生、お願いします」
「はーい。お嬢様、ちょっとチクッとしますからねー」
「ああああ! 針が近付いてくるわ! あたしに近付いてくるわ! ああああ! もう寸前、あっ、刺された!! あたし、刺されてる!! サリア、見て! あたしのぷにぷにの二の腕に! 人に痛みと絶望を与える残酷な鋭利な尖りが刺さってるわ! まるで悪魔のアイアンメイデン! その名も針! 注射針! 針があたしをっ、あーーーー! もう駄目! あたし死んじゃう! 針が! あたしの可愛い腕に! ホワッタ! ファック! 痛いわ! 目を隠したって痛いわ! 右を見ればサリア! 左を見れば先生! あたしの左腕には注射針! ああ! 透明な薬品があたしに押し込まれているわ! 痛い! 苦しい! 酷い! どうしてこんな事するの!? あたしが何をしたって言うの!? 良い子にしてたじゃない! 酷い! 痛い! どうしよう! 絶望だわ! もうあたし、死んじゃうんだわ!!」
「はい、終わりましたよー」
「あーーーー! 皮膚がむにむにされてるーーー! あたし死んじゃうーーー!!!」
「はーい、終了でーす」

 扉が開くと、テリーが明るい未来を胸に抱き希望の表情で出てきた。

「はっ! 大した事なかったわね!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ふん。貴族令嬢はね、注射器如きでガタガタ言わないのよ」
「すごく叫んでたけど……」
「にゃー」
「はーあ! やる事やったし、紹介所に行くがてら、リトルルビィにお菓子でもあげに行こうかしらね!」
「あ、わたしも行きたい! ドロシーも行く?」
「にゃー!」
「先に連絡しておきましょうか」

 テリーがGPSの電源をつけると――きょとんとした。リトルルビィとソフィアから連絡が来ていたのだ。


 送信者:リトルルビィ
 テリー、キッド会いに行ってない?

 送信者:ソフィア
 恋しい君、あのクソ殿下見かけなかった?


「……ん、何これ」
「お姉ちゃん、ビリーさんに会いに行ってみる?」
「そうね。じいじなら何か知ってるかも」

 そしてやってきたキッドの家。
 ビリーが呆れたため息を吐いた。

「実は今日、予防接種の日での」
「僕が殿下専用お手性の予防接種薬とかなんとかを作り! こうしてやってきたとかなんとかなんだけどね!」

 テーブルに残された置き手紙。俺は健康です。

「予防接種しないなんて、絶対駄目よ!」

 真面目な表情でテリーがテーブルを叩いた。

「じいじ! 物知り博士! あたしがキッドを見つけ出して、必ずここに連れてくるわ! そしてあたしの味わった痛みをあいつにも……げふんげふん! あたし、キッドの健康のために一肌脱ぐわ!」
「ふむ。あやつのことだ。おそらく……」

 ビリーが心当たりを伝えた。


(*'ω'*)


 キッドが雪道を走る。木々が揺れる。気配を感じ、キッドが剣を抜いた。するとそこに飛び込んできた獣。その首を飛ばそうとしたが、リトルルビィが剣の刃を強力な歯で噛み止め、思い切りキッドを蹴り上げる。その足が当たる前にキッドが避け、殺意の目でリトルルビィを睨みつけるが、その顔はいつものように、いやらしい笑みを浮かべている。

「リトルルビィ、ちょっとは強くなったじゃないか。流石、俺の右腕。将来が楽しみだな」
「話を逸らしてんじゃねえぞ……」

 リトルルビィが仁王立ちし、キッドを睨みつけた。

「注射如きで逃げんな! ガキかよ!!」
「逃げてない!! 俺は! この通り健康なんだ! 注射なんかしなくたって平気なんだよ!!」
「お前いつももっと痛い目に遭ってんだろ! 中毒者からの攻撃と注射器、どっちが痛いんだよ!」
「注射器!!」
「即答するな!! って、あ!!」

 キッドが走り出す。リトルルビィがそれを再び追いかける。

「待ちやがれ! キッド!!」

 その時、美しい音色が鳴り、キッドとリトルルビィがすかさず耳を塞いだ。

「隙あり」

 ソフィアがキッドの顔を両手で掴み、目を光らせた。しかし、そうはさせるかとキッドが目を瞑り、――胸ぐらを掴み、引き寄せたソフィアの唇を自分の唇で奪った。

「っ!!!!!!」

 予想外の接吻にソフィアがぞっとして全力でキッドを突き飛ばすと、その勢いのままキッドが走り出す。そしてソフィアはその場に倒れ、雪に埋もれながらのたうち回って発狂する。

「ああああああああああ! 私の唇がぁあああああ!」
「キッド! 待ちやがれ! てめえ! この野郎!!」
「私の唇が!! 私の唇!! ああああああ!!」
「お姉ちゃん!! ソフィアさんが発狂してる!!」
「うわっ、何あれ!」

 メニーとテリーが遠くから走ってきて、雪に埋もれるソフィアの側で立ち止まった。

「ソフィアがカメラを持ってないのに発狂してるわ!」
「ソフィアさん、何があったんですか!?」
「あんのクソガキぃい……!」

 黄金の瞳が殺意に淀んだ。

「絶対許さない……! よくもテリーに捧げた私の唇ををを……!」
「お姉ちゃん、ソフィアさんが怒りを露わにしてる!」
「ソフィアも怒るのね……」
「ソフィアさん、キッドさんはどちらに?」
「え? あのクソガキならあっちに走っていって……」

 あ、メニーがいる。あ、隣にはテリーがいる。……。……テリーがいる!!!!!

「ああ! 恋しい君!!」
「むぎゅっ!!」

 テリーがコート越しからソフィアの胸に埋もれた。

「ああ、小さい。柔らかい。そうだよ。これがエモいということ。ちゅ。ああ、麗しい。尊い。萌える。テリー。ちゅ。ああ、テリー。恋しい君。今日も愛してる」
「むふっ! むぎゅっ! むーーーー!!」
「ちゅ。ちゅっ。ちゅう!」
「むぅううううう!!」
「ソフィアさん、そろそろ離してください。ソフィアさんの胸でお姉ちゃんが窒息します」
「メニー、ヤキモチは良くないよ。いくら私がテリーを抱きしめてるからって……あ、本当だ」

 テリーがその場に倒れて、雪に埋もれた。ドロシーがその上に乗り、楽しそうに声を出す。

「にゃー!」
「今日はエメラルド城全体で予防接種をする日なんだけど、あのクソガ……殿下が逃げてしまってね。兵士じゃとても追いつけないから私達が派遣されたってわけ」
「キッドさん、注射苦手なんですね……」
「中毒者相手に思い切り刺してるくせに、いざ自分が向けられたら逃げ出すなんて情けない」
「ふんぬ!」

 テリーが雪から抜け出して立ち上がった。

「おっほっほっほっ! 良い事を聞いたわ! つまり! キッドの弱点は、注射器ということね!!」

 あの鋭利な尖りを向ければ、キッドは泣いて許しを乞うわけね!?

「ああ! テリー様! どうかお許しください! 今までの行いを全て謝ります! もう絶対にからかったりしませんから、哀れな僕ちんを許してください! ぴえん! ぴえん超えてぱおん!」
「勝てるわ!! 今度こそあいつに勝てるわ!! さあ! メニー!! 追いかけるわよ! あいつを地の底まで追いかけ回してやるのよ!!」
「お姉ちゃん、目的がずれてるよ」
「協力するよ。テリー」

 ソフィアが笛を構えた。

「私の唇を奪ったあいつだけは許さない……」
「おっほっほっほっ! 覚悟おし! キッド! 今までの恨み、ここで晴らしてくれるわ!!」

 メニーは思った。キッドさん、色んなツケが回ってきてるな。

(……リオンも黙ってなさそう)

「走れーーーー!!」

 ヘンゼとグレタが馬を走らせ、ヘンゼの後ろにリオンが怪しい微笑を浮かべ、乗っている。

「恒例行事! この時を待っていた! 一年に一回あるかないかのこの時を! ヘンゼル、グレーテル! 直ちに兄さんを見つけるんだ! 注射針の刑にシテクレル!! ケケケケケケ!」
「ふっ! 楽しそうで何よりです! 我が主!」
「キッド様ぁあああああ!! 予防接種は、打ちましょおおおおお!!」

 馬が森を走り過ぎると、そこへリトルルビィが木から木へと飛び移る。匂いを辿る。二日前にてめえの飲みたくもない血を飲んでおいて正解だったぜ。

「キッド!!」
「しつこいなぁ……」

 キッドの青い瞳が薄暗く光った。

「もうそろそろいい加減にしてくれないか? 俺の堪忍袋の緒も切れるよ」
「やれるもんならやってみろよ! 注射器が怖い臆病者ちゃまがよぉ!」
「言ってくれるね、リトルルビィ……。お前は注射器の痛みを知らないからそんなことが言えるんだよ……」

 キッドが銃を持つ。

「泣いて後悔しても知らないぞ!」
「かかってきやがれ! キッド!!」

 リトルルビィが構えると――。

「キッド殿下、見つけましたよ……」

 キッドがはっとして振り返った。そこにはおびただしいオーラを放つソフィアが笛を構えていた。

「くすすす……! よくも私の唇を奪ってくれましたね……!」
「なんだよ。催眠をかけようとしたお仕置きだ」
「あなたが逃げるからですよ!」
「大人しく予防接種受けろ!」
「はははっ! もしかして、お前ら、二人で囲んだら俺をどうにか出来るとでも思ってるんじゃないか? そうは問屋が卸さないってね!!」

 キッドが逃げ出すと、二人がキッドを目から離さない。

「「逃がすか!!」」
「へへん! 捕まえてみやがれ! ばーか!!」
「その言葉の通り、やってやるわよ!!」

 キッドがはっと目を丸くした。目の前にテリーが飛び込んできたのだ。

「捕まえた!!」

 強く抱きしめて、一言。

「もう絶対に離さないんだから!」

 キッドが無言になった。

「やい! ざまあみやがれ! どうよ! 謝るなら今よ! まあ、謝罪の言葉くらいなら? 聞いてあげてもよくってよ!?」

 無表情のキッドがそのままテリーを抱き上げて、走り出した。

「あれ?」
「あー! お姉ちゃんがキッドさんにさらわれちゃった!」
「「あのクソ王子!!」」
「待ちやがれ!! キッド!!」
「私のテリーに触るな!!」

(え? え? なんでお姫様抱っこされてるの? え? なんで?)

 イマイチ状況が掴めていないテリーがきょとんと目を瞬かせていると、キッドがにこりと笑った。

「お前が来てくれたことで俄然やる気がわいたよ。このまま教会まで走って、電撃高速結婚しちゃおうか」
「……」

 状況が呑み込めたテリーが叫んだ。

「誰か助けてーーー!!」
「はっ! この声は我が愛しの妹、ニコラの声ではないか!」

 リオンがヘンゼの背中を叩いた。

「ヘンゼル! 近いぞ! キッドを追うんだ! そして注射という名の拷問を、アイツニ味ワワセテヤレ!!」
「加速一杯!」
「ヒヒーン!」
「おっと! アレクちゃんが暴走を始めたようだ! 大丈夫だ! アレクちゃん! 俺がついて……」

 グレタの愛馬、アレキサンダーが暴走を始める。

「あわわわわわわわわ!」
「ん!?」

 キッドが突然立ち止まる。変な気配を感じる。耳を澄ませてみる。……キッドが振り返った。

「アレクちゃーーん!」
「ヒヒーーーン!」

(ぎゃーーー! 暴走馬ーー!!)

 誰か、あたしを助けて!!

 ここで黙っているキッドではない。腕にテリーを抱えているなら、アレキサンダーの足が振り上げてくるのを潜り抜け、避ければいい。寸でのところでキッドが滑らかに避け、雪に突っ込んだ。

「へぶっ!」
「ヒヒーン!」
「アレクちゃん! よしよし! 俺が側にいるから大丈夫……」

 おや?

「これは! キッド殿下! そしてニコラ! どこに行ったのかと思えば、お二人で雪遊びをされていたのですね! 仲睦まじいとは素晴らしい!!」
「テリー、怪我はない?」

 テリーは震える手でキッドのコートを掴んでいる。それを見て、キッドが優しく微笑んだ。

「いつもそうやって素直なら可愛いのにな」
「そうそう。素直が一番」

 キッドがはっとした。振り返ると今度こそ信頼すべき右腕と左腕、さらに横を見ればメニー。さらに遠くを見れば憎き馬鹿弟。逃げ出そうとすると、腕に抱えたテリーが雪に押し倒してきた。

「むふっ!」
「よし! 観念しやがれ! キッド!」
「でかした! テリー!」
「恋しい君、そのまま押さえてて!」
「やめ、テリー! くそっ、お前、覚えてろ! 泣き喚くくらい虐めてや……」

 キッドがはっとした。遠くからビリーと物知り博士が歩いてくるのが見えるではないか。しかも、その手には注射器が光っている。

「ちょ、ほんとに、ね、テリー。良い子だから、さ。ね? みんなも悪かったよ。確かに予防接種くらい受けなきゃ駄目だよな。さ、テリー、俺はやる事があるから俺の上から退いてごらん」
「あんたと何年の付き合いだと思ってるの。逃げるのなんてわかってんのよ!」
「退け! 蹴るぞ!」
「蹴れるもんなら蹴ってみなさいよ!」
「惚れた弱みにつけこむ気か! くそっ! この性悪女!!」
「その性悪女に惚れたのは誰よ!」
「俺だよ!!」
「みんな、どうもありがとう」

 ビリーが呆れたようなため息を吐く。

「これで何とか今年も平和に終われそうじゃ」
「さーあ! 殿下! ちょっとチクッとしますよー!」
「物知り博士、頼む」
「右と左は私達で押さえてますので」
「リトルルビィ! ソフィア! お前ら! 後で全力デコピン食らわせてやるからな! くそ! 離せ!! じいや! 俺はちゃんと健康だっ……いっ! やめろ! 物知り博士! 近づくな! ええい! にやにやしよって! その笑顔が毎回ムカつくのだ!! ロザリー! 貴様もよく覚えておけ! 散々虐め倒してやるからな!! あたくしは恨みを持ったら忘れな……あーーーーーーー!!」

 こうして、キッドの悲痛な叫び声が森中に響き渡り、予防接種事件は幕を閉じたのだった。


(*'ω'*)


 月が空に昇る頃、テリーは昼間の出来事を思い出して深いため息をついていた。

(注射器如きで情けない姿だったわね)

「お前ら! 絶対許さないから! 絶対だからな! よくも俺の美しい腕に針を刺したなぁああああ!!」
「いだだだだだ! なんで僕がこいつの八つ当たり対象にならなければ……アッーーーーー♂」

(キッドは注射が弱点。メモしておこう)

「私、2月で15歳になるけど、まだプレゼント来るのかな?」
「にゃー」
「ねえ、お姉ちゃん、どう思う?」

 開かずの間で『ワクチンのメリットとデメリット』という本を開きながら、メモ帳にキッドの弱点を記すテリーが振り返った。

「あたしでも来てるから来るんじゃない?」

 ああ、そろそろ来なくなるわね。あたしも大人の階段を上り始めてるもの。ぴえん。悲しいわ。あーあ。大人になってこそ、無償でクオリティの高いプレゼントが欲しいわー。

「お姉ちゃん、今年のクリスマスはどこで過ごす?」
「あー、今年は……」
「もちろん」

 メニーがテリーの手を掴んだ。

「わたしと過ごすよね?」
「え」

 お前、いつの間に隣に座ってた? そんなことを聞く前に、ソファーに押し倒される。

「ちょっ! メニー!?」
「どこにも行かないよね? お姉ちゃんは、……わたしと過ごしてくれるよね?」
「おほほほ!! てめえ! とうとう化けの皮が剥がれたってわけね!? 上等よ! てめえの嫌がらせがてら、あんたの一番の親友のリトルルビィのお家にお泊まりして過ごしてやるから!! おっほっほっ! どうよ! 悔しいか! ざまあみやがれ!!」
「テリー……そんなに……わたしにヤキモチ妬かせたいの?」
「……え?」
「うふふ。テリーは可愛いね」
「は? お前、頭、大丈夫? 沸いてるんじゃない?」
「テリー、わたし、テリーのことなら何でもわかるんだよ? テリーはわたしの怒った顔が見たいんでしょう? ……いいよ」

 メニーがテリーのネグリジェのリボンを引っ張った。

「テリーが見たいなら、見せてあげる」
「……。……。……っ! メニー! ほら、ドロシーが見てるわよ! 人前で怒るのは、おほほ! 感心しないわね! ね! ドロシー!」

 隣のソファーを見ると、もぬけの殻であった。――あいつ、逃げやがった!!

(はっ!)

 ということは、この部屋にいるのは、自分と天敵のメニーと、……二人きり。メニーが笑顔を浮かべた。

「テリー、わたしの怒った顔、いっぱい見てね……?」
「助けに来やがれドロシーーーーー!! あーーー! やめぇーー! メニー! てめえ! 覚えてやがれ! お前だけは絶対に許さなっ……、……、……」

 雪の降る街の中。トナカイがソリを引っ張る音が聞こえる。そしてそのソリから老人の笑い声が聞こえる。その姿を見る者はいないが、彼はみんなを見ている。

「さあ、今年の良い子ちゃんのみんなにプレゼントを配らないとな!」

 さあ、声を揃えて言えば、赤い服を着た魔法使いの声が聞こえるよ。
 耳をすませてみて。こう聞こえるはずだ。

 メリークリスマス!





 予防対策を大切に END

 ――――――――――――――――――――

 先日打った二回目ワクチン(´・ω・`)
 備えてたんですけど、微熱出て、ひゅんって体温下がりました(´・ω・`)
 いっぱい対策グッズ買ってたんですけど(´・ω・`)
 使わずに終わりました(´・ω・`)

 (´・ω・`)

 ハッピー・メリークリスマス!
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