おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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キッド

Little Princess

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 小さくなっちゃった! のキッドver.
 恋人設定です。 
 クレアを知らない方は六章参照(*'ω'*)
 ――――――――――――――――――








 ビリーが家の前で立ち尽くす。
 果樹園から戻ってみれば、家の前にテリー(幼児ver)がダンボールに入って置かれていた。付属のメモには、『面倒見てやってください。名前はテリー』と書かれている。

「……」

 ビリーが優しくテリーを抱きかかえた。テリーがつぶらな瞳で、とても不思議そうにビリーを見ている。ビリーはできるだけ優しく声をかけた。

「こんにちは」
「……ちは」

 テリーか返事を返した。なるほど。返事はできるようだ。ならば、この状況を説明できるかもしれない。

「ここで何をしてるのかな?」

 ビリーは訊いてみた。しかし、テリーはとぼけた顔をして答えた。

「……わかんない」
「そうかい」

 ビリーが空を見上げた。そろそろ日が沈む。ずっとここにいては体を冷やしてしまうだろう。ビリーの目が小さなテリーに戻る。

「寒くなるから中においで」
「中って?」
「この家さ」
「ここ、馬小屋でしょ! あたし、しってる!」
「いいや。ここは人が住む家だよ。さあ、おいで」

 ビリーがテリーを肩に乗せると、テリーが楽しげに笑い出した。

「きゃー! たかいたかーい!」
「頭をぶつけないようにな」
「ふふふふ!」

 天井に気をつけながらビリーが家の中に戻ると、リビングにはキッドがソファーにだらけて横になり、雑誌をぺらぺらとめくっている。そのページに目を留め、キッドがその一点に全集中する。

「じいや、この指輪、テリーにぴったりだ。これにしよう。すぐに手配して。サプライズプレゼントだ。お揃いにしなきゃ。はあ。あいつ、絶対に飛び跳ねるくらい喜んで、俺にありがとうと言って、笑顔を浮かべるに違いない。惚れ直すに違いない。キスをせがんでくるに違いない。……ぽっ」
「喜ぶかどうか、直接テリーに聞いたらどうだ?」
「はあ? どうした、じいや? とうとうボケた? 俺が本人に直接プレゼントを聞くロマンのない王子様に見えるわけ?」

 キッドがビリーに顔を向けた。
 ビリーの肩に、小さなテリーが座っている。
 キッドが真顔になった。
 その瞬間、テリーに春が訪れた。小さな胸の中で淡い想いを抱く。すっごくイケメンのおにいちゃんがいる。わかった。あのおにいちゃん、王子様なんだわ!

「おりる!」
「はいはい」 

 小さなテリーがビリーの肩から下ろしてもらい、とたとた! とキッドに走ってくる。そして、目の前に立ち、小さなくりくりの瞳を輝かせた。

「おうじさま! こんにちは!」

 キッドの胸に、恋の矢が射抜かれた。

「あたし、テリーっていうの!」
「ごきげんよう。リトルプリンセス」

 キッドが即座に起き上がり、テリーを抱っこし、自分の膝の上に置いた。

「なんて可愛いプリンセスだろう。ね、この俺と結婚してくれる?」
「えーーーー!? そ、そんな、きゅーに! する!!!!」
「よし、きた。ハニー。もう君を離さない」
「きゃーー!!」

 熱く抱きしめれば、テリーがくすくす笑う。そんなテリーにキッドの目がぐるぐる回る。心臓が締め付けられて爆発してときめいて人間なんてららら。何これ。純粋テリー。何これ。素直テリー。何これ。おチビテリー!
 キッドが意を決めて、顔を上げた。

「じいや! 結婚式の準備だ!」
「15歳未満は犯罪じゃ」
「くそっっっっっ!!!」

 キッドがテリーをぎゅっ! と抱きしめる。テリーはぎゅっ! と潰されるが、王子様の腕の中はとっても温かい。こんなに大切にされて嬉しい。あたし、お姫様みたい!

 ビリーが胡散臭そうな目をキッドに向けた。

「キッド、また物知り博士と何か変な薬を作ったか」
「じいや、残念だけど、俺、何も知らないんだ。ね。テリー」 
「うん!!」
「キッド」
「本当に何も知らないよ。ね。テリー」
「うん!!」
「テリーに何を飲ませた?」
「俺そんなことしないよ。ね。テリー」
「うん!!」
「……」

 ビリーが眉を下げ、腰に手を置いた。

「様子を見るしかないか……」
「テリー、今日は俺と一緒のベッドで寝ようね」 
「うん!!」
「お前が寝るまで愛を囁くよ。愛しいテリー」
「きゃあ! くすくす!」
「キッド、ご飯の支度をするから、テリーを風呂へ入れてやりなさい」
「わかったー。……じゃ、テリー、俺と一緒にお風呂に入ろうか」
「え!!?」

 王子様とお風呂ですって!?

「い、いきなり、あたし、そんな、裸の見せ合いなんて、はずかしいの!」
「じいや、見てごらん。くたばれという言葉を知らないなんて。いいか。よく見ておけ。これが俺の理想のテリーだ。求めてるテリーだ」
「やはりお前が犯人か」
「だから知らないってば」

 でも、恥ずかしがるレディを無理矢理連れ込むわけにはいかない。そんな事をしたら紳士の名が廃る。

「こうなったら!」

 キッドがソファーの向こうへと飛びこんだ。

「とう!」 
「あ、王子様!」

 慌てて追いかけたテリーがソファーの後ろへついた瞬間、足を止め、思わずぽかんとした。なんと、そこにいたはずの王子様が、美しいお姫様に変わっていたのだ。

「……」

 テリーが黙った。目の前に、まるで絵本から飛び出してきたような憧れのお姫様が現れて胸がドキドキしているのだ。
 クレアが口角を上げて、ぎらんとテリーに目を光らせた。まあ、なんて小さな子。ぐひひひ! あたくしのロザリー人形にしてやろうかしら!
 しかし、テリーはクリスタルのような瞳に感動し、目をきらきらと輝かせ、詰まる思いを吐き出したくて、精一杯思いついた言葉を吐き出した。

「おひめさまだぁ……!」

 その目を見た途端、クレアの胸に恋の矢が刺さった。

「はじめまして! あたし! テリーっていうの!」
「ごきげんよう。小さなプリンセス。うふふ。まあ、なんて小さくて可愛いのかしら。うちのロザリーが動いてるみたい」

 一瞬ででれんでれんの笑顔になったクレアがテリーを抱き上げた。

「あなたは、おひめさま?」
「ええ。あたくしはお姫様よ」 
「わぁああ……!」
「お姫様とお風呂に入りたい人」
「はーーーい!!」
「そうか。では行こう」

 にこにこしたクレアがテリーを連れて行く。二人の背中を見送った後、リビングに残ったビリーは一人呟いた。

「……さて、今夜のシチューは、多めに作らんとな……」


(*'ω'*)


 クレアの裸を見て、テリーは不思議そうな目でクレアの顔を見上げた。

「ねえ、おひめさま、どうしておひめさまにはおっぱいがないの?」
「……。……。……実は、紫の魔法使いの呪いにかかってしまったんだ」
「えーーー!」

「……はっくしゅん!」

 どこかでオズがくしゃみをした。

「かわいそぉーーー!」
「うん。本当はこれくらいあるんだ。本当はボインなんだ」
「しゅごい! あたしも、それくらいおっぱい大きくなるの!」
「そうだな。一緒に育っていこう。さあ、お座り。あたくしが直々に頭を洗ってやる」
「わーい!」

 椅子に座り、クレアが後ろからテリーの頭を洗う。それを見て思う。あたくしね、こういうの憧れてたの。本当は本来のお前とやりたかったな。チビなお前も魅力的だけど。

(テリーとの子どもが産まれたら、こんな感じなのかな)

 頭を泡だらけにする。ほら見て。バイキンの形。猫の形。うさぎの形。うんちの形。

「きゃははは!」

 何をしても笑ってくれる。これはテリーか。いや、これがテリーなんだ。

(どこでねじが外れたのかな。あたくしも、お前も)

「流すぞ。テリー」 
「はーい!」

 お湯を被せれば、泡が地面に流れていく。

「きゃははは!」
「体を洗うぞ。ばんざーい!」
「ばんっざい!」

 スポンジを握りしめ、彼女の体を泡で包んでいく。好きな人の体だが、これだけ小さいと色気というより、可愛さの方が際立ってしまう。性的なものではなく、本当に、何というか、愛おしいというか。これが母性本能というやつか。仕方ない。隅々まで洗ってやろう。ほれほれ。ここはどうだ。

「あー! にゃんにゃん!」

 猫の形のスポンジを見て、テリーが指を差す。

「にゃんにゃんがいる!」
「くひひっ。そうだな。にゃんにゃんだな」

(……天使)

 クレアの手が優しく、一切傷つけないように、ゆっくりとテリーの体を洗っていく。これでは、あたくしがメイドのようではないか。……けれど、悪い気はしない。

「あたし! おひめさまの背中、洗う!」
「ほう。そのようなことを言うとは。お前は将来良いメイドになるぞ」
「にゃんにゃん!」
「そうだな。にゃんにゃんだな」

 小さな手が猫の形のスポンジを握り締めれば、ふわふわと泡が出てくる。それをクレアの背中につけ、ごしごし洗う。洗えてるかな?

「いたくなーい?」
「痛くないよ」
「かゆくなーい?」
「ああ。素晴らしい手付きだ」
「えへへ!」

 ごしごし洗って、お湯で流す。ぴかぴか光る二人が一緒に湯船に浸かった。

「ふう」
「ふう!」

 クレアと、その前にちょこんとテリーが座る。テリーの頭のてっぺんを見ながら、ああ、そういえばと思い出して、クレアが手を伸ばした。

「ほら、テリー、アヒルちゃんがいるぞ」
「アヒルちゃん!」

 母親が設置していたお風呂用玩具。まさか、こんなところで役に立つとは。テリーがアヒルを持って、潰してみたり、ぐえ、と鳴るアヒルに顔をしかめた。

「かわいくなーい……」
「面白いじゃないか。ほら、鳴くぞ」
「ぐえ」
「おひめさまはおもしろいの?」
「ん。面白い」
「……じゃあ」

 にぱっと笑顔。

「おもしろい!」

 その笑顔を見れば、クレアの頬が自然と緩んでしまった。

(可愛い)

 子供か。

(もし、物知り博士の研究が進み、本当に女同士でも子供が作れるようになれば)

「テリー」
「ん?」
「王子様とお姫様、どっちが好き?」
「……」

 眉をひそめてクレアの胸を見てたテリーが、しばらく黙ってから、笑みを浮かべ、クレアのクリスタルのような瞳を見上げた。

「おひめさまのほうがかわいいから、おひめさまがすき!」
「……そうか」

 クレアが堪えようとしても、どうしても口角が上がってしまう。

「あたくしもテリーが好きだ」
「わーい! うれしぃーー!!」
「じゃあ……王子様とあたくし、どっちと結婚する?」
「んーー!」

 テリーが悩んだ末に、答えを出した。

「おひめさまのほうがキラキラしてるから、おひめさまとけっこんする!」
「……そうか」

 変わらないな。お前は。

「じゃあ、あたくしと家族になる?」 
「うん!」
「子供は何人欲しい?」
「いっぱい!」
「大家族か。幸せいっぱいだな。そうなると永遠の愛を誓わないと」
「うん!」
「テリー、キスは?」

 訊けば、テリーから顔を近付かせ、乱暴で大雑把な愛のキスをされる。

「ん!」

(おっと、大胆だな)

 小さな子からのキス。

(……可愛い……)

 性的な意味ではなく、ただ、母性本能が働き、心から思う。子供からのキス、可愛い。

 テリーがくすくす笑い、口を押さえる。

「はずかちー!」

 嬉しそうにしながら、照れを隠したいのか、お湯の中に潜った。ほらほら、狭いんだからそんなことしない。

(……ん? なんか、急に狭くなった?)

 おや、お湯がどんどん溢れていくぞ。

(ん?)

 ばしゃん、と音を鳴らし、お湯の中から裸の女神が現れた。

 その女神は、さっきのようにニコニコ笑っているわけではなく、鋭い眼で自分を睨みつけている。

「……」

 自分の体を見て、裸であることが分かり、ゆっくりと顔を上げ、クレアと目が合い、クレアが鼻で笑って手を振ると、静かにお湯に戻り、頬をムッスリと膨らませながら、自分の胸元を手で隠した。

「……ここどこ」
「お風呂」
「なんであなたと仲良くお風呂になんか入ってるの」
「あたくしが知りたいな」
「……。……。……ドロシーと喧嘩してからの記憶がない……」
「ああ、なるほど。理解した」

 お前が急に小さくなるわけないもんな。なるほど。全てはあの緑の魔法使いのせいか。グッジョブ。

「テリー、今夜は泊まっていくだろ?」
「……今、何時?」
「18時」
「まだ帰れる余地があるわね」
「泊まっていけ」

 お湯の中で、クレアの手がテリーの腰を掴んだ。

「あたくし、子供について話したいの。ダーリン、子供何人ほしい?」
「分かりもしない先の話をしないの」
「じいやが美味しいご飯を作って待ってるわ。ね、良いでしょう?」
「……」
「……駄目? ダーリン」
「……。……今夜だけよ」
「くひひひ! ……結構」

 囁くように呟き、テリーの腰を引き寄せれば、体同士がくっつき合う。緩く抱きしめる。

「ちょっ」
「愛してるわ。ダーリン。あたくしにはお前だけ」
「……知ってる」
「あたくしには?」
「……愛してる。ハニー」
「んひひひ!」 

 くすくす笑うクレアを見れば、……不本意ながら、テリーの胸がきゅんと鳴き声をあげ、それを隠すようにため息を吐いた。とりあえず裸同士だし、お風呂だし、体を温めてから状況を把握しよう。

 それまでは、こうしてクレアに抱きしめられていよう。

 温かいお湯の中で、クレアの頬にテリーの濡れた手が触れた。目と目が合えば、クレアがテリーに魅入られ、テリーはクレアに魅入られる。そして、どちらともなく近付き、唇が優しく重なり合った。

 キッチンでは、ビリーがこれから来るであろう小さなお姫様のために、小さな皿を探している姿があるのであった。







 Little Princess END
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