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キッド
悪役令嬢曰く、本を読むとモテるらしい(1)
しおりを挟む本を読むメニーに、ハイエナがやってくる。
「あぁ、メニー・ベックスご令嬢、今日もなんて美しいんだ」
「彼女は僕の婚約者に相応しい」
「いや、俺の婚約者に相応しい」
「いやいや、この俺様の婚約者に……」
今日もメニーは殿方からのラブレターを暖炉に放り込む。その火で暖まりながらまた本を堪能する。これぞまさに、読書の極み。
「つまりね、本を読んでる女はモテるのよ」
「何がつまりなのかわからないけど、君はすぐに人からの影響を受けやすいってことを思い出したよ」
「影響じゃない。敵を観察した結果よ。バカが! 影響と観察結果の見分けもつかないの? バカが!!」
「バカバカ言ってると自分がバカになるんだよ。バカになったら、君の愛しいハニーに嫌われちゃうよ? というわけで、謝罪の時間をあげよう。ボクは優しいからね。罪を憎んで人を憎まず。今だけ許してあげるよ。さあ、テリー、謝ってごらん。偉大なる魔法使い様にバカと言ってすみませんでした。はい復唱」
「あんたなんかアンとポンとタンで十分よ。たかが無能の魔法使いに謝るなんて、それこそ誤りだわ」
「可愛い可愛い美人な娘、掃除をしにやってきた。灰が飛んで頭の上」
「んなぁあああああ!!!」
テリーが逆さ吊りにされ、天上に貼り付けられた。
「ドロシー!!!」
「君にはこれくらいがちょうどいいよ! テリー! ボクがいつまで経っても優しいお面を被った魔法使いと思ったら大間違いだよ!」
「あんたがいつ優しいお面を被ったってのよ! 被ってるのは大量の猫でしょうが!」
「猫だからね!!」
「無能のくせに!」
「何をーーー!?」
「お姉ちゃん入るよ」
ノックをしてから入ったメニーが、天井に逆さ吊りにされ、隣で浮いてるドロシーを見て、きょとんと瞬きした。
「わあ、テリー、今度は逆さ吊りダイエットを始めたの? だめだよ。体に悪いよ?」
「誰が逆さ吊りダイエットじゃ!! えーい! 上から見下ろしてきやがって!」
「上にいるのはテリーの方だよ」
「お黙り! なんでもいいから下ろしなさい! 頭に血がのぼるでしょ! あたしが顔真っ赤令嬢になったらどうするのよ!」
「君は常日頃怒りで顔が真っ赤じゃないか!」
「ドロシー!」
「ドロシー、下ろしてあげて」
「はー! メニーは優しいんだから!」
「ふぎゃっ!」
ドロシーが魔法を解くと、テリーがベッドの上にダイブした。その隣をメニーが座り、笑顔でテリーを見つめる。
「お母様がお見合いしろってうるさいの。しばらくここにいさせて。本読んで大人しくしてるから」
「それよ!」
「それ?」
「読書よ!!」
テリーが起き上がり、本棚から適当な本を選んだ。【モテる淑女になる100のテクニック】
「お前を見ていてあたしは悟りを開いたの。本を読むと——異性からモテる!!!!」
「メニー、相手にしなくていいよ。テリーのことだ。本を読み始めて3分、いや……3行で飽きるね。言い訳はわかってる。『普段書類を読んでて活字を追うのに疲れたわ。サリア、紅茶の用意』」
「テリー、私の本読む? これ物語だから、読みやすいと思うよ」
「はん! メニー! これから異性にモテようとしているあたしに嫉妬してるのね! 大丈夫よ! モテたいのは一人だけだから!」
「つまり?」
「クレアさん?」
「その通り! 唯一無二のあたしの想い人!」
「君が暴れてる理由がわかった気がするよ」
「クレアさん、また何かしたの?」
「ふん! 普段ならお前なんかにいうこともないんだけど? ま!? 今日は教えてやってもいいわ! あの女があたしにしたことを!!!」
「不満が溜まってるようだね。いいよ。メニー、聞かなくたって。どうせくだらないことさ」
「どうしたの? テリー。クレアさんに何をされたの?」
「恋人のすれ違いではよくあることよ。つまりね……」
——あたしは、クレアにモテたいのよ!!!!
「もーーーぉあたしだけに夢中になって、他の女とか男とかに色目使わないで欲しいの! なのにあのプリンセス、すぐキッドになるから!」
「メニー、今のでわかった。もう聞かなくていいよ。どうせまた喧嘩でもしたんだよ。口だけは達者だから」
「そう! あの女! 口だけは達者なのよ!」
「口だけ達者なのは君の方だよ。態度もね」
「この間なんか、せっかく時間を合わせてデートに行ったのに! あの女! チラチラ男の方見て! あたしがいるのに! 隣に! すぐそばに! 超絶プリティな超絶可愛い超絶美しく麗しの美人が、いるってのに!」
「メニー、サリアを呼んだ方がいい。テリーったら、とうとう自分のことを美人と言い出した。こうなったらもう止まらないよ。あの性悪女の妄想劇が開幕される。どうせ自分がいかに可哀想かとアピールした悲劇のヒロイン大根演劇さ。最初のセリフが始まる前に部屋から出ることをお勧めするよ」
「つまりお姉ちゃんは、クレアさんを取られたくないんだね。……あ、そうだ。おまじないしてあげる!」
——メニーが言うと、テリーがベッドに隠れた。体を震わせている。
「あんた……とうとう化けの皮が剥がれたわね……!? あたしを呪う気なのね!?」
「呪いじゃないよ。おまじない」
「漢字で書いてごらんなさい! 呪い。お呪い。大変だわ! ふりがなをふらないと、おのろいとも読めるわ!!」
「テリー! 小説ならではのネタをぶっ込んでくるんじゃないよ!! そんなだから書籍化されなかったんだよ!」
「うるせえ馬鹿野郎!!」
「本に載ってたおまじないだよ。こうすると好きな人と両思いになれるんだって」
メニーが紙に傘を書いて、その下にテリーとクレアの名前を書いた。
「はい、これでおまじない完了」
「……これで本当に両想いになるわけ? クレアがあたしに夢中になるわけ?」
「テリー、私がテリーに嘘つくと思う? 本ではこうやって、主人公が好きな人と結ばれてたよ」
「……お前にまじないをかけらるのはなんか嫌だけど……まぁ、いいわ!」
テリーが外出用のドレスに着替え、立ち上がった。
「出かけてきます!」
「夜ご飯までには帰ってきてね」
「先が思いやられる……」
見届けるメニーの横で、ドロシーがうなだれた。
(*'ω'*)
町外れの森の中。庭に果樹園の広がる二階建ての家に、本を持った令嬢が現れる。
「たのもー! メガネクイっ!」
「テリーや、来る時は連絡の一本を寄越せと言ってるだろう」
「大丈夫よ! 今日はおやつ目的じゃないから!」
「おお、そうか。では、今私が作っているアップルパイには用無しか」
「洋梨と交換よ!!」
果物屋で買った洋梨をビリーに差し出した。これでアップルパイはあたしのものよ。
「クレアは?」
「部屋で書類を眺めとる」
「そう」
「ところで、そのメガネはどうした?」
「どう? じいや」
テリーはくるんと回って見せた。
「頭良さそうでしょ」
「どこで悪さをしてきた?」
「悪さしてないったら! じいや、あたしはね、とうとうモテる女の条件に行き着いてしまったのよ」
「というと?」
「本を読んでる女!」
テリーは階段を上がっていく。
「読書している姿を見せたら、いくら王冠にしか目がないクレアもあたしにメロっメロよ。じいや、悪いわね。クレアが妊娠したら——ぐふっ、責任は取るつもりよ」
「妊娠する前に紅茶をもっていってくれないか?」
「あら、さすがだわ。じいや。ここに媚薬を入れろってことね。わかった」
「何がわかったんじゃ。こらこら。砂糖を意味ありげな顔で入れるんじゃない」
「最近、あいつ妙にナンパに乗ろうとするのよ。あたしが横にいるにも関わらずよ? この間もそれで喧嘩した」
「ああ。お前が不機嫌で帰って行ったな」
「今日こそ目にもの見せるわ」
クレアの一番は、
「このあたしだとね!!」
「パイができたら呼ぶから下りてきなさい」
「わかった!!!」
「やれやれ」
テリーがカップを持ちながらクレアの部屋まで辿り着き、足で蹴飛ばしてドアの音を鳴らした。
「おら、出てきなさい。くそ女。紅茶を持ってきてやったわよ。それともストーカー王子?」
不機嫌な声を出して呼べば、ドアが開かれ——目を真っ赤にしたキッドがテリーを睨んだ。
「人の家のドアを蹴るな」
「紅茶」
「ああ、目が疲れた。ありが……」
ひょいと、テリーが手を退かせた。キッドの手が空振り——静かな殺気を、この小さな娘にこめた。
「クレアになったら渡してあげる」
「——ああ。よかろう。好きなだけなろう。ただし、忘れるな? あたくしはキッドよりも意地が悪いぞ」
「そしてリオンよりも優しい」
じっと見つめれば、クレアもじっとテリーを見下ろす。テリーがじっと見つめていると、クレアがじぃーっとテリーを見下ろす。——テリーがカップを見せつけた。
「紅茶いらないの?」
「その前に何かご所望のようだ?」
「ご所望だなんて、あなたならわかるでしょ。女は欲張りなの」
クレアがテリーの腰にそっと手を回し——優しく唇を重ねた。——ほら、ずるい。——あたしがクレアに夢中になっていく。
テリーが吸い込まれるように部屋の中へ歩いていき、ぱたんと、扉が閉められた。
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