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210 無事、仲間入り
しおりを挟む「こ、昆布……っ!!」
久し振りに見た懐かしい食材に、僕は思わず身を乗り出してしまう。
「こん……?」
「あ、いえ……!」
「ユイトさんの御眼鏡に適いましたか?」
クリスさんが出してくれたそれは、紛れもない昆布……!
海藻……、天日干し……、黒っぽくて、硬い……。
特徴は全部当てはまるし、僕の“鑑定”をバレない様にそっと使って見ても、やっぱり【昆布】って表示されてるし……!
「クリスさん! これ……! 本当に、あのタレのレシピと引き換えに頂けるんですか!?」
先日クリスさんが言っていた、あのタレのレシピを売れば、このケルプの代金はいいって話……!
僕はレシピならお金を出さなくてもいいと思ってたんだけど、フレッドさんに注意されてしまったからね。
そう確認するとクリスさんはコクリと頷き、テーブルに先程の包みとは別の大きめの袋を置いた。
「えぇ、あのタレは間違いなく人気が出ますから。あ、ご心配なく。ケルプはこれだけではありませんので……」
そう言ってクリスさんが取り出したのは、袋いっぱいに入ったケルプの束……!
これだけあったら、出汁も取れるし、念願の和食も……!
でも……、
「この前お願いしたばかりなのに、早過ぎませんか?」
皆でお米を食べた日から、まだ三日しか経っていないのに……。
会長のネヴィルさんにお願いするとしても、往復でかなり掛かると思うんだけど……。
「あぁ、会長にはこの通信用の魔石板で連絡を取り合っていますから」
「通信用……?」
そう言ってクリスさんが見せてくれたのは、手のひらサイズの半透明な板。
「冒険者ギルドでも商業ギルドでも、ギルド側から冒険者や商人への連絡はこれで取り合っていますよ。但し冒険者同士での使用は緊急性のないもの以外は控える様にと聞いた事がありますね。ギルドカードに付与されていて手軽に送れますから。トーマス様に見せて頂いた事は?」
「いえ、初めて見ました……!」
メール機能みたいな物なのかな……?
便利だけど、個人用はよっぽどの要人かお金持ちじゃないと持てないって。
今はギルドや商会みたいな大きな組織にしかないらしい。
「会長に連絡してみたら、早馬で届いて私も驚きました」
「クリスさんもですか?」
「えぇ、それでですね……」
「にぃに~! おやちゅ~!」
「きょうは、なんですか?」
すると、そこへハルトたちがおやつを食べにやって来た。
ハルトたちの格好を見て、喋りかけていたクリスさんは目をパチクリさせている。
表情には出ないのに、何となく驚いている様な気がする。
「あ、くりすさん! こんにちは!」
「くりしゅしゃん、こんにちは~!」
ハルトとユウマはと言うと、お米を持って来てくれたクリスさんの事を良い人認定しているので、満面の笑みでぺこりとご挨拶。
「こんにちは。お二人とも今日は可愛らしい服を着ていますね」
「「えへへ~」」
お店の中へと入って来たハルトとユウマは、アイラさん手作りの熊耳と猫耳の付いたフード付きポンチョを羽織っている。
どうやら皆で耳の付いたポンチョを着て、メフィストと一緒に遊んでいたらしい。
現在、遊び疲れたのかメフィストはぐっすりとお昼寝中との事。
オリビアさんは見たかったと残念がっていたけどね。
「おにぃちゃん、これ、なんですか?」
「なぁに~? おぃちぃの~?」
僕の様子を見て気になっていたのか、ハルトもユウマも椅子によじ登り、テーブルの上を覗き込む。
二人とも熊耳と猫耳が付いているので、それだけで仕草全てが可愛く見えてしまう。
その証拠に、オリビアさんはいつの間にか仕込みの手を止め、二人をにこにこと眺めていた。
「これはねぇ、美味しい出汁が取れる海の食材なんだよ」
「だし? ですか?」
「うみにありゅの~?」
二人とも興味津々で昆布を手に取り、かたぃねぇと言いながら繁々と見つめている。
クリスさんも二人が来てから心なしか、雰囲気が和らいでいる気がするな……。
「これで、おいしいおりょうり、つくりますか?」
「うん! お吸い物とか炊き込みご飯も出来るかな。あ、ちょうど時期的にもお鍋が出来るなぁ~」
鰹だしは無いけど、昆布だけでも美味しい出汁は出るし……。
水炊きとか、おでんとか?
鰹節抜きだけどポン酢も作れそうかな?
「おいちぃの~?」
「ハルトとユウマもきっと気に入ると思うよ?」
「ほんちょ? ゆぅくん、たのちみ!」
「ぼくも、たのしみ!」
「「ねぇ~!」」
昆布を持ってにこにこと笑っている二人を見て、オリビアさんは完全に仕込みを忘れているみたいだ。
「クリスさん、このケルプってネヴィルさんが集めてるんですよね? 頂いても問題は無いんでしょうか?」
各地の食材を集めるって、相当費用も時間も掛かると思うんだけど……?
「はい。会長からも了承は得ていますのでお気になさらず。あ、それともう一つ」
「もう一つ?」
さっき言いかけていた事かな? 何だろう? そう思っていると、
「王都に来られる際は、私共の商会にも顔を見せてほしいとの事です」
「えっ!? ローレンス商会にですか!?」
大きな商会と聞いているから、僕が行っても良いものなのか不安なんだけど……。
「はい。会長が趣味で集めている各地の食材を、是非ユイトさんに見てほしいとの事です」
「絶対!! 行きます!!」
そんなの即決に決まってる!
ふんふんと鼻息荒く迫る僕に、クリスさんは若干引いている気がしないでもない。でもそんなの気にしないもんね!
ネヴィルさんが集めた食材……! 期待しない方がおかしいよ!
「では、日程が決まり次第、御連絡頂くという事で。宜しくお願い致します」
「はい! こちらこそお願いします!」
「おねがい、します!」
「おねがぃしましゅ!」
商会へ行く事が決まり、通信用の魔石板でネヴィルさんに連絡を取ると、早速楽しみにしているとの返事が。
ハルトとユウマたちも一緒においでと書いてあったので、お言葉に甘えて皆でお邪魔する事にした。
お米も定期的に配達してくれる事になり、今までジョナスさんのお店にお願いしていた小麦粉類も、ジェームズさんのお店にお願いしていた酒類も、全てこちらまで配送してくれる事に……。
これはすっごく助かる! これからはジョナスさんのお店ではパンだけ購入すればいいだけだし!
僕が注文していた分、ジェームズさんのお店の売り上げが減るんじゃないかと思っていたんだけど、ジュンマイシュ自体の注文も増えているから問題ないだろうとの事。晩酌用に飲んでる人が増えたのかな……?
「クリスさん、色々と便宜を図って頂いてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。このタレのレシピも我々としても興味深いものですし、早速会議に掛けたいと思います」
僕がバーベキュー用に作ったタレのレシピは、二種類ともクリスさんにメモ書きにして渡してある。
それを受け取ると、大事そうに鞄に仕舞っていた。
もし商品化したら、売上金の一部が僕に支払われる事になるらしい。
だけど僕はまだギルドカードが持てない為、決まり次第、連絡すると言っていた。
「会長も乗り気ですし、また気になる物があれば配送に来た者にお伝えください」
「はい! ありがとうございます! 気を付けて帰ってくださいね!」
「ありがとうございます。では、また」
そう言って馬車に乗り込むクリスさんを見送り、お店に戻ると……。
「あ! おにぃちゃん、おやつ、とってもおいしい!」
「これは何というものですか? とても美味しいです!」
「(コクコク)」
レティちゃんとライアンくん、そしてウェンディちゃんがおやつを片手に僕をきらきらした目で見つめてくる。
皆が仲良く食べているのは、スイートパタータで作ったアイスと、ホクホク感が残る様に少し太めに切った大学芋、そしてカリカリにした芋けんぴだ。
フレッドさんやサイラスさんもこれは美味しいと舌鼓。
アーロさんとディーンさんは、ベビーベッドで絶賛お昼寝中のメフィストを見守っているためこっちには来ていない。
あとで二人の分を持って行こう。
「ん? 気に入ってくれた? これはスイートパタータを切って揚げたのに、砂糖と水、こっちのはそれに醤油を煮詰めて絡めてるだけなんだよ」
「え? それだけですか……?」
「うん。それだけでグンと美味しくなるんだよ」
ハルトとユウマも、おいしいと言ってにこにこしながら食べている。
「ウェンディも、この前食べたチップスとはまた違うと言ってます!」
「アハハ! 本当? どっちが美味しい?」
「どっちも好きって!」
「(コクコク)」
ウェンディちゃんには硬すぎるといけないから少し柔らかめにしたんだけど、どうやら気に入ってもらえたみたいだ。
芋けんぴでアイスを掬うという禁断の楽しみ方をしている。
あ、オリビアさんの真似をしているのか……!
オリビアさん、ダイエットするって言ってたのに…。
「このレシピもフレッドさんに渡しておくから、お家でも食べれるよ?」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「簡単だから料理長さん? に作ってもらってね」
「はい!」
嬉しそうにアイスを頬張るライアンくんとは対照的に、その奥でシュンと肩を落とすのはハルトとユウマ……。
さっきまでご機嫌でアイスを頬張っていたのに……。
「二人とも、どうしたの?」
「あれ? ハルトくん、ユウマくん、元気ないですか……?」
心配そうにハルトとユウマの顔を覗き込むライアンくん。
二人が顔を上げると、眉を下げ、目にいっぱい涙を溜めてライアンくんを見つめている。
「らいあんくん、かえっちゃうの、さみしいです……」
「ゆぅくんも……。しゃみちぃの……」
お家でも食べれるという僕の言葉に、ライアンくんが帰ってしまうという事を思い出してしまったらしい……。
ライアンくんとフレッドさんたちは明後日の早朝、この村を発つそうだ。
だから僕たちとはもうすぐお別れ。
……と言っても、王都に呼ばれているからすぐに会えるんだけど、ハルトとユウマにとっては長く感じるんだろうな……。
「ハルトくん、ユウマくん、私と離れるのが寂しくて……?」
「そうみたいだね……」
二人が自分と離れるのが寂しいと泣いているのだと分かり、ライアンくんは俯き黙ってしまう。
これはライアンくんも泣いちゃうのかな……、と僕たちが心配していると……。
「ぐぅっ……!」
何処かで聞いた事のある、唸るような声が聞こえた気がした……。
オリビアさんを見ると、私じゃないと手を振っている。
フレッドさんとサイラスさんを見ても、違うと首を横に振っている。
じゃあ、一体誰が……?
すると、レティちゃんが僕の服をクンと引っ張る。
そして呆れた様子でライアンくんを指差した。
そこにはふるふると拳を握り、何かに打ち震えている様なライアンくんの姿……。
「トーマスおじさまと、オリビアおばさまの気持ちが、今分かりました……!」
「「「「え?」」」」
「二人とも、とても可愛いです……!」
どうやらライアンくんも無事、こちら側へと足を踏み入れた様だった……。
応援ありがとうございます!
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