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280 城郭

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 漸く森を抜け、僕たちは王都へ続く街道をひた走る。
 途中途中で細い道が街道に繋がっていたから、もしかしたらあの道の向こうにも村や町があるのかもしれない。
 すると遠くの方に、長~く続く壁が見えてきた。

「あれが王都を囲む壁ですか?」
「えぇ、やっと見えてきたわね~!」
「あんなに高いんだ……!」
「ふふ! 近くで見たら、もっと高くてビックリしちゃうわよ」

 魔物や他国からの襲撃を防ぐために造られた頑丈な石の壁が、見渡す限り続いている。あんなに遠くにあるのに、壁の端が見えないなんて相当な距離だろう。
 それに近くに生えている木が凄く小さく見えるから、どれだけあの壁が高くそびえているのかが窺える。

 暫くすると、一台、二台と、向かいから馬車がすれ違っていく。
 比較的小さな荷馬車だったから、もしかしたら近くの村に行くのかもしれない。
 向こうの御者さんが凄い顔でこちらを見ていたけど……。やっぱり、普通の馬よりも体躯の大きいサンプソンと、幌の上ですました顔でいるセバスチャンが原因だろうな~……。



「あら、もう日が暮れてきちゃったわね……」
「ホントですね」

 馬車からの風景をぼんやり眺めていると、もうすっかり日が落ち、辺りは薄っすらと暗くなっていた。
 レティちゃんとユウマは一緒に一枚の毛布に包まり、体が冷えない様に暖かくしている。二人でこそこそと内緒話して笑っている姿にとても和む。

「ハルト、冷えてきたからちゃんとローブ着ててね」
「はぁ~い!」

 僕の隣で元気よく返事をするハルト。だけどハルトが着ているのは普段着とポンチョだけ。どうやらそれで丁度いいみたいなんだけど、風邪を引くといけないからね。ローブを着せて、僕と一緒に毛布を膝に掛けておく。

「オリビア、ユイト。夕食はあの検問所に着いてからでいいか? 少し遅くなってしまうんだが……」

 御者席からトーマスさんの声が掛かる。
 検問所が閉まるギリギリの時間らしい。僕は大丈夫だけど……。

「ハルトちゃんたちはどう? お腹空いてない?」
「ユランくんはどう? 体調は?」

 オリビアさんも僕と同じ考えだったみたいで、ハルトたちのご飯を先に心配してくれている。
 ユランくんも目が覚めたとはいえ病み上がりだし……。

「ぼく、だいじょうぶです!」
「ゆぅくんもねぇ、ちょっとおなかしゅぃたけど、だぃじょぶ!」
「わたしもまだへいき」
「ボクも大丈夫ですよ」

 ハルトたちの言葉にトーマスさんは頷き、何とか間に合えばと呟いている。
 日が落ちるのが早くなるこの時期は、晩課18時の鐘が鳴ると閉めてしまうらしい。門が閉まると、順番で待っていた商人さんや冒険者はその場で一晩過ごすのが常だと聞いた。
 僕たちはトーマスさんたちの魔法鞄マジックバッグがあるからまだ大丈夫だけど、持っていない人はきっとギリギリの食糧だろうし、夏も大変だろうけど、この肌寒くなってきた時期に一晩はツラいだろうな……。

「ん~……。もしかしたら、壁の外で野宿するかもしれないわね……」

 メフィストをあやしながら、オリビアさんが難しい顔をしている。

「そんなに並んでるんですか?」
「私たちは通行証があるけど、門が閉まってたら意味ないもの。昔「規則は規則!」って締め出されたの思い出しちゃった……」

 オリビアさんは苦笑いしながら昔の事を思い出している様だ。

「そんな事があったんですか?」
「そうそう! 私が冒険者してた頃だからむか~しの事なんだけど。あ、そう言えばその時、バージル陛下の護衛をしてたんじゃなかったかしら……?」
「バージルさんの?」
「ハハハ! 懐かしいな! オレたちがまだ二十代前半の頃だな。その時はまだ陛下じゃなかったが、物見遊山でいろんな場所にお忍びで行っててな」

 トーマスさんも思い出した様で、御者席で楽しそうに笑っている。

「あぁ~……。バージルさんならやりそうですね」
「でしょう? でね、王都に帰ってきた頃には検問所が閉まってたのよ。さすがに王族を壁の外で一晩過ごさせられないってイーサンが門番に直訴しに行ったらね? その門番さん、イーサンの事知らなくて「規則は規則ですから!」って断られたの!」
「えぇ~!? そんな事あるんですか……」

 あのイーサンさんにそんな事言えるなんて……。すごい人だな……。

「ふふ! イーサンは怒ってたけど、陛下は仕事を全うしてるって感心しちゃって……」
「その後、皆で仲良く壁の外で一晩過ごしたよ」

 オリビアさんもトーマスさんも、懐かしむ様に当時を思い出しているのが分かる。

「その門番さん、王族って知らなかったんでしょうか……?」
「とっても若い子でね、張り切ってたんでしょうね。翌朝、隊長さんに怒られてたわ」
「うわぁ~……」

 門を開けた隊長さんが、バージルさんがいるのに気付いて目を剝いて驚いていたらしい。
 懐かしいと言って、オリビアさんもトーマスさんも笑っているけど、その門番さん、その後どうなったんだろう……?

「お、そろそろだな」

 門番さんのその後を知りたかったけど、僕たちの目の前にはズラリと検問を待つ馬車の列と、大きな壁が聳え立っていた。

「あ~! おうましゃん、いっぱぃ!」
「みんな、じゅんばん、まってます」
「いっぱいならんでる……」

 ユウマたちも馬車の中から見える光景にソワソワしている。
 ふと、先頭を走るブレンダさんが左に寄った。それに続く様に、サンプソンの牽く馬車もドリューさんたちも左に向かう。

「僕たちはあの列じゃないんですか?」
「えぇ、私たちはあの左の門から入るの」

 オリビアさんに教えられた場所を見ると、確かに列が並ぶ検問所とは別に、その少し離れた左側にひっそりと検問所の門が開いていた。
 あそこには列はないけど……。灯りもついてないし、何となく門番さんがいない様な……。
 そう思いながら眺めていると、ゆっくりと門が閉じていくのが見えた。

「マズいな……! ブレンダ! 先に行けるか!?」
「はいっ!」

 そう言うと、ブレンダさんは掛け声と共に前傾姿勢になり、今までとは比べ物にならない速さで門へと駆けて行った。ブレンダさんもカッコいいけど、あの速さで走る馬もカッコいい……!
 列に並んでいる馬車の人達も、ホォ~と感心した様に眺めている。

「ぶれんだちゃん、かっこいい……!」
「とっても、はやいです……!」
「ぶえんだちゃん、しゅごぃねぇ……!」

 レティちゃんたちもその姿を見てポ~ッとしている。あの姿は誰が見てもそう言うよね……!

 馬車に揺られながら見守っていると、無情にもあと少しのところで門の扉がギィイイイと大きな音を立てて完全に閉まってしまう。
 こちらにも響いてくる程の大きな音。隣の扉も同じ様に完全に閉門している。
 ブレンダさんが騎乗しながら、申し訳なさそうに肩を落としているのが見えた。




*****

「ぶれんだちゃん! とってもかっこよかった!」
「はやくて、かっこいいです!」
「びゅ~んって! しゅごぃねぇ!」

 門の前に着いた途端、レティちゃんたちは馬車から降り、一目散にブレンダさんの下へと駆け寄る。

「ハハハ! 本当か? 何だか照れるなぁ」

 走ってくれた馬を撫でながらも、ブレンダさんはとっても嬉しそうに笑みを浮かべている。

「トーマスさん、すみません。間に合わず……」
「いやいや、こちらこそありがとう。そんなに気にする事はない。レティたちも興奮してるしな」

 トーマスさんの言う通り、レティちゃんたちはすごい、かっこいいとブレンダさんを褒めちぎっている。これは暫く収まりそうにないな。

「さて、今夜はここで一泊だな」
「そうね。ユイトくん、夕食作っちゃいましょ」
「そうですね。あ、トーマスさん、後で貸してもらえますか?」
「あぁ、分かった。オレたちはテントを張っておくよ。ブレンダ、バートと一緒にサンプソンたちに水をやってくれるか?」
「分かりました」

 ふと馬車の中を見ると、ユランくんがキョロキョロと辺りを見渡している。

「どうしたの?」
「え? いや……。ボクも何か手伝おうと思って……」
「ゆっくりしていいんだよ?」
「ん~、お世話になってるし……。ユイトくん、何か手伝う事は……?」
「そうだな~。じゃあ一緒に、皆のお肉焼いてもらおうかな」
「分かった!」

 ユランくんが馬車から降りると、それに続いてドラゴンも楽しそうに降りてきた。
 だけど、その姿を見た人たちが次々に騒ぎ出すのが聞こえてくる。

「わぁ……。やっぱり中にいた方がよかったかな……」
「あら、気にする事ないわよ。あの人たちも初めて見て驚いただけじゃない?」
「そうですか……?」
「えぇ、大丈夫! それより早く準備しちゃいましょ! ほら、ユウマちゃんの顔が大変な事になってるわ」
「「え?」」


 きゅるるるぅ~……、


 可愛い音が聞こえ振り向くと、そこにはユウマが眉を下げ、何とも言えない表情で立っていた……。

「にぃにぃ~……。ゆぅくん、おなかしゅぃた……」
「あぁ~……! ごめんね? すぐ用意するからね! パン先に食べる?」
「ん~ん。みんなと、いっちょにたべりゅ……」
「あぁ~……!」

 ユウマのその姿を見て、テントを準備していたトーマスさん達も、水をあげていたブレンダさん達も、皆が何とも言えない表情になっている。
 そしてトーマスさん達テント組は、先程よりも早くテントを組み立て始めた。

「……ユランくん! 早く準備しちゃおう!」
「そうですね!」


 きゅるるるぅ~~……、
 くぅううう~~~……、


 すると、とっても可愛い音が二つ重なって聞こえてきた。


「おなか、なっちゃった……」
「ぼくも……」


 えへへ、と恥ずかしがるレティちゃんとハルトに、僕たちの手を動かすスピードが上がったのは言うまでもなかった。

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