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355 庭園にて
しおりを挟む「ほら、メフィスト~。お花キレイだねぇ?」
「うぅ~……」
愚図るメフィストを抱え、僕が立っている場所。ここは王宮にある庭園内。
秋の花が咲き誇り、一面見渡す限りに優しい色が広がっている。足元にはふわふわと可愛らしい花が。何ていう名前だろう? 何となく、鶏のトサカにも似てる気がする……。
「お空も晴れて気持ちいいね?」
「あぅ~……」
クスンクスンとまっ赤になった鼻先を見て、少しだけ笑ってしまう。
──遡る事、数分前。
バージル陛下たちに試食してもらおうとトゥバルトさんたちと一緒に準備をしていると、困った様子のオリビアさんが侍女さんと一緒に調理場に訪ねてきた。話を聞くと、どうやらメフィストが愚図ったまま一向に機嫌が直らないらしい。
( いつもはすぐにご機嫌になるのに…… )
珍しい事もあるものだと思っていると、原因はトーマスさんが冒険者ギルドに呼び出され傍を離れたせいではないかと言う。この事はバージル陛下たちも了承済みだそうで……。
一瞬、ユランくんのお父さんたちの事が何か分かったのかと思ったけど、詳しい事はオリビアさんにも分からないと言っていた。リリアーナちゃんも心配そうにメフィストの顔を覗き込んでいる。
セバスチャンもトーマスさんの従魔という事に(一応)なっている為、一緒について行ったみたい。ハルトとユウマもライアン殿下と一緒に訓練場に向かったから、皆がいなくて寂しくなっちゃったのかもね、とオリビアさんは苦笑いしていた。
「メフィスト~、可愛いお目目もまっ赤だよ」
「ん~……」
泣き過ぎたせいか、メフィストの小さな体は少しだけ熱くなっている。少し汗ばんだ前髪を指先で軽く払うと、メフィストの機嫌も先程より落ち着いてきた様に思えた。
空は晴天で、風も気持ちいい。気分転換になるといいんだけどな。
「まさか、お城の中にこんな場所があるなんてなぁ~……」
オリビアさんからメフィストを預かり、イーサンさんに少し外に出てもいいかと訊ねるとこの庭園の存在を教えてくれた。オリビアさんも一緒について行くと言っていたけど、あやすのに疲れてるんじゃないかと思い休んでてくださいと断った。
《 ここね、わたしのおきにいりのばしょなの! 》
そう言って僕たちの目の前でふわふわと羽をはためかせているのはウェンディちゃん。皆、メフィストを心配して一緒について来てくれた。
《 さっきもね、みんなであそんだの! 》
《 ここ、きもちよくて、ぼくもすき! 》
僕の肩に乗るリリアーナちゃんとノアも嬉しそうに口を開く。どうやら自然のものが多いこの庭園は、妖精たちには落ち着く場所らしい。
「ウェンディちゃんは、いつもここでどうやって過ごしてるの?」
《 ん~、ひなたぼっこ! 》
「あ~、確かに! この場所、気持ち良さそうだもんね!」
《 うん! 》
お気に入りの場所を褒められて嬉しいのか、ウェンディちゃんは満面の笑みを浮かべている。ふわふわと飛ぶ皆の後を追い、一番のお気に入りだという場所へと案内される事に。
*****
「あれ? ここ、入っていいの……?」
《 うん! ついてきて~! 》
僕たちの目の前には、一面ガラス張りの立派な温室が。
中を覗くと、花ではなく草木がメインで育てられている雰囲気が……。勝手に入っていいものかと扉の前で足を止めると、ウェンディちゃんがはやくはやくと急かしてくる。その扉はウェンディちゃんがいつでも入れる様にと、少しだけ開けてくれているらしい。
しんぱいないから! と言っているけど、正直不安しかないんだけど……。
緑の多い温室の中を歩き進めると、少しだけ開けた場所に出る。
上を見上げると青空が広がり、天気がいいからかぽかぽかと暖かい。
「この場所、なんか安心する……」
《 ほんと? ゆいとも、きにいった? 》
「うん。ウェンディちゃんが気に入るのも分かるよ」
《 でしょ~? 》
僕の言葉を聞き、満足そうにウェンディちゃんは目を細める。そしていつもの指定席らしい木の枝へと腰掛けた。その周りに、次々とリュカたちも腰掛ける。
外の花も綺麗だったけど、温室の中は緑がいっぱいで、それを眺めているだけで自然と癒されている気さえした。
「……あ。メフィスト、涙止まったねぇ?」
「あ~ぅ」
気付けば、僕の腕の中で愚図っていたメフィストもいつの間にか泣き止んでいた。まだその睫毛にきらきらと涙の痕が光っているけど、今がチャンスだと僕もウェンディちゃんたちの近くに腰を下ろし、鞄の中から哺乳瓶を用意する。
「喉渇いたね? 少しだけでもいいからお水飲もっか?」
「あぃ~」
「うん、いい子」
ずっと泣いてたからか、いつもはあまり飲まない水もすんなり飲みだす。もうすぐ離乳食の時間だし、お腹も空いているのかもしれない。
《 めふぃすと、かわいいね~ 》
《 なきやんでよかった~! 》
ノアたちも楽しそうに足をぶらつかせ、僕とメフィストの頭上でお喋りに花を咲かせている。んくんくと水を飲むメフィストを抱え、少しだけのんびりとしたこの時間を楽しむ事にした。
*****
「……あ! そろそろ戻らないと」
ふと、調理場を出てから随分と時間が経っている事に気付く。慌てて立ち上がろうとすると、僕たちのすぐ近くでこちらに向かって来る足音が聞こえてきた。
「あら?」
「おや、珍しい……」
そちらを振り返ると、杖を突いたお婆さんと作業着姿のお爺さんが立っていた。その後ろにはトーマスさんと同じ年代の男性も。
「あ! すみません、勝手に入っちゃって……!」
その人たちに慌てて謝罪し、頭を下げようとすると、お婆さんが優しい声で大丈夫だと言って微笑んでいた。
「可愛らしい御客様ね?」
「ウェンディも楽しそうだ」
お婆さんに誘われ、僕は何故か温室の中にある白い丸テーブルでお二人と膝を突き合わせている。テーブルの近くでは、ウェンディちゃんとノアたちがふわふわと飛び回り、楽しそうに追いかけっこしていた。
お婆さんの後ろに立つ男性も、優しげな雰囲気でそれを眺めている。
「あの、紹介が遅れました。僕はユイトと申します……。勝手にお邪魔してすみません……」
「ふふ、いいんですよ。イーサンに教えてもらったんでしょう?」
「はい……。メフィスト……、弟が愚図っていたので、庭園があると教えてもらって……」
「あぃ~!」
そう言うと、お婆さんたちは僕の腕の中ですっかり笑顔になったメフィストを見つめている。リリアーナちゃんは追いかけっこには参加せず、メフィストの傍でにこにこしていた。
「ユイトさん、挨拶が遅れてしまったわね? 私の名はリディアよ。可愛らしいお友達が出来て嬉しいわ」
リディアさんは杖を置き、にこにこと僕たちを見つめている。その上品な振る舞いと気品のある眼差しに、思わず背筋がピンとなる。ふとその後ろに目をやると、リディアさんの傍に立っていた男性はいつの間にか消えていた。どこに行ったんだろう? と考える間もなく僕の隣からティーカップが。いつの間にか僕の横に移動していたみたいだ。慌ててお礼を伝えると、にこりと微笑んでリディアさんの後ろへと戻って行く。
「私の名はヒュバート。この庭園の管理者で、薬師をしている」
ヒュバートさんは初見では王宮で働いているとは誰も思わないであろうオーバーオールの作業着姿だ。
この服を見ると、ハワードさんの牧場を思い出す。もしかしたら動きやすい服装を選んでいるのかもしれない。
リディアさんは散歩がてらこの温室に来てお茶をするのが日課らしく、いつもはヒュバートさんと共にここでお茶をするという。今日は御客様もいて嬉しいわと言ってくれた。その言葉だけで、怒ってないと安心してしまう。
「あの、このティーカップの中身って……」
先程から気になっていた目の前のティーカップ。
その中身は、見た事のない透き通ったキレイな赤紫色だ。僕が眺めているのにつられてか、メフィストもリリアーナちゃんもそのカップの中を覗き込む仕草をしている。
「あぁ、それはこの温室で育ててる薬草だよ。収穫時期は過ぎてしまったけどね、乾燥させて薬草茶として飲んでるんだ。シソと言って、赤紫の葉と緑の葉があるんだよ。今日のは赤紫だ」
「しそ……、ですか?」
「えぇ。香りも良くてね、私は寝る前にも頂いてるの。最近は夜も冷えるでしょう? 体がポカポカしてよく眠れるのよ」
「そうなんですか……!」
“シソ”という懐かしい言葉を聞いて、思わず嬉しくなってしまう。
「味のクセは無いと思うの。良ければ頂いてみて?」
「はい! いただきます!」
「ふふ、どうぞ」
そっとカップを手に取り、その香りを嗅いでみる。微かに懐かしいスッキリとした香りが漂う。そしてゆっくりと一口。
「……ん! これ、僕も好きな味です!」
紅茶は苦手だけど、これなら僕も無理なくスッと飲める! 口当たりも良いし、味も美味しい! これなら食事の時も一緒に飲めそうだ。
「あら、本当? 嬉しいわ!」
「薬草茶を好きだなんて、変わった子だなぁ……」
「え? あんまり飲まれないんですか?」
そんな僕の様子が可笑しかったのか、リディアさんはクスクスと笑い、ヒュバートさんは珍しいものを見た様に腕を組み、僕を繁々と眺めている。
「皆、紅茶の方が好きなのよ。薬草茶は年寄りみたいで嫌なんですって」
「えぇ~? 美味しいのに……。でも紅茶も薬草と同じじゃないんですか?」
「紅茶は店でも出されてるが、薬草茶は薬屋で扱ってるからかも知れないな」
「へぇ……! そうだったんだ……」
という事は、このシソは薬屋で手に入るって事か……! アドレイムに行ったらチョコと一緒にこのシソも置いてるかあのお婆さんに訊いてみよう! 他にも僕の飲めるお茶があるかも知れないし!
そんな事を考えていると、温室の入り口付近から賑やかな声が響いてくる。
ウェンディちゃんは嬉しそうにそちらに飛んでいき、ノアたちもそれについて行ってしまった。
すると……、
「あれっ? ユイトさん!」
「あっ! おにぃちゃんです! めふぃくんも!」
「にぃに~! めふぃく~ん! おはな、みにきたの~?」
ライアン殿下と共に、ハルトとユウマもこちらに向かって嬉しそうに駆けて来る。その後ろにはフレッドさんとサイラスさんも一緒だ。
そして僕たちの傍に着くと、ハルトとユウマはメフィストに優しく声を掛けている。ライアン殿下はお婆さんたちの方へ歩み寄り、目をパチパチと瞬かせて驚いていた。
「お祖母様、早速ユイトさんとご一緒にお茶ですか?」
「えぇ、可愛らしいお友達が出来たのよ」
「いいですね! 私もご一緒したかったです!」
ね! とハルトとユウマに話し掛けるライアン殿下。二人も楽しそうに頷いている。
……それよりも、とても気になる言葉を聞いた気がするんだけど……。
「ら、ライアン殿下……? あの、お祖母様って……?」
お祖母様って、あのお祖母様……?
「え? あ、こちらは私の祖母であるリディア・ウォードです! お祖母様、ちゃんとユイトさんに言いました?」
「あら……。ちゃんと名前は言いましたよ?」
あらまぁ、とどこかおっとりしているこの女性。
まさか、あの……?
「こ、皇太后様……、ですか?」
「えぇ、そうとも呼ばれていますね」
ふふ、と笑いながらティーカップを手に取るお婆さ……、いや、皇太后様。
「ん~……。でも、隠居した身だから、名前で呼んでもらえると嬉しいわ?」
ね? ユイトさん!
そう言って、リディアさんは悪戯っ子の様に、楽しそうに微笑んだ。
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