推しに会ったら地獄でした

刈部三郎

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DMから始まる甘い地獄。

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帰宅後、荷物を置くより早く
スマホが震いた。

【那加森 廣樹】

まただ。
すぐだ。
タイミングが絶妙すぎる。

震える指で開く。

“今日のりのちゃん、ほんと可愛かった
また会いたい。
ねぇ、明日どう?”

胃が痛いのに、
胸が甘く締めつけられる。

「……会いたいって……言われるの……ずるい……」

逃げられない。
逃げたいけど、逃げたくない。

この人は、私の弱点を完全に理解している。

――会いたいのは私のほうだよ。
言えないけれど。

悩んでいるとまた通知。

“ねぇ、返事遅い。
もしかして……他の男と話してる?”

この一文の“嫉妬”の甘さが、
首筋にじわっと熱を走らせる。

「……話してません……!」

私が返信すると、秒で返ってくる。

“よかった
りのちゃんの返事、遅いと不安になる
ねぇ、会える?”

甘い。
甘すぎる。
砂糖の塊みたいな言葉攻め。

私はもう、降参するしかなかった。

『……行きます……』

送った瞬間、返ってきた。

“大好き”

その一言で、
息が止まるほど胸が熱くなった。

推しに“好き”と言われる世界。
だめ。
心臓溶けちゃう。


翌日。
震える足でスタジオの扉を開いた。

颯真「あ、りのちゃん! 今日も来たな~」

涼河「無理してない? ほんと優しい子だね」

二人ともいつも通りの優しい空気。

しかし。

今日は廣樹が——
明らかに違った。

黒パーカー姿で、
いつもより髪がふわふわで、
歩幅が妙に早い。

そして真っ直ぐ、私の前に来ると、

「……おはよう、りのちゃん」

声が、低くて、甘くて、
昨日より100倍優しい。

「ひ、広樹さん……?」

じっと見られる。
目が離れない。

「来てくれて……嬉しい」

距離が前より近い。
いや近いどころか、これはもう“懐いてる”。

颯真がニヤニヤしながら言った。

「おーい廣樹、今日お前、犬みたいだぞ?」

涼河「ほんとに。どしたの?」

廣樹はむすっと口を尖らせる。

「別に……。普通……」

普通じゃない。

昨日は少し重かったのに、
今日は完全に“好きな子に懐いちゃったモード”。

足元にしっぽが見えるんじゃないかってくらい。

私が困ってると、廣樹が首をかしげる。

「りのちゃん……具合悪いの?」

「い、いえ……!」

「じゃあなんでそんな顔してるの?」

「近いからです!!」

「近い方が嬉しいでしょ?」

涼河が笑いながらツッコミを入れる。

「いやそれはさすがに押しつけがましいよ、廣樹」

颯真も笑う。

「今日は甘えすぎだろお前」

廣樹は頬を少し赤くして、
視線を私に戻した。

「……甘えてない。
りのちゃんが来るから、嬉しいだけ」

やめて。
そんなこと言われたらもう、
心臓が完全に過労死する。


仮歌レコーディングが終わったあと。

休憩室で、颯真と涼河が
「コーヒー買ってくる」と出ていった。

残ったのは、また、私と廣樹。

いやな予感……と思いきや、
今日は違う。

廣樹は、
私の真正面に座るなり、

「……ねぇ、りのちゃん」

「はい……?」

「俺、昨日……嫉妬してた」

素直!!!!!!
今日の廣樹、素直すぎる!!!!!!

私は目を丸くした。

「……し、嫉妬……?」

「うん」

廣樹は目をそらさず、頬を赤くして言う。

「昨日……りのちゃんが
颯真とか涼河と話してる時……
なんか、胸がモヤッとして」

もっと甘い声で続ける。

「りのちゃんが笑うの……
俺だけに見せてほしいって……思った」

死ぬ。
赤ちゃんみたいな嫉妬の仕方。
可愛い。
甘すぎる。

「で、でも……みんな仲間ですし……!」

「仲間だけど……
りのちゃんは、俺の“特別”でいてほしい」

言った。

推しが言った。
特別って言った。

心臓が耳の横まで飛んだ気がした。

「りのちゃん……他の男と仲良くしないでほしい」

「な、仲良くしてないです……!」

「ならいいけど」

廣樹は小さく息を吐いた。

「……ごめんね。
重かったよね」

「っ……!」

「でもね、りのちゃん。
俺ね……本気で好きなんだよ」

世界が止まった。

いや、止まったんじゃない。
全部が甘く溶けた。

私は声も出せずに固まっていた。

廣樹は一歩、近づく。

「りのちゃん……
好きって言ったら……困る?」

震える私の手を、
そっと包み込む。

温かい。
優しい。
怖くない。
甘いだけ。

「……好きだよ」

耳元で、優しくささやいた。

私は——
涙が出そうだった。

推しに“好き”って言われる世界が
こんなにも幸せで、
こんなにも苦しいなんて。

私が固まっていると、
廣樹は手を離さず、
少し照れながら言った。

「りのちゃんさ……
俺のこと好きでしょ?」

「っ……!」

「言わなくてもわかるよ。
俺のこと見た時の目……
すぐ顔赤くなるし……」

そんなとこ見てたの?
どんだけ私のこと見てるの?

廣樹は小さく笑う。

「俺ね……
好きな子のこと、ちゃんと見ちゃうタイプなんだよ?」

可愛い。
甘い。
苦しい。

「りのちゃん。
俺のこと……もっと好きになって」

胸が破裂する。

「……もっと側にいてよ」

その時、颯真と涼河が戻ってきた。

颯真「おっ、なんか甘い空気流れてんな?」

涼河「よかったねぇ廣樹。素直に言えたんだ」

廣樹はむすっとしながらも、
少し嬉しそうに、

「……別に普通だし」

そう言って、
私の手だけは離さなかった。

帰りの電車の中。

私は窓に映る自分の顔を見て、
思った。

「……幸せ……すぎない……?」

地獄どころか、
この甘さはもう、人間の耐久を超えている。

廣樹は重いけど怖くなくて、
素直でいじらしくて、
甘えん坊で、
嫉妬して、
手を離してくれない。

こんな推しに好かれたら……

もう戻れない。

そして、
スマホが震える。

また廣樹。

“今日さ……もっと一緒にいたかった”

“ねぇ、明日も会える?”

心臓が、幸せすぎて痛かった。
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