転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第二十一話

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 前触れなんてあるはずがない。

 俺はいつものように、学校から家に帰るため、夕方駅のホームで電車を待っていた。

 所謂帰宅ラッシュと言うべき時間帯、せめてそれなりに長い電車の時間を座って快適に過ごしたかったから、一本遅い電車を選び、待機列の先頭に並んで立っていただけだったのだ。

 俺は暇つぶしに、有名な小説投稿サイトのランキング上位に入っている小説を読んでいて。

 特に何の変哲もない、いつもの日常だった。

 確かに、スマホに没頭して周囲への注意が疎かだったことは認めよう。

 しかも、俺は生粋のインドアで、体育会系の部活には入っておらず、当然ヒョロガリのもやし。体幹もあってないようなものだった。

 しかし、俺に悪いところがあったとすれば、思いつく限りはそれだけだ。

 ホームに電車が進入するアナウンスと共に、俺は向かってくる車両の鼻先を見て、ポケットにスマホを仕舞った。

 そして、俺の目の前をその鼻先が通過しようとするいつもの光景をボケッと眺めていたら。

 背後から、ドンッ! と、強い衝撃。

 俺はその衝撃に任せるまま、眺めていた電車の鼻先に向かって、足を踏み外した。

 真っ白になった頭では、背筋の凍るような浮遊感以外に、何も分からなくて。

 次の瞬間、焼け付くような熱さと、泣き別れになった自分の下半身が徐々にぼやけていく無常感と共に、俺の意識はブラックアウトした。

 ああ、死んだのだ。前途有望な人間だったかどうかは自分でも自信が無いものの、それなりに学校生活を楽しんでいた、平凡ライトオタな高校生の俺の生涯は、そこであっけなく終わった。

「こんな理不尽な巡り合わせがあってたまるか!! 俺が一体何したってんだよ!!」

 さて、自分の死因についてもめっぽう納得のいかないところだが、そんなことは考えている場合じゃ無いと思えるほどに、それ以上の数奇な理不尽が死後いまの俺には襲い掛かっている。

 否、死後と言う表現は適切ではないかもしれない。正しくは、転生後、とした方がいいだろう。

 まさかネット小説で100万回は見たような展開が俺の前に現れるなんて思いもしなかった。実に笑えない。

 アッこれ、な〇うで見た! じゃねぇんだよ進〇ゼミじゃねえんだからよ。

 死後のことについて深く考えるほど、生前の……否、前世の俺は、長く生きることが出来なかった。

 そのため、感覚的には、転生など有り得ず、死した生物に待ち構えるものなんて無以外の何物でもないだろう、と言う風な価値観をなんとなく持ち合わせていた。

 それが、どうだ。奇しくも階段を下りている途中に足を踏み外し、頭部を強く強打した衝撃から昏睡してしまった今世の俺だが、フカフカのベッドの上で目覚めた時には、前世の俺と今の俺の意識が同一のものとして成立し、同様に前世の記憶というべきものまで獲得してしまっていた。

 感覚としては、駅のホームで電車と衝突し、考えるまでも無く命を落とした直後、目覚めた時には知らない天井が目の前にあったという感じだ。

 しかし、その知らない天井には見覚えがある。ここは自分の部屋で、自分のベッドの上である、という確固とした感覚もある。

 つまり、今の俺には、前世の平凡な高校生として生きていた俺としての記憶のほかに、この世界で生きていた俺としての自意識と記憶があるということに他ならない。

 今の俺の名前はベルラッド。ベルラッド・アンケミニス・ガラリア。

 ガラリア王国の第一王子として生を受け、9歳の誕生日を迎えたばかりだ。

 さて、俺は、間違いなく自分のものとして認識しているこの名前に、とてつもない聞き覚え……否、見覚え? ともかく、覚えがあった。

 高校生として生きていた俺としての記憶に、だ。

 駅のホームで線路に身を投げ出してしまう直前まで、暇を慰めるために読んでいたネット小説「捨てられた第二王子の栄光」。

 俺は、その登場人物にして、主人公を虐げ、欲深い母親の傀儡として国を傾ける主人公の兄……つまり、どうしようもないクズな悪役に転生していたのである。

 因みに、俺が死ぬ前までに読了していたのは公開されていた話数のうちの3分の一ほど。

 たいして才能もカリスマも無い癖に、母親が取りなすまま手に入れた虚しい玉座の上でえばり散らし、自分の私利私欲のまま国家予算を使い込んだ悪の愚王ベルラッドこと今の俺が、辺境に幽閉されるも力をつけた主人公に首を刎ねられ、死んだところまでだ。

「王子とか言う身分チートに生まれた癖に夢も希望もねぇじゃねーか!! 何だよこれ、本当に、本当に! 何度でも言う、俺が何をした!?」

 確かに、平凡な一般家庭に生まれた平凡な高校生であった時よりは、衣食住全て身に余るほど上等なものを与えられているだろう。欲しがったものは全て与えられてきた。

 次の王になるために必要な教養を付けるための勉強だって、俺が少しでも嫌がればすぐになくなった(おそらくこれは俺を傀儡にしようと目論む母親にとっても都合のいい事だからだろう)。

 しかし、このままいけば、俺に待っているのは破滅だ。

 母親の傀儡となるべく、馬鹿な我儘王子として育てられ、自分と違って出来が良く見目麗しい異母弟の主人公をねたみ、憎み、あの手この手で虐め尽くしたのち、母親が言うまま王になって、母親の言いなりに踊らされ、最後には自分たちを憎む主人公に殺されて死ぬ。

「前世だって満足に生きれなかったのに、転生したら救いようのない悪役に転生とか……流石にこれは無いだろ……」

 幾分か小さくなったように見えてしまう自分の両手のひらを見つめる。

 かたかたと情けなく震えていた。

 思い出すのは、階段から落っこちる直前のこと。

 俺は、先んじて階段を下りていた幼き主人公をつき飛ばそうとして、彼が咄嗟に避けたために、勢い余って自分が落っこちたのだ。

 小説において、幼いころのいじめと言うのは詳細に描写されていなかった。

 故に、流石に9歳のガキが思いつく悪戯なんてたかが知れていると思っていた。
 
 しかし、現実はそう甘くない。記憶を辿ってみれば、出てくる出てくる酷い虐めの数々。

 幼いころから母親に吹き込まれた悪意によって、ベルラッドこと覚醒する以前の俺は、どこまでも歪んだ加虐欲と劣等感を容赦なく主人公にぶつけていた。

 嗚呼、どんなにか恨まれていることだろう。俺が主人公の立場なら、何があっても絶対に許さない。

「うん、駄目だ、これは。逃げるしかない」

 何しろ俺はこんな袋小路な自分の運命に抗えるほどの機転を持っているわけでもない。

 どうすればのちに最強の王となる主人公との仲を改善し、安泰な地位を築けるかなんてものも分かりやしない。

 何度も言うように、俺はこれと言った取り柄も無く、しいて言えば人倫に反することはしない程度の良識を持ち合わせている自負でしか胸を張れないような、平凡な高校生に過ぎないのだ。

 時が来るまでは、自分の破滅フラグの塊でしかない主人公をひたすら避けまくり、母親のありとあらゆるたくらみと悪意を聞き流し、金目のものをこっそり懐に入れつつ、せめて自分の命くらいは助けてもらえるように、足掻くしかないだろう。その後のことはその時に考えればいい。

「目指せ、平民落ち! ってところか……夢も希望も無いが、しょうがないな」

 思わず大きなため息が出てしまう。

 何もかも億劫だ。このまま病弱なふりをして引きこもり、衣食住は十分以上に保障されているこの環境でずっとぐうたらできるならどんなに良いか。

 しかし、主人公の存在も、母親の存在も、この場所も、俺にとっては特大の破滅フラグ。

 所謂、三十六計逃げるに如かず、と言うやつだ。使い方あってるのか?

「まずは、思い出せる限りに小説の内容を書き出そう。それから、傾向と対策だな」

 俺は名残惜しいフカフカのベッドから這い出て、無駄に上等に設えてある自分の座卓へ向かったのだった。
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