転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第四十二話

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「あーあ。まずったなぁ、ゲホッ……まさか、教会の数百年モノの結界すら、こんなにも容易く突破されるとは。我が弟子ながら、デタラメにも程があるよ」

 ドロリ、這い上がるような、どす黒い声だった。表面上、軽妙を装っているからこそ、そのコントラストによって、気味の悪さが際立つ。

 咄嗟に声の方を見れば、そこには、蜘蛛の巣に囚われた虫のように、壁に叩きつけられ、文字通り埋まっていたらしいミュルダールが、ゲボゲボと多量に吐血しつつも、再起しようとしている姿があった。

 ジルラッドは、すぐさま俺の身体をグイとひっくり返し、庇うように左腕で抱き寄せた。バチバチと雷が迸る音とともに、その右手に流麗な剣が顕現する。ひりつくような高密度の魔力を、その刀身にみなぎらせ、冴え冴えとした圧を放っていた。

「ようやく、想いが通じ合ったところだ。水を差すな」

「いーや、差すね。勝手に話を進めてもらっちゃあ困る。これは、君たちだけの問題じゃあない、分かるだろう?」

「知ったことか。部外者の分際で、私たちの問題にこれ以上口を出すなら、もう容赦はしないぞ、ニレス・ミュルダール」

 キリキリと、いななくようなプラズマの覇気。傍で見ているだけの俺ですら、腰が抜けてしまいそうなほどに強烈なそれを、一身に浴びているはずなのに、少々たじろいだ風に肩を竦めるのみで、ミュルダールは容易く受け流してしまう。あの男も大概バケモノだ。

「アッハハ、容赦なんてハナから無いくせに、よく言う。見てよこの血痕、内臓破裂するわ肋骨も何本か逝ったわ、出会いがしらにあんなサプライズは勘弁してほしいよね」

「兄上をかどわかした貴様に割く温情など本来は無い。それでもなお貴様がそうやって戯言を吐いていられる訳をよくよく考えることだ」

「おや、光栄だねえ、まだまだ僕にも利用価値があると思ってくれているんだ」

 場の緊張感を逆撫でするように、ヘラヘラと笑うミュルダール。ビキ、ジルラッドのこめかみから、大きな苛立ちが音を立てた。恐る恐る横目に見れば、般若も逃げ出すほどの凄絶な怒りで美貌を歪めている。やっぱこの子アイツのこと滅茶苦茶嫌いじゃね?

「残念だが、今の君に手を貸すつもりは無いよ。今の君は不完全だ。僕が仕えるに相応しい、理想の王にするため、本当は関わりたくもない教会と手を組んでまで、誠心誠意奔走しているというのに……その邪魔をするのは、いつだって君なんだから。師の心弟子知らずにも程があるよ」

「貴様の願望は、あの女を殺すことと、キングメーカーになることだろう。どちらも私が叶えてやる。敢えて兄上を排除する必要など皆無だ」

「分かってない、分かってないねぇ。僕の目的は、理想の王を育て上げ、仕えることだ。君の心が兄君に囚われている限り、理想の王にはなれない。心当たりが無いとは言わせないよ、何せ、君は兄君の世話以外の全てを片手間にしている。今だって、王太子としての執務は、全て分身に丸投げしてるんだろう? きっと、兄君が君の人生に存在する限り、国王に即位したとて、君はずっと兄君にかまけ、王としての責務はそのついでになるだろう。それのどこが理想の王だって言うんだい? 本当、あの女は、目障りなことしかしないよ」

 君の輝かしい未来を邪魔し続ける存在を産み落とした挙句、始末もせずに逃げるなんて、これ以上ない大罪だ……毒々しい憎悪の視線が、俺を目掛けて容赦なく降り注ぐ。

 あー……その、なんだ……すまんが、愛弟子に嫌われてる鬱憤をこっちに向けてこないでもらえますかね。

 他はともかく、自分が愛弟子に嫌われてることまで、俺に責任を問われても困るんだが。

「……あのさあ、君、自分の考えてることが筒抜けだって分かってやってるよね」

 変に肩透かしを食らったような顔で、ミュルダールは言った。隣のジルラッドもまた、ポカンと俺を見下ろしている。一体どんなことを思ったのだろうという顔だ。思わず笑みをこぼしつつ、俺はミュルダールを一瞥し、ひとつ、ハンと笑い飛ばしてやった。当然だろ。

 アンタのことを蛇蝎のごとく嫌っている愛弟子くんに、この世で一番愛されている俺ですが、何か?

 俺のことが大好きで、世界一やさしいジルラッドに嫌われて、ご愁傷様ざまあみやがれ

「おおお、未だかつてない程の怒りを感じている……こんな屈辱は初めてだ」

「え? 俺何も言ってないけど? 勝手に頭の中覗いてる方が悪くない? 内心の自由って知ってる?」

「ええい、忌々しい! 君のこと滅茶苦茶嫌いなのに、めいいっぱい配慮してやった僕の温情を踏みにじりおってからに!」

「うるせぇ!! 俺は俺のことが好きな子が大好きだし、俺のこと嫌いな奴は大っ嫌いなんだよ!!」

「おい、そこの馬鹿弟子! 君、ほんっとうに見る目だけは皆無だな!! どうしてそんなクソガキに入れあげているのか、僕には心底理解できない!! 早急に手を切って正気に戻ってくれ!!」

「俺の可愛いジルラッドにダメなところなんてあるわけねぇだろ!!!! いつだって俺の弟は完璧で究極の一番星なんだよ!!!! 公式が解釈違いとか抜かす厄介害悪オタクはだぁってろ!!!!!!」

「なんぼなんでも開き直ってからの態度も声もデカすぎる……! さっきまでの悲劇のヒロイン気取りはどこに行ったんだ……!」

 誰が悲劇のヒロイン気取りじゃ、スッ飛ばすぞ(無理)。

 仕方ないだろ、俺が幸せになるつもりがないならジルラッドも幸せなんていらないって言うんだからよぉ。ジルラッドが幸せになるために、俺も幸せになる覚悟決めたんだよ。

 俺は公式が解釈違いなんて抜かすクソオタクじゃないからな。俺と一緒に生きることが幸せって、他でもないジルが言ってくれたんだ。なら、叶えてやる以外に無いだろ。

 わあ、いかにも不愉快ですって顔。アンタの気持ち悪いニヤケ顔の仮面を剥がすことが出来て俺としては愉快痛快だがな!! ねえ、悔しい? 今どんな気持ち? いやあ、笑いが止まりませんよボカァ。

「ニレス・ミュルダール。やはり貴様はここで殺す」

 調子に乗って心の声でミュルダールを煽り散らかすことに夢中になっていた俺は、突如膨れ上がった魔力の気配に、背筋が一瞬にして凍るのを感じた。

 地獄の底よりもどす黒い殺意を、俺の隣で煮えたぎらせ、雷電迸る剣の切っ先を、真っ直ぐとミュルダールに突き付けるのは、他でもない、ジルラッドだった。
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