転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!

第四十九話

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 ビュウ、と、一陣。無遠慮な風が、全身に当て身をしつつ通り過ぎていく。咄嗟に目を閉じて、再び目を見開けば、プラチナの髪をなびかせつつ、ひとつの剣のように、壮麗なさまで佇むジルラッドの背が、やけに眩しく映った。

 その背の向こうにあったのは、まさに荒野と形容すべき大地だった。人の手などひとつとして介入していないであろう、まごうこと無き無秩序の園。荒廃に次ぐ荒廃、混沌に満ち満ちた大地には、むせかえるほど濃密な血煙と魔素の気配が充満していた。

 光の軌跡を辿り、石窟から這い出た俺たち三人は、広大な大地を見渡せる崖の上にたどり着いた。あの光の鳥はどこへやら、痛々しいまでの日差しに目を細めつつ、あたりを見回しても、その姿は見当たらなかった。

「アハ、なんてことだろう。なあ、君たち、あれが見えるかい? あのエーテルの光帯のことさ」

 ミュルダールは、魔杖の先端に嵌った青々しい深紫の魔石を、天高く掲げてケタケタ笑った。その先には、オーロラのように常時色彩を変えながら、中天に揺らめく光の帯が、地平線と太陽の間にかかっている、尋常でない風景があった。

「肉眼で拝むのは僕もこれが初めて。出来れば死ぬまで拝みたくはなかったけどね。あれこそ、忌み地と文明を隔てる封印のしるし。我々の住まう領域からは見えぬ、有史以来の大魔法の姿だ。いやあ、足労が省けて何よりだね、ハハハ」

「つまり、ここは……」

「ええ、ディザリオレラの領域内、ということでしょう」

「そ、っかぁ……」

 いや、広過ぎん? 普通に見渡す限り荒野だが。小説のジルラッド君ってば、ここに住む魔獣みーんな狩り尽くしたって、マジ? バケモンじゃん。知ってた。

「トリ=サン……俺たちがここを目指していたことを知っていたのか……?」

「うーん、どうだろう、だとしたら、王都から僕たちの傍にいたことになるけど。あんなケッタイな魔力の気配を感じた覚えは無いから、封印の内側から呼び寄せたんじゃないかなと思うけどね」

 ケッタイな魔力の気配か……俺、この世界に転生してからずっと、王宮の敷地から出たことが無かったから、そういうのよく分からないんだよな。人間の持つ魔力の気配とはちょっと違うくらいなら何となくわかったんだが、まあ明らか人間じゃないから不自然になんて思わなかった。

「何はともあれ、調査といきましょう。あの鳥の目的がどうあれ、我々の目的は変わりませんから」

「そうだな……ところで、ディザリオレラに生息してる魔獣って、ガラリア王国の人口の半数近くいるって聞いてるんだけどさ」

「……あー、それ、言っちゃう?」

「言うだろ、だって……」

「……ええ、それにしては、姿が見えないにも程があります、ね」

 そう、そうなのだ。魔獣の楽園、人間にとっては地獄と言うべき忌み地……なんて触れ込みのこの場所だが、どんなに目を凝らしても、この見渡す限りの荒野に、群れの一つどころか、魔獣の姿すら、一匹たりとも見当たらないのである。

「……もうさ、帰らない? 君の言うことは全くの見当違いで、魔獣はいつの間にか絶滅していました、めでたしめでたしってことにしてさ」

「……だとしたら、あの封印帯は何だというんだ。あれは魔獣たちの生存競争の過程で生まれる数多の魔獣の遺体から魔力を吸収し、術式を維持している。本当に魔獣が絶滅したのなら、封印は自然消滅するはずだろう」

「臭いものに蓋をしたいお年頃なンだよ……」

「老い先短いとそうなっちゃうんだね、嫌だねぇ」

「そこの甥っ子はあとで覚えておけよ」

 軽口を叩きあって現実逃避でもしないと到底受け入れがたい、不気味な静寂。吹きすさぶ突風の唸り声がやけに耳につき、胸を騒がせる。ジルラッドの言葉に、改めて空を仰げば、今なお、天に煌々とかかる光のベルト。とても、封印の力が弱まっているとは思えず、寧ろ……そのはっきりとした輪郭は、この土地を覆う、はちきれんばかりの禍々しい気配を、必死に戒めているように思えてならないのだ。

 口から生まれたような人間であるはずのミュルダールが、珍しく無言で眉間を揉み、ややあって、大きく嘆息した。現実逃避も気が済んだらしい。

「仕方ない、それじゃ調査といこう。幸い、向かうべき場所は一目瞭然、ッ!?」

「ぅ、わ……ッ!!!?」

「兄上、こちらへ……!!」

 ドォ……と、唸るような地響きがなった次の瞬間、まるで何かに強くぶつかったかのような強い衝撃が、地面を揺らした。地震大国に住んでいた前世の記憶でも、なかなかないほどの大きな地震だ。危うく崖から身を投げ出しそうになったところを、ジルラッドが引き戻してくれる。

 頭を庇い蹲りつつ、恐る恐る大地の方を見れば、ひとりでに喉がヒュッと鳴った。見渡す限りの荒野の中で、封印の光帯の次に目を引く、大地を大きく割ったような亀裂が、みるみる広がっていたのである。

「これは……まるで、今にもナニカが孵ろうとしているみたいじゃないか? 忌まわしき、数百年モノの忌み地を母胎にして……うわ待って、キモォッ、うえ、キモキモキモッ!!」

 形容するならば、スズメバチの巣だ。その亀裂から、まるで溢れ出るように、天空めがけて一斉に飛び出した、鳥のような、虫のような、無数の黒い影。それが、中空の光帯に群がり、じわじわと取り付いているのだ。

 死体に群がる蛆を思わせるその光景に、唯一リアクションを示すほどの余裕があったのは、3人の中でミュルダールだけ。俺も、天下無双のジルラッドでさえ、顔色を悪くしながら、その光景を見つめる事しかできなかった。

 しかし、蝕まれていっているかに見えた光帯は、あるところを境に、メラメラと輝きを増し、自らを腐食せんとする影たちを、分解、吸収し始めた。

 脈動するが如く、天が揺らぐ。影たちを魔力源に、光帯が雨のような光を大地に降らせると、絶えずガタガタと地響きを鳴らしていた大地の揺らぎが、次第におさまっていった。

 俺たちはしばし顔を見合わせ、おっかなびっくり立ち上がっては、難しい顔をして、大地の亀裂を凝視した。再び眠りにつき、不気味な静けさを取り戻したその様子に、まるで地雷原を目の前にしているかのような気分にさせられる。

「まだ、封印は機能しているのか。でも、この大地が孕んでいるナニカが、晴れて地上にまろび出てしまったらば、きっとこの古臭い封印じゃどうにもならないだろう。孵っていない現時点でも、抑えるのがやっとって感じらしいし」

「この地に居た魔獣は、アレの養分にされたということか」

「まあ、地下を見てみないことには断言できないけど、おそらくは」

「俺ら、いまからそのガチヤバいバケモノの殻の中にカチコミ行くって、コト!?」

「んん~? 言い出しっぺが何か言ってるね」

「兄上、大丈夫です。兄上だけは僕が守りますから」

「殿下、殿下、君の愛すべき師匠もここにいますけど」

「……?」

「ハハハ、流石は殿下、僕が一番傷つく反応をよくお分かりで」

「下らん戯れに付き合っている暇はない。行くぞ」

「仰せのままに、我が主」

 クソ、この師弟、俺を差し置いて仲良し主従しやがって。ジルラッド、俺にももっと、ミュル叔父にするみたいに、気の置けない感じで接してくれないかなぁ。ジルラッドってば、俺にはずっと敬語だし、何か、何だろう、緊張? みたいなのを感じるんだよな。肩筋張ってるって言うか、仮面被ってる……とはちょっと違うか。

 だって、俺は兄貴なのに。まあ、前世は一人っ子だったから、本当の兄弟の接し方なんて全然分からないけどさ。あ、でも、俺とジルラッドって本当の兄弟じゃないんだっけ。

 どうしよう、本当の兄弟っぽさに拘るのもなんか違うんだな……今更だけど、俺って、ジルラッドにとってどんな立場の人間として、接してやればいいんだ?

「兄上、兄上? いかがされましたか?」

「へっ、は!? あ、や、ごめん、考え事して……まし、た」

「もし、お加減がよろしくないなら……」

「や! や! 全然! 全然、大丈夫……なんで」

「……」

 アッ、その顔、その顔はダメです、卑怯です。俺は君のその顔に弱い……! 寒空の下に捨てられた仔犬みたいな……さては分かってやってるなこの子は!

「僕は何か、兄上を傷つけるようなことをしてしまったでしょうか……?」

「違いまして……これはその、自分の毒にあたって死ぬフグみたいなもんで……」

「独り占めなんて狡いです、僕にもください」

「え、何を?」

「その、兄上の毒とやらを」

「ごめん、流石にお兄ちゃんもちょっと意味わかんない」

「おあいこですね」

「……うん、それもそう」

「そこォ!! イチャイチャしない!!」

「は、声デカ」

 苛立ちを露わに、地団駄ふむように地面を蹴り、亀裂めがけて飛び立ったミュルダールの背中を眺め、俺たちは顔を見合わせ、示し合わせるでもなく、同時に頷いた。

 ジルラッドが足を踏み出す。スウ、と静かに深呼吸ひとつ、鋭い眼光で大地を射抜く、凛々しい横顔。彼の姿を斜め後ろから眺めていれば、嫌に寂しいような、焦燥のようなものを感じてならず、俺は込み上げる胸の痛みを誤魔化すように目を細めた。

「兄上、お手を」

 パチリと目が合った瞬間、頼もしげに微笑み、ジルラッドはこちらに手を差し伸べた。「自分で飛べるよ」と言えば、ジルラッドはまたも捨て犬のような幼気な瞳でジッ……とこちらを見つめてきたので、俺はあっけなく降参するほかなく。

 こうして、彼の甘えるような素振りに、俺はまんまと甘えてしまう。この堪え性の無さには困ったものだ。
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