転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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終章

第五十九話

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 空中に投げ出された俺は、まるで体重を失ってしまったかのようにゆっくりと落下していた。ア〇ノヨゾ〇哨〇班、脳内で爆音再生余裕ですね、いえっへーい☆ミ

 重力が仕事をサボっているスカイダイブ、あまりに心地良い。疲労とか言う次元なんてとうの昔に通り越しちゃった今の身体だと、気を抜いたらウトウトしてしまいそうなくらいだった。

 マジもうちょい待って、もう少し、あとちょっと、あと五分……てかこのままいけば地面まで到達しても死ななくね? なんて思いいたってしまっては、余計、わざわざ魔力を振り絞ってまで飛行魔法を使う気になどなれず。

 くぁ、と、あくびをひとつ。危険や死への感覚が完全に麻痺してしまったみたいだ。もうどんなことがあってもどうにかなる気がする。

 だって、俺には。

「兄上」

「ジル」

 ふわ、と、まるで掬い上げられるかのように、俺はジルラッドに抱き留められた。俺と離れ離れになってから、かすり傷一つ負っていないらしい。どこまでも健気で、でも少し我儘で、だからこそ愛おしい、俺の最愛。

「君と生きれる。俺は世界一の幸せ者だよ」

 瑕疵一つない滑らかな頬を、そっと撫でる。ジルラッドは、一瞬、感極まった様に目を見開いた後、ほろりと綻ぶように微笑んだ。

「もっと、幸せにしてみせます。僕だって、世界一の果報者ですから」

「負けず嫌いめ」

「こんな僕はお嫌ですか?」

「ばか、大好きだよ、全部」

 ブハ、と、思わず吹き出す。天下無双の美男子がお顔真っ赤っかにしてやんの。撫でてる頬も途端にホヤホヤと熱くなってきて、身体が爆発四散しそうなほどのときめきが全身を駆け巡り、悶絶が止まらなかった。

「絶対、負けません……」

「ングッ……、ギ、ギャワ゛……」

 俺のジルラッドが世界一。異論は認めない。

 とっくの昔に白旗上げて降参してる俺に、何度も負けない、負けないといってむくれるジルラッド。その不毛な攻防は、ミュルダールが空気も読まず「いい加減帰るよ!!」と割り込んでくるまで続いたのだった。

 +++

 さて、王国の危機を食い止めて、めでたしめでたし、で終わるかと言えば、そうではなく。

 怪物退治のすべての後始末を済ませ、出立した日の翌夕方ごろ、無駄と思いつつもコソコソと王宮に戻った俺たち3人に待ち構えていたのは、国王陛下直々の叱責であった。

 王太子と王族の一員の失踪に、王宮はなるべくして上へ下への大騒動に発展した。

 捜索には、王都駐在の騎士たちの殆どが動員、同時に、ディザリオレラの封印の異変がシェリジーヌの管理局から報告され、王宮は一層の混乱に見舞われることとなり。

 そんな状況の中、何事もなかったように元の日常に戻ろうなんて、そうは陛下とんやが卸さない。

 玉座の間で、冴え冴えとした圧を放ちつつこちらを睥睨する陛下の御前。ひれ伏すことしかできなかった俺とミュルダールは、不遜にも悪びれることなくディザリオレラの寛解を報告するジルラッドの態度にも、凄まじい剣幕で雷を落とす(直喩)陛下にも、涙目で冷や汗をかきながら震えっぱなしだった。

 しばらくの謹慎を命じられたうえで、早々に玉座の間を辞すことを許された俺とミュルダールは、部屋から退去した途端、ジルラッドと陛下だけになった扉の向こうから剣戟が聞こえ始め、親子水入らずにしては物騒すぎる、なんて顔を見合わせるなどして。

 後日、謹慎(などと銘打ったただの通常運転ひきこもり)する俺が、なかなか部屋に顔を出さないジルラッドを心配すると、国王陛下からジルラッドに下された罰が、1カ月の俺との接触禁止だったのだと、オリヴィアさんから知らされた。

「いつにも増して殺気立ってるって、政務官も騎士団員たちも涙目なんですよ」なんて、とうのオリヴィアさんも涙目になりながら泣きつかれ、俺は苦笑いするしかなかったのだった。

 翌日、ようやくジルラッドとの接触禁止が解除される、という夜のこと。

 俺の部屋に、謹慎処分の解除を告げに来た方がひとり。まさかの国王陛下御本人が、あろうことか単身でお見えになったのである。

「陛下……! あの、まさか、直々にお見えになるとは思わず、不調法をお許しください」

「ベルラッド、どうか、そのように畏まらず、楽にしてくれ。そして……我々大人の不始末の数々を、何の罪もない君に押し付けることになってしまったことを、謝らせてほしい」

「いえ……とんでもない、です。正直、あの母親ひとの犯した罪を思えば、俺は王宮から放逐されてもおかしくなかった。それこそ、俺を聖者として管理したがっていた教会に身柄を引き渡しても何も問題なかったはずなのに、罪人の息子をなおも王族として王宮に匿ってくださった陛下には、感謝しかない、というか……」

「すまない、すまなかった、ベルラッド。私は、君がどんな出自であろうと、私の息子だと、周りに示すことが出来なかったのだ。さりとて、君を手放すことも出来なかった。君が、兄上……ウルラヌス卿の忘れ形見だと知っては、余計に」

 陛下は、懐かしむように、悼むように、そっと目を伏せた。思いがけず王太子になり、数多の重圧に晒され、なおも毅然と振舞うよう、厳しく躾けられた少年時代。その悩みや愚痴を、唯一打ち明けられたのが、出家し世俗から離れた兄のウルラヌスだったのだと。

「当たり前のように、他者の痛みを憂い、民衆の平和な暮らしを願い、そのために、何のためらいもなく献身できる方だった。私が王としての心得を学んだのは、兄上からだったように思う。彼女の、シレーヌ妃の言うことは、私が一番理解できるのだ。私などよりも、余程、兄上の方が、王に相応しいお人だった」

 だからこそ、シレーヌ妃が憎らしく思えてならない……彼女さえいなければ、兄上が国王に即位して、私が彼を傍で支えることが出来たのだから、と、陛下は心中を吐露なさった。

 自分の父は、どんなに罪作りな人だったというのだろう。俺は途方に暮れつつ、正直なところを言えば、彼は為政者の器などではなかったと申し上げずにはいられなかった。

「陛下、恐れながら……俺は、ディザリオレラの怪物と戦う最中、父の記憶を見ました。陛下の仰る父の姿もきっと、彼の一面なのだろうと思います。ですが……俺が彼に見せられた彼は、どこまでも、愛に生きる人でした。どんな変貌を遂げようと、ただ一人の女性を愛し続けた、愚直な人だった。彼は、博愛と最愛を天秤にかけた時、最愛を取ったからこそ、司教になったのですから」

「そう、か……何もかも、すれ違っていたのだな。それなのに、私は、シレーヌ妃と、子どものようにわだかまって……最初から、軍配は上がっていたというのに」

 なおも寂しげだったが、どこか晴れやかに、陛下はカラカラと笑った。

 それから、俺は、宰相閣下が陛下を執務に引きずり戻しにやって来るまで、二人でゆっくりと語らいあった。陛下は、俺がこれからどうしたいかをしきりにお聞きになり、俺が話すたび、惜しみなく支援しようと朗らかに請け合ってくださった。

「あの、陛下……謹慎解除ってことですけど……俺から、ジルに会いに行くのは、駄目、ですかね……?」

 宰相閣下に襟足を掴まれ引きずられつつ、じゃあまた匿ってくれなんて手を振る陛下の去り際、部屋から見送りに出た俺は勇気を出して、そう切り出した。

「可愛い甥の頼みだ。あの生意気な倅を調子づかせるのはやや気がかりだが、好きなようにするといい。ああ、だが、できれば、甘やかすのはほどほどにしてやってくれ」

「ありがとうございます……!」

 俺は渾身の最敬礼をしながら、喜色をふんだんに滲ませた声を張り上げる。内心、最後の言いつけについては約束できないなと苦笑しつつ。

 ふう、と一つ、はやる気持ちを宥めるように息を吐いて、陛下の姿を見送ったのち、俺は部屋には戻らず、そのまま歩き出したのだった。
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