無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

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第八話

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 新幹線で二時間弱、駅の周りにホテルや商業施設、飲食店が若干密集しているが、人気はまばら。バスは一日に二本の運行、視界に映る範囲で、道行く人は十人いるか、いないか。お盆だと言うのに、この過疎具合……絵に描いたような田舎だ。

 ジワジワとセミが鳴いている。駅の裏手のほど近くに山なみが見え、さらにその向こうには海岸線がある。こういう田舎は、海の道路を挟んですぐそばに山があり、山の合間に切り開いたようなわずかな平地に田んぼや集落があるのだ。

「あ、ねえねえ久瀬、あれ、あの山見える? あれうちのじいちゃんの山。春はあそこで獲れるタケノコを毎年送ってくれんの。天ぷらが美味くてさぁ」

「すごいね……」

「あ、そうだ、今お腹空いてる? 多分ばあちゃん張り切って昼飯用意してくれてると思うけど、信じられないくらい沢山出てくるから、覚悟してた方がいいよ」

「覚悟……そんなに……」

 小さくて掠れているが、久瀬はもう、俺の前で声を出すことを躊躇しなくなっていた。というのも、昨日の今日で祖父母の家に一緒に行くことになったから、そもそも時間の都合の付け方や待ち合わせの算段などに慣れていない俺がメッセージでのやり取りにまごついていて、それを心配した久瀬が、自分から通話をかけてくれたのだ。

 俺は昨日からずっとドギマギしっぱなしだった。妹が特別好きとは言え、メンズアイドルグループ・ラヴィの発信するコンテンツには全く興味が持てなかった俺だが、ミズキの声だけはしっかりと印象に残っていたくらいなのだ。

 やっぱり久瀬の声は、電話越しでも、肉声でも、とびきり魅力的だ。それが今は俺だけに向かって発声されているという事実。これって、よく考えなくてもとんでもないことなんじゃないだろうか。

 そんなことを思うたび、どこか恐ろしさのようなものを含んだ感動が、胸をいっぱいにする。そして、つい、他のことを考えられなくなり、ボーッとしてしまうのだった。

「カイリくん……? ねえ、大丈夫? やっぱり、体調悪いんじゃ」

 こうやって心配されるのも何度目だろうか。今日は合流してからずっとこんな調子なのだ。今年の夏はひときわ暑いから、熱中症ではないかと久瀬は心配してくれる。それなのに、俺の内心はこのザマだから、気遣いを無下にしているようで申し訳なかった。

「マジごめん……友達と遠出するなんて、久瀬が初めてだから、なんかヘマしたらどうしようって色々考えちゃって」

「あ……僕が、初めて? 本当に? カイリくん、あんなに友達いるのに」

「それがさ、なかなか自分から誘おうって発想になれなくて。自分でもびっくりしてる」

「そっか……」

 久瀬が何か小さな声で呟いた。彼の一言を聞き逃してしまったのがもったいなくて、聞き返そうとしたのだが、パッパッとクラクションが鳴り、遮られてしまう。

 クラクションの鳴った方を見れば、祖父の愛車の黒いミニバンが送迎用の駐車スペースに止まっていた。おもむろに窓が開き、ニカッと笑った祖父が手を振ってくる。

「あ、来た。それじゃ行こうか」

「どうしよう、緊張してきた……」

「久瀬って緊張するの⁉」

「するよ……! けっこうあがり症だよ、僕……」

「え~……なんか意外。ちょっとうれしい」

 まあ大丈夫大丈夫! 軽くそう言いながら久瀬の肩を叩き、歩き出す。どこか不満げな視線横から突き刺さるが、ニカ、とさっきの祖父みたいな顔で笑ってみせれば、久瀬の纏う空気が少し和らいだような気がした。

 さて、祖父に言われるまま、トランクに荷物を積み込み、そのまま後部座席に二人で乗り込む。久瀬があからさまに緊張を滲ませた声で「あの、久瀬瑞葵といいます。よろしくお願いします」と言えば、祖父はウンウンと嬉しそうに頷き、車を発進させた。

「いやぁ、よく来たなあ、カイリ、お友達も。カイリが友達連れてくるなんてびっくりしたが。ばあちゃんなんか張り切ってなぁ、朝から赤飯炊いとったわ」

「じいちゃん流石にそれはお盆だからでしょ」

「ここらじゃ盆に赤飯ぞ炊かんわいや! 盆ち言やあ団子やけんの」

「あぁ、そうだっけ? そういえばそうかも。久瀬って赤飯大丈夫?」

「うん、好き嫌いは何も」

「おお! そりゃええこっちゃ。ミズキくん? も遠慮せんじ、いっぱい食べてってなぁ」

「あ……はい、ありがとうございます」

「ほんまはここらの色んなとこ連れてって行けたらよかったんやがね、今年から町内会長やらされて、打ち合わせやらで納涼大会まで殆どうちにおられんのや、ごめんなぁ」

「いえ、いえ……」

 久瀬が田舎のじいちゃん特有の押しの強さにタジタジだ。特に俺の祖父は喋るのが好きで、付き合いが広い。町内会長を任されたのも、おそらくそれが理由である。

 納涼大会の準備の手伝いをしてほしいという名目で呼ばれたのは俺だけではないが、俺の父は万年人手不足の夜勤介護職で、お盆だからといって易々とは休暇が取れず、母は母で妹にせがまれて、はるばる北海道の夏フェス遠征に同行。そんなわけで、結局人手として来れるのは俺だけだったのだ。

 さて、駅から車で約三十分、進めば進むほど、さびれた商店の跡地やら、やたら駐車場の広いコンビニなど、田舎特有の閑散とした雰囲気が強調されていく国道を進み、果てには田んぼの舗装されたあぜ道を通って、ようやく見えてきた木造平屋。

 家と同じくらいに見える大きな車庫、トラクターやら軽トラやら、車検受けてるのか分からないビンテージの車やらの横に、あざやかに駐車し、はいおつかれさん、と祖父の一言。スライド式のドアを開け、車から降りた途端、草と土とかすかな肥料の匂いがドッとのしかかってくる。

 ふと、ピリリリリ、と、甲高い着信音が響いた。祖父の携帯だ。祖父は間髪入れず応答し、こちらにはジェスチャーで「先に入りなさい」とアピールする。俺はそれに従って、久瀬を促しつつ、無遠慮に玄関の重い引き戸をガラガラと開けた。鍵はかかっていない。引き戸の擦れる音がチャイムがわりなところがあるのだ。

「ばあちゃーん! 来たよー!」

 久瀬は俺の行動のほぼすべてに面食らった様子で、きょろきょろと落ち着かない。家の奥、台所から響いた、祖母の「はーい」という朗らかな返事に、びく、と肩を震えさせているのが見えた。

「はいはいはい、あらあらまあまあ! カイくん、お友達も! 来てくれてありがとう、どうぞ、おあがり。手を洗っていらっしゃいね」

 祖母はいつにも増してご機嫌だ。その張り切りぶりがひしひしと伝わってくるようで、久瀬の手前、少し面映ゆい。久瀬には先に上がってもらいつつ、自分の靴と久瀬の靴を収納におさめた。

 台所から玄関まで、米の炊ける匂いと、他にも何か香ばしい匂いが漂ってくる。恐る恐るといったように畳の間を覗き込めば、机の上には所せましと大皿が並び、赤飯と白米のおにぎりの山、刺身の盛り合わせ、豚の角煮、揚げ物、サラダ、煮物などなど、ちょっとしたバイキング並の料理がツヤツヤ湯気を立てていた。

「カイリくん……すごいね……」

「うん、田舎に来たなって感じするわ」

「なんか、なんだろう……もう、ちょっと、たのしい」

 久瀬はそう言って首をかしげながら微笑んだ。やっぱり、久瀬は根本的に肝が据わっている人だと思った。普通の人の胆力なら、きっとこの圧には顔を引き攣らせるだろうから。

「アイスも買ってあるからね~! 沢山お食べ~!」

 台所でなおも作業を続ける祖母の言葉に顔を見合わせる。クスクスと、示し合わせるまでもなく、ほぼ同時に笑い出しながら、俺はいつも泊まらせてもらっている部屋に久瀬を案内した。家の裏の畑の緑と、青い空が良く見える、静かな部屋だ。

「予言するけどね、この後めっちゃ眠くなるよ。三時くらいまで寝て、その後ゲームしよ」

「ふふ、うん、分かった」

 俺にとっては、なんて事のない、見慣れた祖父母宅の光景。そこに、久瀬の存在があるだけで、たちまちそれらが、特別なものとして、しきりに胸をときめかせた。

 せっかくなら、今までは敢えてやらなかったことも、たくさんやろうと、密かにそんな決断をした。久瀬と一緒なら、どんな些細なことも楽しめるだろうと、そんな確信があった。
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