無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

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第二十四話

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 着替えを終えて旧校舎を出れば、いつも通りの久瀬が待ち構えていた。しかし、どこか浮ついたような雰囲気も感じて、ちょっとムカついた。

「あ、そうだ、久瀬。今さ、俺の父親と妹が文化祭見に来てて。もし久瀬が良ければ、ちょっと紹介したいんだけど、いいかな? 久瀬が声出せないのはもう知ってるから、そこは心配いらないと思う」

 久瀬は少し逡巡して、やや遠慮がちにうなずいた。父に確認を取れば、吹奏楽部のカフェで休憩しているとのことだったので、俺たちはそっちへ向かうことにした。

 終了時刻が迫っているからか、早くも屋台なんかは店じまいを始めていて、売れ残りの食べ物を格安で叩き売っていたりした。そんな、どこかアンニュイな喧噪をかき分け、クラリネットの音色が聞こえるプレハブ校舎に到着する。

 父と妹は既に店を出て、出入り口付近で並んで佇んでいた。久瀬にひとつ目配せしてから、そそくさと駆け寄る。

「父さん、いろは、お待たせ。あー……えと、こちら、久瀬くんです」

 そう言いながら久瀬の背中を押し、そのまま肩に腕を回す。久瀬は流石の体幹で俺の暴挙をものともせず、ペコリと一礼した。

「はじめまして、久瀬くん。いつもカイリと仲良くしてくれてありがとう」

「はじめまして、妹のいろはです。兄がいつもお世話になってます」

 父は通常運転の穏やかな笑顔。妹は久瀬の高身長に少々面食らってか、父の背に気持ち隠れながら、しおらしく一礼する。

「毎週末、久瀬くんのお宅に泊めてもらってるんだよね? 確か、今日も……カイリばかりお世話になって申し訳ないなぁ。今度、うちにも遊びに来てくれるかい? ちょっとものが多くてごちゃついてる家なんだけど、それでもよかったらね」

「ねえパパ、それってうちのグッズのこと言ってる? 事前に言ってくれたらちゃんと片付けるってば、ねえお兄ちゃん」

 あはは、と顔を見合わせて笑う父と妹。しかし、俺はすぐに反応することができず、固まってしまった。お兄ちゃん? と怪訝そうに妹に顔を覗き込まれ、我に返る。

「あ、ああ……うん、そうだな、また今度」

「どうしたの、お兄ちゃん。大丈夫? いつもならさ、それ俺が片付けさせられるやつだろ、とか言って怒るくせに」

「うん……」

 うまく返答が思いつかなくて、俯く。これ以上は何も話してくれるな、という焦りが、みるみる視野を狭くしていき、息が詰まった。久瀬の肩に回していた腕を下ろせば、久瀬も心配そうに俺を見下ろしてくる。

「え、マジでどうした? なんか変なもの食べた?」

「まあまあ、いろは。さっきまでカフェで働いてたわけだし、兄ちゃんも疲れてるんだよ。ほら、文化祭もそろそろお開きみたいだし、そろそろ帰ろうか」

「……わかった」

「それじゃあ、また。久瀬くん、今後とも、うちのカイリと仲良くしてやってね」

 久瀬はコクコクとうなずき、ガバリとまた礼をした。その食い気味の反応に面食らいつつも、嬉しそうに笑って、父は妹の手を引いて、手を振りながら帰っていった。

 急に時が動き出したみたいに、安堵感と疲労感がドッとのしかかる。何かフォローを入れないと、と思うのに、口ばかりが空回って、声が出ない。

 結局、久瀬とはぎこちない空気のまま、文化祭が終わり、片付けの時間になってしまった。実行委員はステージやテントの片付け作業に行かなければならないので、ふたたび久瀬と別れて、集合場所の体育館へ向かう。今はそれが無性にありがたかった。

 ラヴィのことさえなければ、今日にだって、久瀬を連れて行きたいところだ。ホットプレートを出して、焼肉とか、すき焼きとか、とっておきの夕食を囲んで、俺の部屋でゲームしたり、漫画を読みながら、何だかんだ夜を明かしたりとかしたい。

 でも、俺の家じゃ、俺は久瀬の声が聞けない。俺でもすぐに気づいたくらいなのだ。妹ならよほど、簡単に久瀬の正体に気付く。

 いや、妹が気付こうが気付くまいが、そんなことはどうでもいいのだ。ただただ、俺は、久瀬に幻滅されたくない。嘘をついていたことがバレたら、きっと。

 心ここにあらずといった状態で、呆然と、鉄骨やらパイプ椅子やらを運搬していれば、あっという間に作業が終了し、解散のお触れが出された。それでも、俺のクラスの片付けよりは時間がかかったらしく、久瀬は俺の荷物まで持って、体育館に迎えに来てくれた。

『大丈夫? もしかして体調悪い?』

 ピロン、と通知音が鳴り、久瀬からのメッセージがロック画面に表示された。気遣わしげに首を傾げ、指の背で俺の頬を撫でてくれた。今はその優しさがチクチクと痛かった。

「まあ、ちょっと、色々あったから……でも、疲れただけだよ。大丈夫」

『今日はケンタでもテイクアウトして、家でゆっくりしよ』

「うん、そうだな。ありがとう」

 くたくたの身体にチキンは利くだろう。ようやく元気がいくらか漲るのを感じ、久瀬から俺のリュックを受け取って、歩き出した。

 駅前の店舗でバーレルをテイクアウト、そこから歩いて間もなく、もはやおなじみの久瀬の家に上がる。何だかんだ体力を要求される作業が多かったからか、腹ペコだった。

 せっかく揚げたてを提供してもらったので、制服のまま先に夕食を済ませることにし、ガラスのテーブルにチキンを広げる。申し訳程度のコールスローサラダをちまちま食べながら、大きく口を開けてチキンに齧りつく久瀬を眺めた。

「カイリくんのお父さん、やさしそうだった。妹さんも」

「ハハ……父さんはまあ、すごく優しい。妹は外面がいいだけかな。兄なんか財布かパシリとしか思ってないような生意気なやつだよ」

「あのね、僕、全然気にしないよ。お世辞、だったのかもしれないけど……やっぱり、カイリくんのお家にも行ってみたい。妹さんのグッズだって、片付けなくても」

「……お世辞じゃない、と思う。母さんも、近いうちに連れてきてって言ってるし……多分、自分だけ会ったことないって知ったら、これからもっと催促してくるだろうな」

「……じゃあ、あとは、カイリくんの気持ち、だけ」

 真っ直ぐに、痛いところを突いてくる久瀬。コールスローサラダのちっこいカップをテーブルに置き、息を吸う。今は何を言っても嘘になる気がして、うまく言葉が出なかった。

「……ごめんね、わがままばっかり言って」

「それは、俺のほうだよ。意気地なしでごめんな……」

 いつか、ちゃんと言わないと。ちゃんと、謝らないと。このままあやふやにし続けても、苦しくなるばかりだ。

 気落ちして、めっきり食が進まなくなった俺を見かねてか、久瀬はパッと纏う雰囲気を明るくした。

「そう言えば、カイリくん、執事の服すごい似合ってた! かっこよかったよ」

「あ、ああ……いや、待てよ。そうだよ、久瀬。あれは何のつもりの何? バチバチに決めて乗り込んできた挙句、チェキ十枚って……すげえ注目集めてたし、大丈夫なん、あれ」

「……堂々とさ、カイリくんは僕のですってマウント取りたくて、ちょっと。凄い楽しかった……明日はメイドさんでもチェキ撮ろうね」

「おお、一回三千円な」

「じゃあ百枚で」

「バカバカバカ……」

 三千円を百枚って、三十万じゃないか! 十枚三千円でも卒倒しそうになったのに、いったい何を考えてるんだ。頼むから、冗談でも金をドブに捨てるようなことはしないでくれ。

「ねえ、あの後、委員長と、何か話した?」

「うん。久瀬と付き合ってるって話した。久瀬と仲良くなれたのは伊吹に相談されたのがきっかけだったからさ。自己満でも、ちゃんとお礼言っておきたくて」

「告白、されたんじゃないの?」

「好きな人はいるかって聞かれただけ。あ、あと俺、ちょっと久瀬に謝らないといけないことあって」

 久瀬と付き合ってるのに、伊吹とツーショットで写真を撮ったこと、そうせざるを得なかった理由なんかを慎重に言って聞かせる。怒るなり拗ねるなりするかと思っていたが、久瀬は案外、そこまで深刻には受け止めなかったらしい。

「いいよ。ちょっとやりすぎちゃったかもって、反省してるんだ。ムキになっても仕方ないって分かったし。向こうは一枚だけど、僕は十枚撮ってもらったからね」

「頼むから、お金は大事に使ってな……」

「はーい」

 少しも分かってなさそうなご機嫌な声で、久瀬は半笑いの返事をした。呆れつつも、俺は少し安心した。この分で行けば、きっと明日のコスプレ恥さらし大会もさほど大変なことにはならないだろうと。

 しかし、そんな俺の希望的観測もむなしく、まさに「あんなことやこんなこと」としか形容しようのない、とんでもない一日が待ち構えており、俺は一生分の赤っ恥をかいて撃沈する羽目になったのだった。
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