3 / 63
【1】初めての拉致監禁-③
しおりを挟む
日影は目が覚めた時、手足に触れるサラサラとした布の感触にうっとりとした。
清潔で滑らかで良い匂いがする。とても気持ちが良い。
「ん……ずっと触れていたい……」
目を閉じたまますりすりっ、とシーツに頬を擦り付けた日影の頭の上から声が降ってきた。
「それもいいけど、お腹が空いてるんじゃない?」
「えっ?」
誰だ、どうして、ここは一体?
驚いてぱちりと目を開いた日影の瞳と男の瞳が、正面からまともにぶつかった。
互いに無言のまま見つめあう。
「どう? 少しはすっきりした?」
にこりと笑われて日影は顎を引いた。頷いたようにも、戸惑って表情を隠したようにも見えたが、男は気にせず話を続ける。
「まずは具の入っていないスープを飲んで、それからお風呂に入って、人心地ついたところで消化の良いものを食べよう」
「あんた誰?」
男の長広舌を遮って日影が訊いた。警戒心バリバリの、猫なら耳も尻尾もピンと立っているだろう態度に男が小さく笑った。
「俺は折原翔太、二十六歳。バイク便のライダーをしている。昼間のあなたの様子が気になって、一応見に行ったら深夜だってのにいるし、倒れるし、意識も失って……これでも焦ったんだからね」
悪戯っぽく咎めるように言った男の言葉に、日影はサーッと顔から血の気が引いた。
そうだ、壊れたPC。作り掛けだったプログラム。それに会社に連絡も入れていない。
クビになるにしても手順と言うものがある。どうしよう。
静かにパニクる日影に、男――折原がゆっくりと言い聞かせるように言った。
「PCは片付けさせたし、有給休暇取得の手続きもした。あなたには最低でも、一週間はここにいて貰う。会社の事は心配しなくていい」
「はぁ!? 片付けさせたって、有給休暇って、何を言って――」
混乱している日影に、折原は更に意外な事実を告げる。
「俺はあの会社の社長の息子なんだ。会社を継ぐつもりはないけど、社員一人くらいはどうとでも出来る」
「それは……脅迫か?」
勘違いして鋭く睨んでくる日影を見て、折原は薄く笑った。
確かに誤解されても仕方のない言い方だったかもしれない。
だがそれならそれで手っ取り早い。
「そうだよ。クビになりたくなければ、俺の言う事を聞くんだ」
あなたはいっその事クビになった方が幸せかもしれないけど、とは心中に留め置く。
「俺なんか脅迫したって仕方がないだろう!? お前が欲しがるようなものは、何も持ってない!」
「そうでもないよ」
何も持っていないなんて、そんなことはない。けどきっと彼だけが、それを知らない。
彼は自分の優秀さや魅力に気が付いていないし、それを大事にする方法も知らない。
そして何故か容姿に関してもコンプレックスを抱いているようだ。
(磨けば十分に光るのに)
そう思ったが、折原は取り敢えずお腹に何か入れた方がいいだろうと温かいスープを持ってきた。
日影は手渡されたそれをふうふうと吹き冷まして啜り、身体に染み込むような優しい味わいに、瞳をじんわりと潤ませた。
「おいしい……」
「鰹節で出汁を取って、朧昆布を入れただけだけどね」
「?」
何を言われているのか丸で分からないといった日影の表情に、折原が破顔した。
どうやら彼は料理はからきしらしい。
「温まったらお風呂に行こう」
「行こうって――外に出掛けるのか?」
「いや、心配だから一緒に入るってだけ」
「冗談じゃない! 風呂くらい一人で入れる!」
「でも倒れた後だからね。それにスープ一杯くらいじゃ、体力だって戻ってないだろうし」
「じゃあ食べてから入る!」
「それもねぇ、どうかと思うよ。清潔というのは一番の病気予防なんだってさ。あなたも毎日、シャワーくらいは浴びた方がいいよ」
「ほっとけ……」
日影は反射的に言い返したものの、自分が臭うことが恥ずかしかった。
何日も会社に泊まり込んでいたから臭うのも当たり前だったが、自分ではすっかり麻痺していて、周囲への気遣いすら忘れていた。
その事を若くてスベスベした良い匂いのする男から指摘されて、居たたまれない。
「じゃあ、風呂から出たら呼ぶから――」
「駄目。シャンプーするのも腕がだるいって言いそうだもの」
「ッ! 言わねぇよ!」
嘘だ。本当は筋力の衰えた身体では上半身を起こしておくのだって億劫だった。ましてや、両腕を肩より高く上げて髪を洗うなんて苦行はしたくない。
「あのね、すぐにバレる嘘を吐くなんて、子供みたいだよ? ほら、浴室まで抱いて行ってあげようか?」
「ばかばか触るな!」
日影は少しふら付きながらも一人で立ち上がって、浴室についていった。
そして身体を隠すように背中を丸めて、ピカピカしたタイルの上に座り込んだ。
「それじゃ寒いでしょう。浴槽に入って、頭だけこっちに頂戴」
このまま入ったらお湯が汚れるのに。日影はそう思ったけど言い出せなくて、大人しく湯船に漬かって頭を組んだ両腕に乗せた。
シャワーを上から掛けられて、ミントの香りのするシャンプーで髪を洗われた。
生え際から入る男の指が気持ちよくて、とろりと瞼が閉じてしまう。
「痒いとこは無い?」
「……うん」
これ以上は無いくらい丁寧な手付きに文句などあろうはずがない。
(こいつ、何だってこんな事をしてくれるんだろう……)
日影は不思議に思ったが余りの気持ちよさにそれ以上考える気が起きない。
(まあいいや。俺は脅迫されてるんだし、こいつは社長の息子だ。俺は反抗できる立場じゃない)
逆らえないんだから、何も考えずにされるがままになっておけばいい。
日影は思考を停止させて、身体まで洗われてしまった。
清潔で滑らかで良い匂いがする。とても気持ちが良い。
「ん……ずっと触れていたい……」
目を閉じたまますりすりっ、とシーツに頬を擦り付けた日影の頭の上から声が降ってきた。
「それもいいけど、お腹が空いてるんじゃない?」
「えっ?」
誰だ、どうして、ここは一体?
驚いてぱちりと目を開いた日影の瞳と男の瞳が、正面からまともにぶつかった。
互いに無言のまま見つめあう。
「どう? 少しはすっきりした?」
にこりと笑われて日影は顎を引いた。頷いたようにも、戸惑って表情を隠したようにも見えたが、男は気にせず話を続ける。
「まずは具の入っていないスープを飲んで、それからお風呂に入って、人心地ついたところで消化の良いものを食べよう」
「あんた誰?」
男の長広舌を遮って日影が訊いた。警戒心バリバリの、猫なら耳も尻尾もピンと立っているだろう態度に男が小さく笑った。
「俺は折原翔太、二十六歳。バイク便のライダーをしている。昼間のあなたの様子が気になって、一応見に行ったら深夜だってのにいるし、倒れるし、意識も失って……これでも焦ったんだからね」
悪戯っぽく咎めるように言った男の言葉に、日影はサーッと顔から血の気が引いた。
そうだ、壊れたPC。作り掛けだったプログラム。それに会社に連絡も入れていない。
クビになるにしても手順と言うものがある。どうしよう。
静かにパニクる日影に、男――折原がゆっくりと言い聞かせるように言った。
「PCは片付けさせたし、有給休暇取得の手続きもした。あなたには最低でも、一週間はここにいて貰う。会社の事は心配しなくていい」
「はぁ!? 片付けさせたって、有給休暇って、何を言って――」
混乱している日影に、折原は更に意外な事実を告げる。
「俺はあの会社の社長の息子なんだ。会社を継ぐつもりはないけど、社員一人くらいはどうとでも出来る」
「それは……脅迫か?」
勘違いして鋭く睨んでくる日影を見て、折原は薄く笑った。
確かに誤解されても仕方のない言い方だったかもしれない。
だがそれならそれで手っ取り早い。
「そうだよ。クビになりたくなければ、俺の言う事を聞くんだ」
あなたはいっその事クビになった方が幸せかもしれないけど、とは心中に留め置く。
「俺なんか脅迫したって仕方がないだろう!? お前が欲しがるようなものは、何も持ってない!」
「そうでもないよ」
何も持っていないなんて、そんなことはない。けどきっと彼だけが、それを知らない。
彼は自分の優秀さや魅力に気が付いていないし、それを大事にする方法も知らない。
そして何故か容姿に関してもコンプレックスを抱いているようだ。
(磨けば十分に光るのに)
そう思ったが、折原は取り敢えずお腹に何か入れた方がいいだろうと温かいスープを持ってきた。
日影は手渡されたそれをふうふうと吹き冷まして啜り、身体に染み込むような優しい味わいに、瞳をじんわりと潤ませた。
「おいしい……」
「鰹節で出汁を取って、朧昆布を入れただけだけどね」
「?」
何を言われているのか丸で分からないといった日影の表情に、折原が破顔した。
どうやら彼は料理はからきしらしい。
「温まったらお風呂に行こう」
「行こうって――外に出掛けるのか?」
「いや、心配だから一緒に入るってだけ」
「冗談じゃない! 風呂くらい一人で入れる!」
「でも倒れた後だからね。それにスープ一杯くらいじゃ、体力だって戻ってないだろうし」
「じゃあ食べてから入る!」
「それもねぇ、どうかと思うよ。清潔というのは一番の病気予防なんだってさ。あなたも毎日、シャワーくらいは浴びた方がいいよ」
「ほっとけ……」
日影は反射的に言い返したものの、自分が臭うことが恥ずかしかった。
何日も会社に泊まり込んでいたから臭うのも当たり前だったが、自分ではすっかり麻痺していて、周囲への気遣いすら忘れていた。
その事を若くてスベスベした良い匂いのする男から指摘されて、居たたまれない。
「じゃあ、風呂から出たら呼ぶから――」
「駄目。シャンプーするのも腕がだるいって言いそうだもの」
「ッ! 言わねぇよ!」
嘘だ。本当は筋力の衰えた身体では上半身を起こしておくのだって億劫だった。ましてや、両腕を肩より高く上げて髪を洗うなんて苦行はしたくない。
「あのね、すぐにバレる嘘を吐くなんて、子供みたいだよ? ほら、浴室まで抱いて行ってあげようか?」
「ばかばか触るな!」
日影は少しふら付きながらも一人で立ち上がって、浴室についていった。
そして身体を隠すように背中を丸めて、ピカピカしたタイルの上に座り込んだ。
「それじゃ寒いでしょう。浴槽に入って、頭だけこっちに頂戴」
このまま入ったらお湯が汚れるのに。日影はそう思ったけど言い出せなくて、大人しく湯船に漬かって頭を組んだ両腕に乗せた。
シャワーを上から掛けられて、ミントの香りのするシャンプーで髪を洗われた。
生え際から入る男の指が気持ちよくて、とろりと瞼が閉じてしまう。
「痒いとこは無い?」
「……うん」
これ以上は無いくらい丁寧な手付きに文句などあろうはずがない。
(こいつ、何だってこんな事をしてくれるんだろう……)
日影は不思議に思ったが余りの気持ちよさにそれ以上考える気が起きない。
(まあいいや。俺は脅迫されてるんだし、こいつは社長の息子だ。俺は反抗できる立場じゃない)
逆らえないんだから、何も考えずにされるがままになっておけばいい。
日影は思考を停止させて、身体まで洗われてしまった。
44
あなたにおすすめの小説
嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない
天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。
「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」
――新王から事実上の追放を受けたガイ。
副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。
ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。
その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。
兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。
エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに――
筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。
※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
【完結】異世界転移で落ちて来たイケメンからいきなり嫁認定された件
りゆき
BL
俺の部屋の天井から降って来た超絶美形の男。
そいつはいきなり俺の唇を奪った。
その男いわく俺は『運命の相手』なのだと。
いや、意味分からんわ!!
どうやら異世界からやって来たイケメン。
元の世界に戻るには運命の相手と結ばれないといけないらしい。
そんなこと俺には関係ねー!!と、思っていたのに…
平凡サラリーマンだった俺の人生、異世界人への嫁入りに!?
そんなことある!?俺は男ですが!?
イケメンたちとのわちゃわちゃに巻き込まれ、愛やら嫉妬やら友情やら…平凡生活からの一転!?
スパダリ超絶美形×平凡サラリーマンとの嫁入りラブコメ!!
メインの二人以外に、
・腹黒×俺様
・ワンコ×ツンデレインテリ眼鏡
が登場予定。
※R18シーンに印は入れていないのでお気をつけください。
※前半は日本舞台、後半は異世界が舞台になります。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載中。
※完結保証。
※ムーンさん用に一話あたりの文字数が多いため分割して掲載。
初日のみ4話、毎日6話更新します。
本編56話×分割2話+おまけの1話、合計113話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる