38 / 194
⑲虎穴に入る−1
しおりを挟む
“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
どういう訳だか俺は事ある毎にこの一節を思い出してしまう。
別にそんなに絶体絶命のピンチなんて迎えてこなかったのに。
でも今は正にそんな感じ。
“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
そう言いたくなるような光景が広がっていた。
「ロク、あれってもしかして――」
「マキシム卿……。兵を率いて来たか」
こんな小さな街には不釣り合いな数の兵を従え、猛禽類! って顔の鷲型獣人が偉そうに腕を組んでいる。
そこに突っ込んでいったハヌマーンは鬼神の如き働きを見せたけれど、数の優位に押されて中心まではなかなか辿り着く事が出来ないでいる。
「ハヌマーンを捕らえに来た訳じゃないよね?」
「恐らく反乱組織を鎮圧するとでも言って兵を出したのだろうが、実際の目当てはお前だろう」
「俺?」
目を丸くする俺に向かってロクが溜め息を吐く。
「前回はお前が見つからずにおとなしく帰った。しかしその後、なんらかの追加の情報を得たのだろう。今回はなんとしても手に入れるつもりでいる」
「兵で囲んで圧を掛けて?」
「それは私に対する牽制だろう」
「本気かよ」
わざわざ俺一人を手に入れる為に兵を出したって?
幾らなんでもロクの思い違いじゃないの?
「考え過ぎなら良かったんだがな」
苦い顔をしながらロクが何処か遠くを見やった。
その瞳には何か苦い物が滲んでいるように見える。
でも俺にはロクの考えている事なんてわからないので、代わりに背中を叩いた。
「奴の思惑がどうだろうと、まずはハヌマーンをどうにかしようぜ。今はまだ、捕まって貰っちゃ困る」
だって天界の話も聞いていないし、奴はこっちにいれば味方でも、あっちにいたら敵になるかもしれない。
「そうだな。上手く使えば牽制にはなる」
何か思い付いたらしいロクに言われて、こっそりと緊箍児を締め付ける。
途端に膝を付いたハヌマーンに向かって、ロクが手近な兵から槍を奪って投げた。
肩を貫かれたハヌマーンは憎々しげな目でロクを睨む。
「止めを刺してくれる」
ロクがゆっくりと歩み寄って行こうとしたら、ハヌマーンは動かない腕を抱えるようにその場から逃走した。
負傷した身体では分が悪いという判断だろうが、これが驚くほどに早い。
流石は神出鬼没の堕神だ。
「逃げられたか……」
「ロクサーン侯爵! 前回は会えなくて残念だった!」
バサリと羽ばたいて来たマキシム卿にビクつく。
翼のある獣人は飛んでこれるからたちが悪い。
「マキシム卿、ご無沙汰しております。助太刀、感謝いたします」
「なに、そなたには不要だったろうが、向こうから飛び込んできたのでな」
「卿は何故、これだけの兵を率いて来られたのですか?」
「反乱組織がこの辺りに根城を構えたとの情報が入った」
「その情報はどちらから?」
「俺の副官からだ」
「……」
黙ってしまったロクをマキシム卿が甚振るように愉しげに見ている。
(副官てヨカナーンの事だよな)
つまりは裏切られたのだろうか。
「そちらは?」
マキシム卿の興味がロクから逸れたように、黄色い眼が俺の方を向く。
「異世界召喚で来た異世界人です。どうやらハヌマーンに狙われたようです」
「大猿に? 何か理由があるのか?」
その探るような視線にゾクリと背中が震える。
確かに並々ならぬ興味を持たれているようだ。
「異世界から来た人間が珍しいようでした。これまで異世界人は城から出たことが無かったので、その存在を知らなかったのでしょう」
「なるほど。初物という訳だ」
なんか言い方がやだ。こいつとは合わない。
俺が避けたいと思っているのを知らぬげに、マキシム卿が近付いてくる。
「イチヤ殿と言ったか?」
「はい。柚木一哉です」
「大猿に目を付けられるとは、災難だったな」
「吃驚しましたが、ロク――ロクサーン侯爵が守ってくれましたから」
「ふむ、ロクサーン侯爵は強者なれど孤軍だ。我が元に身を寄せる気はないか?」
ストレートに問われて言葉に詰まる。
ハヌマーンに狙われているなら大軍に身を寄せるのが安全安心だろう、という理屈は間違ってない。
(でも絶対にそれだけじゃないんでしょう?)
マキシム卿の懐に入れば、後はどうとでも料理できる。
この人の興味を失わせるような態度を取れれば良いけど、俺に男を手玉に取って転がす才覚なんて無い。
ヤダヤダ言って泣いて怖がって、醜態を晒した挙げ句に不興を買って処分される未来しか見えない。
(否、それは一応まずいのか?)
それなりに発達した文明社会で、大義名分もなしに一般人を虐げたりしたら叩かれるだろ。
王国は異世界人だからどうとでもしていいという態度は取っていない筈だ。
「反乱組織を鎮圧する為に率いてきた兵を、私の為に使わせる訳にはいきません。私はこれまで通り、ロクサーン侯爵と二人で帰る方法を探します」
「しかしハヌマーンに狙われていてはそれも難しいだろう」
「いえ、ハヌマーンの持っている不死薬が役に立つかもしれません」
「不死薬?」
キラーンと猛禽類の眼が光った。
また要らぬ興味を引いてしまったらしい。
どういう訳だか俺は事ある毎にこの一節を思い出してしまう。
別にそんなに絶体絶命のピンチなんて迎えてこなかったのに。
でも今は正にそんな感じ。
“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
そう言いたくなるような光景が広がっていた。
「ロク、あれってもしかして――」
「マキシム卿……。兵を率いて来たか」
こんな小さな街には不釣り合いな数の兵を従え、猛禽類! って顔の鷲型獣人が偉そうに腕を組んでいる。
そこに突っ込んでいったハヌマーンは鬼神の如き働きを見せたけれど、数の優位に押されて中心まではなかなか辿り着く事が出来ないでいる。
「ハヌマーンを捕らえに来た訳じゃないよね?」
「恐らく反乱組織を鎮圧するとでも言って兵を出したのだろうが、実際の目当てはお前だろう」
「俺?」
目を丸くする俺に向かってロクが溜め息を吐く。
「前回はお前が見つからずにおとなしく帰った。しかしその後、なんらかの追加の情報を得たのだろう。今回はなんとしても手に入れるつもりでいる」
「兵で囲んで圧を掛けて?」
「それは私に対する牽制だろう」
「本気かよ」
わざわざ俺一人を手に入れる為に兵を出したって?
幾らなんでもロクの思い違いじゃないの?
「考え過ぎなら良かったんだがな」
苦い顔をしながらロクが何処か遠くを見やった。
その瞳には何か苦い物が滲んでいるように見える。
でも俺にはロクの考えている事なんてわからないので、代わりに背中を叩いた。
「奴の思惑がどうだろうと、まずはハヌマーンをどうにかしようぜ。今はまだ、捕まって貰っちゃ困る」
だって天界の話も聞いていないし、奴はこっちにいれば味方でも、あっちにいたら敵になるかもしれない。
「そうだな。上手く使えば牽制にはなる」
何か思い付いたらしいロクに言われて、こっそりと緊箍児を締め付ける。
途端に膝を付いたハヌマーンに向かって、ロクが手近な兵から槍を奪って投げた。
肩を貫かれたハヌマーンは憎々しげな目でロクを睨む。
「止めを刺してくれる」
ロクがゆっくりと歩み寄って行こうとしたら、ハヌマーンは動かない腕を抱えるようにその場から逃走した。
負傷した身体では分が悪いという判断だろうが、これが驚くほどに早い。
流石は神出鬼没の堕神だ。
「逃げられたか……」
「ロクサーン侯爵! 前回は会えなくて残念だった!」
バサリと羽ばたいて来たマキシム卿にビクつく。
翼のある獣人は飛んでこれるからたちが悪い。
「マキシム卿、ご無沙汰しております。助太刀、感謝いたします」
「なに、そなたには不要だったろうが、向こうから飛び込んできたのでな」
「卿は何故、これだけの兵を率いて来られたのですか?」
「反乱組織がこの辺りに根城を構えたとの情報が入った」
「その情報はどちらから?」
「俺の副官からだ」
「……」
黙ってしまったロクをマキシム卿が甚振るように愉しげに見ている。
(副官てヨカナーンの事だよな)
つまりは裏切られたのだろうか。
「そちらは?」
マキシム卿の興味がロクから逸れたように、黄色い眼が俺の方を向く。
「異世界召喚で来た異世界人です。どうやらハヌマーンに狙われたようです」
「大猿に? 何か理由があるのか?」
その探るような視線にゾクリと背中が震える。
確かに並々ならぬ興味を持たれているようだ。
「異世界から来た人間が珍しいようでした。これまで異世界人は城から出たことが無かったので、その存在を知らなかったのでしょう」
「なるほど。初物という訳だ」
なんか言い方がやだ。こいつとは合わない。
俺が避けたいと思っているのを知らぬげに、マキシム卿が近付いてくる。
「イチヤ殿と言ったか?」
「はい。柚木一哉です」
「大猿に目を付けられるとは、災難だったな」
「吃驚しましたが、ロク――ロクサーン侯爵が守ってくれましたから」
「ふむ、ロクサーン侯爵は強者なれど孤軍だ。我が元に身を寄せる気はないか?」
ストレートに問われて言葉に詰まる。
ハヌマーンに狙われているなら大軍に身を寄せるのが安全安心だろう、という理屈は間違ってない。
(でも絶対にそれだけじゃないんでしょう?)
マキシム卿の懐に入れば、後はどうとでも料理できる。
この人の興味を失わせるような態度を取れれば良いけど、俺に男を手玉に取って転がす才覚なんて無い。
ヤダヤダ言って泣いて怖がって、醜態を晒した挙げ句に不興を買って処分される未来しか見えない。
(否、それは一応まずいのか?)
それなりに発達した文明社会で、大義名分もなしに一般人を虐げたりしたら叩かれるだろ。
王国は異世界人だからどうとでもしていいという態度は取っていない筈だ。
「反乱組織を鎮圧する為に率いてきた兵を、私の為に使わせる訳にはいきません。私はこれまで通り、ロクサーン侯爵と二人で帰る方法を探します」
「しかしハヌマーンに狙われていてはそれも難しいだろう」
「いえ、ハヌマーンの持っている不死薬が役に立つかもしれません」
「不死薬?」
キラーンと猛禽類の眼が光った。
また要らぬ興味を引いてしまったらしい。
4
あなたにおすすめの小説
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる