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58.山に住む一族―1

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 悪党に追われて山道を走る。
 馬車は入り口で壊された。

「なあっ! 本物の盗賊団なんて何処から連れてきたんだよっ!」
 俺は必死に走りながら、隣を並んで走るロクに向かって怒鳴った。ロクは涼しい顔をしている。

「情報を流した。一流どころは引っかからないが、寄せ集め集団や金に困っているようなのは食い付く」
「う~ん、引っかかるのがいて良かったって言っていいのか?」
「良かったさ」
 ロクに手加減しないで済むと言われて、そういうところが異世界だなと思う。

「でも、俺たちも攻撃されちゃうじゃん!」
「あんなものが当たっても何とも無いが、金鍔が襲われるまではこちらから手を出せない。上手く逃げるぞ」
 そう言ってロクは俺に攻撃が当たりそうになるとヒョイと持ち上げて避けてくれる。
 本当は抱いて運びたいと言われたのだけど、それだと俺が護衛対象に見えちゃうじゃん?
 折角、金鍔を襲って貰う為に貴人に变化して貰っているのだから、それは困るのだ。

「そろそろ襲って貰うか」
 山の民の接近を感知したロクがそう言い、俺は金鍔に合図を送る。
 わざと盗賊の手が届きそうな位置で金鍔が振り返り、使えもしない剣を抜いた。
 盗賊が誘われるように剣を振り下ろし、一合も打ち合えずに金鍔の腕が飛ぶ。

「旦那様っ!」
 周りの護衛たちが追い付き、金鍔を斬った盗賊を討つ。
 残りの盗賊は遠くから飛んできた矢に倒され、あっという間に無力化された。

(よし、これで状況は揃った!)
 俺は山の民たちが見ていることを確認してから神薬を取り出す。

「旦那様、直ぐに治します! 大神のご加護を!」
 俺はわざとらしく大きな声で叫びながら金鍔の斬られた腕に再生薬を掛ける。
 すると金鍔の腕が光り、あっという間に元通りになった。

(まあ、単なる幻覚なんだけど)
 でも本当に怪我をしていても再生薬があれば治せるし。
 嘘じゃないし。

「毒が塗られていたかもしれません。念の為、こちらもお飲み下さい!」
 俺は座り込んだままの金鍔に万能薬を飲ませる。
 再び金鍔の身体が光り、解毒作用と浄化作用が働く。

(この万能薬って奴は、レベルが高いものは病気だけでなく毒や呪いにも効くから凄いよなぁ)
 呪いなんて医療分野じゃないと思うんだけど、一時的に神格が上がることで呪いの効果を打ち消すらしい。
 一時的ってところがポイントで、この薬をどれだけ飲んでも不老不死にはならない。

(そういえば、ハヌマーンの修行は順調にいってるのかな? そのうちに様子を見に行くか)
 俺はふと天界に置いてきた堕神のことを思い出した。
 別に下界で仕事を手伝わせようと思っている訳じゃないよ?

「あんたたち、今――」
 岩陰から姿を現した獣人を見て、悲鳴を上げそうになる。

(ギャア! 聞いてたけど、コンドル型って怖い!)
 俺の苦手な猛禽類で、しかもコンドルって大きい。
 前傾姿勢で少し低くなってるけど、それでも体長が二メートル近くある。

「騒がせて済まない。私はベルモント・ロクサーン侯爵だ。客人を送ってきて、物取りに襲われた。加勢を感謝する」
 ロクが領主と知って、山の民たちは少し驚いたようだった。
 それでもロクサーン侯爵が黒豹であることは知られているので、本人であることは疑いようがない。
 彼らは戸惑いつつも怪我は平気かと訊いてきた。

「特別な薬を用いたので問題ない」
「特別な薬? なぁ、光っていたようだがそれはもしかして――」
 言い淀む男の前に若い男が出てきた。

「用が済んだならさっさと立ち去れ! 盗賊はこちらで処分しておく」
「アーロン!」
 見るからに武闘派! って感じの若い男が怖い。
 マキシム卿やレオポルトは貴族だから何処か洗練された雰囲気があったけど、この男は全くの野生というか話が通じる気がしない。

「ロク……」
 思わずロクのシャツをギュッと掴んだら、アーロンと呼ばれた男が俺に気付いて目を瞠った。

「屍肉より良い匂いがする!」
「ちょ、屍肉って……」
 ドン引きする俺にロクが耳打ちをして教えてくれる。

「普段から食べているわけではないが、コンドルのご馳走は屍肉とされている」
「食文化の違いを感じるよ」
 まあ、元の世界だって肉を熟成させる文化はあった。
 腐りかけの肉が一番美味しいって聞いたこともあるしな。
 でも引き合いに出されるのは遠慮しておきたい。

「街の奴らには食糧を持ち歩く習慣があるのか?」
「そっちこそ、人間を食べる習慣なんてあるのかよ!」
 俺は思わず涙目で言い返した。
 確かに俺は毛が無くてラットみたいな食糧エサに見えるのかもしれないけど、ロクは俺に惚れたって言ってくれたもん。毛が無くてもその気になって貰えるもん。俺はロクの食糧じゃないし、役立たずでもオマケでもない。

「済まない。馬鹿にしたつもりはなかった。ただ吃驚したんだ」
 男が戸惑いながらも謝ってくれたので許してやる。
 それにちょっとだけ男の気勢が削がれて、話しかける余地が生まれた。

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