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②同居
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「いやもう公休とかラッキー。積読にやっと手を付けられるぜ!」
割と本気で喜んでいる小山田を見て、助けられた生徒達は随分とホッとしたものだ。怪我が深刻なもので無かった事も気持ちを軽くした。
小山田の怪我は擦り傷と打撲、それに脊椎を強打した事による右足の痺れだった。
痺れた足は辛うじて膝を曲げられるものの、力を入れて支える事が出来ない為に歩行が困難だった。
しかし医者によるとそれは時間を掛ければ回復するものであるという。ならば心配する必要などない。小山田は学校から与えられた一ヶ月の公休を満喫するつもりでいた。ところがだ。
「俺が泊まり込むから」
君は何も心配しなくていい、と真剣な顔で伝えてきた藤田に小山田は実に嫌そうな表情を見せた。
「要らねえよ。自分の事くらいは自分で出来る」
「でも松葉づえでも歩くのが困難だろう?風呂だって介助が必要だろうし、君の面倒臭がりに拍車が掛かりそうで……」
「風呂に入んなくたって死にやしないっての」
ムスッとした顔で言った小山田に藤田が首を横に振った。
「少しサボる、というレベルで終わらない気がする。食事だって栄養バーで済ませるようになるんじゃないか?」
「そんな事……」
無いとは言えなくて小山田は語尾を濁した。それに力を得て藤田がここぞとばかりに説得する。
「それに君は面倒を見てくれる人がいるからと保護者の方々の好意を断ったんだろう? 俺の申し出を受け入れないなら、彼らにちゃんとした介護士を付けて貰うように連絡して――」
「だーっ、わーっかったって! 分かったから……これ以上、負担を負わせるな」
小山田は生徒達の保護者に金銭的な負担を掛けた事を気にしていた。
学校側の怠慢で山岳保険に入っておらず、民間ヘリを出動させてしまった為に数十万円の支払いが発生していた。勿論そのくらいは自分で払えたのだが、生徒達の保護者が見舞金だと言って強引に支払ってしまった。
元はと言えば自分達の子供の不始末――それも隠れて煙草を吸おうとして引き起こした事に彼らも責任と引け目があった。学校側としても何らかの処分を下さねばならないが、余り大事にもしたくない。それで小山田への補償が丁度良い免罪符のようになったのだ。
「君は寧ろ、もっと労われてもいいだろう?」
「俺は最低限の事しかしてねぇよ」
小山田は面白くもなさそうな顔でポツリと言った。
落ち着いてから何度も思った事が、藤田ならばもっと上手く助けられただろうと言う事だった。
あんな風に考え無しに飛び付いて、たまたま生徒は無事だったから良かったものの下手をしたら全員で一緒くたに落ちていたかもしれないのだ。
“救った”などと、小山田はとても誇る気にはなれなかった。
「君がどう思おうと、彼らはとても感謝しているよ」
「…………そうかよ」
やけに優しく言われて小山田は恥ずかしいと思った。
女じゃあるまいし、そんな風に優しく甘ったるく言われたって嬉しくなんかない。
小山田は藤田の前ではちゃんとしていよう、と心に固く誓った。
***
朝早くから味噌汁の匂いで起こされて、小山田は同じ歳の男と自分との違いをまざまざと痛感させられた。
「お前、出勤前からそのマメさはなんなの? 俺ならコンビニのパンとかでいいんだけど」
酷い寝癖のまま億劫そうに足を引き摺って松葉づえに縋るように現れた小山田に、藤田は駆け寄って無理をするなと言った。
「何の為に俺がいると思ってるの? ちゃんと起こしに行くからベッドに寝たままでいてよ」
「俺は寝たきり老人じゃねぇ」
ブスッとした小山田に構わずに藤田は彼を抱き上げる。
「ちょっ、おい!」
「医者にも極力安静にしていろと言われただろう? 頼むから言う事を聞いてくれ」
「…………くそ」
小山田は悔しくて仕方がないが、懇願するように言われて振り切れる程に強くも無い。
それに自分が意地を張り過ぎると、藤田は傷付いた顔をするのだ。そんなのは卑怯だと思う。
「俺が帰ってくるまで動かないで欲しい。本当はトイレだってオムツで済ませて欲しいくらいだ」
「バカ! それくらいなら俺は猫のトイレにしてやる」
やけくその様に言った言葉を藤田が真面目に検討し始めたので、小山田は慌てて藤田を追い出しに掛かった。
「ほら、遅刻するから早く行けって!」
「今日は受け持ち授業は二限目からだし、当面は朝礼などは免除されているよ」
「いいから!」
くどいくらいに動くな無理をするなと念を押す藤田を何とか追い出し、小山田は朝っぱらからぐったりと疲れて床に寝転がった。
昨日退院してきてから、家の中の移動すら藤田に抱き上げられて歩く事を許されない。自分はそれ程の重症では無いのに、まるで藤田がいないと何も出来ないかのように扱われる。
(俺は自分では出来ない事の手助けを許したのであって、あいつに依存しようと思ったんじゃない。人を勝手に無力な存在にしないで欲しい)
小山田のその正当な言い分はしかし藤田には通らない。何故なら藤田には目の前で怪我をされた、助けられなかったという負い目があるからだ。
(あいつ、優しいからな……。口に出さないけど、きっと俺が怪我した事を自分の所為みたいに思ってる筈だ。そんなのは違うのに、そう思われる事が屈辱なのに)
自分の事は自分で責任が取れる大人だと思っているのに、勝手に弱いものにする藤田に本当に腹が立った。けれど藤田に悪気は無い事もまた分かっているのだ。
「ただ強いだけ、親切なだけ……なんだよな。分かってるんだけどよ」
そこで素直に甘えられる可愛げが自分には無いのだ。
だって同じ歳だし、男だし、大人だし。
「俺は弱くない」
小山田は呟いて、腕で両瞼を覆った。
(なぁ、認めろよ。俺は弱くない、お前と並んで歩ける男なんだって)
認めてくれたら自分だってもうちょっと。
小山田のその本音は口に出されないまま、藤田に伝わる事は無かった。
割と本気で喜んでいる小山田を見て、助けられた生徒達は随分とホッとしたものだ。怪我が深刻なもので無かった事も気持ちを軽くした。
小山田の怪我は擦り傷と打撲、それに脊椎を強打した事による右足の痺れだった。
痺れた足は辛うじて膝を曲げられるものの、力を入れて支える事が出来ない為に歩行が困難だった。
しかし医者によるとそれは時間を掛ければ回復するものであるという。ならば心配する必要などない。小山田は学校から与えられた一ヶ月の公休を満喫するつもりでいた。ところがだ。
「俺が泊まり込むから」
君は何も心配しなくていい、と真剣な顔で伝えてきた藤田に小山田は実に嫌そうな表情を見せた。
「要らねえよ。自分の事くらいは自分で出来る」
「でも松葉づえでも歩くのが困難だろう?風呂だって介助が必要だろうし、君の面倒臭がりに拍車が掛かりそうで……」
「風呂に入んなくたって死にやしないっての」
ムスッとした顔で言った小山田に藤田が首を横に振った。
「少しサボる、というレベルで終わらない気がする。食事だって栄養バーで済ませるようになるんじゃないか?」
「そんな事……」
無いとは言えなくて小山田は語尾を濁した。それに力を得て藤田がここぞとばかりに説得する。
「それに君は面倒を見てくれる人がいるからと保護者の方々の好意を断ったんだろう? 俺の申し出を受け入れないなら、彼らにちゃんとした介護士を付けて貰うように連絡して――」
「だーっ、わーっかったって! 分かったから……これ以上、負担を負わせるな」
小山田は生徒達の保護者に金銭的な負担を掛けた事を気にしていた。
学校側の怠慢で山岳保険に入っておらず、民間ヘリを出動させてしまった為に数十万円の支払いが発生していた。勿論そのくらいは自分で払えたのだが、生徒達の保護者が見舞金だと言って強引に支払ってしまった。
元はと言えば自分達の子供の不始末――それも隠れて煙草を吸おうとして引き起こした事に彼らも責任と引け目があった。学校側としても何らかの処分を下さねばならないが、余り大事にもしたくない。それで小山田への補償が丁度良い免罪符のようになったのだ。
「君は寧ろ、もっと労われてもいいだろう?」
「俺は最低限の事しかしてねぇよ」
小山田は面白くもなさそうな顔でポツリと言った。
落ち着いてから何度も思った事が、藤田ならばもっと上手く助けられただろうと言う事だった。
あんな風に考え無しに飛び付いて、たまたま生徒は無事だったから良かったものの下手をしたら全員で一緒くたに落ちていたかもしれないのだ。
“救った”などと、小山田はとても誇る気にはなれなかった。
「君がどう思おうと、彼らはとても感謝しているよ」
「…………そうかよ」
やけに優しく言われて小山田は恥ずかしいと思った。
女じゃあるまいし、そんな風に優しく甘ったるく言われたって嬉しくなんかない。
小山田は藤田の前ではちゃんとしていよう、と心に固く誓った。
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朝早くから味噌汁の匂いで起こされて、小山田は同じ歳の男と自分との違いをまざまざと痛感させられた。
「お前、出勤前からそのマメさはなんなの? 俺ならコンビニのパンとかでいいんだけど」
酷い寝癖のまま億劫そうに足を引き摺って松葉づえに縋るように現れた小山田に、藤田は駆け寄って無理をするなと言った。
「何の為に俺がいると思ってるの? ちゃんと起こしに行くからベッドに寝たままでいてよ」
「俺は寝たきり老人じゃねぇ」
ブスッとした小山田に構わずに藤田は彼を抱き上げる。
「ちょっ、おい!」
「医者にも極力安静にしていろと言われただろう? 頼むから言う事を聞いてくれ」
「…………くそ」
小山田は悔しくて仕方がないが、懇願するように言われて振り切れる程に強くも無い。
それに自分が意地を張り過ぎると、藤田は傷付いた顔をするのだ。そんなのは卑怯だと思う。
「俺が帰ってくるまで動かないで欲しい。本当はトイレだってオムツで済ませて欲しいくらいだ」
「バカ! それくらいなら俺は猫のトイレにしてやる」
やけくその様に言った言葉を藤田が真面目に検討し始めたので、小山田は慌てて藤田を追い出しに掛かった。
「ほら、遅刻するから早く行けって!」
「今日は受け持ち授業は二限目からだし、当面は朝礼などは免除されているよ」
「いいから!」
くどいくらいに動くな無理をするなと念を押す藤田を何とか追い出し、小山田は朝っぱらからぐったりと疲れて床に寝転がった。
昨日退院してきてから、家の中の移動すら藤田に抱き上げられて歩く事を許されない。自分はそれ程の重症では無いのに、まるで藤田がいないと何も出来ないかのように扱われる。
(俺は自分では出来ない事の手助けを許したのであって、あいつに依存しようと思ったんじゃない。人を勝手に無力な存在にしないで欲しい)
小山田のその正当な言い分はしかし藤田には通らない。何故なら藤田には目の前で怪我をされた、助けられなかったという負い目があるからだ。
(あいつ、優しいからな……。口に出さないけど、きっと俺が怪我した事を自分の所為みたいに思ってる筈だ。そんなのは違うのに、そう思われる事が屈辱なのに)
自分の事は自分で責任が取れる大人だと思っているのに、勝手に弱いものにする藤田に本当に腹が立った。けれど藤田に悪気は無い事もまた分かっているのだ。
「ただ強いだけ、親切なだけ……なんだよな。分かってるんだけどよ」
そこで素直に甘えられる可愛げが自分には無いのだ。
だって同じ歳だし、男だし、大人だし。
「俺は弱くない」
小山田は呟いて、腕で両瞼を覆った。
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