お役御免の二代目聖女は異国の毒舌魔法師の手を握る。

千花 夜

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愛には愛で返さなくては。必ず。

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 エリス・バーテン。
 裕福な商家の娘だという少女は、王都最大の――殿下や殿下御付きの貴族の子息たちがこぞって通う全寮制の学園に平民でありながら入学を許された異例の少女だった。

 そう、異例。異例も異例。彼女は貴族の礼儀を全く知らぬまま入学した野生児だったという。婚約者がいる令息に配慮もなく(よく言えば気安く)話しかけてはお茶を誘い、果てには贈り物を行った。そして幼い頃から婚約者の決められた初心な令息には、何故かその無礼が大層魅力的に映ったそうで。

 気付けば少女は、学園の――それも何故か身分の高い令息ばかりを恋の病に罷らせたのだ。殿下も勿論、例外ではなく。殿下の正妃候補であった公爵令嬢は激怒して、自ら婚約を破棄しようかと思っていると聖女である私に相談に来たほどだ。彼女は国にはなくてはならない存在なので止めたが。
 それも、今となれば申し訳ない事実である。


「ごめんなさいね」
「とんでもございませんわ。聖女様。わたくしは聖女様がその力を失ったとは思っておりませんもの。わたくし、公爵令嬢として成すべきことをすることを神に誓います。聖女様を再び正しい存在として神殿に必ずや迎え入れてみせます」
「……有難う。でも、どうか無理はなさらないでね。貴女は頑張りすぎるきらいがありますから」


 恭しく首を垂れるこの令嬢は、かつての私の身分や立場を分かったうえで聖女という存在を認められる、稀有な人だ。私が聖女となってはや5年。未だ気に入らぬと冷たい貴族だって一部いるというのに。

 彼女は顔を上げると、きりりとした冷涼な目を細めて美しい唇を動かす。私は微笑みつつも私物を片付ける手は止めない。神殿からも、今日中には出ていかなければ。


「――わたくしの、――……異国の友人に、聖女様の事をお話しております。魔法師です。少々……いえ、かなり癖のある存在ですが、その、頼りにはなるはずですわ」
「まぁ……でも、私すぐには国を出られないわ。恥ずかしいけれど、私は王都から出る方法を知らないのだもの」


 聖女になってから、王城の外に出た経験はたったの1度たりともない。先代の聖女様もそうだった。彼女は生まれながらに神殿で育ったという。

 苦笑しながらそう言うと、令嬢は鼻で嗤うこともせず頷いた。


「ですが、エリス・バーテンは姑息な女ですわ。神殿で聖女様を傀儡に出来ぬと知るや、直ぐにでも殺すか秘密裏に捕らえて神殿へ監禁しようとするはず。すぐにでも国から出る必要があります」
「……そう、そうね。でも、聖女なんて、異国では格好の情報源。拷問だってされるかもしれない。私はこの国――リーウェイ王国を愛する神の御心を裏切ることは何があっても……、せめて、ほとぼりが冷めてから出国の術を探そうと思っていたのだけれど」
「異国の友人には、貴方を賓客として迎えるよう言伝しております。彼は大層偏屈ですが、頷いた約束は違えません。聖女様は異国――フレイヤ王国に既に受け入れられております」


 思わず、目を見開く。「何故そこまで、」と呟く私に、令嬢は涼やかな目を細めて微笑んだ。

 フレイヤ王国とは海を隔てた隣の大国で、『理想郷』とも呼ばれるほど豊かな国だ。周辺国との交流も盛んに行い、国際的な信頼も厚い。直接フレイヤ王国の方々とお会いした機会はないので、本の知識しかないけれど。それでもその名は聖女になってから沢山耳にしてきた。
 そんな国が、私を賓客として迎えるという。リーウェイ王国もそこそこ大きな国ではあるが、フレイヤ王国の比ではない。

 おろ、と目を彷徨わせる。築き上げてきた自分の立場が脆弱になった途端、このありさまだ。


「わたくし、これでも国を代表する公爵貴族の一員ですの。そして、神と聖女様に忠誠を誓っております。聖女様の行く先が穏やかな道であるよう準備を徹底すること、当然の義務ですわ。聖女様は沢山我慢なされたのですもの。人並み以上の幸せを手に入れる権利があります」
「……そ、」
「僭越ながら、女官から聖女様のかつての願いを聞きましたの。フレイヤ王国ではどうか健やかに楽しく過ごされてくださいませ。そして、いつしかまた、リーウェイ王国に戻ってこられるよう尽力致しますわ」
「でも、貴女も危うい立場でしょう。どうか無理はなさらないで欲しいの。貴女は努力の人だから」


 私が唇を噛んでそう囁くと、彼女は殊更嬉しそうに微笑んだ。「光栄ですわ」と毅然と佇む彼女のなんと美しい事か。誰にでも分け隔てなく愛を注いできたとはいえ、彼女のことはよく覚えていた。


「お荷物お運びいたします。早急に港街へ向かってくださいませ。討伐ギルドの傭兵を30人雇っておりますわ。皆手練れですから、道中の危険もないかと。港街に貴族宿をわたくし名義でとっております故、この紹介状を手渡してくださいませ」
「じゅ、準備がいい……」
「聖女様の為ですもの。それに、学園は、エリス・バーテンにはずっと警戒せざるを得ない環境ですから。――宿でゆっくり体を休めて、フレイヤ王国行きの船の昼便に乗って下さい。船長にも既に言伝しておりますので、どうかご安心を。フレイヤ王国の港町に、私の友人がおります」


 流石は社交界で常日頃から情報収集を行う貴族の令嬢。私が呑気に神殿で欠伸をしていた時にも、ずっと準備をしていてくれたのだろう。俗世に私欲で介入できない私の立場が、少しでも安寧に向かうように。

 その細腕の何処にそんな力があるのか、私の数少ない荷物を軽々と持ち上げた令嬢は、意気揚々と部屋を出る。その横を歩きながら、私は心から彼女に感謝を伝えた。


「ありがとう。本当に、貴女にはお世話になってしまうわね。聖女を愛してくれて、本当にありがとう。貴女の未来にも、どうか幸多からんことを願っています。聖女としても――ただのレスティアとしても」


 目を見開く令嬢に、微笑む。私が聖女として出来る最後の事は、神殿の神官がいる目の前で、彼女を祝福すること位。神官たちに、「この令嬢を損なうことは二代目聖女として赦さない」と、知らしめる。

 それが、この国では大いなる力になるから。
 クビになったとは言え、聖女の言葉の威力は絶大だ。



「また会いましょう。アイリーン。

 最後に、神託を捧げます。――『あなたは正しき道を歩いている。違えず、惑わず、進みなさい』」



「――御意」


 
 愛には愛で。


 ――憎悪には、憎悪で。


 
 
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