佐野国春の受難。

千花 夜

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2.

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「お待ちしておりました。新入生の皆様。初めまして。私案内人の日下部と申します」


 リムジンから降ろされた俺達は、目の前に鎮座している大きな建物の玄関に突っ立ったオッサ……オジサンに案内され、建物の中へと入った。オジサン曰く、この無駄に大きくて豪華な建物は『講堂』と言うらしい。俺が通ってた中学校(ほぼ不登校だったけど)の講堂なんて……いや、講堂すらなかったな。体育館だった。
 だだっ広い講堂の階段を足音も立てずに降りていくオジサンに付き従い、俺達も地下へと降りていく。「既に在校生の皆様はお揃いでございます」と呟くオジサンはやや急ぎ足だ。


「桜花クン」
「ぜ、はぁっ、ぜぇーーな、なに?」
「なんでそんな息荒いの?」
「じ、純粋、なる、運動、ぶ、そくかな」


 せかせか急ぐ案内人に追従する内に、目的地に着いていたらしい。ピタリを足を止めて「お待ち下さいませ」と一言告げて去っていったオッーーオジサンを見送り、俺は桜花クンを見下ろした。地面に膝を着いて呼吸を整える彼は、真っ青な顔で俺を見上げ力無くヘラりと笑う。

 まぁ分からなくもない。ABYSSに入るまでの俺はきっと今の桜花クンよりも余程虚弱だったと思うから。こんなのは虐待だと言って副総長とバーのオネェにブチギレられたのは懐かしい思い出であるーーーあぁ、彼等が作ってくれるご飯が恋しい。

 鍛えればいいよ、と適当にアドバイスする。桜花クンは「そうだね……」と苦笑してよろよろと立ち上がった。少しは体力が戻って来たらしい。彼と同様にへばっていた生徒達も若干数名復活してきている。

 きょろ、と周囲を見渡す。
 どうやらここは、講堂のステージ裏らしい。壁を超えた先からは粛々と『始業式』を進行する退屈そうな声が聞こえていた。何となくその透き通った声に耳を済ませる。
 

 ーー、ん?


「?……どうかした?国春くん」
「…………や、何でもない」
「なら良いんだけど」


 まさか、な。似たようななんて、そこら辺に沢山いるだろう。

 かつての「家族」の1人にそっくりな声を身震いして振り払い、ため息を履く。桜花クンが尚も心配げに見上げてくるので、彼の頭をグシャグシャと掻き混ぜて誤魔化した。

 彼に、俺の境遇を話すつもりは無い。「友達」がどの程度相手なのか俺には検討もつかないから。それに、いつ彼が牙を向いて来るかも分からないし。
 「家族」以外の人は信用ならない。してはならないと総長に教えられた。


「……」


 耳鳴りがする。


『気持ち悪い!気持ち悪い!!あなたのような穢れた存在が月待の敷居を跨ぐなんて!!!出て行きなさい!!あぁあぁああ、何故旦那様はこんなゴミを拾ってきたの!!!』

『お前みたいな奴が父上に気に入られるなんて思うなよ。穢らわしい女のように股を開くのか?当主になりたいですって』



 がり、がり、と首裏を引っ掻く。無言になった俺を桜花クンが殊更心配そうに見つめるものだから、苛立ちのままに暴れ回ることも出来なくて。

 ……あぁ、違う違う俺は更生したので。


 暫く時間が経つと、何処か懐かしいような声は聞こえなくなり、再び静寂が俺達を包みこんだ。それはつまり『始業式』の終わりーーそして『入学式』の始まりが近付いていることを指していて。察した新入生達の表情が再び緊張に強ばり始めている。例に漏れず、桜花クンもプルプルと子犬のように震え出した。
 「国春くんは緊張しないの?」と青ざめた笑顔で問いかけられ、首を傾げる。別に緊張はしない。


 だってどうでもいい。




『新入生をご紹介致します。新入生の皆様、ご登場下さい』
 

 先程の声とは違う、歓迎の「か」の字もない棒読みの声に桜花クンの背筋がピンと伸びる。それが何となく面白くて背中をなぞれば、彼は大袈裟に飛び跳ねて驚いた。そのままじろりと物言いたげに睨み上げられ、口角が上がる。あはは、ウケる。
 すると何故か大きく目を見開いた桜花クンは……マゾなのだろうかーー何故か嬉しそうにへらりと微笑んだ。しかし、特に何も言うことなく前に続いて前進し始める。

 首を傾げつつも追従し、ステージ裏とステージを仕切る幕を潜り抜ける。途端頭上の眩しいライトが俺の視界を奪って、あまりの眩しさに瞬きをした。
 シパシパする目を擦りながらも立ち止まった桜花クンの横に並んで前を向いた俺は、ステージライトの暖かさに再び迫ってきた眠気を追いやろうと小さく欠伸をする。

 桜花クンがちらりと俺を見る気配。ごめんね。でも相当眠くて。
 ぐしぐしともう一度真新しいカーディガンの袖で目を擦り、瞬きを繰り返す。ーーよし、多少目覚めた。


「国春くん大丈夫?」
「顔面蒼白な君に言われても……」


 君の方が余っ程やばそうだけど。囁き返せば、彼は唇をプルプルさせながら「それはそぅ……」と消え入りそうな声で返してきた。あはは、おもしろ。気絶しそうじゃん。「緊張しぃ」は相当のものらしい。
 とはいえ、自分よりもヤバい奴を見たら冷静になるの法則か、気付けば眠気も何処かへいってしまった。有難いのでぽすぽすと桜花クンの頭を叩く。


 ーーきゃぁぁぁっっ


「?何?戦争?」
「発想が物凄く物騒……」


 「……あんまり知らない感じかぁ」と桜花クンが呟くのにイラッときて問い返そうとすれば、丁度良いタイミングで進行役の人がマイクを手に取った。
 仕方なく口を噤んで、暇な時間を最前列の人たちの観察に当てーーーー



「…………………………ぇ"?」



 最前列ーー俺達新入生に見えるようにと銘打たれたそこに悠然と腰掛けている人々を見つめ。


 俺の喉から醜いアヒルの鳴き声ような音が漏れ出て、広い広い講堂に消えていった。




 







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