Circus

01.羽

2人は独りでふたりだけ

ノラは不思議だ。ノラ、なんて呼ばれているが本当の名前は違う。でも俺は知らなくて、これからもきっと聞けないだろう。でもそれは少し不愉快で、俺だけが知らないような気がして悔しかった。

そしてノラは俺に嘘をついた。
これはノラがついたただひとつの嘘だ____。

＊＊＊

｢フェズ、お前本当に大丈夫か？｣
ノラは俺の顔を覗いていう。

｢…多分。｣
俺は俯いたまま応えた。ノラは｢多分じゃダメだろ｣とため息をついて部屋を出た。
しばらくするとノラは氷枕を持ってきて俺を寝かせ、頭の下に置いた。

ひんやりとした感覚がやけに気持ちいい。

｢これで楽になるかもな。｣
ノラは俺の力みが取れたのを見ていう。

｢…だと、いいな。｣
俺はそう言ってすっと意識が暗くなるのを感じた。

｢…は…れ……ん…｣
暗くなる意識の中、ノラは俺の枕元で小さくなにかつぶやいた。
何を言ったかはわからなかった。ただ、大切なことのようだった。
＊＊＊

｢…はい。フェズの件ですね。……いえ、そのようなことは……………っ！そこまでしていただいていいのですか！？…………ありがとうございます。…あの…明日という予定でしたが、今フェズは熱を出しておりまして……はい。では明後日連れてまいります。｣

レイチェルは1人静かに電話を切った。不敵な笑みを浮かべながら。

｢…やっと。だわ。｣

＊＊＊

陽射しが強くなる頃、俺は起きた。ふと、重さを感じて腕の方を見てみるとノラが寝ていた。

｢…何でここにいるんだ？｣
思い出せたのは___昔の情景。広い丘に俺と母さんと誰か__ノラに似た__がいて俺達が遊んでいるのを母さんが遠くで見ている___

｢…ん。あ、フェズ。起きたのか？で、熱は下がったか？｣
ノラがゆっくりと起きた。

…さっきまで何を考えていたのだろう。
母さんが遠くで見ている？そんな訳は無い。母さんは俺を売るほど俺が邪魔だったのに見ていてくれていたわけがない。

___これは幻想だ。

｢…フェズ？何かあったか？｣
ノラが俺の顔をのぞき込む。

｢…いや？何も。｣
俺はノラが本当にここにいるのを確かめるように応えた。ノラは｢そうか。飯を食いに行こう。｣と俺を立たせる。

｢…めしか。今日は何だろうな｣
｢おかゆ｣
｢それは嫌だ｣

なんて会話しながら食堂へ行く。食堂に近づくにつれ美味しそうな香りが漂ってくる。

｢おはよーう。｣
食堂に入るとナツが挨拶してきた。俺達は適当に挨拶を返すと席に座る。するとナツ
は話しかけてきた。

｢お、フェズ君。もう大丈夫なの？｣
…昨日。何があっただろうか。

｢昨日は作業の途中でフェズが倒れるから孤児院ここの子達が心配して大変だったんだからね！｣
と彼女は膨れる。

ナツは俺達と同い年の唯一の女子だ。俺達の他は皆年下で、年上といえば園長のロバート・クラークとレイチェルだけだ。
レイチェルは孤児院で言うところの｢お姉さん｣だ。本当は児童指導士、というらしい。つまりはまぁスタッフだ。レイチェルは少し厳しいがとても人気がある。

｢…そうだったのか…ごめん、、｣
俺が謝ると2人は驚いた。

｢…？どうかしたのか？｣
俺が問うと2人は俺の後ろを見ながら言った。

｢レイチェル…？｣
俺が後ろを振り向くとレイチェルがいて、でもいつもより怖い顔をしていた。

｢…フェズ。起きたのね。いらっしゃい。｣
俺はレイチェルに静かについていくことにした。

＊＊＊

｢…フェズ…元気でいろよ…｣

ノラの小さな呟きは虚空に消えた。

＊＊＊