縛りプレイ・リフレイン

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第1章 3話 シューバ

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『役立たずの奇才魔法使いシューバ』




彼の噂は酒場の間では有名だった。

魔法使いのジョブの癖に、
攻撃魔法、防御魔法に回復魔法も使えない
パーティには役立たずの魔法使い。
唯一使える魔法は状態異常魔法だけ。

火力がモノをいうこの世界で
彼はハミ出た存在でしか無かった。

と言っても見た目が結構イケてる為に、
稀に女の勇者に引っこ抜かれる事があるも
性格に一癖ある彼がパーティで上手くいく事は
一回たりとも無かった。

しかし、そんな彼にも唯一の友人はいるらしい。

しかもその友人と言うのが
『底無し沼の天才魔法使いカイン』だというから驚きだ。

カインは少年時代、天才という名を轟かせていたが、一度スランプ状態になり泥に沈んだ。
毎日濁った瞳で酒を飲み漁っていた時、
そのカインの前にシューバが現れ、
カインに己の造ったオリジナル魔法陣を授けてからと言うものの、
カインは次々と新しい魔法やポーション、
オリジナルの計算式を生み出したりと
今世一番の有名魔法使いへ成り立っていった。


しかし偉業を成したはずのシューバは
目立とうとせずに、ひっそりと
『リフレイン・バー』で己を使いこなせる勇者を何年も待っている。
 


▽▽▽▽▽



それがターナーが青年から聞いた
シューバ・アルスタインの話だった。

別に彼が有名だから近づいた訳ではない。
その名にあやかりたいとかでもない。

ーーー『役立たず』。
その言葉に何処か親しみを持てたからだった。



「あんた、剣は持ってないのか」


パーティ組合連合の窓口で必要書類を書いていると後ろの男が口を開いた。
シューバの目線の先にはターナーの腰の
武器を装備する空の鞘掛けが。

ここで本当の事を言ってしまうと
必ず逃げられる事を学んでいるため、
ターナーは笑顔でそれを悟られぬように
嘘を吐いた。


「盗賊にでも盗まれては元も子もないのです。今は信用できる者の所に預けてます」

「おいおい、ターナー。エルフの癖に盗賊に
素手で戦うつもりなのか?」


後ろから聞こえた半笑いの態度に
この前聞いた青年の言葉を思い出す。

ー確かにパーティには向かない性格だな…

長らく彼は一人な為に
協調性が欠けているのだろう。
だがせめてここは荒波立たさずにクリアしたい。


「昔と違って今のエルフは腕と足の筋肉も鍛えてるんですよ」

「お前は鍛えてないようだが?」

「おや、見た目で判断されるとは心外ですね
コレでもエルバーンの実は軽く潰せますよ」

「ちっ…食えない奴」


そのままヒラヒラと片手を左右に揺らすと
シューバは奥の待合い室に向かった。

それを見送りながら軽くため息を吐き、
書類の仕上げにかかる。

正直彼とうまくやって行けるか
不安なのは感じている。
しかしターナーにとってパーティ編成は
どうしても必要なのだ。
このモンスター狩りにだって
お金稼ぎの為に行くようなもので
こういうパーティ探しは貯めていたお金が
底をついたからだった。

ある程度お金が貯まったら
パーティを解散するという勇者はよく居る。
そういう勇者は必ず嫌われる運命だ。
だから、深く関わらないようにと決めている。
上辺だけの関係のまま。

それが1番良いのだ。
別れる時に心が痛む事も何も無くなるのだから…


「出来ました」


窓口の受付嬢に書き終わった書類を渡し
判子を押してもらうと、無機質な声が窓についたマイクから響いた。


「お疲れ様でしたターナー様。
これで手続きは以上です。旅のご武運を」


互いにペコリと頭を下げ、待合い室に向かう。

シューバの姿を探すも見当たらないので
取り敢えず施設の外に出る事にした。
ポケットから一枚の便箋を取り出し
それに指で円を書く。
そして空に向かって便箋を投げると
まるで鳥のように羽ばたき目的の者の元へと
素早く飛んで行く。

エルフ族の言伝魔法を応用した魔法である。

元々は飼育している愛鷹を使っていたが
この街にはどうも持ち込めないらしく
やむなく鷹の代わりに鷹の羽を織り込んだ
この便箋を使用しているという訳である。

鷹の加護付きで、目的の者の元に着くと
鳴いて使役者に場所を知らせ、
目的の者が便箋の封を切れば紙だけが
目的の者の手元に残り、
織り込んだ羽が使役者の元へと飛んで
戻ってくるという便利な仕組みだ。

今は多分シューバとの距離も遠くないので
便箋を追いかけて見つける簡易式方法にした。

羽ばたく便箋を追うと
施設の裏の広い庭に出た。
そこで便箋が鷹の声で鳴き、地に落ちたので
ここに確かに彼が居ることが確信できる。

便箋を拾い上げ、ポケットに仕舞い
当たりを見渡す。
自分の腰くらいまでの草だらけの
手入れのされていない裏庭は
決して綺麗とも呼べなく、ただ様々な色の植物が生え揃っている普通の裏庭だった。

程なくして庭の真ん中に動く影を見つけた。
しゃがんでいるのか
彼の頭だけが草から見え隠れしている。

声をかけようとしたが
彼のしている事に気付き、やめた。


「魔法の計算式…?」


目を細め、それを良く見ると
彼の足元には地面を埋め尽くさんばかりの計算式がずらりと並んでいることに気付いたのだ。
どれも知っているものではないが、
美しい計算式だと直感的に思えた。

昔エルフの森の図書館で魔法を覚えるために魔法陣の書を見た事はあるが、どれも複雑で奇天烈な配列の計算式だった。
あまり好きでは無かったと思う。
だが、今目の前の魔法陣はどの計算式よりももっと複雑なのにとても美しい配列で、
目を奪われる程だった。

長く見惚れていると彼の地面が淡く光出した。
発動するのだろうか。
彼も手を止め地面に向かって両手を広げる。

果たしてどの様な魔法が発動するのだろうかと期待して見ていたが
光は徐々に薄くなり、遂には地面の文字と共に跡形もなく消えた。

ーー失敗したらしい。
彼は開いていた手の平を力強く握りしめ
地面を叩いた。

少し残念にそれを見届け彼の元へ足を進めた。


「手続きが終わりました」

「ん、あぁ。お疲れ」


シューバが立ち上がり、足の砂を落とす。


「今の魔法陣は?」

「…オリジナル攻撃魔法陣。試しに創ってた」

「創ってた…ってそんな簡単に魔法陣は創れるモンなんですか」

「暇潰しに」

「普通の魔法使いは暇潰しにあんな複雑な魔法創りませんよ。しかも貴方確か攻撃魔法使えないんじゃなかったですか?」

「…いつか俺が使えるかも知れないだろ?」

「ハイハイ、皆そう言いますが
大体一生使う事が出来ないのがオチですねー」


ちっ!と盛大な舌打ちが聞こえるも無視。
裏庭を抜けると、日が落ちかけていたことに気付く。このまま他領に出掛けるのも危険なので
そのまま予約していた宿に向かった。

小さな薄汚れた宿に着くと最初に
受付で預けていた荷物を受け取り、
そのまま15ルーツを支払い部屋に向かう。

部屋に入ると二つの小さなハンモックと
小さなエンドテーブルが狭い空間に
なんとか収まっている。
何処と無く窮屈な部屋にシューバと2人きり
で居るのは少し抵抗があった為、
部屋にシューバを置いて外に出た。

屋根に一蹴りで飛び乗り、空を見上げる。
大きな月が空を埋め尽くしていた。

ーーー武器を扱えないだけで、
後は他のエルフと変わらない。

勇者として、剣も握れず
エルフとして弓も使えず

ただ、鷹の目を持ち、狐の耳を持ち、
狼の足を持つだけのエルフ族の落ちこぼれ。

武器を使えない為、腕が一番細く
この腕じゃエルバーンの実すら満足に潰せない。

この身なりでさえも、本当の自分を隠すため。

せめて見た目だけはと姉が服を揃えてくれた。

耳につけたピアスは
亡くなった父の遺品から作った。
父との思い出はどれも掠れて思い出す事は出来ないが、これを付けているとどこか懐かしい気持ちになれる。
だから、肌身離さず付けている。

姉の全財産を注ぎ込んだこのブーツも
姉に泣きながら受け取った思い出だ。


暫く空を見つめていると風が強く吹いた。
木が舞い、花が舞い、空では葉がダンスを踊っている。
手を伸ばし、一枚の葉を取り
口元に当てがった。

息を吹きかけると葉から音とも取れぬ音が出て
風と共に辺りに木霊する。
それに思わず苦笑して、葉を空に返した。

幼い頃に姉に教えて貰った草笛。
森妖精と共に吹いては遊び回っていたな。

この街には森妖精が居ないみたいで
街の草木には命が宿っていない。
そこに咲く、ただの花として
街に飾られている。

そんな風景が、余り好きでは無かった。
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