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序章
落日の黄昏 と 若き導師の誕生
しおりを挟むトントントントンと、リズミカルにまな板と包丁が音を奏でている
様々な食材の放つ芳醇な香りが鼻腔をくすぐる
「白兎(ハクト)爺ちゃん!お腹空いたよ~」
割烹着姿の白髪の男性が、包丁を片手に振り向いて
「亜樹兎、行儀が悪いぞ」
呆れ顔の白兎爺ちゃんは、やれやれといった感じで
「お前も今日から導師として、精進しなきゃいかんのだろう?」
白兎爺ちゃんの髪は、白髪ってより銀髪に近い、今は調理中なので一つに結っている
いつもは肩まで伸びた髪が朝日に輝きながら、サラサラと揺れ動くのを見ているのが好きだ
「緑樹爺ちゃんに、白兎爺ちゃんが朝ごはん作ってくれてるって聞いたんだけど」
また、やれやれといった感じで
「あのおしゃべりめ!私から亜樹兎へ伝えようとしたのに」
まったくもうと青筋を立てている
「白兎爺ちゃん?」
はッとして、笑顔に戻る爺ちゃん
「あの方がお越しになるのは、異例中の異例だからな、途中腹の虫が鳴いたら大変だから、さあ、お食べ!」
(ん?あの方?)
「あの方って、今日来る神祇官の事?」
「さあ、食べないと時間がなくなるぞ」
(あ!誤魔化した(笑)
誤魔化しつつ、温かな湯気の立つお椀を渡してくれた
中には、彩りのよい野菜たっぷりの雑炊が入っていた
席に座り、「いただきます」と言って、匙をとる
優しい風味が口いっぱいに広がった
「美味し~~い」ニコニコと食べていると
白兎爺ちゃんに頭を撫で撫でされていた
「ふふッ!亜樹兎は食べてる時は、大人しいんですよね~」
されるがままに撫でまわされてる、(だって、美味しいし)
「白兎爺ちゃん、もう少しだけ食べてもいい?」
お椀の中には、一粒の麦粒さえなかった
「半分くらいなら、儀式に影響はないでしょうから」
野菜たっぷりの麦雑炊をよそってくれた
「ありがとう、白兎爺ちゃん」
ゆっくりと咀嚼しながら、白兎爺ちゃんが調理する姿を眺めていた
「では、私はお供え物を本堂に持って行きますから、亜樹兎は食べ終わったら片付けて、着替えなさい」
ワゴンにお供え物を乗せて、白兎爺ちゃんは本堂へと向かって行った
「分かった、白兎爺ちゃん!」
(結局、今日の儀式の神祇官の素性は、分からなかったなぁ~~)
食べ終わり、後片付けをして部屋へと戻る
「はぁ~!ホントにコレ着るんだよね~、はぁ~~!」
(蒼袴はいいとして、上着がな~~)「はぁ~~!」
木綿じゃないよなぁ~~コレ!仮縫いの時は木綿だったんだけどなぁ~~?!
蒼味がかった、絹なんだよなぁ~~どう見ても!
逡巡していると
「なんだ、まだ着替えてないのですか?」
と、白兎爺ちゃんに声を掛けられた
「コレ、木綿じゃないじゃん!なんだかなぁ~~」
してやったりとした、ドヤ顔で白兎爺ちゃんは、
「私達の亜樹兎の晴れ舞台ですからね、奮発しましたよ」
(はぁ~~!そういう事かぁ~~!!)
観念して着替えてると、
「この日の為でしたが、漸く亜樹兎の髪も腰迄伸びましたね」
みづら?鬟って髪型だっけ?
古代の人々が、髪を左右に分けて長い耳の様に束ねる髪型
「なんかイヤだよ!あの髪型」
口を尖らせて、白兎爺ちゃんに愚痴ると
「私は、射干玉や濡鴉の様な漆黒の髪の亜樹兎に、一番似合っていると思いますがね」
と、にこやかに白兎爺ちゃんは言った
(そう言われると、悪い気はしないんだよな~~、白兎爺ちゃんって褒め上手だよなぁ~~)
「それに、今回の儀式では劔舞を強硬に拒んで、錫杖舞にしたそうですね?亜樹兎?」
ほんのすこしだけ、眉間に皺を寄せる白兎爺ちゃん
「観音様に、劔舞は似合わないからさ~、錫杖舞にしたんだ~」
「観音様は、幸せ者ですね、亜樹兎にこんなにも思って貰えるのですから」
と、幸せそうな顔で笑う、白兎爺ちゃん
「白兎爺ちゃんも亜梵爺ちゃんも緑樹爺ちゃんも大好きだよ!」
真顔で言う僕に
白兎爺ちゃんは、目を見開き驚いた!
「気を使わなくても大丈夫ですよ、亜樹兎」
「そんなんじゃないよ!白兎爺ちゃん!」
(そう、違うんだよ!)
「亜梵爺ちゃんは、まるで大地の様にチカラ強く守ってくれてるし、緑樹爺ちゃんは、森の中をそよぐ風の様に優しく包み込んでくれてる、そして白兎爺ちゃんは、時に優しく時に激しく大海の水面の様に僕に接してくれる」
「そんな爺ちゃん達のこと、思わずにはいられないよ!」
「白兎爺ちゃん、大好きだよ」
ん?
(白兎爺ちゃん、照れてる?)
ほんのり顔が赤いよ?
「亜樹兎、そんな事より、儀式の準備しますよ!」
(あ!また、誤魔化した(笑)
白兎爺ちゃんは、自室に戻って行ったが、直ぐに戻ってきた
「亜樹兎、これをおまえに」
白兎爺ちゃんは、6尺もある細長い桐の箱を差し出した
「これは?」
開けてみると、仄かに蒼い銀色の錫杖が入っていた
「これは、観音様と共に伝来した錫杖だそうだ!」
(キレイな錫杖だなぁ~~、振ったらイイ音色が聞こえてきそう)
「今日から、この錫杖を使いなさい」
(これって、この御堂の宝なんじゃないのかなぁ?)
「宝は使わなければ、唯の置物にもなりませんよ?亜樹兎」
(アレ?読んでるよね?心の声を爺ちゃん?)
「そんな事は無いですよ、亜樹兎」
(いやいや白兎爺ちゃん、僕、声に出して無いし!)
ハッとする!白兎爺ちゃん(笑)
今日の儀式は、白兎爺ちゃんの水面を激しく波打たせている様です
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