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Step4 辿る歩みはどこに至る…?
強くなりたい理由
しおりを挟む―――強く、賢くならなきゃいけない。
これは、あの事件から助け出された時に深く刻まれた強迫観念みたいなものだった。
だから、ノクスに強くなる姿勢を肯定された時は嬉しくなったし、ノクスが身につけていた強さにとても憧れた。
ノクスの師匠と案外早く打ち解けられたのは、彼を通して自分もノクスみたいになりたいと願ったからなのかもしれない。
その日も、僕はノクスと朝の走り込みに行った後、湖の畔で打ち合いに勤しんでいた。
「うおっ!? ちょっ……フィル、止まれ!!」
打ち合いの最中、ノクスがふいに戸惑いの声をあげる。
しかし、完全に没頭していた僕にはその声が届いていなかった。
「こら、フィル!」
「あ…っ」
ふとした拍子に剣を弾かれて、体のバランスが一気に崩れる。
気付けば、柔らかい地面に尻餅をつくことになっていた。
「いったー…。もう、なんで途中でやめちゃうのさ! 僕もノクスもまだ余裕だったじゃーん!!」
「やめるに決まってんだろ! お前、目がおかしくなってたんだよ!! おれが止まれって言ったの、聞こえてたか!?」
「えー、そんなこと言った?」
「ほら見たことか! とりあえず休憩!」
剣を投げ捨てたノクスは、溜め息をついて隣に腰かけてきた。
「フィルさ、何をそんなに焦ってるんだ?」
やけに神妙な声で、ノクスがそう訊ねてくる。
「最初は相当な負けず嫌いなのかと思ったけど、それにしちゃお前の食らいつきようは変だ。今も、負ける=死ぬことだって思ってるような目をしてた。一体、何にそこまで追い込まれてるんだ?」
「………っ」
改めて、ノクスの洞察力に感心させられた瞬間だった。
物心つく前から孤児院でお兄ちゃん的立場だったノクスは、常に弟妹たちや職員の機微に気を配っていたそうだ。
実際、キシムに来たノクスは瞬く間に子供たちに懐かれ、大人たちからもかなりの好印象を持たれている。
そんなノクスに嘘をついても、きっとばれてしまうのだろう。
そう思った僕は……
「ノクスは、僕とお母様がどうして帝国から引っ越してきたのか聞いた?」
思いきって、自分の深淵を占領する出来事について話してみることにした。
「ああ、まあ……」
途端に、気まずそうな顔で明後日の方向に目を向けるノクス。
その態度だけで、答えを察するには十分だった。
「あの時に、僕は思い知ったんだ。僕は貴族の一人息子で、僕に何かがあった時に助けてくれる人はたくさんいる。だけど……大きな恐怖に直面した時、人は結局一人で戦わなきゃいけない。」
「そんなこと……」
「あるんだよ。実際のところ、突然知らない人に誘拐された僕は、母さんたちが乗り込んでくるまで一人だったんだから。」
ああ、嫌な気分だ。
思い出すことが減ってきたところで、完全に忘れられるわけじゃないのだ。
一度意識を向けた恐怖の記憶は、当時の鮮明さを残したまま脳内で荒れ狂う。
「あの時の僕は、ただ泣いて震えることしかできなかった。あの人が乱暴なことはしてこなかったから無傷で助け出されたけど、最悪の場合は何もできないまま殺されてたと思う。」
「………」
ノクスは、何も言わない。
ノクスとしては、気まずくてたまらなかったんだと思う。
でも、僕は下手な慰めや勇気づけがない沈黙がありがたかった。
「いっそのこと自分の顔を変えられたならいいんだけど、それは無理じゃん? なら、何があっても対処できるように、強くて賢くならなくちゃいけない。……少しでも早くね。」
後から思えば、僕はそれだけ外の世界が怖かったんだろう。
お祖父様やお母様を信用していないわけじゃない。
屋敷のみんなだって、自分を大事にしてくれているのは分かっている。
でも、やっぱり大人という存在はどうしようもなく怖くて、彼らが伸ばしてくる大きな手に寒気がしてしまう。
その恐怖を克服するには、自分が優位に立つしかない。
権力ではなく、純粋なる力と知恵で。
誰からも尊敬されていて、自信と威厳があふれる堂々たる姿のお祖父様。
そんなお祖父様が持つ圧倒的な強さを見て、そんな風に思った。
だから、あの境地に辿り着くことは、これから生きていく上で必ず成し遂げないといけないことなのだ。
「フィル……その……ああもう!!」
しばらく返答に困っていたノクスが、急に大声をあげた。
それではたと我に返って隣を見ると、ノクスはガリガリと髪の毛を掻き回している。
「あ、ごめん…。困らせちゃったよね?」
「違う違う! そうじゃなくて、えーっと……―――ああ、そうだ。」
何かをひらめいたらしいノクスは、地面に手をついて身を乗り出してくる。
「フィル。お前、おれの仲間になれ。」
ノクスから告げられた言葉。
正直、今の話からどうしてそんな展開になるのかが分からなかった。
「えっと……どういう意味?」
「おれもフィルも、強くなりたいのは同じだろ? それは、仲間だってことじゃん。だから、これからもおれと一緒に師匠の修行を受けて強くなっていこうぜ。そんで、これからはお互いにお互いを守り合うんだ。」
「お互いに、お互いを…?」
「そう。大人が怖いってんなら、代わりにおれがいつも傍にいるよ。同じ子供なんだ。もしお前を誘拐しようとする悪い大人がいたなら、きっとおれも一緒に誘拐すると思う。」
「た、確かに…。僕を誘拐する時にノクスが一緒にいたら、ノクスに顔を見られちゃうもんね。そんなノクスが警備隊を呼んだら、すぐに捕まっちゃう。」
「お、おう…? 大人がそこにいた子供を全員誘拐するのって、そういう意味…? まあ、細かいことはいいや。」
一度謎に満ちた顔をしたノクスは、すぐに真剣さを取り戻してこちらをまっすぐに見つめてくる。
「ともかく、一緒に誘拐されれば一人じゃなくて二人で戦えるだろ?」
「あ…」
その言葉は、確かに心を大きく揺らした。
僕の反応を見て手応えを得たらしいノクスは、さらに畳み掛けてくる。
「この先、フィルに何かが起こったらおれが守ってやる。だから、おれに何かがあったらフィルが守ってくれよ。」
「で、でも……」
「なんだよ。おれの強さじゃ足りないか?」
「ち、違うよ! ただ、本当にいいのかなって…。貴族って面倒なこととか大変なことがたくさんあって嫌になるって、お祖父様やお母様がよく言ってたから……」
「それでもいいから言ってんだろ? おれがフィルの傍にいたいんだよ。その面倒なことや大変なことも、二人でどうにかすりゃいいじゃん。」
「………っ」
その時感じたものを、どう表現すればよかっただろう。
胸がきゅっと締め付けられて、悲しくないはずなのに無性に泣きたくなった。
「な? 今日から、おれたちは仲間な?」
満面の笑顔で、再び告げられた言葉。
それを拒もうだなんて、露ほどにも思わなかった。
「うん!!」
涙目で頷いて、差し出された手を強く握り返す。
それが、自分を取り巻く世界が一変するきっかけだったんだ―――……
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