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第一章
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放課後、忘れ物に気づいて教室まで取りに来た私は、薄暗い中自分の席に座り窓の外を見ている樹くんの姿を見つけた。
教室には樹くんしかいない。今なら二人っきりだ。
心臓の音がうるさい。まるで全身が心臓になってしまったみたい。
告白するなら、いましかないんじゃないか。
そんなことを思わせるシチュエーションに、余計に心臓がうるさくなる。
「あれ?」
そんな私に気づいたのか、樹くんは教室の入り口に立つ私の方へと視線を向けた。
「加納さん、どうしたの?」
「あ、え、えっと、忘れ物をしちゃって」
あはは、と笑いながら自分の席へと向かう。机の中に入れたまま忘れていた社会のワークを取り出した。
「宿題で出てるのに置いて帰っちゃって。ドジだよね」
「そんなことないよ。ちゃんと戻ってきて偉いと思う」
まっすぐに見つめられてそんなことを言われると、心臓が苦しいぐらいに痛くなる。
二人きりの放課後の教室。見つめ合う二人。
「ん? どうかした?」
樹くんは私の目を見つめたまま優しく微笑む。その目に吸い込まれてしまいそう。
ふわふわとどこか気持ちが浮つくのがわかる。
ああ、ダメ。こんなのまるで、まるで。
「あの、ね」
言葉が口をついて出る。
何を言おうとしてるの。やめた方がいいよ。
心の中でもう一人の私が止めるのに、雰囲気に当てられるように気づけば口を開いていた。
「私、その……あの、ね。私……」
「……うん」
「私……ずっとあなたのことが好きでした!」
言ってしまった……!
今のは本当に私が言ったんだろうか。こんな勇気どこにあったのかわからない。
でも、どうしても気持ちを伝えたくなってしまった。きっと樹くんが私を好きじゃないのはわかってる。それでもこの溢れそうな気持ちを、どうしても伝えたかった。
「……ありがとう」
樹くんはいつものように優しく言う。
その優しい声色が余計に「ああ、やっぱりダメだったんだ」と思わせる。
でも、いいんだ。気持ちを伝えたかっただけだから。あの日どれだけ私が樹くんに助けられたか、それを伝えられたから――。
「俺も、好きだった」
「え……?」
だから樹くんに言われた言葉の意味を理解するまでにたっぷり三十秒以上は必要だった。
今、なんて言ったの? 好きだった? 好きって何が? どういうこと?
「嘘、だよね」
「嘘でこんなこと言うと思う?」
「お、思わないけど」
思わないけれど、こんな私に都合のいいことがあるなんて信じられない。
夢なのだろうか。白昼夢? それとも幻?
「じゃあ、信じて」
「う、うん」
「加納さん」
「あっ」
気づけば樹くんの腕の中に抱きしめられていた。恥ずかしくて顔が一気に赤くなるのを感じる。
「な、え、ええ……」
「心臓、ドキドキ言ってる」
「あ――」
当たり前だよ、と言おうとした瞬間、教室のドアが開く音が聞こえた。
「蒼ー? ごめん、待たせて。帰ろう、か……」
今の声は――。
頭から血の気が引くのがわかった。
嘘だよね。信じたくない。そんなことありえない。
今の状況を否定しようとするけれど、それよりも早く現実が襲いかかる。
「加納、さん? え、なんで蒼と……」
「い、つき、く……ん……?」
まるでさび付いたロボットのようにぎこちなく首をそちらへ向ける。視線の先にいたのは、紛れもなく樹くんだった。
それじゃあ、目の前のこの人は――。
「嘘、でしょ……」
「加納さん? どうしたの?」
その言葉に、背筋を嫌な汗が伝い落ちたのを感じる。お兄さんと間違えて告白して、両思いだと勘違いして、それで抱きしめ合っていました、なんて……絶対に言えない。
「ち、違うの。樹くんが急に入ってくるからビックリしただけ」
「急って……」
何か言いたそうに樹くんは呟く。
「担任から呼び出されてたから届けに行ってたんだ。その間、蒼に待ってもらってただけで……」
ゴホンと咳払いをすると、樹くんは私たちに尋ねた。
「二人は、一体何をしてたの?」
何を、と言われてしまうと困る。なんと説明すればいいのだろう。だって、こんなの……。
「俺ら、付き合うことになったんだ」
「え?」
「さっき加納さんが告白してくれて、さ」
「そう、だったんだ」
一瞬、樹くんの顔が泣きそうに見えたような気がした。
違うの、と否定したい。私が好きなのは樹くんで、間違えて告白しちゃったの、と言ってしまいたい。
ううん、言うなら今しかない。今しか――。
「そっか、おめでとう」
「……え?」
「なんだよ、蒼も加納さんのこと好きなら言ってよ」
「兄弟でもんな話し普通しねえだろ」
「まあ、そうだね」
笑いがならそう言うと、樹くんは私を見た。
「加納さんも、ありがと」
「え?」
「こいつ、不器用で誤解されやすいけど、いい奴だからさ。仲良くしてやってくれると嬉しいな」
好きな人に、他の人のことをよろしくされることほど辛いことなんてないと思う。
泣きそうなほどに辛くて、胸が痛くて、心臓がはち切れそうだった。それでも必死に笑顔を浮かべると、樹くんに向けた。
「……わかった」
「だせえことしてんなよ。兄貴によろしくって言われるってかっこ悪すぎだろ」
「そっか。ごめんね。つい口出しちゃって。そおか、でもそれじゃあ二人で帰るよね? 僕は先に帰るからゆっくり帰ってきたらいいよ」
「そうする」
「加納さんもまた明日ね」
ひらひらと手を振ると、樹くんは教室を出て行く。
私は目の前が真っ暗になり座り込んでしまいそうになる。必死に近くにあった椅子に捕まると、なんとか倒れずにすんだ。
「……おい」
「え?」
「帰るぞ」
「あ、えっと……うん」
ぶっきらぼうな感じに言うと、蒼くんは教室を出ようとする。けれど、出る寸前に私の方を振り返った。
「何やってんだよ、早く来いよ」
「は、はい」
慌てて追いかけるように教室をあとにした。
会話なんてほとんどない帰り道。何を話せばいいかわからないし、何かを話しかけてくる気配もない。なんでこんなことになってしまったんだろう。
ため息を吐きそうになるのを必死に堪える。隣を歩く蒼くんに聞かれれば何を言われるかわからない。
そんなことを考えていると、いつの間にか家のすぐそばに来ていた。
「あれ? 私、家の場所言ったっけ?」
気づけば家のすぐそばに立っていた私は、不思議に思い尋ねる。けれど蒼くんは「言っただろ」とだけ言うと私を家の前に残し帰って行く。
もしかして、これは送ってくれたのだろうか。
突然の優しさに戸惑いながら、家に入ると自分の部屋へと向かった。
「……ホントどうしたらいいんだろう」
ベッド横に置いたトリのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら呟く。けれどその質問に答えてくれる人は、誰一人としていなかった。
教室には樹くんしかいない。今なら二人っきりだ。
心臓の音がうるさい。まるで全身が心臓になってしまったみたい。
告白するなら、いましかないんじゃないか。
そんなことを思わせるシチュエーションに、余計に心臓がうるさくなる。
「あれ?」
そんな私に気づいたのか、樹くんは教室の入り口に立つ私の方へと視線を向けた。
「加納さん、どうしたの?」
「あ、え、えっと、忘れ物をしちゃって」
あはは、と笑いながら自分の席へと向かう。机の中に入れたまま忘れていた社会のワークを取り出した。
「宿題で出てるのに置いて帰っちゃって。ドジだよね」
「そんなことないよ。ちゃんと戻ってきて偉いと思う」
まっすぐに見つめられてそんなことを言われると、心臓が苦しいぐらいに痛くなる。
二人きりの放課後の教室。見つめ合う二人。
「ん? どうかした?」
樹くんは私の目を見つめたまま優しく微笑む。その目に吸い込まれてしまいそう。
ふわふわとどこか気持ちが浮つくのがわかる。
ああ、ダメ。こんなのまるで、まるで。
「あの、ね」
言葉が口をついて出る。
何を言おうとしてるの。やめた方がいいよ。
心の中でもう一人の私が止めるのに、雰囲気に当てられるように気づけば口を開いていた。
「私、その……あの、ね。私……」
「……うん」
「私……ずっとあなたのことが好きでした!」
言ってしまった……!
今のは本当に私が言ったんだろうか。こんな勇気どこにあったのかわからない。
でも、どうしても気持ちを伝えたくなってしまった。きっと樹くんが私を好きじゃないのはわかってる。それでもこの溢れそうな気持ちを、どうしても伝えたかった。
「……ありがとう」
樹くんはいつものように優しく言う。
その優しい声色が余計に「ああ、やっぱりダメだったんだ」と思わせる。
でも、いいんだ。気持ちを伝えたかっただけだから。あの日どれだけ私が樹くんに助けられたか、それを伝えられたから――。
「俺も、好きだった」
「え……?」
だから樹くんに言われた言葉の意味を理解するまでにたっぷり三十秒以上は必要だった。
今、なんて言ったの? 好きだった? 好きって何が? どういうこと?
「嘘、だよね」
「嘘でこんなこと言うと思う?」
「お、思わないけど」
思わないけれど、こんな私に都合のいいことがあるなんて信じられない。
夢なのだろうか。白昼夢? それとも幻?
「じゃあ、信じて」
「う、うん」
「加納さん」
「あっ」
気づけば樹くんの腕の中に抱きしめられていた。恥ずかしくて顔が一気に赤くなるのを感じる。
「な、え、ええ……」
「心臓、ドキドキ言ってる」
「あ――」
当たり前だよ、と言おうとした瞬間、教室のドアが開く音が聞こえた。
「蒼ー? ごめん、待たせて。帰ろう、か……」
今の声は――。
頭から血の気が引くのがわかった。
嘘だよね。信じたくない。そんなことありえない。
今の状況を否定しようとするけれど、それよりも早く現実が襲いかかる。
「加納、さん? え、なんで蒼と……」
「い、つき、く……ん……?」
まるでさび付いたロボットのようにぎこちなく首をそちらへ向ける。視線の先にいたのは、紛れもなく樹くんだった。
それじゃあ、目の前のこの人は――。
「嘘、でしょ……」
「加納さん? どうしたの?」
その言葉に、背筋を嫌な汗が伝い落ちたのを感じる。お兄さんと間違えて告白して、両思いだと勘違いして、それで抱きしめ合っていました、なんて……絶対に言えない。
「ち、違うの。樹くんが急に入ってくるからビックリしただけ」
「急って……」
何か言いたそうに樹くんは呟く。
「担任から呼び出されてたから届けに行ってたんだ。その間、蒼に待ってもらってただけで……」
ゴホンと咳払いをすると、樹くんは私たちに尋ねた。
「二人は、一体何をしてたの?」
何を、と言われてしまうと困る。なんと説明すればいいのだろう。だって、こんなの……。
「俺ら、付き合うことになったんだ」
「え?」
「さっき加納さんが告白してくれて、さ」
「そう、だったんだ」
一瞬、樹くんの顔が泣きそうに見えたような気がした。
違うの、と否定したい。私が好きなのは樹くんで、間違えて告白しちゃったの、と言ってしまいたい。
ううん、言うなら今しかない。今しか――。
「そっか、おめでとう」
「……え?」
「なんだよ、蒼も加納さんのこと好きなら言ってよ」
「兄弟でもんな話し普通しねえだろ」
「まあ、そうだね」
笑いがならそう言うと、樹くんは私を見た。
「加納さんも、ありがと」
「え?」
「こいつ、不器用で誤解されやすいけど、いい奴だからさ。仲良くしてやってくれると嬉しいな」
好きな人に、他の人のことをよろしくされることほど辛いことなんてないと思う。
泣きそうなほどに辛くて、胸が痛くて、心臓がはち切れそうだった。それでも必死に笑顔を浮かべると、樹くんに向けた。
「……わかった」
「だせえことしてんなよ。兄貴によろしくって言われるってかっこ悪すぎだろ」
「そっか。ごめんね。つい口出しちゃって。そおか、でもそれじゃあ二人で帰るよね? 僕は先に帰るからゆっくり帰ってきたらいいよ」
「そうする」
「加納さんもまた明日ね」
ひらひらと手を振ると、樹くんは教室を出て行く。
私は目の前が真っ暗になり座り込んでしまいそうになる。必死に近くにあった椅子に捕まると、なんとか倒れずにすんだ。
「……おい」
「え?」
「帰るぞ」
「あ、えっと……うん」
ぶっきらぼうな感じに言うと、蒼くんは教室を出ようとする。けれど、出る寸前に私の方を振り返った。
「何やってんだよ、早く来いよ」
「は、はい」
慌てて追いかけるように教室をあとにした。
会話なんてほとんどない帰り道。何を話せばいいかわからないし、何かを話しかけてくる気配もない。なんでこんなことになってしまったんだろう。
ため息を吐きそうになるのを必死に堪える。隣を歩く蒼くんに聞かれれば何を言われるかわからない。
そんなことを考えていると、いつの間にか家のすぐそばに来ていた。
「あれ? 私、家の場所言ったっけ?」
気づけば家のすぐそばに立っていた私は、不思議に思い尋ねる。けれど蒼くんは「言っただろ」とだけ言うと私を家の前に残し帰って行く。
もしかして、これは送ってくれたのだろうか。
突然の優しさに戸惑いながら、家に入ると自分の部屋へと向かった。
「……ホントどうしたらいいんだろう」
ベッド横に置いたトリのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら呟く。けれどその質問に答えてくれる人は、誰一人としていなかった。
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