ホントのキモチ!

望月くらげ

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第一章

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「そもそもさ、どこがそんなにいいの?」

 お昼休み、お弁当を食べながら結月は言う。
 光が丘中は給食じゃなくてお弁当なの。購買で買う人もいるみたいだけど、私はいつもママが作ってくれたお弁当を食べていた。
 結月は日によってお弁当だったりパンだったりするみたい。今日は「新発売のアボカドパンがどうしても食べたかった!」とコンビニで買って持ってきていた。
 そのパンにかじりつきながら結月は首をかしげる。
 私は口に入れようとしていたミートボールを空中で止めた。

「どこがって」
「一年の時は樹君のことそこまでだったよね?」
「そりゃあ、あの頃はね」

 そもそも入学当初はカッコいいなと思うだけで別に好きでもなんでもなかったもん。ただみんなが騒いでる学校のアイドル、そんな印象だったんだ。
 でも。

「私ね、二年に上がってすぐの頃、先生に頼まれてみんなのプリントを集めて職員室に持っていこうとしてたの」

 その日のことは、今もよく覚えてる。
 ――クラス替えがあって最初のロングホームルームのあと、日直だった私は坂井先生から声をかけられた。

「加納、たしか日直だったな? 悪いがプリントを回収して職員室まで持ってきてくれ」
「え……」

 日直はもう一人いたはずだけど、とか今先生が集めていくのでは駄目なの? とか、色々頭を過ったけれど嫌だということもできなくて「はい」と頷くことしかできなかった。
 何とかプリントを回収して、全員分あることを確認する。時計を見るとあと五分で休み時間が終わってしまいそうなことに気づいた。

「急がなきゃ!」

 慌てて持っていこうと集めたばっかりのプリントを持って教室を飛び出し廊下を歩いていた私は、前から来た男子にぶつかられて思いっきり転んでしまった。

「あっ」

 その拍子に、プリントが散らばり、そのうちの何枚かは開いていた窓から外に飛んでいった。しかもぶつかった男の子は逃げるようにしてどこかに行ってしまった。

「最悪……」

 私は泣きそうになりながらも、とにかくプリントを集めなきゃ、と廊下に散らばったのを一生懸命拾った。
 それから窓から落ちてしまったプリントを探すために外へと急いだ。
 窓の外はちょうど中庭になっていて、プリントは芝生の上に落ちていた。これで池なんかがあったら悲惨なことになっていたな、と思いながら念のためプリントの枚数を数えた。

「嘘、どうして」

 二年一組は全員で三十二人。なのにプリントは何回数えても三十一枚しかなかった。

「どこにいっちゃったの」

 どんなに探してもプリントは見つからないし、もうすぐ休み時間も終わってしまう。先生だって何で持ってこないんだってきっと思っているはずだ。

「どうしたらいいの……」

 プリントを抱きしめたまましゃがみ込む私の後ろから、誰かが声をかけた。

「どうしたの?」
「え……?」

 そこにいたのが樹くんだった。
 去年はクラスが違ったけど、光が丘中で知らない人はいないんじゃないかってぐらい人気者の樹くんが突然現れたことに私はビックリしてプリントを落としそうになる。

「危ない」

 私の手からプリントを取ると、樹くんは首をかしげる。

「これってさっきのロングホームルームで書いたやつだよね?」
「……うん。坂井先生に集めて持ってくるようにって言われたんだけど、さっき廊下でぶつかった拍子に落としちゃって……」
「わ、それで一人で集めてたの? そっか、気づいてあげられなくてごめんね」

 樹くんが謝る必要なんてこれっぽっちもないのに、申し訳なさそうに言ってくれる姿に泣いてしまいそうになる。

「じゃあ、あとはこれ持っていくだけ? 僕が職員室には持っていくからさ、加納さんは教室に戻っててもいいよ」
「え、あ、あの」

 あと一枚足りないんです、そう言おうと思ったけれどそんなことを言えば、きっと樹くんは探すのを付き合ってくれるはずだ。そうすれば授業に遅刻してしまうことは確実だ。

「じゃあ、お願いしてもいいかな」

 なるべく気づかれないように私は笑顔でそう言った。
 樹くんは「わかった」と優しい笑みを浮かべると職員室の方へと歩いていった。今からならきっと授業には間に合うはずだ。

「じゃあ、探そうかな」

 あとは木の上に引っかかってるとか、ここじゃないどこかに飛ばされてしまったとかそれぐらいしか考えられない。

「木の上だったらどうしよう」

 口に出した嫌な予感ってどうしてこんなにも当たるんだろう。
 中庭に立つ桜の木。その木を下から見上げると、私の身長では到底届かない場所にプリントがあるのが見えた。
 小さな頃ならまだしも、今、しかも制服姿で木に登ることなんてできない。でも、なくしてしまったのは私だし、なんとかしなきゃ。

「登れるかなぁ……」
「ダメでしょ、登っちゃあ」
「え?」

 すぐそばから聞こえた声に慌てて振り返ると、そこにはプリントを持った樹くんの姿があった。

「どうして……」
「持っていく途中で念のために数えたら一枚足りなかったから。それと、さっきの加納さんの態度が気になって。ね、一枚足りないの知ってたの?」
「……うん」

 小さく頷く私に樹くんはため息を吐いた。

「どうして言ってくれなかったの」
「ごめんなさい」
「あ、いや責めてるわけじゃないんだ。ただ」

 樹くんは優しく微笑むと、私の顔を覗き込んだ。

「知ってたらさ一緒に探せたでしょ?」
「でもそうしたら樹くんまで授業に遅刻しちゃうから」

 私が遅刻するのは私の責任なんだから仕方がない。でも、私のせいで樹くんにまで迷惑をかけるのは嫌だった。
 その瞬間、チャイムの音が鳴り響いた。
 ああ。結局、樹くんまで遅刻させてしまった。

「ごめんなさい……」
「そっか。加納さん、もしかして僕が授業に遅れないようにって言わずにいてくれたんだね」

 もう一度小さく頷くと、樹くんは笑みを浮かべた。

「ありがとう。優しいね」
「そんなことないよ。結局、こうやって樹くんまで遅刻させちゃったんだから……。ごめんね」
「気にしないで。それに、ここに戻ってきたのは僕の意思だからね。で、あれか。最後の一枚」

 樹くんは私の隣に立つと、木の上に引っかかったプリントを見つめた。
 やっぱり登るしかとる方法はないように思う。

「私、登ってみる」
「え、なんで」
「だって、樹くんを登らせるわけにいかないし」

 私の言葉に樹くんは一瞬キョトンとした表情を浮かべると、すぐに笑い出した。

「それは僕のセリフだよ。男子である僕がいるのに、女子の加納さんを登らせるわけにいかないでしょ」

 そう言いながら樹くんは辺りを見回した。

「とはいえ僕も木登りなんてずいぶんやってないから。……うん、この辺りなら大丈夫かな」

 近くに落ちていた石を拾うと、樹くんは私にプリントを手渡し「下がってて」と言って木の下に立った。何をするのだろうか。そう思いながらも言われた通りに後ろに下がる。
 私が下がったことを確認すると、樹くんは手に持った石を木の上に向かって投げた。

「やった」

 その言葉と同時に、木の上からひらひらとプリントが舞い落ちてきた。

「わ、凄い!」

 落ちてきたプリントを拾うと樹くんは私の方にそれを持って歩いてきた。

「これで全部揃ったね」
「うん。ありがとう。それから、ごめんなさい、結局迷惑をかけちゃって」
「なんで謝るの。これは僕がしたくてしたことなんだから気にしないで」

 そう言って微笑むと、樹くんは「じゃあ行こうか」とプリントを私の手から取り上げて歩き出す。慌ててその隣を私は歩いた。
 結局、私たちは授業に遅刻し先生に怒られてしまった。けれど隣に樹くんがいるというだけで、怒られているのになぜかふわふわとした気分になった。
 きっとあの日から、私はずっと樹くんに恋をしている。
 いつかこの気持ちを伝えたいとそう思うけれど、まだしばらく先のことになりそうだ。でも、いいんだ。片思いをしている今も、十分幸せだから。

 そんなことを思っていた、はずなのに。

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