悪魔の俺が天使に一目惚れしてハードモードなんだが!?

萌葱 千佳

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第26話

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「お前ら、天界で周りの天使たちにバカップルっぷりを見せつけろ。いいな」

 婚姻の儀を終え、人間たちの真似事のようにお互いの薬指に指輪を着けているのが周りに気付かれ始めた頃、俺たち2人は天使長と悪魔長の執務室に呼び出された。
 普段の天使長は毅然とした厳格な存在だが、俺たちを前にするともう隠す気がないのか悪魔長とベタベタしていることが多い。今も俺たちに声を掛ける天使長は後ろから悪魔長に抱き締められ、時折頬に口付けを落とされていた。よくまぁこんな寂しがりの甘ったれが300年もの間、恋人と離れて過ごせたものだと感心すら覚える。

「……で、何の数値が悪かったんだ?」
「私はレヴァンの頭の回転が早くて察しが良いところは大変評価している。ただ目上の存在には敬意を払えといつも言ってるだろ! 何度注意してもなぜお前は私たちに敬語を使わない!」
「そんな、いちゃいちゃベタベタして、何が目上の存在だ……」
「お前たちの会えない時間なんて精々2,3日だろ!? こっちは300年だ! 私たちの300年を取り戻そうとして何が悪い!」
 最近の天使長はもはや自分たちの人前でのスキンシップを正当化しようとしている。まぁまぁとエリオットがなだめていると、天使長の機嫌を直すように悪魔長が唇にキスをした。何が楽しくて上司のキスシーンを見なきゃいけないのかと、そっと視線を逸らす。


 熱烈な口付けにひとしきり満足したのか、天使長が1枚の資料を俺たちに渡した。天使と悪魔の共存に向けて、両種族には十分な説明と制度の変更をした上で実現へと動き出している。渡された資料はそれぞれの種族で共存をどう思うかという調査アンケートの結果だった。

「悪魔側は賛成が圧倒的多数だ。天使との共存を前向きに検討してくれている者が多い」
 どうやら悪魔長との話し合いの前に、同期たちを引き連れてエリオットの魔界観光をしたのが他の悪魔たちにも効果的に働いたようだ。エリオットは仕事で魔界を訪れると何かと声を掛けられたり屋台でおまけをもらったりと、悪魔たちに好意的に受け入れられている。

「……問題は天使側ですね」
 資料を眺めるエリオットがぽつりと感想を漏らす。
「その通りだ。やはり天使は保守的な者が多くてだな。私自らが悪魔との共存に向けての説明会を開けば少しは前向きに捉える層が増えるのではと思っていたが、実態としては芳しくない。賛成派の数字が伸び悩んでいる」
 数回に分けて実施されたアンケートでは、賛成派が20%から30%程に伸びた程度だった。

「そこでだ。考えを変えるにはまずは実態を見るところから。悪魔は怖くない、天使と悪魔は共に歩むことができる、そう実感してもらうために、お前たち2人は天界でいちゃいちゃしまくれ! 天使たちに見せつけるんだ!」
「……まぁ、アスはこんなことを言ってるけど、2人ともここのところ働き詰めだろう? 天界でゆっくり羽根を伸ばしておいで。経費で落とせるデート程度に思ってもらえればいいから」
「ザハルは余計なことを言うな」
 悪魔長がそっとウインクを飛ばす。たしかに俺とエリオットは周りにバレないように逢瀬を繰り返してきた。一緒に暮らせるようになっても今までの名残りか2人きりの部屋の中で愛を確かめることばかりで、デートというデートをしてきていない。これはいい機会かもしれないとエリオットに視線を投げ掛けると、その口元には柔らかい笑みが浮かんでいた。

「なぁ、いちゃいちゃってどこまでしていい? キスは?」
「……頬なら、まぁ」
 渋々というように天使長が答える。
「エリオットは、俺が暁宵城の外でひっつくの恥ずかしくないか? 嫌ならやめる」
「別に、恥ずかしくはない。君がしたいならすればいい」
 わかった、とその滑らかな頬にキスを落とすと、ここではやめろと天使長が小言を飛ばす。
「あんたたちに言われたくないね」
 天使長たちにべーと舌を向けると、もうここからデートは始まっていると宣言するかのように、エリオットの腰に腕を回して執務室を後にした。


「天界はやっぱり品の良い店が多いな」
 エリオットと手を繋ぎながら天界の市場を見て回る。見るからに新鮮で栄養がたっぷり詰まった食材がずらりと並んだその光景は、魔界にはないものだった。
「私は魔界のごちゃごちゃしたあの雰囲気もけっこう好きだけどね」
「違った良さがあるよな。悪魔の奴らもここは気に入りそうだ」

 悪魔の俺が珍しいのか、すれ違う天使たちからじろじろとした視線を感じる。ただそんなことはどうでもいい。魂の伴侶であるエリオットと、こうして明るい陽の光の中を2人で並んで堂々と歩けるのが嬉しくてたまらない。繋いだ手を顔の前まで持っていくと、エリオットの手の甲にキスを落とした。

「……どうしたんだ?」
「何でもない。ただ、好きだなって」
 照れたようにエリオットが笑う。婚姻の証を結んでも、エリオットへの愛は留まることを知らない。笑い合う毎に、ぬくもりに触れる毎に、エリオットが好きだという気持ちが膨らんでいく。そんな想いを俺の奥に宿るエリオットの魂が歓迎しているように思えて、隣を歩くその存在がますます愛おしく感じた。


「お、あれってエリオットが好きなワインじゃないか?」
「本当だ。よく見つけたね」
 酒屋の店頭に置いてあるワインに気付いてエリオットに声を掛ける。
「せっかくだから今日の夜に開けようか。つまみはどうする? 君のことだからやっぱり肉?」
「そうだな。生ハムがまだあったような気がするけど」

 そんなことを喋りながらワインをレジに持っていく。店員の天使が驚いたように目を丸くした。
「エリオット様……レヴァン様……どうしてここに……」
「こちらをお願いしてもいいかな?」
 エリオットの声に、しばし固まっていた店員の天使がハッとしたように動き出す。
「あの……本当に、お二人は仲が良いんですね……」
「もちろん、魂の伴侶だからね」
「そうですよね、すみません」
「いや、いいんだ」
 優しい声色でエリオットが受け答えをする。差し出された紙袋を受け取ると、その店員が思い切ったように口を開いた。

「あの、向かいの店はもうご覧になりました? 乳製品の品揃えが豊富で、そのワインに合うチーズもたくさんあると思います」
 緊張した様子から、おそらく悪魔の接客は初めてなのだろう。でも自分の目を見て精一杯紡いでくれる言葉に心があたたかくなる。
「そうなのか、ありがとう。良いことを聞いた。この後さっそく寄ってみる」
「いえ! またのお越しをお待ちしております!」


 店員に見送られながらそのまま向かいの店へと足を運ぶ。そこの店員も急にやってきた悪魔に驚いたようだが、酒屋の袋を見せると向こうから話し掛けてきた。
「このワインに合うチーズを探しているんだ。いくつか見繕ってもらえないか?」
「おお……これは良いワインですね。レヴァン様がお選びになったんですか?」
「いや、エリオットが好きなものだ。でも一緒に飲んでるうちに好きになったから、そう考えると俺のチョイスでもあるかな」
「エリオット様はお酒を嗜むんですね。少し意外です」
「そんなに頻度は多くはないよ。でもレヴァンがいると酔っても大丈夫って思うから、つい安心して飲み過ぎちゃうんだ」

 自然と話が弾みながら品物を選んでいく。会計を終えると店員が口を開いた。
「……あの、お二人とも本当に仲が良いんですね」
「はは、それさっきの店でも言われたな。やっぱり天使と悪魔が一緒にいる姿は不自然に映るか?」
 店員は笑みを浮かべながらゆっくりと首を横に振る。

「いえ、不自然というより、上級天使のエリオット様に悪魔の恋人とがいると聞いて、正直信じられない気持ちでいっぱいでした。でも今日お二人をこうして見て、本当に愛し合っていらっしゃるんだなって……なんだか少し、僕も幸せのお裾分けをいただいた気分です。暁宵城の復興プロジェクト、応援しています!」
 思わずエリオットと顔を見合わせると、お互いに笑みが漏れる。品物を受け取りながら、復興プロジェクトのことを口にした。
「ありがとう。今、暁宵城の城下町を取り戻すプロジェクトも動き出しているんだ。二号店の出店先がもし決まっていなかったら、ぜひ検討してほしい」
「本当ですか!? それは店長にも伝えないと! ありがとうございます!」


 すっかり重くなった荷物を抱え、店を後にする。
「なんか、デートというよりただの食材の買い出しになっちまったな。エリオットはこれで良かったか?」
「もちろん。むしろこれが良いよ。レヴァンと一緒だったら、ただの買い物でもこんなに楽しいんだって改めてわかった」
「俺もだ。エリオットと生活を共にしているからこその買い物が、たまらなく楽しい」
 道の端でお互い見つめ合うと、どちらからともなく唇が重なり合う。

「……おっと、天使長にキスは頬までって言われてたのすっかり忘れてた」
「ふふ、大丈夫だよ。きっと誰も見てない」

 そう言ってまた手を繋いで夕暮れの街を歩き出す。俺たちはまだ、周りの天使たちがそっと温かく見守ってくれていたことを知らなかった。
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