キューピットのクソ野郎が俺を失恋させる気です

萌葱 千佳

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第3話

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「大学にもくっついて来るのかよ!」
「晴斗が早く決断すればいいだけの話だ」
 どうやら他の人にリュカの姿は見えないらしい。1人でぶつぶつ会話をする危ない人だと思われないために、昨日リュカと出会った屋上まで足を運んで昼ご飯を食べていた。この場所は本来使用するのに届出が必要なため、自分たち以外に人影はない。

「決断するって言ったってさぁ、嫌なもんは嫌だろ。3日悩んだって1ヶ月悩んだって、はいわかりましたみたいになるわけねぇって」
「では1週間待っても今すぐ矢を射っても同じということだな」
「待ってそうじゃないって、違う違う」
 大きな弓を取り出そうとするリュカを必死で止める。すると何かに気付いたのか、リュカがフェンスに歩み寄った。自分も隣に並んで下を見ると、校内を航平と女子が並んで歩いている。

「……俺が弓を射らなくても結ばれそうじゃないか」
 その様子を見たリュカが呟く。距離の近い2人は遠目から見ても仲が良さそうに見えた。またフッと体温が奪われるかのように感じて、その場に座り込む。
「ほっといても結ばれる2人なのに、なんでキューピットの矢をそんなに拒むんだ?」
 目線を合わせるようにしゃがんだリュカが問い掛ける。
「だって……惨めだろ」
「惨め?」
「ずっと航平の隣に居た俺は恋愛の対象にもならないのに、最近知り合った奴は神様にも認められるくらいの運命の相手だなんて、そんなの俺の4年が……惨めじゃないか……」
 消え入りそうな声で呟くと、視界が涙で滲んでいく。

「……俺は、誰かを好きになる気持ちはわからない。でも晴斗の時間や想いは、きっとあいつを支えていると思う」
 ハッと顔を上げる。リュカの言葉にそっと心を掬い上げられたかのような感覚になった。
「うっせ! 恋もしたことねぇくせに知ったかぶりすんだよ」
 顔を背けて涙を拭う。泣いているのがバレないように、わざと明るい声を出してリュカの身体を小突いた。


「何がきっかけであいつのことを好きになったんだ?」
 寝る前に明日使う課題のプリントを整理している俺にリュカが話し掛ける。
「……高1の体育祭でさ、リレーに出たんだ。あ、俺めっちゃ足速くて」
「聞いてない自慢はしなくていい。あと俺も天使の中では飛ぶのかなり速いぞ」
 じろりとこちらを見たリュカに同レベルの自慢を返される。
「んで無事にリレーでは勝てたんだけど、俺バトンパスした時に足捻ったっぽくてさ。ただクラスのみんなはお祝いモードでめっちゃ盛り上がってるし、一段落したタイミングで救護室行けばいいかなって思ってたら、リレーのメンバーだった航平が気付いてくれたんだ」

 晴斗! 今すぐ救護室行くぞ! と肩を貸して隣を歩いてくれた航平の体温は今でも覚えている。次の競技始まるから席戻っていいよと言った時の、晴斗が居ないと意味ないだろ! という屈託のない笑顔も。転がり落ちるように恋が始まった瞬間だった。

「……そう」
「え? 自分から聞いておきながらそれだけ? なんかもっと感想ないのかよ」
 しばらく考え込むように目線を落としていたリュカが口を開く。
「俺だったら、晴斗を歩かせずに済むように、羽で飛んで連れていったのに」
「……は? 何だそれ? 天使マウント?」
 よくわからない答えが返ってきて、また天使の自慢かと軽くあしらう。プリントを入れたファイルをリュックに仕舞うと、ベッドの中に潜り込んだ。

「じゃ、俺寝るから」
「……晴斗」
 豆電球のみの明かりとなった部屋の中で、リュカがこちらに近付く。
「あの時の足の痛みはあいつが治したかもしれないけど、今の心の痛みは誰が治すんだ?」
 枕の上に頭を置きながら、ベッドの脇に立つリュカを見上げる。
「……わかんねぇよ。ほっといて自然にかさぶたになるのを待つしかないんじゃねぇの」
 どこにも、誰にも吐き出せない失恋の傷は、どうやって癒せばいいのか検討も付かなかった。するとリュカが昨日のようにベッドの縁に座り、子守歌を口ずさむ。こいつ、ほんとに天使っぽいところは歌声しかないな――そう心の中で悪態を吐くと、痛む胸の中に染み渡るような歌声に身を委ねて瞼を閉じた。


 リュカは保護者か何かなのか、そう思うくらいにどこへでも付いてきた。さすがにバイト中は気が散るからやめろと伝えたところ、店の外に白い羽が揺れているのが窓から見える。シフトが終わると、またバイト先から家までの道を澄ました顔で一緒に歩いた。

「まじでお前暇なんだな」
「どっかの誰かの覚悟が決まらないせいでな」
 口ではお互い棘のある言葉が飛び出すが、1人で居ると航平のことばかり考えて塞ぎ込んでしまうため、リュカとくだらない小競り合いをしている時間には正直助けられている。ただそんな感謝を口にするわけにもいかず、ぶっきらぼうな言葉が飛び出した。

「キューピットなのに恋する気持ちもわからないリュカくんは、恋愛映画の1本や2本でも観たほうがいいんじゃないんですか?」
「キューピットの仕事はターゲットに弓を射ることだから、別に恋愛感情を理解する必要はない」
 冷たく言い放つリュカの口調にどこか可笑しさを覚える。

「お前、キューピットより弓道部のほうが向いてんじゃねぇの?」
 また棘が飛んでくると思って半歩後ろを歩くリュカを振り返ると、想像もしていない穏やかな笑みが口元に浮かんでいた。
「……そうだな、弓だけに向き合える時間はたしかに魅力的だ」
 当然何か言い返されると思っていたから拍子抜けする。
 
「おう。じゃあお前が弓道の試合に出ることがあったら応援行ってやるよ。転職したら言えよな」
「試合が終わった後にファミレスの打ち上げにも来い」
「……恋愛感情は知らねぇくせに、なんでそんな細かい人間界のディテールはわかるんだよ」
 思わず歩みを止めて声を出して笑う。傍から見たら1人で笑ってるやばい奴に見えるだろうが、込み上げる笑いを堪えることができなかった。こんな失恋の縁に立ってるのに、リュカの言葉に心から笑うことができている自分にどこか安心感も覚える。

「……やっと笑った」
「何?」
「ほら、早く帰るぞ。腹が減ってる晴斗はうるさくて仕方ない」
「いーや、いっつもローテンションのお前よりはマシだね」
 先導するように歩き出したリュカに続き、言い争いながら家までの道を歩いた。


「なんか俺に言うことないか?」
 歯を磨き終わってそろそろ寝るかとスマホを触っていると、真顔のリュカが近付いてくる。
「は? 航平に弓射るのやめろ、とか?」
「そうじゃなくて」
 無表情だが怒っているようには見えない。むしろ何かを期待しているような――もしかしてこいつ、自分から言い出せないんじゃないか。そう思って1つの可能性を口にする。
「あー……今日も歌ってほしいな、なんて」
 
 するとわかりやすく満足気にリュカの口角が上がる。なんだこいつ、くっそ嬉しそうだけど。内心そう思いながら、手を引いてベッドへ向かうリュカに続いた。俺がベッドに入ると、何かを求めるように手を差し出してくる。電気を消してくれるのかと思い照明のリモコンを渡した。
「……それもだけど、違う」
 リモコンで電気を消したリュカは、次に空になった俺の手を握る。思ってもみなかった行動に驚き、考えが読めない天使を見上げる。
「え、何?」
「今日は手握っててやる」
「なんで上から目線?」
 そう言いながらも、なぜかその手を振り払う気にはなれなかった。物理的に誰かが側に居てくれるぬくもりに縋りたくて、そっと指先に力を込める。

「ふーん、よく手が冷たい人は心があったかいって言うんだよ。だから逆にお前のほかほかのおててはその冷酷な心にぴったりだな」
「晴斗がよく眠れるように、手を温めておいた俺の真心を感じ取れないお前のほうがよっぽど冷酷だろ」
 いつものように返される言葉の中に、棘に見せかけた優しさが顔を覗かせる。

「……まじで?」
「嘘に決まってるだろ。おめでたい人間だな、いいから早く寝ろ」
 照れ隠しのようにリュカが子守歌を口ずさみ始めた。3日間、短い時間だがそれだけの時を共に過ごした自分の直観が告げる。こいつ、嘘吐いてねぇな――部屋の隅で俺にバレないように手を温める姿を想像すると、微笑ましい気持ちでいっぱいになる。透き通る歌声を胸の奥へと届けるように深呼吸をすると、手を握り返して瞼を閉じた。
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