キューピットのクソ野郎が俺を失恋させる気です

萌葱 千佳

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第4話

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 まどろみの中で、髪を誰かに撫でられている感覚がする。慈しむようなその指先は眠りを妨げるものではなく、むしろずっとこのままでいたいと思うほどだったが、そんな夢心地の気分を強制的に終わらせるかのように強く肩を揺すられた。

「おい、晴斗。アラーム止めろ」
「……リュカ、お前もうちょっと優しく起こせ」
 二度寝しようとかぶった布団を勢いよく剥がされて、仕方なくベッド起き上がる。大きくあくびをすると、相変わらず無表情の天使と視線が重なった。
「必修の1限があるから絶対に起こせと言っていたのはどこのどいつだ?」
 ふと右手に体温のぬくもりが残っているかのように感じる。まさかと思いながら半信半疑で問い掛けた。
「もしかして、一晩中手握っててくれた?」

 リュカが視線を逸らし、少しの沈黙が訪れる。こいつ、なんでこんなにわかりやすいんだ。澄まし顔の迫力のある美形がどこか可愛らしく思えてくる。
「そんなわけないだろう。晴斗の間抜けな寝顔なんて2秒も見れば十分だ」
「2秒は見たんだ」
 必死に反撃を考えているリュカが言い淀むように言葉を詰まらせる。俺を1人にさせないというその努力は、失恋させてしまうという罪悪感か、天使としての良心か。ただこうして側に居てくれるリュカのおかげで確実に心は軽くなっている。

「……ありがとな」
 歯を磨きながらぶっきらぼうに言葉を投げた。
「何が」
「別に」
 洗面所の鏡に相変わらず澄ました天使の口角がほんの少しだけ上がるのが映る。今はありがたくこのぬくもりを享受しよう、そう思いながらバタバタと大学に向かう準備をした。


「航平たちを矢で射ったら……まぁそんなことしてほしくはないけど、その後リュカはどうするんだ?」
 失敗しろって思ってるけどさ、と付け加えながら隣に座るリュカに問い掛ける。今日もまた誰も居ない屋上でひっそりと昼食を食べていた。
「天界に戻って、すぐ次の仕事に向かう」
「キューピットって担当地域とかあんのか?」
「ない。だから次はどこの国の誰がターゲットなのか、依頼が来ないとわからない」
 どこか遠くを見つめているような横顔に視線を投げ掛ける。
「そっか、指名も無理? 今回こうやって失恋させられるんだからさ、もし今度俺が誰かと結ばれることがあったら責任取ってリュカに射ってほしいんだけど」

 こちらを向いたリュカがどこか驚いたような表情を浮かべている。
「……それは、嫌だ」
「は? なんで?」
 リュカは考え込むように視線を落とす。
「……なんでだ? なんで俺は、どうしてこんなに嫌なんだ?」
「知るかよ。冷酷だからじゃねぇの?」
「そんなことない! 俺はたしかに、晴斗に幸せになってほしいって、思ってるのに……」
 珍しく消え入りそうな声でぽつぽつとリュカが呟く。

「やっぱり、嫌だ」
「お前が性格悪いのはわかったから、2回も言わなくていいって」
 自分でもどうしてその答えに辿り着いたかわからないとでも言うように、リュカは腑に落ちない表情を浮かべている。言動がはっきりしてるリュカにしては珍しいと思いつつ、手元の惣菜パンに齧り付いた。


「今日は金曜だろ、週末は何をするんだ?」
 大学からの帰り道で、リュカから尋ねられる。この1週間が終わったらもうリュカには会えない――昼間の会話の中でそれを悟っていた。タイムリミットは月曜、これがきっとリュカと過ごす最初で最後の週末だ。そう考えると残酷な失恋を運んできた存在であるはずなのに、どこか名残惜しく思える。

「今週はバイトもないし、家で寝溜めでもするかな」
 リュカの姿は周りの人には見えていないため、人通りの多い場所に行くと会話は難しい。もっとも、俺が危ない人間だと周囲から思われることを恐れない場合を除いては。そう考えると、心置きなくリュカと小競り合いができる家で過ごすことが1番の候補に上がった。
 
「何も考えずぐだぐだと過ごせるなんて良い身分だな」
「どこぞやの天使様のせいで失恋させられて、あいにく傷心真っ盛りでね」
 休みの間に家から出なくても済むように、スーパーに寄って食材をたんまり買い込む。両手にレジ袋を提げて家までの道を歩いた。


「あーあ、俺んちに居座ってるのに、買い出しの手伝いもしない天使がいるらしいなぁ」
「宙に浮かぶレジ袋が付いてくると話題になりたいのか?」
「じゃあせめて応援くらいはしろよ」
 そんな軽口を叩きながら家に着くと、先に玄関に入ったリュカがこちらを振り返って俺の手からレジ袋を回収した。
「これ、冷蔵庫に入れとく」
「え、うん、ありがと」
 あまりにも自然な振る舞いに素っ頓狂な声が飛び出す。その後ろ姿を見ると、レジ袋の中身をきちんと冷蔵、冷凍、常温に分けて収納している。

「へぇ……リュカ、意外とちゃんとしてるんだ」
「うるさい。応援する代わりに働いてるんだから茶々入れるな」
 なんか、こういうの良いかもな――ふとそんな感情が胸に沸いたのを不思議に思う。これまではただそこに居るだけだったリュカと、一緒に家事をして、共に生活をしている。そう感じた瞬間が妙にくすぐったく思えた。
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