エンドロールから始まる異世界転生

明石

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第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女

第八話 胡散臭い商人

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 からっと晴れた日だった。
 ちょっと前までは外に出るだけで日の光にじりじりと焼かれているような暑さだったのに、今では長袖の上から厚めのコートを着ないと寒いと感じるようになった。

 庭の木も葉を落として、風が吹くたびに落ち葉がからからと音を出す。

 いつものようにエメットと外で遊んだ後、午後から用事があると彼女が言ったので少し早く別れて家に帰る。
 仲直りしたあの日から彼女は以前よりも明るく、よく話してくれるようになった。好きな食べ物や普段の生活、そして家族の話。もっとも家族についてはあんまり話してくれなかったが。

 彼女の母親は体が弱く病気がちらしい。だから最近は家のことをほとんど自分でやっているそうだ。初めて会った時、自分より年上で大人びて見えたのはそういう一面が理由なのかもしれない。
 同じくらいの年なのに家族のために色々しているのは凄いし、立派だと思う。
 
 「はぁ。」

 おもわずため息が出てしまう。
 彼女の話を聞いていたら嫌でも自分が何もできてないかがわかる。
 僕は、今日の朝はおばさんに起こされたし、おじさんに教わっている弓は全く上達しない。勉強は多少できるけど、それが得意かと聞かれたら別にそんなこともない。
 なにもかも中途半端。それに比べて彼女は、家族のためにいろんなことを自分でして手助けしている。
 このまま大人になれるのだろうか。色々考え始めると、どんどん悪い方向に考えがいってしまう。気分が下がるからもう考えないようにすることにした。


 色々考えていたらとっくに家の前に着いていた。今日の昼食はなんだろうか。
 庭を横切って家に入ろうとした時、家の中から笑い声が聞こえてきた。おじさんとおばさんと、あと誰だ?どうやら誰か来ているらしい。

 村の人だったら嫌だな。あ、でも今日は家を出る時、なにも言われなかったから違うような気がする。とにかく、おじさんたちの話を邪魔しないようにそっと家に入って自分の部屋に戻ろう。音を立てないように玄関のドアを開ける。

 「お、ダニー帰って来たか。今日は早いな。」

 せっかく気を遣って会話の邪魔にならないようにしていたのに、おじさんの一声ですべてが無駄になってしまった。諦めて少し会話することにした。

 「ただいま、おじさん。今日はエメットが用事があるから帰って来たんだ。」

 おじさんたちの方を向いて話す。テーブルにはおじさんとおばさんのほかに見慣れない男の顔があった。三十代から四十代前半くらいだろうか。おじさんよりも少し年上に見える。それは口元にうすうら生えた髭と銀色の髪のせいだろう。

 「また喧嘩してきたんじゃないでしょうね。」

 とおばさんが冗談ぽく僕に話す。冗談でも笑えないなと苦笑いで返す。

 「おお、これがあのダニ坊か。昔会った時はこんなに小さかったのにな。」

 男は僕と目が合うと指で半円を作って笑いながら話しかけてきた。その笑いがなんとも安っぽいというか、怪しげなことときたら、一体おじさんたちとどういう関係なのだろうか。

 「いくら昔でもそんなに小さいことなんてないでしょう。」

 おばさんはくすくすと笑いながら席を立って、キッチンに向かった。

 「最後にお前がうちに来た時、ダニーはまだ一人で歩けるようになる前だったよな。そう考えると久々だよな。」

 そういえば、この男は僕と昔会ったようなことを言っていたな。歩けないくらい昔に合ったのなら覚えてないのも当然か。

 「まー、今回は西側の方まで回ってたからな。あっちはまだ内戦で荒れてるから慎重に回らないとだから時間がかかること。ほんと大変だったよ。」

 男は髭を手で触りながらしみじみと語る。この人は何をしている人なのだろうか。そもそも名前すら知らない。

 「おじさん、この方は誰なんですか?」

 そう聞くと男は大袈裟なほど手を広げて落ち込むしぐさをして

 「あれだけ可愛がってあげたのに、当のダニ坊は俺のことを覚えていないなんて。こんなに悲しいことがあっていいのか。」

 と嘆いた。それが大袈裟だとわかっていても名前を憶えていないのは申し訳なく感じて

 「すいません。」
 
 と一応謝った。

 「仕方ない。なんせこいつはダニーと一回、それも幼い時にしか会っていないだからな。それにこんな胡散臭い奴なんて覚えれるわけがない。」

 「そりゃ酷いぜ、アルバート。確かに幼い時のことなんて覚えちゃいないかもしれないが胡散臭いはないだろ。」

 と男はおじさんに抗議していたが、僕の方を見て改めて向き直った。

 「おっと、すまんな。俺はマウロっていうんだ。物売りというか行商人として生活してる。アルバートとは腐れ縁でもう長い付き合いだ。」

 「ほんとに、腐れ縁にも程があるぜ。」

 とおじさん。その言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな表情だ。おじさんとマウロさんは友達なのだろう。

 「そうなんですね。マウロさんはどんな商品を売ってるんですか?」

 純粋な興味から僕は訊ねた。

 「商品ね、わかった見せるよ。あの鞄を取ってくれないか。」

 といって部屋の隅に置かれている鞄を指さした。部屋の隅には少し大きな横掛けの鞄が置かれていた。 
 置いてある鞄を手に取って持っていく。見た目も持った感じもただの鞄だ。   
   
 これで物売って生活しているのか。少し大きいが、多くの商品が入るとは思えない。それに商品以外にも自分の荷物も持たなければならないのに、どうしているのだろうか。そうした疑問が彼の胡散臭さを助長していた。

 僕が鞄を渡しながら首をかしげているとマウロさんはニヤニヤしながら

 「気になるだろう。この鞄。」

 と言った。

 「ほんとにこれだけで行商人してるんですか。そんなに入らなさそうな鞄ですけど。」

 「俺の鞄は特別なんだ。」

 そういうとマウロさんは鞄をこっちに持ってきて中身をテーブルの上に出し始めた。

 「まず、これはとある部族のお守り、それにこれは珍しい鳥の羽、今は生産されてない指輪に、ある無名画家の遺作、....」

 マウロさんは鞄からどんどん商品(と思われるもの)を出している。そのどれもが本当かどうか疑わしいものだった。机に並べられたものを眺めていたが、マウロさんはお構いなしにどんどん机に新しいものを並べていく。それらは到底彼の持つ鞄に入りきる量ではなく、中には鞄より大きな商品もあった。

 「それ、どうなってるんですか?」

 僕が訊ねるとマウロさんは手を止めた。

 「まあこれくらいにしとくかな。」

 「机の上、後で片付けろよ。」

 「わかったよ。ともかく見てわかる通り、俺の鞄は珍しいもので中が見た目以上の広さになってるんだ。ほぼ上限がないっていうくらい中に物を入れられる。まあ生き物とかは駄目とかいくつか決まりはあるけどな。」

 話によるとこの鞄には古の魔法がかかっているらしい。現代では失われた技術であり、鞄自体の希少価値も高いそうだ。

 「凄いのはわかったんですけど、中身どうやって取り出してるんですか?」

 どれだけでも入るなら、中から求めてるものを取り出すのなんて一苦労だろう。どうやって取り出してるのか気になった。

 「んー、俺もよくわからんが出したいものは手を突っ込んだら手元にあるんだな。」

 めちゃくちゃだ。まるで鞄に意思でもあるような感じだ。それも、マウロさんの考えていることを読み取っているかのようだ。

 「まあまあ、話はそこまでにしてとりあえずご飯にしましょ。」

 いつのまにかキッチンに向かったはずのおばさんが、料理を持って立っていた、そういえば、お昼はまだだったんだ。

 「お、いい匂いだ。テーブルの上のもん片付けないとな。ダニ坊、アルバート、悪いが手伝ってくれ。」

 マウロさんに言われ、僕とおじさんはテーブルに置かれた商品を片付けるのを手伝ったのだった。


ーーーーーーー


 おばさんの料理はいつもより少し豪華だった。きっとお客様が来てるからだろう。
 マウロさんの話は実に面白かった。仕事柄、色々なところを回ってるため自分が知らないような体験談を語ってくれた。治安のよくない街で殺されかけた話、深い森林を抜けようとして三日間さまよった話、辺境の村でみた美しい景色の話。物を人に売る仕事だからか話し方もうまく引き込まれた。

 昼食を終えても、しばらく僕はマウロさんの話に耳を傾けていたが不意に彼は立ち上がって

 「やべ、長居しすぎた。今日中に寄らなきゃいけないとこがあるのに。」

 と言った。

 「もう行くんですか。もっとゆっくりしていけばいいのに。」

 とおばさん。ちょうど新しいお茶を淹れようと持ってきたところだったからだろう。

 「そうはいかないんだな。なにせお得意さんだから無下にも出来ないし。」

 「それじゃ仕方ないな。森を抜けるまで送って行こうか。最近獣がこの辺にも出るようになったし。」

 「心配無用だアルバート、俺もお前ほどとはいかないがそこそこ戦えるしな。」

 「そうだったな。まあ気を付けて行けよ。」

 マウロさんは荷物を持って帰る支度を始めた。もう少し話を聞いてみたかった。
 
 「あ、そうだそうだ。ダニ坊これやるよ。」

  マウロさんはそのまま帰ろうと玄関に向かっていたが途中で立ち止まって、鞄を少し漁った後、僕に一冊の本を手渡した。

 「これは、本ですか?」

 「見ての通りただの本だ。作者はメモワールっていってそこそこ名の通った作家だ。これは『ひねくれゴーストの歩き方』といって彼のデビュー作だ。」

 「マウロにしちゃやけに詳しいじゃねえか。本なんて読まなさそうだったのに。」

 と驚いたような表情のおじさん。
 これがどんな本なのかは分かった。でもなんで僕にそんな本を渡したのだろうか。そんな疑問に答えるようにマウロさんは続けた。

 「ここに来る前にダニ坊に祝いとして何か渡そうと思って考えてたんだけど、さっぱり思いつかなくてな。いっそ男の子だし短剣とかにしようと思って街の小さな古道具屋に入ったんだ。でもなかなかいいものが無くてな。悩んでたところ、そこの店主から『これなんかどうか?』って勧められたんだ。」

 「本なんて読まないお前が詳しかったのは店の店主の押し売りだったわけか。」

 「まぁきっかけは店主なのは間違いないが、一応中身が合わなかったら困ると思ってな。本なんてあんまり読まないが目を通したんだ。子どもが読むには少し難しそうだったが、」

 そこまで言うと、マウロさんはおじさんを見てにやりと笑うと続けて

 「いざ久々に来てみるとアルバートが、やれうちの子は賢いや、賢すぎてあまり甘えてくれないなど親馬鹿になっててびっくりしたよ。これが軍の堅物と呼ばれてた男だなんて。結婚して子どもがいると男は簡単に変わるんだなあ。」

 「ほんとアルバートは変わったわね。私と出会った時はもっと無口で笑わなかったのに。」

 「もう、やめてくれよ。」

 とおじさんが止める、だがまんざらでもなさそうだ。自分も予期せぬところで褒められていると知ってなんだか恥ずかしい。
 それにしても意外だ。おじさんが昔は無口で笑わなかっただなんて。今のおじさんしか知らない僕は想像できない。

 「おっと、また話が逸れたな。ともかく今日久々に会って話したらアルバートから聞いた通り、ダニ坊は頭のいい子で驚いたよ。それに、俺の大したことない仕事の話に興味を持ってたみたいだからこの本もきっと気に入るはずだ。」

 と自信があるように頷いた。

 「どんな内容なんですか。」

 そこまで言われたら気になってしまう。僕は本の中身について尋ねた。

 「それは自分で読んで確かめるんだな。ダニ坊なら読めるはずだ。」

 仕方ない。内容は自分で読んで知るしかなさそうだ。

 「よし、渡すもんも渡したし俺は行くわ。」

 「気をつけろよ。最近また物騒になってきてるから注意するに越したことはないぞ。」

 「誰に心配してるんだよ。俺はこの道で十年は食ってるんだ、危険に飛び込むヘマはしねえよ。」

 おじさんの心配をマウロさんは笑い飛ばした。

 「また、寄ってくださいね。お茶出しますから。」

 「今度はもっとゆっくりできるよう時間を作ってくるわ。」

 そういって今度こそ、ドアを開けて家を出ようとした。

 「本、ありがとうございました。また、お話聞かせてください。」

 もらった本のお礼も言えてなかったので慌ててマウロさんの後ろ姿に声をかける。
  さんは返事しなかったが、ドアが閉まる前に左手を軽く挙げて、ひらひらと振った。

 「嵐のように来てすぐ去っていったな、そういうところは前から変わってない。」

 とおじさんが呟く。
 改めてもらった本を眺める。少し古ぼけてはいるが、破けたりしているところはなく両手で持ってもずっしりと重みを感じる。

 「見た感じ難しそうだけど、ダニーならきっと読めるわよ。」

 本を眺めている僕を見ておばさんが言った。とりあえず読んでみるか。
 コップやお皿の片づけを手伝った後、僕は自分の部屋でこの本を読んでみることにした。


ーーーーーーー


 部屋に戻って、本を机に置くと最初のページを開いてみる。
 薄い文字で題名が書かれている。

 「ひねくれゴーストの歩き方。」

 おもわず声に出して読んでいた。どういった話なのだろうか。ページをめくる。
 次のページには著者と思われるメモワールの書き出しが始まっていた。しばらく目を通して読む。

 「んー?どういう意味だ?」

 時間をかけて読んだが、内容がいまひとつ頭に入ってこない。書いてある文字は読めるのだが、言葉の言い回しや意味がわからない言葉が所々あり、理解を妨げていた。
 
 「ここでは旅人の話をしているのに、こっちでは雪山が出てきてでも次の行では変わってる....」

 しばらく声に出して読んだり悩んだりしたが、結局わからない部分が多くざっくりとしか内容が理解できなかった。
 
 「あー、わからない!」

 思わず叫んでしまう。本を閉じて、ベッドに飛び込む。マウロさんは読めると言っていたが、分からない言葉だらけでほとんど読み進められていない。

 大きくため息をつく。おじさんもマウロさんも僕を買いかぶりすぎている。実際の僕は何事も中途半端で、できると期待されたこともできてない。いっそ諦めてみようか。本を読むことを。元から自分には無理だったんだ。

 ベットに頭をうずめる。目をつぶる。しばらくそのままの体勢でいたが、ふと体を起こす。
 今、自分が諦めたらおじさんたちは怒るだろうか。怒ったりはしないだろう。でも、もしかしたら少し残念に思うかもしれない。おじさんたちの表情が目に浮かぶ。

 ....それは嫌だ。そんな表情をさせたくない。そしてなにより、期待に応えたい。
 両手でほっぺを叩く。少し痛かったが、目が覚めた。
 
 「もう少し、頑張ってみるか。」

 できるかどうかわからないが続けることにした。これを読むことができたら、自分の悩みが解決できる。理由や根拠はないが、なぜかそんな気がした。
 
 
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