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◇伍続・宝玉の実◇
しおりを挟むふと、カボチャの頭の中に先ほどのマハルの言葉が過った。
聞き慣れぬその言葉に、カボチャは眉を跳ね上げる。
「……〝宝玉の実〟?」
カボチャの言葉にマハルは眉を潜める。
「もしや、知らぬのか?」
マハルはシュケルの髪から手を離し、手の平に毒々しい実を出現させる。
「これは〝宝玉の実〟――風の大陸において、極めて〝神聖な果実〟とされている」
その声には、どこか誇らしげな響きがあった。
「天然の果実でありながら、体内に取り込めば、男であっても身体が母体化し、子を宿すことが可能となる。女であれば安産が約束される」
マハルはその果実を見つめたまま続ける。
「ゆえに、我が大陸では性別に大きな意味はない。男であれ女であれ、子を成すことが叶うのならば、それでよいのだ」
マハルはカボチャたちを見つめ、鼻で笑う。
「その様子を見るに、此方には存在しないようだな」
――なんて恐ろしい果実だと。カボチャとカインはぞっとした。そんなものが、もうすでにシュケルの体内に……?
「つまり無理やり母体化させて、手篭めにし、既成事実を作って自分のものにしようってこと? ……うわぁ変態だ。悪趣味。俺、初めて限りなくドン引いた。ぜったい、あんな奴と一緒くたにされたくない」
カインにしては珍しく、心底軽蔑した眼差しを向ける。そして空中で、大剣をしっかりと構えた。
カインを落とさぬよう抱えていたカボチャは、怒りに震え、カッと血走った目で叫ぶ。
「シュケルは死んでも死なないような奴ですけど、そのじつ、虚弱体質なんですよ! 妊娠出産なんてしたら、本当に死んじゃうかもしれないだろおおお!」
「え、そこ!?」
カインのツッコミなどお構いなしに、カボチャは叫ぶや否やその服を鷲掴みにした。
そして、思いっきり振りかぶると――マハルに向かって投げ飛ばす。
「どわぁ!?」
一瞬驚いたカインだったが、すぐに体勢を立て直し、大剣を振り上げる。
「シュケルから離れろーー!」
「ふん」
マハルはひょいと身をかわし、カインの攻撃を避けた。
「な、わああ!」
斬りかかる対象を失ったカインの身体は、そのまま数百メートル下の地面へ落ちるかと思われた。
「なーんてな!」
カインの大剣は十字の柱へと突き刺さる。
はじめからマハルではなく、腕のように伸びる柱へ剣を振り下ろすつもりだったのだ。
カインはくるりと身体を翻し、剣の柄に飛び乗る。
「どうだサーカス団も顔負けだろ?」
自慢げに言いながら、剣を伝って柱の上へ飛び移る。
そのまま中央にいるシュケルの元へ駆け出した。
「させるものか」
すぐさまマハルも柱へ飛び乗り、カインの行く手を阻む。拳を振るい、カインの顔面を狙った。
「うわっ、とっとっと!」
間一髪で背を反らした。
そのまま柱に手をついてバランスを取ると勢いのまま両足を振り上げる。
マハルの腕を挟み込み、身体をひねって柱から振り落とそうとする。
だが、マハルが片足を巧みに引っ掛け、その両手を払いのけた。
「うっわ!」
体勢を崩し、倒れ込んだカイン。その隙を狙って、マハルが蹴り落とそうとする。
「わっ、わ、たん! たんまたんまー!!」
カインは慌てて飛び退き、体勢を立て直した。
「カッコつけちゃったけど、じつは俺、体術ムリなんだよ~!」
手をぶんぶん振りながら、カインは訴える。
「なぁ、悪いこと言わないから、お兄さんの話ちょっと聞いてくんない?」
「お兄さん、だと?」
律儀に返事をしながら、マハルは攻撃の手を止めない。それをカインはギリギリのところで回避していく。
「まぁまぁ、落ち着けって。話をしようぜ」
「何を話すというのだ?」
「だって俺こう見えて二十五だもんよ。君より二つ年上」
「……どう見ても、そうは見えんけどな」
「確かに俺もそう思う」
マハルの言うとおりだった。
年齢のわりに幼さの残る顔にこの背丈の違い。
マハルはカインよりも頭一つ分以上背が高く、整った大人びた顔立ちに、しっかりした体格。
カインが年下に見えても仕方がない。
「あのさ、俺もあんまり言えたことじゃないんだけど、押しかけ女房の先輩としてアドバイス」
正直、マハルの行動はそんな生易しいものではない。
だが、あまり深く考えないカインは、飄々とした調子で続けた。
「相手の話には、きちんと耳を傾けた方がいいぞ?」
「なに?」
一方その頃、マハルの注意がカインに向いている隙をついて、カボチャは十字の柱の反対側に身を隠した。
そのまま中央へ移動し、磔にされているシュケルへ声をかける。
「シュケル、お前いつまでそんな所にいるつもりですか。さっさと脱出してくださいよ。そしたらカインも退かせて、この荒れ地をあのヤロウごと重力で押し潰してやります」
だが声をかけてもシュケルはすぐには反応しなかった。
カボチャは焦りを感じ、もう一度声をかける。
「シュケル」
「……来ると、思っていましたよ」
思ったよりも掠れた声だったがその口調も表情も、いつもの調子だった。
カボチャの気分を逆撫でするような、不敵な笑みを浮かべる口元と声色。
穏やかに瞑ったその瞳は、見えていないようで確かにこちらを見ている。
「……私を、誰だと、思っていますか?」
「はぁ? 貴様はシュケルだろ。この程度さっさと……」
「えぇ、その私が、どうして大人しくしているか……分かりませんか?」
思わず息をのみこんだ。
「……ちょっと待て、そんなにか!?」
瞬時に冷や汗がにじむ。
シュケルが本気で動けない?
いくらなんでも、そんなバカな。
(これでも魔族の王の〝腹心〟だぞ!?)
これはまずいと、カボチャは己の粗末な作戦を頭の中で破り捨てた。
そもそもカボチャの考えは単純だった。
マハルさえぶっ潰してしまえばすべて解決する。
そのためには磔にされているシュケルが邪魔だったのだ。
だが、これではそうもいかない。
カボチャは桁外れの魔力を誇るが、シュケルを無傷でこの柱だけ破壊する――そんな繊細な芸当はできない。
ましてや、シュケルの体内には宝玉の実とやらがある。
それをどうにかする術を、マハルから聞き出す前に倒すわけにはいかなかった。
(正直シュケルならそんな訳の分からんもんくらい、自身でどうにかするから問題ないと思っていたが)
いくらなんでも買い被りすぎていたか――そして、あのマハル。
油断していたとはいえ、このカボチャですら反応できない速度で動くような男だ。
なのに今、なぜカインは奴と互角にやり合えている?
……まさか。
フフフ、とシュケルが微笑した。
「カボチャ、カインを連れて帰ってください」
「はぁ!?」
「はっきり言いますが――膨大な力はあっても、その扱いが下手な貴方では、勝てませんよ。剣しか持たぬ、ただの人間を連れてなら尚更です」
カボチャは絶句した。
カインのことを「赤子」と愛着を持って言うことはあっても「ただの人間」などと、そんな突き放すような言い方を、これまで一度たりともシュケルの口から聞いたことがなかったのだ。
「マハルが、手を抜いているうちに」
その時だった。
反対側から鈍い音と共にカインの叫び声が響く。
「カイン!!」
柱から弾き出されるように、カインの身体が弧を描いて――真っ逆さまに落ちていく。
その瞬間、カボチャは反射的に飛び出した。
間に合わないかもしれない――そんな迷いなど、微塵も浮かばなかった。
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