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第一章 出会い編

26、私は歩きます

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 四限が終わって、後は昼食を食べて帰るだけなのですが、思いの外広まっていますわね。昨日のシユウ様との会話。自国の王子の婚約者と、他国の王子の一対一の密談は、学園内での良い話の種になっています。仕方ないと言えば仕方ありませんが。

 私の耳になるべく入らないように学生達も配慮はしているようですが、なにせ人数があまりに膨大です。聞きたくなくとも聞こえてしまいます。というか、やはり蝿は愚かですわね。あの会話を聞いていたのは昨日のあの場にいた八名のみ。そして半分が従者。ならば、容疑者は自動的に四名に絞られるわけです。
 そんなことはどんな馬鹿でも理解できる話ですわ。なので私としては、広まるにしてももう少し時間をおいてからだと思っていたのですが、どうも見通しが甘かったというか、愚かさに対する理解の浅さというか。見くびっていましたという言い方であっていますかね。

 別に犯人を捜そうなどと私は思っていませんが、このまま噂が広まると、徐々に私の不貞へと噂の方向性は変化していくでしょう。そうなると間接的に王子への風評被害にも繋がり、最悪の場合、城が動き出す可能性があります。それは少しよろしくありません。
 昨日の携帯があれば連絡を取ること自体は可能ですが、校内での接触を一切断つなどということになるのは極力避けたいところです。そうなってもおかしくないような状況まで進行してしまうと、それはもう国際問題に成りかねないので、色々な意味でまずいですわ。

 というか、昨日の会話が出回っているとなると私達の関係性を疑われるだけでなく、ロデウロの王子の不仲まで噂になるわけで、そんなことが関係者の耳になんて入った日にはもう一大事ですわよ。ただでさえ国交が不安定なのに喧嘩を売るような噂が流れていたらもう、どうしようもありません。
 シーツァリアとロデウロの関係性が崩壊するのは確かに時間の問題ですが、それを国民が積極的に早くしてどうするのかという話です。そこまで大事になるとは考えていなかったのでしょうが、学生間の噂の伝達速度は侮れないものがあります。早めに収束させないと取り返しのつかないことに。

 いえ、ならないでしょうか。そもそも兄弟仲が悪いという情報を漏らしたのはシユウ様自身であり、おそらくそれも何らかの目的があってわざと漏らしたもののはず。つまり今の状況はシユウ様にとって望むところなのでは。私だけで考えてもわかりませんし、そこは本人に確認を取りましょう。

 そんなことをつらつら考えながら当てもなく校内を歩いている私ですが、歩いている理由はあります。やたらと歩きまわることで、根も葉もない噂話をしている生徒達に対する抑止力になっているつもりです。いつどこで渦中の人間がその話を聞いているか分からないという恐怖は、口を重くさせますから。
 噂を口にしていることが立場的にまずいと少しでも思っているなら、私を見た段階でその口は閉じられるはずなのです。まあ、そういったことに対して躊躇いの無い人種を何人か知っているので安心はできませんし、こうして歩いていると絡まれる危険性も高くなるのですが。

「おお! アンナ様探しましたよー! 四限が終わってすぐに教室に向かったらもういなかったんで、てっきり帰ったのかと思ってたんですが、よかったよかった! お話お聞かせ願えますか?」
「お断りしますわ。貴女の取材に応えて状況が好転したことが一度でもありましたか? ろくなことにならないことを何度も繰り返すほど私は愚かではありません。お引き取りくださいな」
「でも、このままじゃ噂は広まる一方ですよ? 校内を歩きまわって抑止しようって考えてるんでしょうけれど、結局は貴女のいないところで話すだけ。根本的には何の変化もしません。どころか、必死になって鎮静化させようとすればするほど噂の信憑性は増していきます」
「言われなくてもわかっています。ですが、噂は長続きしないから噂なのです。一週間もすれば皆飽きるだろうと私は思っています。貴女だって新しい物好きでしょう?」
「噂に供給がなければそうでしょうね。追加の情報とかがなければ。ですが学園内には渦中の人物が二人共います。たった一回廊下ですれ違っただけでも再燃することは、文字通り、火を見るより明らかというものですよ」
「脅しですの?」
「協力ですよ」
「物は言いようですわね」

 新聞部部長、ミラフリウス・フェイス・ニアアーカイブ。通称ミラー。私と同学年ですが、その立場は私以上に複雑だと言ってもいいでしょう。なにせ彼女は以前言った七か国の中間組織の正式なメンバーであり、校内での全ての活動が許可されている稀有な存在なのです。
 ですから、私にこのような無礼と言ってもいい声を掛けてきても、オーラの立場では仲裁にも入れないのです。立場的には私と同じくらいかそれ以上、いえ、国の外部組織の一員である彼女とそういう比較をするのは適切ではないのですかね。

「穏便に収めたいなら私に協力してくださいよ。情報操作はお手の物ですよ。知ってるでしょう?」
「……迂闊なことを書いたらそのメモ帳を燃やしますので、そのつもりでいてくださいね?」

 ミラーは笑顔を消すとメモ帳を懐にしまいました。弱点は知っていますのよ。一方的に有利を取れると思ったら大間違いですわ。
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